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第一章 第二部 囚われの侍女
20 御祭神
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トーヤはしばらくの間頭を下げてお祈りをする振りをしていたが、ふと顔を上げてきらきら光る御祭神を見つめた。
(これは一体何なんだ)
エリス様御一行が初めて神殿にお参りに来た時にトーヤも参加していたが、その時には「これが御神体か」と思っただけで特に意識を向けてはいなかった。
だがよくよく考えてみれば、トーヤの神殿のイメージ、御神体のイメージとは全く違うものであった。
アルディナにも神殿はたくさんある。主祭神である光の女神アルディナを筆頭に、その土地だけで祀られている神様だっているし、アルディナ王国のお隣のアイリス女王国なんかは女王が始祖アイリスの血統だということで、あっちこっちに始祖と並んでその時代の女王の肖像画が飾られている。傭兵としてあちらこちらを放浪していたトーヤも実際に見たことがあった。
(そうなんだよな、アルディナではあっちこっちに神様の絵だの像だのが飾られまくってた)
ところが、ここシャンタリオでは神様の絵や像というのは一つもない。それは実際に女神様がいるからなのか、それとも偶像を作るのは禁止されているからかは分からない。それでもどこぞに神様だという絵や像の一つぐらいあってもおかしくはないのにと、今になってやっと思ったのだ。
元から無信心なことも理由の一つではあるだろうが、それでもあちらにいる頃は、蜂蜜のように輝く金色の髪と青に緑の光を混ぜたような「アルディナの青」と呼ばれる瞳を持つアルディナ女神の絵を見ては「えらいべっぴんだ」「機会があればお願いしたいもんだ」とか、生きてる美人を評するように仲間で言い合って笑ったこともあった。
彫刻などはその体のラインを目でなぞり、もっと生々しい話で盛り上がったりなども男どもの間ではごくごく普通のことでもあった。
(そりゃ実際にあんなべっぴんが生き神様だって目の前にいるからな、そういうのなくても不思議じゃないかもしれんが、それでも)
そう、王都で「シャンタルのお出まし」を見て、それを絵にして土産にして売ったりとかしたらいい儲けになりそうなもんだ。
(そういうの思いつくような商才のあるやつはいなかったのか? いや)
オーサ商会のアロなどは、思いつかない方が不思議なぐらい、あれやこれやと商売の新しい道を探しては手を広げていくタイプだ。
(リル島の新商品にどうかって色々持ち込まれたしな)
と、リルがエリス様の部屋を尋ねた時に並べられた品々を思い出して苦笑する。
(だとしたら、やっぱり絵に描くことは禁止されているのか? けど、当代シャンタルが先代の肖像画を見たことがあるとは言っていたがなあ、ふうむ……)
そんなことを考えていると、目の前のきらきらが気になって気になって仕方なくなってきた。
少し丸みを帯びた四角い石。
色は透明ではないがなんというのか白っぽい透明、水晶のようにも見えるが違うようにも見える。
トーヤはとうとう立ち上がり、ゆっくりと不思議な石に近づいてみた。
なんとなく、一気に近づく気にはなれなくて、ほんの二歩ほど近寄ってみる。
少しだけ近くで見ても印象は特に変わらない。
きれいな石、それだけだ。
ゆっくりと横から回り込んでみたら、横から見ても前から見るのと同じぐらいの厚みがある石だと分かった。
(ってことは、四角と言うより角張った楕円か?)
あっちとこっちから全体を眺めるとそういう印象に変わった。
斜めから見ても同じような形なので四角ではないようだ。
頭上を見上げると、ガラスの天井から差し込む光が真下にあるこの石に光を集めているかのようだ。
(光が集まった塊みたいだな)
トーヤの印象はそのように変わっていた。
どうして正面から見た時には板だと思っていたんだろう、そうも思った。
(変な石だよなあ)
この石の部分だけが突出して明るいから、それで影がそう見えるようにしてたのか、とも考えた。
もう少しだけ近づいてみる。
一歩、二歩……
トーヤはドキリとして思わず足を止める。
(いや、違う、こいつは……)
もっと近くに寄ってみてわかった。
(こいつは、きれいな楕円だ)
色も白ではない、完全な透明に見えた。
その透明な楕円に光が差し、影と混ざって白っぽく見えるところを今までは白い板のように思っていたようだ。
「穢れのない石」
思わずトーヤの口からそんな言葉がこぼれた。
(ってことは、見る人間の気持ちによって見える形が違うのか)
理由もなくそんなことも思った。
そういえば、神殿詣でを続けていたシャンタルやベル、自分と同じく一回だけここに来たアランともこの石について話したことはなかった。だからみんな自分と同じ四角い板に見えているとばかり思っていた。もしも人によって見える形が違うとすれば、そんな効果のある石だとしたら、自分が見えていたあの形にはどんな意味があったんだろう。漠然とそんなことを思っていた。
トーヤはさらに一歩、二歩、近づいて石のすぐそばに来てしまった。
(触っていいもんなのか?)
