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第一章 第三部 光と闇
11 もう一人の助け手
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『そうして、どうしました』
黙り込んだトーヤに先を急かすように光が言う。
「ああ……」
トーヤの目がルークと合った。
短い間だがお互いに相手の目をじっと見つめた。
そして――
『あなたは手を放しましたね、なぜです』
「なぜ……」
あの時、手を放した方が死ぬだろう、そう思っていたのにトーヤは手を放したのだ。
「なぜって……」
なんとなくは分かっていた、どうして手を放したのかを。
シャンタリオまでの長い航海の中で、トーヤはルークと色々な話をしていた。
年が近かったこと、出身地が近かったこともあり、なんとなく共通の話題が多かったからだ。
違ったのはその環境だ。トーヤは天涯孤独とも言える身の上だったがルークには家族があった。
「よくある話だ、本当にどこにでもごろごろ転がってる話だったよ」
トーヤは誰に言うともなく語り始めた。
「あいつ、あのルークは俺より2つ年上だって言ってたが、元々はなかなかいい家、親はなんかの商売してたらしくて結構裕福な生活してたって話だった。まあオーサ商会ほどじゃあねえだろうけど」
なぜだろう。さっき聞かれるまですっかり存在を忘れていた若い男のことを次々と思い出してきた。
「そんであいつもなんてのか、のんびりしたような、見るからにいい家で育ったような、そんなやつだったな。だから不思議だった、そんなのがなんでこの船に乗ってるんだ? ってな」
ルークは薄い茶色、アランよりもっと薄い、ほとんど金に近い茶色い髪をしていた。
クルッとした丸い目が人懐っこく、とても海賊船になぞ乗るような人間には見えず、不思議に思ったトーヤは少しばかり興味を持った。そしてその身の上話を聞くことになったのだ。
「悪いことってのは続くもんで、親父さんってのがちょっとした失敗をしたら、次から次からそんなことが続き、あれよあれよという間に家はすっかり傾いちまったって話だったな。そんでそこから先もお約束、だ。ルークの姉って人が身売りすることになった。まあどこにでもある話だ」
ルークの一つ上で縁談も決まっていた姉が娼館に身売りすることになった。
どうしようもなくなった、それしか一家が生きていく方法はなくなった。
泣く泣く恋人と別れ、姉は遠い町に売られていった。
「その姉さんってのを一日でも早く連れ戻したい、そう思ってそれまで働いたこともない、学問ばっかりしてたルークも学校をやめて船乗りになった、そう言ってたな」
ルークは必死で働いたが、その間に父も母も体を壊し、働いても働いてもその薬代に金は消えていく。姉を助けるどころか、下の妹まで年頃になったら姉と同じ道を進むしかないだろうとの先行きが見えてきた。そしてまだ下にいた幼いと言っていい年の弟も、学問をさせるどころか丁稚奉公にでも出すしかないだろうという話になっていた。
「それで思い余って海賊船に乗った、そんなこと言ってたな」
幼い頃から必死で戦って生き残ってきたトーヤとは違い、付け焼き刃のような船乗りには、それ以外に一発逆転の大儲けなんぞできそうもないと思ったそうだ。
「それでも、そういうお坊ちゃん上がりにしちゃよくがんばってたよ。覚悟決めた人間ってのはそんなこともあるんだと思ったりもした」
ルークはただひたすら家族のためを思って生きていた。家族を助けるために海賊などという、それまでの人生から見れば人の道からは外れるだろう生き方を選ぶほどに。
「そりゃ大した海賊船じゃなかったが、それでも一応他人様の船を襲うってな船に乗ろうなんてこと、とても似合うような人間じゃあなかった」
そのルークがあの極限の状態で自分と同時にその板にたどり着いた。
ルークの薄い色の目とトーヤの黒い目が合った。
その次の瞬間、言葉を交わすこともなく、自然とトーヤの手は板から放れていた。
「なんでだろな。なんも考える間もなく手を放しちまってた。もちろん俺だって死ぬ気はなかったのに、なんか分かんねえけど勝手に手が放れた、そんな感じだった」
ルークの方が背負っている物が多いとは思っていたと思う。
自分にはもう待つ人もなく、この先どうしなければいけないということもない。
「あいつの方が生き残るのに、あの板にすがるのにふさわしい人間、そう思ったような気がするが、本当にそう思ったかどうか、今になったらもうよく分からん」
ふいに光が言葉を放った。
『あなたとルークは釣り合った天秤でした』
「天秤?」
『あなたとルーク、両名とも助け手としての運命を背負う者でした』
「は?」
トーヤは何を言われたのか分からなかった。
『ルークもあなたと同じ助け手だったのです』
光が同じ言葉を繰り返す。
「俺と同じ助け手?」
『そうです』
「意味が分からん……」
『そのままの意味です、ルークも助け手たる存在でした』
トーヤは何を言っていいのか分からなかった。
『嵐の夜、助け手が西の海岸に現れる』
光がすべての発端となった例の託宣を告げた。
『この時、こちらに向かっていた助け手と思われる光は2つありました』
