上 下
54 / 488
第一章 第三部 光と闇

14 トーヤの見た夢

しおりを挟む
 神殿から連絡があり、宮から迎えに来た侍女に連れられて「お父上」ことトーヤは部屋に戻った。

「少し疲れました、しばらく一人にしておいてください」
「あの、お食事は」

 時刻は昼の中程、夕食の時間まではまだあるが、聞いておいた方がいいだろうと侍女は判断したようだ。

「声をかけていただいて、もしも寝ていたらもう少し後でも構わないでしょうか、ご迷惑をかけて申し訳ないですが」
「さようですか、承知いたしました。いえ、お時間はいつでも構いません、ご用がおありでしたら鈴を鳴らしてお呼びください」

 担当の侍女はそう言って丁寧に礼をすると下がっていった。

 トーヤは扉に内側からしっかり鍵をかけると、倒れ込むようにベッドの上に体を預ける。

「疲れた……」
 
 本当に疲れ切っていた。

「聞かなくていいこと聞いちまって、その上わけのわからんこと聞かされてな……」

 体というよりも神経が、頭の中が疲労したような、そんな感じだ。

「まるで最初の頃の共鳴みたいだな……」

 あの時は体の芯から力が抜けきってしまったが、今回は何も考えられないような、そんな風になってしまっていた。

「ミーヤ……」

 思わず感情のままに出た言葉がそれであった。

「どうしてんだ、どこでどうなってんだ……」
 
 その言葉を最後に、トーヤはぐっすりと眠りの世界に入ってしまっていた。
 頭で考えずに心から言葉となって出てしまった一番の気がかりのことであった。



 トーヤが「お父上」として宮へ潜入し、ベルが「アベル」としてリルのところへ行っているので、ラデルの工房に残ったのはシャンタルとアランの二人になってしまった。

 シャンタルはもちろん一歩たりとも建物から外へ出ることもできなければ、誰か尋ねてきた人に見られるわけにもいかない。それはアランも同じであった。

「とりあえず私たちの仕事は見つからないようにすることだけ、になるね」

 のんびりそう言って昼寝などするシャンタルを横目に、アランは何もできずにいることがもどかしく、呑気な神様ぐらい自分も気楽でいたいもんだとため息をつく。

「ほんっとに能天気だな神様ってのは……」

 スウスウと美しい寝息を立てて眠り続けるシャンタルはほっといて、階下に降りてラデルの手伝いでもしようかと考えるが、もしも誰かが尋ねて来て見られたらと思うとなかなかそういうことにもならない。

「どうすっかなあ」

 自分も昼寝でもしてみるかと何回か横になったものの、ベルとトーヤが気になってすぐに目が覚めてしまった。

 アランは傭兵である。「寝られる時に寝ておく」は戦場での基本である。いつもだったら時間を見つけてできるだけ心身を休ませている。寝るのも兵の仕事であると言ってもいい。
 だが、ここに来て4日目、外にも出られず満足に体を動かすこともできずにいると神経はともかく、体が疲れてないので眠れない。

「ほんっとに」

 もう一度恨めしそうにシャンタルを見る。
 
 本当に気持ちよさそうに寝ている。
 まるで絵画のように美しい寝姿。

 もしも知らない人間が見たら見惚みとれてしまうだろうその姿も、その能天気さを知って三年以上も一緒に生活していると、特に何かを思うようなこともない。

「この野郎……」

 とうとうアランはムカッときて、ベルにするようにシャンタルに、こともあろうに神様の額にデコピンをかまそう、とした時、

「あ、あああああ、あー!!」

 そう叫んでシャンタルが目を開けた。

「ちょ!」

 俺まだなんもしてねえよな?

 そう思いながらある考えに至り、思わず音を立てて立ち上がった!

「なんも悪いことしてねえからな!」

 そう、シャンタルは、

『悪いことしてこようとする人は痛くなるように』

 そうやって手出ししてくる人間に文字通り痛い目を見せることができるのだ。

 まさか、神様の逆鱗げきりんに触れてしまったのでは……
 あまりに気持ちよさそうに寝ているので、ムカついて、つい一発痛い目をと思ってもうちょっとで自分が痛い目を見るところだったのかとゾッとする。

「ル、ーク……」

 汗びっしょりになったシャンタルが両目を見開き、そうつぶやいた。

「へ? ルーク?」

 ルークは数日前までトーヤが使っていた偽名だ。それがどうした?

