黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
56 / 488
第一章 第三部 光と闇

16 黒から青へ

しおりを挟む
「今宵はアルディナの高位の方になったつもりで、ゆったりと出来上がりを待つといたしましょうか」

 アロがルギをテーブルに呼ぶ。

「これはなかなかにいい酒でしてな、やはりアルディナ渡りの物です」

 そう言って一本の酒瓶を取り出した。

「以前、マユリアのお茶会にご招待いただきました時に、お酒などたしなまれるのかと伺いましたらお飲みにならないとのこと。とても残念で、また何かあった時にと思っておりましたところ、此度こたびのことでこうして持参いたしました、いや持ってきてよかった」

 いたずらっぽくそう言いながらキュッキュと音を立ててコルク栓を抜き、はたはたと手で瓶から流した芳香を楽しむ。

「ささ、どうぞ」

 トクトクと音を立ててグラスに半分ほど注ぐとルギに勧めた。

「遠慮なくいただきます」

 ルギはグラスを手に取ると、グラスを回してから同じように香りを楽しみ、ゆっくりと口に含む。

「これは、なんとも芳醇ほうじゅんな」
「さようでございましょう!」

 アロがうれしそうにそう言うと自分も同じように飲む。

「いやいや、やはりうまい。お茶会のお礼にぜひともマユリアにと思っておったのですが、嗜まれないということで諦めました。いやいや、残念です」
「本当に」

 そうして二人で暖炉を見守りながらゆっくりと会話する。

「そういえば、トーヤ殿も酒は召し上がられなかったですな、体が受け付けぬとかで」
「確かに。一度カースで誤って口にして昏倒されたことがありました」
「なんと! そこまでお弱かったとは!」
 
 アロがううむ、と一言唸るように口にしてから、

「それにしてももう八年、今はどこでどうなさっているのでしょう」
「さようですな」

 ルギが話を合わせる。

「色々と広く知識をお持ちのようでした。トーヤ殿に伺えば、この陶器のことももっと確かに分かったやも知れませんのに。いや、残念です。本当にどこにおられるものか」
「…………」

 ルギは黙ってグラスを傾け、アロの言葉には軽く頷くだけにする。
 
 アロにはトーヤがルークであったということは言っていない。
 事情を聞く前にまずは陶器の変容実験からと部下たちにも口止めをしてある。
 
 アロがエリス様たちのことをどこまで知っていたか、様子を見るにほぼ聞いただけのことしか知らないように思われた。おそらく、懇意にしているディレンの言葉を信じたのと、それからまあ、うまく言いくるめられたのだろう。

(あの野郎)

 と、グラスを交わしながらルギは心の中でトーヤに悪態をつく。

 そうしてアロとルギは想像したアルディナ貴族のように、ゆったりとグラスを交わしながら暖炉の見張りを続け、時にうとうとと休んだり、食事をしたりしながらも翌日の同じぐらいの時刻を迎えた。

「問題は冷ましてから取り出すのか、すぐに取り出すのかですが」

 アロが火を落とした暖炉を見ながらそう言う。

「陶器というものは窯の中で高い温度で焼くもの。それを一気に冷やしてしまうと割れてしまうのです。ですから、本来ならじっくり冷まして取り出すのものかと思いますが、もしそれが誤りなら、そうすることで色が違ってしまうということになる可能性もあるかと」
「なるほど」

 ルギも一緒になってまだ熱が残る暖炉の灰の山をじっと見る。

「一部だけ少し灰を取り除くというのはどうでしょう?」

 衛士の一人が後ろからそう声をかける。

「アロ殿」
「なんでしょう」
「申し訳ないが、この花瓶は完全な仕上がりを求めるものではなく、色の変容を見るために宮に進呈していただいた、そうしていただいてよろしいか」
「もちろんもちろん!」

