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第一章 第三部 光と闇
4 天啓
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「天啓?」
「はい」
「それは、シャンタルの託宣とは別にそのようなことがあったということですか?」
「はい」
「どのようなことがあったかお話しいただけますか?」
「それは……」
マユリアは少し考えて、
「いえ、それは申せません。託宣に関することは選ばれた者にしか言えないのです」
そう言った。
「天啓とは託宣と別だとおっしゃったが」
「託宣をできるのはシャンタルだけ、マユリアにはそのような力はもうございません。ですが、時に託宣の残り火のように、託宣の補助とでも申せばよろしいのでしょうか、そのように天からの印を受け取ることがございます」
「補助?」
「ええ、そうです。シャンタルの交代はお生まれになってすぐのことです。ですからまだご自分のお言葉ではお伝えにはなれません。そのような時期にどうしても伝えなくてはならない託宣があった時などに、マユリアに天啓として天がお伝え下さることがあるのです」
「なるほど。そしてその時にもその天啓があったと」
「その通りです」
マユリアが目をつぶってしっかりと頷いた。
「シャンタルが助け手が現れるとおっしゃった時、わたくしの上にも天啓がございました。その天啓の人こそがミーヤだったのです。そして天啓の通りにミーヤはとても重要な働きをしてくれました」
「ふうむ……」
人の世のことではないことには、国王とて何かを言えることはない。
「ですが、陛下のお言葉通り、それもやはり当時のこと、今は違うのではと言われるとわたくしには返せる言葉がございません。今は今、当時は当時として、現在のことを見守るつもりでおります」
「それがいいでしょうね」
国王はにっこりと微笑んでマユリアをじっと見つめた。
「マユリア」
「はい、なんでしょう」
「天啓の話ですが、実は私にもそのような覚えがあります」
「え?」
「7歳の時のことです、とても不思議な体験をいたしました」
国王は熱を帯びた目でマユリアを見つめ、
「私は物心ついて初めて謁見の間へ参りました。それ以前に一度、シャンタル交代の日に両親である国王、皇后と共に初めての謁見を済ませていたらしいのですが、その時にはまだ4歳と幼くあまりよく覚えてはおりません。それにシャンタルになられたばかりのあなたはまだゆりかごの中でおやすみでしたし、とてもお目にかかったと言える出会いではなかったでしょう。そして7歳のその時、初めて女神シャンタルにお目にかかった時、私の上に天啓が降りて参りました」
そう言って椅子を降りてマユリアの前に片膝をついて跪く。
「まるで稲妻に打たれたかのようでした。今でもその時の心地を今のことのように思い出せます。あなたを一目見て私は恋に落ちたのです。女神に対してなんという不敬と何度も己の心を封じようといたしました。ですが、無理でした。幼いあの日、私の運命の人は決まってしまったのです。それがあなたなのですマユリア」
熱い想いを込めた言葉をマユリアはただじっと聞いている。
「ですが、私はご存知の通りに国王の長子、立太子の礼の後の皇太子、次期国王としての立場があります。国の父として次の世に後継者を残さねばなりません。ですのであなたへの気持ちとは別に、皇太子として、この国を守る者としての責務から、国からこの方こそ国母にふさわしいと選ばれた皇太子妃を娶り後継者を残しました。皇太子として、国王として、皇太子妃を、今では皇后となった妻を心より愛し、尊敬し、慈しみ、国の母として大事に思っております。ですが、それは皇太子としての、国王としての私の心なのです」
国王は切々と胸の内をマユリアに語る。
「一人の男としての心はマユリア、いえ、シャンタル」
久しぶりに呼ばれた名前にマユリアが薄くだが反応する。
「あなたを、あなただけを愛し続けておりました。この心をどうぞ受け取っていただきたい。私の妻となっていただきたい」
マユリアは困り果てた顔になる。
美しい顔に浮かぶ困惑の表情、その影すら美しい。
「わたくしは……」
やっとのようにマユリアが言葉を絞り出す。
「以前も申し上げましたように、任期を終えた後は両親の元へ戻り、ただの娘として親子の時を持ちたいのです」
「もちろんあなたのお気持ちを尊重いたします」
国王は優しく言葉を続ける。
「任期を終えて人に戻られた後、ご両親との時をお持ちください。一人の娘に戻って家族の時をお過ごしください。そして少し落ち着かれたら、もう一度私とのことをお考えください。私はいつまででもお待ちいたします」
「…………」
マユリアは言葉なく国王の言葉を聞いている。
「以前、親元へ戻らずそのまま私の元に来ていただきたいと要望いたしましたのは、すでにもうお分かりだと思いますが、父への誓約書があったからです。あの父のこと、あなたが市井の人に戻ったら即時にあの誓約書を盾にあなたの後宮入りを無理強いするだろう、そう考えていたからです。ですが、あなたを縛る軛はすでになく、あなたはゆっくりとこれからの人生を考えてくださればいいのです。私は何年でも待ちます」