「ルーク……トーヤ……」
「へ?」

 アランにはさっぱりわけが分からない。
 だが、こんな様子のシャンタルを見るのは初めてで、どうしていいものやらとまごつく。

「ルーク、トーヤ……」

 動かないまま、また同じことを口にする。

「お、おい。大丈夫か?」
 
 そう声をかけられ、やっとシャンタルがアランを見た。

「ルーク……」
「うん、ルークがどうした? ルークってかトーヤのことか?」
「違う……」

 シャンタルがふるふると首を振る。

「とりあえずちょっと起きろ。おまえ、汗びっしょりじゃねえか。そんなん見るの初めてだぞ、大丈夫か?」

 アランが手を貸してシャンタルがやっとベッドに腰掛けた。

「ほい、水」

 木のカップに水を入れて渡す。
 シャンタルは言葉もなくカップを受け取ると、これもらしくなくごくごくと一気に飲み干してしまった。

「ちったあ落ち着いたか?」
「ありがとう……」

 返したカップを持ったまま立っているアランを見上げ、

「多分トーヤの夢だと思う」

 そう言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハニーローズ  ~ 『予知夢』から始まった未来変革 ~

悠月 星花
ファンタジー
「背筋を伸ばして凛とありたい」 トワイス国にアンナリーゼというお転婆な侯爵令嬢がいる。 アンナリーゼは、小さい頃に自分に関わる『予知夢』を見れるようになり、将来起こるであろう出来事を知っていくことになる。 幼馴染との結婚や家族や友人に囲まれ幸せな生活の予知夢見ていた。 いつの頃か、トワイス国の友好国であるローズディア公国とエルドア国を含めた三国が、インゼロ帝国から攻められ戦争になり、なすすべもなく家族や友人、そして大切な人を亡くすという夢を繰り返しみるようになる。 家族や友人、大切な人を守れる未来が欲しい。 アンナリーゼの必死の想いが、次代の女王『ハニーローズ』誕生という選択肢を増やす。 1つ1つの選択を積み重ね、みんなが幸せになれるようアンナリーゼは『予知夢』で見た未来を変革していく。 トワイス国の貴族として、強くたくましく、そして美しく成長していくアンナリーゼ。 その遊び場は、社交界へ学園へ隣国へと活躍の場所は変わっていく…… 家族に支えられ、友人に慕われ、仲間を集め、愛する者たちが幸せな未来を生きられるよう、死の間際まで凛とした薔薇のように懸命に生きていく。 予知の先の未来に幸せを『ハニーローズ』に託し繋げることができるのか…… 『予知夢』に翻弄されながら、懸命に生きていく母娘の物語。 ※この作品は、「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルアップ+」「ノベリズム」にも掲載しています。  表紙は、菜見あぉ様にココナラにて依頼させていただきました。アンナリーゼとアンジェラです。  タイトルロゴは、草食動物様の企画にてお願いさせていただいたものです!

学校ごと異世界に召喚された俺、拾ったスキルが強すぎたので無双します

名無し
ファンタジー
 毎日のようにいじめを受けていた主人公の如月優斗は、ある日自分の学校が異世界へ転移したことを知る。召喚主によれば、生徒たちの中から救世主を探しているそうで、スマホを通してスキルをタダで配るのだという。それがきっかけで神スキルを得た如月は、あっという間に最強の男へと進化していく。

付与って最強だと思いませんか? 悪魔と呼ばれて処刑されたら原初の悪魔に転生しました。とりあえず、理想の国を創るついでに復讐しようと思います!

