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第一章 第二部 囚われの侍女
19 神殿潜入
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「おはようございます。今朝は何かご用はございませんでしょうか」
鋼鉄の侍女頭がそう言って入ってきたのは「次代様」の父親である「お父上」の滞在される部屋である。
「おはようございます。お願いがあります」
「お父上」になりきってトーヤがそう丁寧に答える。
「いやな、神殿に行きたいんだ」
丁寧な口調はどうやら長く続けられなかったらしい。
「神殿にですか?」
「ああ」
「何をなさるつもりです」
「俺が行ける場所ってのは限られてる。こっそり行きゃ行けねえわけじゃねえが、そんなことして捕まるようなヘマはしたくねえしな」
「さようですか」
「だからまあ、そうだな、嫁さんと子どもの無事をお祈りしたい、一人でゆっくりお祈りしたい、そう言って神殿に一人でほっぽっといてもらうってなこと、できるかな」
「どうでしょう」
キリエは相手がどうであっても態度も表情も変わることがない。
「神殿に一度伺ってはみますが」
「頼むよ」
「分かりました。ではもうすぐ朝餉が参ります、ゆっくりお召し上がりください」
「おう、ありがとよ」
キリエが出ていくとトーヤはまたマントのフードを深くかぶった。
しばらくするとキリエが言っていたように侍女二人が朝食のワゴンを運んできた。小さい声で礼を言って受け取り、一人になってゆっくりと食べる。
そうして食べ終えて待っているとまた侍女二人がワゴンを下げにやってきた。後は特にすることもない。
トーヤはマントをかぶったまま廊下に出て見た。
八年前、当代の父親であるラデルはここから離宮、親御様が出産をするための建物を見ていたな、そんなことをぼおっと考え、同じように同じ建物を見つめていた。
(確かにこれしかできることねえな)
後は部屋に入って一人で何かを考えるか。そう思って部屋に戻る。
(きっと懲罰房ってのでもそうなんだろう)
トーヤは懲罰房がどのような部屋かをはっきりとは知らない。八年前、マユリアがそこにいたと後でリルに聞きはしたが、その時はもうそれ以上の用がある場所とは思えなかった。
(確か地下だって言ってたが、あっちこっち見て回ってた時にそんな部屋を見た記憶はない。ということは、さっと行ける場所じゃねえのか、道が隠されてるかどっちかかな)
今、場所が分かったとしてもミーヤを連れ出しには行けない。そんなことをしたらかえってミーヤの立場が悪くなるだけだ。分かっているので我慢するしかない。
そうしてもやもやと時間を過ごしていると、またキリエが部屋にやってきた。
「神殿がどうぞお越しくださいとのことです。おっしゃる通り、お一人でごゆっくりなさってくださいとも」
「ありがとう、助かるよ」
そう言って深くマントをかぶり直し、キリエの案内で神殿へと足を向けた。
あの「王宮の鐘」が鳴った時、ミーヤと共にここへと急いだ。シャンタルとベルが心配だったからだ。出た気配もなく王宮へと連れて行かれた2人が通った隠し扉もできれば確認しておきたい。
他には何がどうと決めての神殿行きではなかった。だがそれでも、ここが今回の出来事の中心のように思えてどうしても行って調べておきたかったのだ。
「お連れいたしました」
キリエがそう言って無表情のまま「お父上」を神殿前の神官に引き渡した。
待っていたのは三十代から四十代に見える神官が二人。宮で言うと「誓いを立てた」ぐらいの年齢かなと思いながら「お父上」はゆっくりと頭を下げる。
「お戻りの時にはまたお迎えに参ります」
キリエはそう言って一人で宮の方へと戻っていった。
「お世話になります」
小さい声でぼそぼそと「お父上」がそう言って神官に頭を下げた。
「畏れ多いこと、どうぞ頭をお上げください」
昨日までただの一般人だった男が、妻の体内に宿るのが神であると分かった途端、その身も尊いものとなる。「次代様」の任期中、約二十年はこの男もまた神の一族なのだ。
「どうぞこちらです」
二人のうちの一人がそう言って「お父上」を神殿内へと案内をした。
「どうぞごゆっくり」
神官はそう言って「お父上」を神殿の正殿、例のキラキラ光る石の板のような御祭神のある部屋へと案内し、一人残して出ていった。
扉がピッタリと閉められると室内は「お父上」ことトーヤとその石だけになった。
(こりゃお祈りするしか他にやることなさそうな部屋だな)
石からかなり離れてはいるが、並んだ椅子の一応最前列の正面に座って頭を下げ、お祈りをする振りをしながらそう考える。誰かが覗いている可能性がないとも限らないからだ。
(何しろここには隠し扉だのなんだのがあるからな、ないことない)
さて、こうしてとりあえず神殿に潜り込んではみたものの、この先どうするかはさっぱり決まっていない。とにかくまずはお祈りしながら様子を探る。
(神様の真ん前に隠し扉だの覗き窓だのっては、この国の人間ならやらないようには思うけどなあ、けど……)
何しろシャンタル宮にはあの洞窟がある。誰かが何かのために作ったあの抜け道が。
あの道はトーヤがシャンタルを連れ出すためだけに作られた道なのか、それとも他に役目があるのか。