そう考えながらもそっとその石に手を伸ばした。
「あっ!」
触れた途端、四角い板が扉のように開き、トーヤは思わずそう声を上げ、前にも経験したある感覚と共に扉の向こうに飲み込まれた。
(これは一体何なんだ)
エリス様御一行が初めて神殿にお参りに来た時にトーヤも参加していたが、その時には「これが御神体か」と思っただけで特に意識を向けてはいなかった。
だがよくよく考えてみれば、トーヤの神殿のイメージ、御神体のイメージとは全く違うものであった。
アルディナにも神殿はたくさんある。主祭神である光の女神アルディナを筆頭に、その土地だけで祀られている神様だっているし、アルディナ王国のお隣のアイリス女王国なんかは女王が始祖アイリスの血統だということで、あっちこっちに始祖と並んでその時代の女王の肖像画が飾られている。傭兵としてあちらこちらを放浪していたトーヤも実際に見たことがあった。
(そうなんだよな、アルディナではあっちこっちに神様の絵だの像だのが飾られまくってた)
ところが、ここシャンタリオでは神様の絵や像というのは一つもない。それは実際に女神様がいるからなのか、それとも偶像を作るのは禁止されているからかは分からない。それでもどこぞに神様だという絵や像の一つぐらいあってもおかしくはないのにと、今になってやっと思ったのだ。
元から無信心なことも理由の一つではあるだろうが、それでもあちらにいる頃は、蜂蜜のように輝く金色の髪と青に緑の光を混ぜたような「アルディナの青」と呼ばれる瞳を持つアルディナ女神の絵を見ては「えらいべっぴんだ」「機会があればお願いしたいもんだ」とか、生きてる美人を評するように仲間で言い合って笑ったこともあった。
彫刻などはその体のラインを目でなぞり、もっと生々しい話で盛り上がったりなども男どもの間ではごくごく普通のことでもあった。
(そりゃ実際にあんなべっぴんが生き神様だって目の前にいるからな、そういうのなくても不思議じゃないかもしれんが、それでも)
そう、王都で「シャンタルのお出まし」を見て、それを絵にして土産にして売ったりとかしたらいい儲けになりそうなもんだ。
(そういうの思いつくような商才のあるやつはいなかったのか? いや)
オーサ商会のアロなどは、思いつかない方が不思議なぐらい、あれやこれやと商売の新しい道を探しては手を広げていくタイプだ。
(リル島の新商品にどうかって色々持ち込まれたしな)
と、リルがエリス様の部屋を尋ねた時に並べられた品々を思い出して苦笑する。
(だとしたら、やっぱり絵に描くことは禁止されているのか? けど、当代シャンタルが先代の肖像画を見たことがあるとは言っていたがなあ、ふうむ……)
そんなことを考えていると、目の前のきらきらが気になって気になって仕方なくなってきた。
少し丸みを帯びた四角い石。
色は透明ではないがなんというのか白っぽい透明、水晶のようにも見えるが違うようにも見える。
トーヤはとうとう立ち上がり、ゆっくりと不思議な石に近づいてみた。
なんとなく、一気に近づく気にはなれなくて、ほんの二歩ほど近寄ってみる。
少しだけ近くで見ても印象は特に変わらない。
きれいな石、それだけだ。
ゆっくりと横から回り込んでみたら、横から見ても前から見るのと同じぐらいの厚みがある石だと分かった。
(ってことは、四角と言うより角張った楕円か?)
あっちとこっちから全体を眺めるとそういう印象に変わった。
斜めから見ても同じような形なので四角ではないようだ。
頭上を見上げると、ガラスの天井から差し込む光が真下にあるこの石に光を集めているかのようだ。
(光が集まった塊みたいだな)
トーヤの印象はそのように変わっていた。
どうして正面から見た時には板だと思っていたんだろう、そうも思った。
(変な石だよなあ)
この石の部分だけが突出して明るいから、それで影がそう見えるようにしてたのか、とも考えた。
もう少しだけ近づいてみる。
一歩、二歩……
トーヤはドキリとして思わず足を止める。
(いや、違う、こいつは……)
もっと近くに寄ってみてわかった。
(こいつは、きれいな楕円だ)
色も白ではない、完全な透明に見えた。
その透明な楕円に光が差し、影と混ざって白っぽく見えるところを今までは白い板のように思っていたようだ。
「穢れのない石」
思わずトーヤの口からそんな言葉がこぼれた。
(ってことは、見る人間の気持ちによって見える形が違うのか)
理由もなくそんなことも思った。
そういえば、神殿詣でを続けていたシャンタルやベル、自分と同じく一回だけここに来たアランともこの石について話したことはなかった。だからみんな自分と同じ四角い板に見えているとばかり思っていた。もしも人によって見える形が違うとすれば、そんな効果のある石だとしたら、自分が見えていたあの形にはどんな意味があったんだろう。漠然とそんなことを思っていた。
トーヤはさらに一歩、二歩、近づいて石のすぐそばに来てしまった。
(触っていいもんなのか?)
そう考えながらもそっとその石に手を伸ばした。
「あっ!」
触れた途端、四角い板が扉のように開き、トーヤは思わずそう声を上げ、前にも経験したある感覚と共に扉の向こうに飲み込まれた。
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