「光だあ?」
『そうです、この国を、この世界を助けるためにこちらに戻ってきた光が2つ見えました』
黙り込んだトーヤに先を急かすように光が言う。
「ああ……」
トーヤの目がルークと合った。
短い間だがお互いに相手の目をじっと見つめた。
そして――
『あなたは手を放しましたね、なぜです』
「なぜ……」
あの時、手を放した方が死ぬだろう、そう思っていたのにトーヤは手を放したのだ。
「なぜって……」
なんとなくは分かっていた、どうして手を放したのかを。
シャンタリオまでの長い航海の中で、トーヤはルークと色々な話をしていた。
年が近かったこと、出身地が近かったこともあり、なんとなく共通の話題が多かったからだ。
違ったのはその環境だ。トーヤは天涯孤独とも言える身の上だったがルークには家族があった。
「よくある話だ、本当にどこにでもごろごろ転がってる話だったよ」
トーヤは誰に言うともなく語り始めた。
「あいつ、あのルークは俺より2つ年上だって言ってたが、元々はなかなかいい家、親はなんかの商売してたらしくて結構裕福な生活してたって話だった。まあオーサ商会ほどじゃあねえだろうけど」
なぜだろう。さっき聞かれるまですっかり存在を忘れていた若い男のことを次々と思い出してきた。
「そんであいつもなんてのか、のんびりしたような、見るからにいい家で育ったような、そんなやつだったな。だから不思議だった、そんなのがなんでこの船に乗ってるんだ? ってな」
ルークは薄い茶色、アランよりもっと薄い、ほとんど金に近い茶色い髪をしていた。
クルッとした丸い目が人懐っこく、とても海賊船になぞ乗るような人間には見えず、不思議に思ったトーヤは少しばかり興味を持った。そしてその身の上話を聞くことになったのだ。
「悪いことってのは続くもんで、親父さんってのがちょっとした失敗をしたら、次から次からそんなことが続き、あれよあれよという間に家はすっかり傾いちまったって話だったな。そんでそこから先もお約束、だ。ルークの姉って人が身売りすることになった。まあどこにでもある話だ」
ルークの一つ上で縁談も決まっていた姉が娼館に身売りすることになった。
どうしようもなくなった、それしか一家が生きていく方法はなくなった。
泣く泣く恋人と別れ、姉は遠い町に売られていった。
「その姉さんってのを一日でも早く連れ戻したい、そう思ってそれまで働いたこともない、学問ばっかりしてたルークも学校をやめて船乗りになった、そう言ってたな」
ルークは必死で働いたが、その間に父も母も体を壊し、働いても働いてもその薬代に金は消えていく。姉を助けるどころか、下の妹まで年頃になったら姉と同じ道を進むしかないだろうとの先行きが見えてきた。そしてまだ下にいた幼いと言っていい年の弟も、学問をさせるどころか丁稚奉公にでも出すしかないだろうという話になっていた。
「それで思い余って海賊船に乗った、そんなこと言ってたな」
幼い頃から必死で戦って生き残ってきたトーヤとは違い、付け焼き刃のような船乗りには、それ以外に一発逆転の大儲けなんぞできそうもないと思ったそうだ。
「それでも、そういうお坊ちゃん上がりにしちゃよくがんばってたよ。覚悟決めた人間ってのはそんなこともあるんだと思ったりもした」
ルークはただひたすら家族のためを思って生きていた。家族を助けるために海賊などという、それまでの人生から見れば人の道からは外れるだろう生き方を選ぶほどに。
「そりゃ大した海賊船じゃなかったが、それでも一応他人様の船を襲うってな船に乗ろうなんてこと、とても似合うような人間じゃあなかった」
そのルークがあの極限の状態で自分と同時にその板にたどり着いた。
ルークの薄い色の目とトーヤの黒い目が合った。
その次の瞬間、言葉を交わすこともなく、自然とトーヤの手は板から放れていた。
「なんでだろな。なんも考える間もなく手を放しちまってた。もちろん俺だって死ぬ気はなかったのに、なんか分かんねえけど勝手に手が放れた、そんな感じだった」
ルークの方が背負っている物が多いとは思っていたと思う。
自分にはもう待つ人もなく、この先どうしなければいけないということもない。
「あいつの方が生き残るのに、あの板にすがるのにふさわしい人間、そう思ったような気がするが、本当にそう思ったかどうか、今になったらもうよく分からん」
ふいに光が言葉を放った。
『あなたとルークは釣り合った天秤でした』
「天秤?」
『あなたとルーク、両名とも助け手としての運命を背負う者でした』
「は?」
トーヤは何を言われたのか分からなかった。
『ルークもあなたと同じ助け手だったのです』
光が同じ言葉を繰り返す。
「俺と同じ助け手?」
『そうです』
「意味が分からん……」
『そのままの意味です、ルークも助け手たる存在でした』
トーヤは何を言っていいのか分からなかった。
『嵐の夜、助け手が西の海岸に現れる』
光がすべての発端となった例の託宣を告げた。
『この時、こちらに向かっていた助け手と思われる光は2つありました』
「光だあ?」
『そうです、この国を、この世界を助けるためにこちらに戻ってきた光が2つ見えました』
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