フウ
ファンタジー
 勇者にして大国アルタイル王国が王太子ノアールの婚約者。  そんな将来を約束された一人の少女は……無実の罪でその人生にあっさりと幕を下ろした。  魔王を復活させて影で操り、全てを赦そうとした聖女様すらも手に掛けようとした公爵令嬢。  悪魔と呼ばれた少女は勇者ノアールによって捕縛され、民の前で処刑されたのだ。  全てを奪われた少女は死の間際に湧き上がるドス黒い感情のままに強く誓い、そして願う。 「たとえ何があったとしても、お前らの言う〝悪魔〟となって復讐してやる!!」  そんな少女の願いは……叶えられた。  転生者であった少女の神によって与えられた権利によって。  そうして悪魔という種族が存在しなかった世界に最古にして始まり……原初の悪魔が降り立ったーー  これは、悪魔になった一人の少女が復讐を……物理的も社会的にも、ざまぁを敢行して最強に至るまでの物語!! ※ この小説は「小説家になろう」 「カクヨム」でも公開しております。 上記サイトでは完結済みです。 上記サイトでの総PV1200万越え!!

離縁された妻ですが、旦那様は本当の力を知らなかったようですね? 魔道具師として自立を目指します!

椿蛍
ファンタジー
【1章】 転生し、目覚めたら、旦那様から離縁されていた。   ――そんなことってある? 私が転生したのは、落ちこぼれ魔道具師のサーラ。 彼女は結婚式当日、何者かの罠によって、氷の中に閉じ込められてしまった。 時を止めて眠ること十年。 彼女の魂は消滅し、肉体だけが残っていた。 「どうやって生活していくつもりかな?」 「ご心配なく。手に職を持ち、自立します」 「落ちこぼれの君が手に職? 無理だよ、無理! 現実を見つめたほうがいいよ?」 ――後悔するのは、旦那様たちですよ? 【2章】 「もう一度、君を妃に迎えたい」 今まで私が魔道具師として働くのに反対で、散々嫌がらせをしてからの再プロポーズ。 再プロポーズ前にやるのは、信頼関係の再構築、まずは浮気の謝罪からでは……?  ――まさか、うまくいくなんて、思ってませんよね? 【3章】 『サーラちゃん、婚約おめでとう!』 私がリアムの婚約者!? リアムの妃の座を狙う四大公爵家の令嬢が現れ、突然の略奪宣言! ライバル認定された私。 妃候補ふたたび――十年前と同じような状況になったけれど、犯人はもう一度現れるの? リアムを貶めるための公爵の罠が、ヴィフレア王国の危機を招いて―― 【その他】 ※12月25日から3章スタート。初日2話、1日1話更新です。 ※イラストは作成者様より、お借りして使用しております。

異世界二度目のおっさん、どう考えても高校生勇者より強い

八神 凪
ファンタジー
   旧題:久しぶりに異世界召喚に巻き込まれたおっさんの俺は、どう考えても一緒に召喚された勇者候補よりも強い  【第二回ファンタジーカップ大賞 編集部賞受賞! 書籍化します!】  高柳 陸はどこにでもいるサラリーマン。    満員電車に揺られて上司にどやされ、取引先には愛想笑い。  彼女も居ないごく普通の男である。  そんな彼が定時で帰宅しているある日、どこかの飲み屋で一杯飲むかと考えていた。  繁華街へ繰り出す陸。  まだ時間が早いので学生が賑わっているなと懐かしさに目を細めている時、それは起きた。  陸の前を歩いていた男女の高校生の足元に紫色の魔法陣が出現した。  まずい、と思ったが少し足が入っていた陸は魔法陣に吸い込まれるように引きずられていく。  魔法陣の中心で困惑する男女の高校生と陸。そして眼鏡をかけた女子高生が中心へ近づいた瞬間、目の前が真っ白に包まれる。  次に目が覚めた時、男女の高校生と眼鏡の女子高生、そして陸の目の前には中世のお姫様のような恰好をした女性が両手を組んで声を上げる。  「異世界の勇者様、どうかこの国を助けてください」と。  困惑する高校生に自分はこの国の姫でここが剣と魔法の世界であること、魔王と呼ばれる存在が世界を闇に包もうとしていて隣国がそれに乗じて我が国に攻めてこようとしていると説明をする。    元の世界に戻る方法は魔王を倒すしかないといい、高校生二人は渋々了承。  なにがなんだか分からない眼鏡の女子高生と陸を見た姫はにこやかに口を開く。  『あなた達はなんですか? 自分が召喚したのは二人だけなのに』  そう言い放つと城から追い出そうとする姫。    そこで男女の高校生は残った女生徒は幼馴染だと言い、自分と一緒に行こうと提案。  残された陸は慣れた感じで城を出て行くことに決めた。  「さて、久しぶりの異世界だが……前と違う世界みたいだな」  陸はしがないただのサラリーマン。  しかしその実態は過去に異世界へ旅立ったことのある経歴を持つ男だった。  今度も魔王がいるのかとため息を吐きながら、陸は以前手に入れた力を駆使し異世界へと足を踏み出す――

