47 / 488
第一章 第三部 光と闇
7 アベルとマルト
しおりを挟む
ベルとラデルは一度工房に戻り、今度は午後からベルことアベルが一人でマルトの小間物屋へと向かった。
「こんちわ、じゃなくて、こんにちは」
「あれ、君、今朝の」
「うん、ラデル親方のところのアベルです」
「こんにちは、何か買い忘れかな」
「うん、石鹸」
「石鹸? 今朝買ってなかった?」
「うん、買ってたんだけど、途中で落としたみたいで……」
アベルはちょっと項垂れて見せた。
「そうだったのか」
「うん。親方と食堂で昼飯食って帰ったんだけどさ、その時に落としたか忘れたかしたみたい」
「それは気の毒だったね。それで叱られて元気がないのかな?」
「ううん、親方は怒らなかったよ。今度から気をつけなさいって言われただけ」
「へえ、そうか。優しい親方だね」
「うん」
アベルはそう言いながらまた石鹸を選び、その代金をマルトに払った。
「はい、ありがとう。わざわざ来たんだからお茶でも飲んでいかない?」
「え、いいの?」
「うん、どうせ今暇だしお茶でもしようかと思ってたんだ」
「そんじゃごちそうになります!」
アベルはニコニコしながらすすめられた椅子に座った。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
木のカップに入った暖かくて少し甘いお茶と、よく宮で侍女たちが食べているあの焼き菓子をマルトが出してくれた。
「おいしいです」
「そう、よかった」
人の良さそうな丸顔のマルトがニコニコしながらアベルを見る。
「あの」
「なに?」
「お兄さん、一人でこのお店をやってるんですか?」
「いや、両親と、それから奥さんも時々手伝ってくれてるよ」
「そうなんだ。今は一人で店番?」
「僕は月虹兵でね、それでそちらのお勤めの時には両親が店をやってくてるよ。奥さんは今お腹に赤ちゃんがいてね、それで実家に帰ってるんだ」
「へえ、赤ちゃん」
「うん」
「楽しみ?」
「うん、楽しみだね。今度で4人目なんだけど、子どもが生まれるのは何人目でも楽しみなものだね。まあ奥さんは大変だけどさ」
「へえ、そうなのか。そんで、月虹兵ってのおれ、なんか名前は聞いたことはあるけどよく知らないんだ。お店やりながら兵隊やってるの?」
「そうか、よく知らないか。ってことは王都の子じゃないんだね」
「うん、ちょっと遠いところから来た。王都に来たと思ったら封鎖になってさ、もうちょっとで入れなくて困るところだった」
「そうか、よかったねえ」
「うん」
アベルが菓子を食べてからお茶を飲む。
「そんで、月虹兵ってのは何をするの?」
「そうだなあ、色んなことをするけど、主には宮からのお願いがあったらそれをお手伝いするんだ」
「宮の!」
かなり驚いて見せる。
「宮ってあの? シャンタル宮?」
「うん、そうだよ」
「ええっ、すごい!」
アベルが音を立てて立ち上がる。
「じゃあさ、じゃあじゃあ、お兄さんはシャンタル宮に入ったことあるの!?」
「うん、お勤めでね」
「すっげえ! おれも月虹兵になりたい! どうやったらなれる?」
マルトが興奮するアベルを見て微笑ましそうな顔になる。
「そうだなあ、まずは仕事を持ってる大人の人って決まりがあるんだよ。だから君は親方のところで一生懸命修行して、それで職人になってからだな」
「なんだよ~すぐには無理かよ~」
アベルはがっかりしたように椅子に座り直した。
「君はまだまだ子どもだしね。焦らなくてもいいよ」
「うん、分かったよ、がんばっていい家具職人になる!」
「へえ、ラデルさんって家具職人なのか」
「うん」
「そういやうちの奥さんのお友だちのおじいさんが家具職人だって言ってたな」
「へえ、親方の知ってる人かな」
「いや、かなり遠い村の人だって聞いたからなあ」
「どこの人?」
マルトがとある小さな村の名前を口にする。
「へ? そこ、おれの村のすぐ近所だよ」
「へえ、そうなの」
「うん、そんで最初はそこの村の親方の弟子になるかって言ってたんだけど、その親方がもう年とったから弟子取るのはしんどいって。それで紹介してもらって王都にきたんだ」
「へえ、遠くから偉いな」
「そんでね、その親方の孫って人が宮の侍女なんだって」
「え?」
どこかで聞いたような話にマルトが驚いた。
「その侍女って人、なんて名前だった?」
「う~んと、なんだっけかなあ、聞いたけど、う~ん、なんて名前だったかなあ……聞いたら思い出せる気がするんだけ、う~ん……」
「もしかして、ミーヤさん?」
「あ、なんかそんな名前だった」
「へえ!」
思わぬ偶然にマルトが声を上げて驚いた。
「すごい偶然だ! そのミーヤさん、うちの奥さんと同期ですごく仲良しなんだよ。今も一緒に月虹兵付きの仕事をしてる」
「え? 侍女の人って一生結婚しないでシャンタル宮で仕事するんじゃないの?」
「今は『外の侍女』っていうのがあってね、それでうちの奥さんはそれなんだよ」
「へえ、その親方の孫って人もそうなの?」
「いや、ミーヤさんは宮の侍女だよ。うちの奥さんは僕と結婚して外の侍女になったんだ」
「へえ、なんかよく分かんねえけど、けどすごい偶然だ!」
「本当だねえ」
アベルことベルはうまく話を持っていきながら、心の中で、
(本当は偶然なんかじゃないんだけど、ごめんなリルの旦那)
と思っていた。
「こんちわ、じゃなくて、こんにちは」
「あれ、君、今朝の」
「うん、ラデル親方のところのアベルです」
「こんにちは、何か買い忘れかな」
「うん、石鹸」
「石鹸? 今朝買ってなかった?」
「うん、買ってたんだけど、途中で落としたみたいで……」
アベルはちょっと項垂れて見せた。
「そうだったのか」
「うん。親方と食堂で昼飯食って帰ったんだけどさ、その時に落としたか忘れたかしたみたい」
「それは気の毒だったね。それで叱られて元気がないのかな?」
「ううん、親方は怒らなかったよ。今度から気をつけなさいって言われただけ」
「へえ、そうか。優しい親方だね」
「うん」
アベルはそう言いながらまた石鹸を選び、その代金をマルトに払った。
「はい、ありがとう。わざわざ来たんだからお茶でも飲んでいかない?」
「え、いいの?」
「うん、どうせ今暇だしお茶でもしようかと思ってたんだ」