 今度の実験は陶器をきれいに仕上げるのが目的ではない。あくまでどのように色が変わるかを試すためのものだ。

「色ムラになり、せっかくの見事な品を損ねることになるかも知れませんが、取り出す温度の違いでの色の違いも見てみたい」
「無論です。私もぜひとも見せていただきたい」

 アロのこころよい返事をもらい、ルギは部下にうなずいて見せる。

「これから一部の灰を取り除く。その色について正確に記録していってくれ」
「はい」

 ルギは灰かき棒で花瓶のあるあたりの灰をそっと取り除く。
 やがてまだ熱を帯びた黒い陶器の一部が見えてきた。

「まだ黒いですね」
「記録してくれ」
「はい」

 部下が文字と、見た目に近い色を絵の具を混ぜて作った色で記録していく。

「またしばらくしたら他の部分を取り除く」
「はい」

 そうして少しずつあちらこちらの灰を取り除き、熱を持った花瓶が少しずつ露出していく。

 やがて熱が冷めていくにつれ、黒かった花瓶の肌が次第に青へと変わっていった。

「これは、本当に変わってきましたな……」

 アロが興奮した口調でそう言う。

「ええ」

 10回ほどに分けて灰を取り除き、片手で持てるほどの大きさの花瓶の銅の部分に指で丸を作ったぐらいの大きさに灰を残して完全に冷めるまで放置しておいた。

 黒い花瓶は見事に例の香炉と同じ、深い深い青へと姿を変えた。

「同じ色だ……」

 すっかり冷めた花瓶を取り出し、全ての灰をはたき落とす。
 
 花瓶に描かれていた銀の線は香炉と同じく揺れたように、散りばめられた、こちらは赤い石も溶けたりそのままであったり。誰が見ても、同じ過程を経て同じ変化を遂げたとしか思えぬ花瓶の変容であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

契約婚なのだから契約を守るべきでしたわ、旦那様。

よもぎ
恋愛
白い結婚を三年間。その他いくつかの決まり事。アンネリーナはその条件を呑み、三年を過ごした。そうして結婚が終わるその日になって三年振りに会った戸籍上の夫に離縁を切り出されたアンネリーナは言う。追加の慰謝料を頂きます――

聖女の紋章 転生?少女は女神の加護と前世の知識で無双する わたしは聖女ではありません。公爵令嬢です!

幸之丞
ファンタジー
2023/11/22~11/23  女性向けホットランキング1位 2023/11/24 10:00 ファンタジーランキング1位  ありがとうございます。 「うわ~ 私を捨てないでー!」 声を出して私を捨てようとする父さんに叫ぼうとしました・・・ でも私は意識がはっきりしているけれど、体はまだ、生れて1週間くらいしか経っていないので 「ばぶ ばぶうう ばぶ だああ」 くらいにしか聞こえていないのね? と思っていたけど ササッと 捨てられてしまいました~ 誰か拾って~ 私は、陽菜。数ヶ月前まで、日本で女子高生をしていました。 将来の為に良い大学に入学しようと塾にいっています。 塾の帰り道、車の事故に巻き込まれて、気づいてみたら何故か新しいお母さんのお腹の中。隣には姉妹もいる。そう双子なの。 私達が生まれたその後、私は魔力が少ないから、伯爵の娘として恥ずかしいとかで、捨てられた・・・  ↑ここ冒頭 けれども、公爵家に拾われた。ああ 良かった・・・ そしてこれから私は捨てられないように、前世の記憶を使って知識チートで家族のため、公爵領にする人のために領地を豊かにします。 「この子ちょっとおかしいこと言ってるぞ」 と言われても、必殺 「女神様のお告げです。昨夜夢にでてきました」で大丈夫。 だって私には、愛と豊穣の女神様に愛されている証、聖女の紋章があるのです。 この物語は、魔法と剣の世界で主人公のエルーシアは魔法チートと知識チートで領地を豊かにするためにスライムや古竜と仲良くなって、お力をちょっと借りたりもします。 果たして、エルーシアは捨てられた本当の理由を知ることが出来るのか? さあ! 物語が始まります。

竜人の溺愛

クロウ
ファンタジー
フロムナード王国の第2王子であるイディオスが 番を見つけ、溺愛する話。

処理中です...