『双子石』とペンダント 年下だけど年上です2

あべ鈴峰
ファンタジー
前回の事件から一年 11歳になったクロエは ネイサンと穏やかな日常を送っていが 『母、危篤』の知らせが届いて……。 我が儘令嬢クロエと甘々ネイサン王子が今回も事件の調査に乗り出す。 新たにクロエの幼馴染 エミリアが加わり、事件は思わぬ方向へ。

王子様を放送します

竹 美津
ファンタジー
竜樹は32歳、家事が得意な事務職。異世界に転移してギフトの御方という地位を得て、王宮住みの自由業となった。異世界に、元の世界の色々なやり方を伝えるだけでいいんだって。皆が、参考にして、色々やってくれるよ。 異世界でもスマホが使えるのは便利。家族とも連絡とれたよ。スマホを参考に、色々な魔道具を作ってくれるって? 母が亡くなり、放置された平民側妃の子、ニリヤ王子(5歳)と出会い、貴族側妃からのイジメをやめさせる。 よし、魔道具で、TVを作ろう。そしてニリヤ王子を放送して、国民のアイドルにしちゃおう。 何だって?ニリヤ王子にオランネージュ王子とネクター王子の異母兄弟、2人もいるって?まとめて面倒みたろうじゃん。仲良く力を合わせてな! 放送事業と日常のごちゃごちゃしたふれあい。出会い。旅もする予定ですが、まだなかなかそこまで話が到達しません。 ニリヤ王子と兄弟王子、3王子でわちゃわちゃ仲良し。孤児の子供達や、獣人の国ワイルドウルフのアルディ王子、車椅子の貴族エフォール君、視力の弱い貴族のピティエ、プレイヤードなど、友達いっぱいできたよ! 教会の孤児達をテレビ電話で繋いだし、なんと転移魔法陣も!皆と会ってお話できるよ! 優しく見守る神様たちに、スマホで使えるいいねをもらいながら、竜樹は異世界で、みんなの頼れるお父さんやししょうになっていく。 小説家になろうでも投稿しています。 なろうが先行していましたが、追いつきました。

幼女からスタートした侯爵令嬢は騎士団参謀に溺愛される~神獣は私を選んだようです~

桜もふ
恋愛
家族を事故で亡くしたルルナ・エメルロ侯爵令嬢は男爵家である叔父家族に引き取られたが、何をするにも平手打ちやムチ打ち、物を投げつけられる暴力・暴言の【虐待】だ。衣服も与えて貰えず、食事は食べ残しの少ないスープと一欠片のパンだけだった。私の味方はお兄様の従魔であった女神様の眷属の【マロン】だけだが、そのマロンは私の従魔に。 そして5歳になり、スキル鑑定でゴミ以下のスキルだと判断された私は王宮の広間で大勢の貴族連中に笑われ罵倒の嵐の中、男爵家の叔父夫婦に【侯爵家】を乗っ取られ私は、縁切りされ平民へと堕とされた。 頭空っぽアホ第2王子には婚約破棄された挙句に、国王に【無一文】で国外追放を命じられ、放り出された後、頭を打った衝撃で前世(地球)の記憶が蘇り【賢者】【草集め】【特殊想像生成】のスキルを使い国境を目指すが、ある日たどり着いた街で、優しい人達に出会い。ギルマスの養女になり、私が3人組に誘拐された時に神獣のスオウに再開することに! そして、今日も周りのみんなから溺愛されながら、日銭を稼ぐ為に頑張ります! エメルロ一族には重大な秘密があり……。 そして、隣国の騎士団参謀(元ローバル国の第1王子)との甘々な恋愛は至福のひとときなのです。ギルマス(パパ)に邪魔されながら楽しい日々を過ごします。

処理中です...