上 下
40 / 488
第一章 第二部 囚われの侍女

20 御祭神

しおりを挟む
 トーヤはしばらくの間頭を下げてお祈りをする振りをしていたが、ふと顔を上げてきらきら光る御祭神を見つめた。

(これは一体何なんだ)

 エリス様御一行が初めて神殿にお参りに来た時にトーヤも参加していたが、その時には「これが御神体か」と思っただけで特に意識を向けてはいなかった。
 だがよくよく考えてみれば、トーヤの神殿のイメージ、御神体のイメージとは全く違うものであった。

 アルディナにも神殿はたくさんある。主祭神である光の女神アルディナを筆頭に、その土地だけで祀られている神様だっているし、アルディナ王国のお隣のアイリス女王国なんかは女王が始祖アイリスの血統だということで、あっちこっちに始祖と並んでその時代の女王の肖像画が飾られている。傭兵としてあちらこちらを放浪していたトーヤも実際に見たことがあった。

(そうなんだよな、アルディナではあっちこっちに神様の絵だの像だのが飾られまくってた)

 ところが、ここシャンタリオでは神様の絵や像というのは一つもない。それは実際に女神様がいるからなのか、それとも偶像を作るのは禁止されているからかは分からない。それでもどこぞに神様だという絵や像の一つぐらいあってもおかしくはないのにと、今になってやっと思ったのだ。

 元から無信心なことも理由の一つではあるだろうが、それでもあちらにいる頃は、蜂蜜のように輝く金色の髪と青に緑の光を混ぜたような「アルディナの青」と呼ばれる瞳を持つアルディナ女神の絵を見ては「えらいべっぴんだ」「機会があればお願いしたいもんだ」とか、生きてる美人を評するように仲間で言い合って笑ったこともあった。
 彫刻などはその体のラインを目でなぞり、もっと生々しい話で盛り上がったりなども男どもの間ではごくごく普通のことでもあった。

(そりゃ実際にあんなべっぴんが生き神様だって目の前にいるからな、そういうのなくても不思議じゃないかもしれんが、それでも)

 そう、王都で「シャンタルのお出まし」を見て、それを絵にして土産にして売ったりとかしたらいい儲けになりそうなもんだ。

(そういうの思いつくような商才のあるやつはいなかったのか? いや)

 オーサ商会のアロなどは、思いつかない方が不思議なぐらい、あれやこれやと商売の新しい道を探しては手を広げていくタイプだ。

(リル島の新商品にどうかって色々持ち込まれたしな)

 と、リルがエリス様の部屋を尋ねた時に並べられた品々を思い出して苦笑する。

(だとしたら、やっぱり絵に描くことは禁止されているのか? けど、当代シャンタルが先代の肖像画を見たことがあるとは言っていたがなあ、ふうむ……)

 そんなことを考えていると、目の前のきらきらが気になって気になって仕方なくなってきた。

 少し丸みを帯びた四角い石。
 色は透明ではないがなんというのか白っぽい透明、水晶のようにも見えるが違うようにも見える。

 トーヤはとうとう立ち上がり、ゆっくりと不思議な石に近づいてみた。
 
 なんとなく、一気に近づく気にはなれなくて、ほんの二歩ほど近寄ってみる。

 少しだけ近くで見ても印象は特に変わらない。
 きれいな石、それだけだ。

 ゆっくりと横から回り込んでみたら、横から見ても前から見るのと同じぐらいの厚みがある石だと分かった。

(ってことは、四角と言うより角張った楕円か?)

 あっちとこっちから全体を眺めるとそういう印象に変わった。
 斜めから見ても同じような形なので四角ではないようだ。

 頭上を見上げると、ガラスの天井から差し込む光が真下にあるこの石に光を集めているかのようだ。

(光が集まった塊みたいだな)

 トーヤの印象はそのように変わっていた。
 どうして正面から見た時には板だと思っていたんだろう、そうも思った。

(変な石だよなあ)

 この石の部分だけが突出して明るいから、それで影がそう見えるようにしてたのか、とも考えた。

 もう少しだけ近づいてみる。
 一歩、二歩……

 トーヤはドキリとして思わず足を止める。

(いや、違う、こいつは……)

 もっと近くに寄ってみてわかった。

(こいつは、きれいな楕円だ)

 色も白ではない、完全な透明に見えた。
 その透明な楕円に光が差し、影と混ざって白っぽく見えるところを今までは白い板のように思っていたようだ。

「穢れのない石」

 思わずトーヤの口からそんな言葉がこぼれた。

(ってことは、見る人間の気持ちによって見える形が違うのか)

 理由もなくそんなことも思った。
 
 そういえば、神殿詣でを続けていたシャンタルやベル、自分と同じく一回だけここに来たアランともこの石について話したことはなかった。だからみんな自分と同じ四角い板に見えているとばかり思っていた。もしも人によって見える形が違うとすれば、そんな効果のある石だとしたら、自分が見えていたあの形にはどんな意味があったんだろう。漠然とそんなことを思っていた。

 トーヤはさらに一歩、二歩、近づいて石のすぐそばに来てしまった。

(触っていいもんなのか?)

 そう考えながらもそっとその石に手を伸ばした。

「あっ!」

 触れた途端、四角い板が扉のように開き、トーヤは思わずそう声を上げ、前にも経験したある感覚と共に扉の向こうに飲み込まれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハイスペな車と廃番勇者の少年との気長な旅をするメガネのおっさん

夕刻の灯
ファンタジー
ある日…神は、こう神託を人々に伝えました。 『勇者によって、平和になったこの世界には、勇者はもう必要ありません。なので、勇者が産まれる事はないでしょう…』 その神託から時が流れた。 勇者が産まれるはずが無い世界の片隅に 1人の少年が勇者の称号を持って産まれた。 そこからこの世界の歯車があちらこちらで狂い回り始める。 買ったばかりの新車の車を事故らせた。 アラサーのメガネのおっさん 崖下に落ちた〜‼︎ っと思ったら、異世界の森の中でした。 買ったばかりの新車の車は、いろんな意味で ハイスペな車に変わってました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...