言葉と物腰は柔らかでありながら、実際には何があろうとマユリアを諦めないという宣言であった。
「はい」
「それは、シャンタルの託宣とは別にそのようなことがあったということですか?」
「はい」
「どのようなことがあったかお話しいただけますか?」
「それは……」
マユリアは少し考えて、
「いえ、それは申せません。託宣に関することは選ばれた者にしか言えないのです」
そう言った。
「天啓とは託宣と別だとおっしゃったが」
「託宣をできるのはシャンタルだけ、マユリアにはそのような力はもうございません。ですが、時に託宣の残り火のように、託宣の補助とでも申せばよろしいのでしょうか、そのように天からの印を受け取ることがございます」
「補助?」
「ええ、そうです。シャンタルの交代はお生まれになってすぐのことです。ですからまだご自分のお言葉ではお伝えにはなれません。そのような時期にどうしても伝えなくてはならない託宣があった時などに、マユリアに天啓として天がお伝え下さることがあるのです」
「なるほど。そしてその時にもその天啓があったと」
「その通りです」
マユリアが目をつぶってしっかりと頷いた。
「シャンタルが助け手が現れるとおっしゃった時、わたくしの上にも天啓がございました。その天啓の人こそがミーヤだったのです。そして天啓の通りにミーヤはとても重要な働きをしてくれました」
「ふうむ……」
人の世のことではないことには、国王とて何かを言えることはない。
「ですが、陛下のお言葉通り、それもやはり当時のこと、今は違うのではと言われるとわたくしには返せる言葉がございません。今は今、当時は当時として、現在のことを見守るつもりでおります」
「それがいいでしょうね」
国王はにっこりと微笑んでマユリアをじっと見つめた。
「マユリア」
「はい、なんでしょう」
「天啓の話ですが、実は私にもそのような覚えがあります」
「え?」
「7歳の時のことです、とても不思議な体験をいたしました」
国王は熱を帯びた目でマユリアを見つめ、
「私は物心ついて初めて謁見の間へ参りました。それ以前に一度、シャンタル交代の日に両親である国王、皇后と共に初めての謁見を済ませていたらしいのですが、その時にはまだ4歳と幼くあまりよく覚えてはおりません。それにシャンタルになられたばかりのあなたはまだゆりかごの中でおやすみでしたし、とてもお目にかかったと言える出会いではなかったでしょう。そして7歳のその時、初めて女神シャンタルにお目にかかった時、私の上に天啓が降りて参りました」
そう言って椅子を降りてマユリアの前に片膝をついて跪く。
「まるで稲妻に打たれたかのようでした。今でもその時の心地を今のことのように思い出せます。あなたを一目見て私は恋に落ちたのです。女神に対してなんという不敬と何度も己の心を封じようといたしました。ですが、無理でした。幼いあの日、私の運命の人は決まってしまったのです。それがあなたなのですマユリア」
熱い想いを込めた言葉をマユリアはただじっと聞いている。
「ですが、私はご存知の通りに国王の長子、立太子の礼の後の皇太子、次期国王としての立場があります。国の父として次の世に後継者を残さねばなりません。ですのであなたへの気持ちとは別に、皇太子として、この国を守る者としての責務から、国からこの方こそ国母にふさわしいと選ばれた皇太子妃を娶り後継者を残しました。皇太子として、国王として、皇太子妃を、今では皇后となった妻を心より愛し、尊敬し、慈しみ、国の母として大事に思っております。ですが、それは皇太子としての、国王としての私の心なのです」
国王は切々と胸の内をマユリアに語る。
「一人の男としての心はマユリア、いえ、シャンタル」
久しぶりに呼ばれた名前にマユリアが薄くだが反応する。
「あなたを、あなただけを愛し続けておりました。この心をどうぞ受け取っていただきたい。私の妻となっていただきたい」
マユリアは困り果てた顔になる。
美しい顔に浮かぶ困惑の表情、その影すら美しい。
「わたくしは……」
やっとのようにマユリアが言葉を絞り出す。
「以前も申し上げましたように、任期を終えた後は両親の元へ戻り、ただの娘として親子の時を持ちたいのです」
「もちろんあなたのお気持ちを尊重いたします」
国王は優しく言葉を続ける。
「任期を終えて人に戻られた後、ご両親との時をお持ちください。一人の娘に戻って家族の時をお過ごしください。そして少し落ち着かれたら、もう一度私とのことをお考えください。私はいつまででもお待ちいたします」
「…………」
マユリアは言葉なく国王の言葉を聞いている。
「以前、親元へ戻らずそのまま私の元に来ていただきたいと要望いたしましたのは、すでにもうお分かりだと思いますが、父への誓約書があったからです。あの父のこと、あなたが市井の人に戻ったら即時にあの誓約書を盾にあなたの後宮入りを無理強いするだろう、そう考えていたからです。ですが、あなたを縛る軛はすでになく、あなたはゆっくりとこれからの人生を考えてくださればいいのです。私は何年でも待ちます」
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