「そんじゃごちそうになります!」
アベルはニコニコしながらすすめられた椅子に座った。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
木のカップに入った暖かくて少し甘いお茶と、よく宮で侍女たちが食べているあの焼き菓子をマルトが出してくれた。
「おいしいです」
「そう、よかった」
人の良さそうな丸顔のマルトがニコニコしながらアベルを見る。
「あの」
「なに?」
「お兄さん、一人でこのお店をやってるんですか?」
「いや、両親と、それから奥さんも時々手伝ってくれてるよ」
「そうなんだ。今は一人で店番?」
「僕は月虹兵でね、それでそちらのお勤めの時には両親が店をやってくてるよ。奥さんは今お腹に赤ちゃんがいてね、それで実家に帰ってるんだ」
「へえ、赤ちゃん」
「うん」
「楽しみ?」
「うん、楽しみだね。今度で4人目なんだけど、子どもが生まれるのは何人目でも楽しみなものだね。まあ奥さんは大変だけどさ」
「へえ、そうなのか。そんで、月虹兵ってのおれ、なんか名前は聞いたことはあるけどよく知らないんだ。お店やりながら兵隊やってるの?」
「そうか、よく知らないか。ってことは王都の子じゃないんだね」
「うん、ちょっと遠いところから来た。王都に来たと思ったら封鎖になってさ、もうちょっとで入れなくて困るところだった」
「そうか、よかったねえ」
「うん」
アベルが菓子を食べてからお茶を飲む。
「そんで、月虹兵ってのは何をするの?」
「そうだなあ、色んなことをするけど、主には宮からのお願いがあったらそれをお手伝いするんだ」
「宮の!」
かなり驚いて見せる。
「宮ってあの? シャンタル宮?」
「うん、そうだよ」
「ええっ、すごい!」
アベルが音を立てて立ち上がる。
「じゃあさ、じゃあじゃあ、お兄さんはシャンタル宮に入ったことあるの!?」
「うん、お勤めでね」
「すっげえ! おれも月虹兵になりたい! どうやったらなれる?」
マルトが興奮するアベルを見て微笑ましそうな顔になる。
「そうだなあ、まずは仕事を持ってる大人の人って決まりがあるんだよ。だから君は親方のところで一生懸命修行して、それで職人になってからだな」
「なんだよ~すぐには無理かよ~」
アベルはがっかりしたように椅子に座り直した。
「君はまだまだ子どもだしね。焦らなくてもいいよ」
「うん、分かったよ、がんばっていい家具職人になる!」
「へえ、ラデルさんって家具職人なのか」
「うん」
「そういやうちの奥さんのお友だちのおじいさんが家具職人だって言ってたな」
「へえ、親方の知ってる人かな」
「いや、かなり遠い村の人だって聞いたからなあ」
「どこの人?」
マルトがとある小さな村の名前を口にする。
「へ? そこ、おれの村のすぐ近所だよ」
「へえ、そうなの」
「うん、そんで最初はそこの村の親方の弟子になるかって言ってたんだけど、その親方がもう年とったから弟子取るのはしんどいって。それで紹介してもらって王都にきたんだ」
「へえ、遠くから偉いな」
「そんでね、その親方の孫って人が宮の侍女なんだって」
「え?」
どこかで聞いたような話にマルトが驚いた。
「その侍女って人、なんて名前だった?」
「う~んと、なんだっけかなあ、聞いたけど、う~ん、なんて名前だったかなあ……聞いたら思い出せる気がするんだけ、う~ん……」
「もしかして、ミーヤさん?」
「あ、なんかそんな名前だった」
「へえ!」
思わぬ偶然にマルトが声を上げて驚いた。
「すごい偶然だ! そのミーヤさん、うちの奥さんと同期ですごく仲良しなんだよ。今も一緒に月虹兵付きの仕事をしてる」
「え? 侍女の人って一生結婚しないでシャンタル宮で仕事するんじゃないの?」
「今は『外の侍女』っていうのがあってね、それでうちの奥さんはそれなんだよ」
「へえ、その親方の孫って人もそうなの?」
「いや、ミーヤさんは宮の侍女だよ。うちの奥さんは僕と結婚して外の侍女になったんだ」
「へえ、なんかよく分かんねえけど、けどすごい偶然だ!」
「本当だねえ」
アベルことベルはうまく話を持っていきながら、心の中で、
(本当は偶然なんかじゃないんだけど、ごめんなリルの旦那)
と思っていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします
暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。
いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。
子を身ごもってからでは遅いのです。
あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」
伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。
女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。
妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。
だから恥じた。
「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。
本当に恥ずかしい…
私は潔く身を引くことにしますわ………」
そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。
「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。
私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。
手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。
そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」
こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる