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第一章 第四部 穢れた侍女

 6 魂の種

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 封鎖の鐘から6日目、ミーヤが懲罰房からセルマと同室に移動した日、トーヤは重い頭を抱えて3度目の御祭神との面会をしていた。

 今回もすんなりとまたあの妙な空間へと移動したが、今回は言葉もなくじっと立ったまま声をかけられるのを待つ。

『疲れた顔をしていますね』

 天から降る光にもあまり反応せず、じっと立ったままで次の言葉を待つ。

 しばらく何の音もなく光もきらめくことなく時が過ぎていったが、先に折れたのはトーヤであった。

「昨日の昼寝の夢見が悪かったからな」

 光がさびしそうにちらちらとまたたいた気がした。

「ルークの夢を見た。そんで全部思い出した、あの時のこと。その上、俺には見えなかったはずのことまで夢に出てきたよ。あれ、見せたのあんたか?」

 昨日、神殿から帰ってきてから倒れるように眠りに落ちた後にトーヤが見た夢、それをシャンタルが受け止めた。今度は逆方向からの「共鳴」とも言える出来事があった。

「ルークがな、俺が板から手を放したら、そりゃまあびっくりしたような顔でこっち見たんだよ。そこまでは俺の記憶にある。そういう顔してた、確かに。なんで手を放したんだ、そういう顔だよ」

 光は静かに降るだけで揺れることがない。
 静かにトーヤの言葉を聞いているのだろう。

「その後な、俺はカースの浜の方に引っ張られるように流されてた。本当はもう意識なんかなかったのにな、そんなとこを見たよ。それでルークは」

 一瞬トーヤが言葉を途切れさせた。

「あの板と一緒にうずに海の底まで引き込まれてた。皮肉だよな、あの板持ってたがためにキリモミするみたいに一気にな。そんで、水にもまれて一気に空気を全部吐き出して、水の圧で肺を、つぶされたみたいだったな、一瞬で命なくしてた。苦しいとも思ってないみたいだった」

 表情を変えず、視線も動かさず、淡々とトーヤが続ける。

「まあ少し助かったよ。あいつが溺れて苦しんで死んだんじゃねえ、それが分かったからな。その意味ではシャンタルが送ってきた溺れる夢、あの方がずっとずっと残酷で怖い夢だった」

 まさにその瞬間のトーヤとルーク、本来なら知るはずがなかったその時のことをトーヤは同時に夢に見た。
 ルークはトーヤが手を放した意味が分からぬように、呆然とした顔のまま海底に引きずり込まれ、そのまま何かを考える時間もなく死んだ。
 そしてトーヤは、板から手を放したことで違う海流に乗ったようで、一気にカースの海岸方向に流された。水の冷たさと勢いで意識を失っていたため、余分な水も飲まず、素直に海岸に流れ着いた。
 季節が夏だったため体が冷え切らなかったこと、他の漂流物をまとったように倒れていたことで体力を奪われ切って衰弱死することもなかった。それでももうしばらく放置されていたらさすがに事切れていただろうが、マユリアのめいで必死に「命あるもの」をカースの漁師たちが探してくれたおかげで、ギリギリ救命に間に合ったようだ。

「あの夢もあんたが見せたもんなんだろ?」

 トーヤは忌々しそうにそう言う。

「本当ならな、あんなもん見ずに済むもんだよな? 俺は意識失ってたし、ルークとは遠く離れちまってるんだから。なんであんなもん見せんだよ」

 光は何も答えない。

「まあいいや……」

 トーヤはだるそうにそう言う。

「そんで? 今日は一体どんな話だ? なんかあるからまた今度っつーたんだろうがよ。昨日はなんだっけか? 確かあるのは今だけ、みたいに言われたよな? わけわかんねーことうだうだ言われても何のことだかさっぱりだ」

 光がやっと笑うように震えた。

「それでなんだよ、言いたいことあんならとっとと言えよ」

『あなたは思い違いをしています』

「は?」

『あなたはあなたが選ばれたと思っているようですが、選んだのはあなたなのです』

「それな」

 確か前にも言われたなとトーヤは思った。

「だからあ、俺が何をどう選んだってんだよ? 板についてはなんとなく分かった。俺が手を放したから今ここにいる、その手を放すのを選んだのは俺で、手を放さないことを選んだのがルークだ、だから今こうなってる、そういう話だったよなあ」

『そうです』

「そんで、その他に俺がなんか選んだことがあんのか?」

『こちらに来ることを選んだのはあなたです』

「あー前も言ってたよな、船に乗ること選んだってんだろ?」

『違います』

「あ?」

『こちらへ来る運命を選んだ魂だと言っています』

「いやな、だから船に乗ったことだろ?」

『ちがいます』

「また訳のわからんことを……」

 まいどまいど神様の言うことは意味不明だ、トーヤはそう思ってため息をつく。

『神域とは閉ざされた世界』

 光がざわめく。

『聖なる空気に満たされ淀んでしまった世界』

 そういや昔、マユリアがなんかそんなことを言っていた、なんとなくトーヤは思い出した。

『その世界を開くためには外からの新しい風が必要でした』

『あなたはその風を運ぶために旅立った魂の一つなのです』

「は?」

『砂の数ほどの魂の種、それをわたくしはこの世界から外に旅立たせました』

『そして戻ってきたのはあなた一人だけでした』

 何を言っているのだこの神様は。
 トーヤはそう思いながら返事ができずにいた。
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