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第一章 第三部 光と闇
3 片側
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「お父上」ことトーヤが神殿の正殿で不思議な体験をしていた頃、シャンタル宮の「前の宮」にあるマユリアの客室にも来客があった。
「本当なら昨日のうちにお尋ねしたかったのですが、昨日はこちらも色々とやらねばならぬことがありました。申し訳ございません」
マユリアにそう言って椅子に座ったまま頭を下げたのは、ほんの数日前の政変で新国王となった男である。マユリアと同じ高さ、同じく椅子に座ったままでいられるのは国王だけである。
「神官長から聞きました。セルマと、そしてミーヤという侍女の二名が侍女頭に対する罪で懲罰房に入れられたとか」
「いえ、そういうわけではありません」
マユリアが表情を動かさずに言う。
「まだその二名に罪があると決まったものではありません。ただ、今の段階ではまだ何が真実か分からぬので、それでそのようにするしかなかっただけです」
「そうなのですか」
まだ若く美貌の新国王がやわらかく、優しい笑顔をマユリアに向けた。
「封鎖の鐘のことを聞くつもりで昨日王宮に神官長を呼んだのですが、思わぬ話を聞いて驚いております」
「そうでしたか」
「封鎖の鐘」が鳴ってすぐにマユリアは神官長を宮へと呼んだ。この国では何があろうと一番に権限があるのはシャンタル宮である。宮の聞き取りが終わった翌日の昨日、次に王宮で聞き取りがあったのだ。
「神官長が申すには、あの中の国から来たというエリス様の一行が怪しいとのことでした。なんでも八年前に『託宣の客人』として宮に招かれていたトーヤという外の国の者、その者の企みではないかとも」
「いいえ」
マユリアがゆっくりと首を振る。
「トーヤは託宣の客人、託宣の助け手です。決してそのようなことをする人間ではありません」
マユリアの答えに国王が少し眉をひそめた。
「聞くところによると傭兵上がりのならず者だという話でしたね。マユリアのように穢れない存在からご覧になるとどんな人間でも清らかに見えるのでしょうが、さすがにその男は怪しいのではと私にも思えました」
マユリアはまたゆっくりと首を振った。
「本人を知らず、片側からだけの意見、伝え聞いた出自だけでその人間性を判断なさるのはいかがなものでしょう」
「それは……」
国王がマユリアの言葉に「ふうむ」と少し考え込む。
「いや、マユリアのおっしゃる通りです。少しばかり私の考えが足りませんでした。ご不快に思われたでしょうか」
「いえ」
「仮にも為政者たる者が、おのれの目で見ず耳で聞かず、伝聞のみでそのように判断すること、決してやってはならぬことでした」
国王がマユリアに頭を下げた。
「ですが、その上であえて申し上げたい。その者が身分を偽って宮に侵入したこと、これは事実です。その目的が分からぬうちはマユリア、決してその者に心を許さぬようにしていただきたい」
「それは……」
「八年前は確かにその者は託宣の客人であり、託宣の助け手であったかも知れない。ですが月日は人を変えます。その者が今どうあるのかを見ず、こうあって欲しいと望む気持ちでその人間性を肯定なさるのもまた片側だけから見ていることとは思われませんか? それもまた危険なことだと思います。一体何が目的でそのようなことをしたものか、それを知るまでは警戒なさることです」
マユリアには返す言葉がなかった。
マユリアは知っている。トーヤがなぜ今、そのようにしてここに戻ってきたのかを。
だがこの国王は託宣に選ばれた人ではない。この先がどうなるかは分からないが、少なくとも八年前にはこのことに関わることのなかった人だ。そして今後どのように関わるかもまだ分からない。
真実を告げるわけにはいかない今、国王の言うこともまた最もな意見であると言わざるを得ない。
「分かりました」
少し考えてやっとそれだけをマユリアは返した。
「お分かりいただければ結構です」
国王は優しい笑みをマユリアに向ける。
「本日はこのような話をしに来たのではありませんでした。侍女二名のことを聞き、マユリアがお心を痛めておられるのではないかと心配で様子を伺いにきたのです」
「お心遣いありがとうございます」
「私はセルマは何度も会ってその人となりをよく知っています。真っ直ぐで真面目な人間。やや生真面目すぎるきらいはありますが、間違いのない人間ではないかと思います」
「ええ、わたくしもそう思います」
「もう一人のミーヤという侍女については何も知りませんが、ただ……」
また国王が眉をひそめる。
「これも神官長から聞いたことです。言わば片側からだけ聞いたことですので、申していることが真実であるかどうか私には判断できない。なので間違いがあればご指摘いただきたいが、なんでも八年前にそのトーヤたる者付きであり、今回も以前よりその正体を知っていたとか」
「ええ、それはその通りです」
「そしてその者、そのトーヤという男に心があり、その、通じているのではないか、とも」