(あるとすりゃなんかここにもあると踏んだんだけどな)
トーヤはマントの下からゆっくりと周囲の様子を盗み見た。
鋼鉄の侍女頭がそう言って入ってきたのは「次代様」の父親である「お父上」の滞在される部屋である。
「おはようございます。お願いがあります」
「お父上」になりきってトーヤがそう丁寧に答える。
「いやな、神殿に行きたいんだ」
丁寧な口調はどうやら長く続けられなかったらしい。
「神殿にですか?」
「ああ」
「何をなさるつもりです」
「俺が行ける場所ってのは限られてる。こっそり行きゃ行けねえわけじゃねえが、そんなことして捕まるようなヘマはしたくねえしな」
「さようですか」
「だからまあ、そうだな、嫁さんと子どもの無事をお祈りしたい、一人でゆっくりお祈りしたい、そう言って神殿に一人でほっぽっといてもらうってなこと、できるかな」
「どうでしょう」
キリエは相手がどうであっても態度も表情も変わることがない。
「神殿に一度伺ってはみますが」
「頼むよ」
「分かりました。ではもうすぐ朝餉が参ります、ゆっくりお召し上がりください」
「おう、ありがとよ」
キリエが出ていくとトーヤはまたマントのフードを深くかぶった。
しばらくするとキリエが言っていたように侍女二人が朝食のワゴンを運んできた。小さい声で礼を言って受け取り、一人になってゆっくりと食べる。
そうして食べ終えて待っているとまた侍女二人がワゴンを下げにやってきた。後は特にすることもない。
トーヤはマントをかぶったまま廊下に出て見た。
八年前、当代の父親であるラデルはここから離宮、親御様が出産をするための建物を見ていたな、そんなことをぼおっと考え、同じように同じ建物を見つめていた。
(確かにこれしかできることねえな)
後は部屋に入って一人で何かを考えるか。そう思って部屋に戻る。
(きっと懲罰房ってのでもそうなんだろう)
トーヤは懲罰房がどのような部屋かをはっきりとは知らない。八年前、マユリアがそこにいたと後でリルに聞きはしたが、その時はもうそれ以上の用がある場所とは思えなかった。
(確か地下だって言ってたが、あっちこっち見て回ってた時にそんな部屋を見た記憶はない。ということは、さっと行ける場所じゃねえのか、道が隠されてるかどっちかかな)
今、場所が分かったとしてもミーヤを連れ出しには行けない。そんなことをしたらかえってミーヤの立場が悪くなるだけだ。分かっているので我慢するしかない。
そうしてもやもやと時間を過ごしていると、またキリエが部屋にやってきた。
「神殿がどうぞお越しくださいとのことです。おっしゃる通り、お一人でごゆっくりなさってくださいとも」
「ありがとう、助かるよ」
そう言って深くマントをかぶり直し、キリエの案内で神殿へと足を向けた。
あの「王宮の鐘」が鳴った時、ミーヤと共にここへと急いだ。シャンタルとベルが心配だったからだ。出た気配もなく王宮へと連れて行かれた2人が通った隠し扉もできれば確認しておきたい。
他には何がどうと決めての神殿行きではなかった。だがそれでも、ここが今回の出来事の中心のように思えてどうしても行って調べておきたかったのだ。
「お連れいたしました」
キリエがそう言って無表情のまま「お父上」を神殿前の神官に引き渡した。
待っていたのは三十代から四十代に見える神官が二人。宮で言うと「誓いを立てた」ぐらいの年齢かなと思いながら「お父上」はゆっくりと頭を下げる。
「お戻りの時にはまたお迎えに参ります」
キリエはそう言って一人で宮の方へと戻っていった。
「お世話になります」
小さい声でぼそぼそと「お父上」がそう言って神官に頭を下げた。
「畏れ多いこと、どうぞ頭をお上げください」
昨日までただの一般人だった男が、妻の体内に宿るのが神であると分かった途端、その身も尊いものとなる。「次代様」の任期中、約二十年はこの男もまた神の一族なのだ。
「どうぞこちらです」
二人のうちの一人がそう言って「お父上」を神殿内へと案内をした。
「どうぞごゆっくり」
神官はそう言って「お父上」を神殿の正殿、例のキラキラ光る石の板のような御祭神のある部屋へと案内し、一人残して出ていった。
扉がピッタリと閉められると室内は「お父上」ことトーヤとその石だけになった。
(こりゃお祈りするしか他にやることなさそうな部屋だな)
石からかなり離れてはいるが、並んだ椅子の一応最前列の正面に座って頭を下げ、お祈りをする振りをしながらそう考える。誰かが覗いている可能性がないとも限らないからだ。
(何しろここには隠し扉だのなんだのがあるからな、ないことない)
さて、こうしてとりあえず神殿に潜り込んではみたものの、この先どうするかはさっぱり決まっていない。とにかくまずはお祈りしながら様子を探る。
(神様の真ん前に隠し扉だの覗き窓だのっては、この国の人間ならやらないようには思うけどなあ、けど……)
何しろシャンタル宮にはあの洞窟がある。誰かが何かのために作ったあの抜け道が。
あの道はトーヤがシャンタルを連れ出すためだけに作られた道なのか、それとも他に役目があるのか。
(あるとすりゃなんかここにもあると踏んだんだけどな)
トーヤはマントの下からゆっくりと周囲の様子を盗み見た。
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