「それはありえません」
マユリアがきっぱりと言う。
「そもそもミーヤをトーヤに付けたのはわたくしです。天啓によりミーヤを付けました。間違いを起こすような者を天がお示しになることはありません」
「本当なら昨日のうちにお尋ねしたかったのですが、昨日はこちらも色々とやらねばならぬことがありました。申し訳ございません」
マユリアにそう言って椅子に座ったまま頭を下げたのは、ほんの数日前の政変で新国王となった男である。マユリアと同じ高さ、同じく椅子に座ったままでいられるのは国王だけである。
「神官長から聞きました。セルマと、そしてミーヤという侍女の二名が侍女頭に対する罪で懲罰房に入れられたとか」
「いえ、そういうわけではありません」
マユリアが表情を動かさずに言う。
「まだその二名に罪があると決まったものではありません。ただ、今の段階ではまだ何が真実か分からぬので、それでそのようにするしかなかっただけです」
「そうなのですか」
まだ若く美貌の新国王がやわらかく、優しい笑顔をマユリアに向けた。
「封鎖の鐘のことを聞くつもりで昨日王宮に神官長を呼んだのですが、思わぬ話を聞いて驚いております」
「そうでしたか」
「封鎖の鐘」が鳴ってすぐにマユリアは神官長を宮へと呼んだ。この国では何があろうと一番に権限があるのはシャンタル宮である。宮の聞き取りが終わった翌日の昨日、次に王宮で聞き取りがあったのだ。
「神官長が申すには、あの中の国から来たというエリス様の一行が怪しいとのことでした。なんでも八年前に『託宣の客人』として宮に招かれていたトーヤという外の国の者、その者の企みではないかとも」
「いいえ」
マユリアがゆっくりと首を振る。
「トーヤは託宣の客人、託宣の助け手です。決してそのようなことをする人間ではありません」
マユリアの答えに国王が少し眉をひそめた。
「聞くところによると傭兵上がりのならず者だという話でしたね。マユリアのように穢れない存在からご覧になるとどんな人間でも清らかに見えるのでしょうが、さすがにその男は怪しいのではと私にも思えました」
マユリアはまたゆっくりと首を振った。
「本人を知らず、片側からだけの意見、伝え聞いた出自だけでその人間性を判断なさるのはいかがなものでしょう」
「それは……」
国王がマユリアの言葉に「ふうむ」と少し考え込む。
「いや、マユリアのおっしゃる通りです。少しばかり私の考えが足りませんでした。ご不快に思われたでしょうか」
「いえ」
「仮にも為政者たる者が、おのれの目で見ず耳で聞かず、伝聞のみでそのように判断すること、決してやってはならぬことでした」
国王がマユリアに頭を下げた。
「ですが、その上であえて申し上げたい。その者が身分を偽って宮に侵入したこと、これは事実です。その目的が分からぬうちはマユリア、決してその者に心を許さぬようにしていただきたい」
「それは……」
「八年前は確かにその者は託宣の客人であり、託宣の助け手であったかも知れない。ですが月日は人を変えます。その者が今どうあるのかを見ず、こうあって欲しいと望む気持ちでその人間性を肯定なさるのもまた片側だけから見ていることとは思われませんか? それもまた危険なことだと思います。一体何が目的でそのようなことをしたものか、それを知るまでは警戒なさることです」
マユリアには返す言葉がなかった。
マユリアは知っている。トーヤがなぜ今、そのようにしてここに戻ってきたのかを。
だがこの国王は託宣に選ばれた人ではない。この先がどうなるかは分からないが、少なくとも八年前にはこのことに関わることのなかった人だ。そして今後どのように関わるかもまだ分からない。
真実を告げるわけにはいかない今、国王の言うこともまた最もな意見であると言わざるを得ない。
「分かりました」
少し考えてやっとそれだけをマユリアは返した。
「お分かりいただければ結構です」
国王は優しい笑みをマユリアに向ける。
「本日はこのような話をしに来たのではありませんでした。侍女二名のことを聞き、マユリアがお心を痛めておられるのではないかと心配で様子を伺いにきたのです」
「お心遣いありがとうございます」
「私はセルマは何度も会ってその人となりをよく知っています。真っ直ぐで真面目な人間。やや生真面目すぎるきらいはありますが、間違いのない人間ではないかと思います」
「ええ、わたくしもそう思います」
「もう一人のミーヤという侍女については何も知りませんが、ただ……」
また国王が眉をひそめる。
「これも神官長から聞いたことです。言わば片側からだけ聞いたことですので、申していることが真実であるかどうか私には判断できない。なので間違いがあればご指摘いただきたいが、なんでも八年前にそのトーヤたる者付きであり、今回も以前よりその正体を知っていたとか」
「ええ、それはその通りです」
「そしてその者、そのトーヤという男に心があり、その、通じているのではないか、とも」
「それはありえません」
マユリアがきっぱりと言う。
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