上 下
36 / 488
第一章 第二部 囚われの侍女

16 大家族

しおりを挟む
「全然気がつかなかったよ……」
「そりゃダルは鈍いもの」

 リルがそう言ってくすりと笑う。

「私は八年前からなんとなく気がついてはいたわ」
「ええっ、そうなの!」
「そうなのって、さっきから何回そう言ってるか分かってる? 本当に鈍いわね」
「いや、だってさ」
「まあね、その鈍さがダルのいいところだから」
「誉められてるんだか腐されてるんだか……」
「両方よ。それでね」

 リルはダルの感想は聞かずに話を続ける。

「2人はきっとお互いに深く深く想い合っているのだわ。でもトーヤはああしてこの国を離れていった。本当は行きたくなかったかも知れないけれど、仕方がなかったし。それでもまだトーヤの方が素直なのよ。あの時、思わずミーヤを連れて行こうとした。あれはセルマ様がどうっていうのじゃなく、ただミーヤと離れたくなかったからでしょう。理由はつけてたけど、あれは咄嗟に手が出たんだわ。それでアランにらしくないってとがめられてたもの」
「アランが?」
「ええ。でもミーヤはただただ行かないって。本当、本当に頑固で頑固で……」

 リルの目にうっすらと涙が浮かんだ。

「この八年ね、お役目のこともあるだろうけれど、ミーヤと本当に色々なことを話す機会に恵まれたの。その時にトーヤの話を絶対に自分からは話そうとしないのよね。私が話題に出すと自然な感じで普通に話すのだけれど、絶対に自分からは言わない。自分が侍女だということが分かっているから、だから、言ってもどうしようもないことだと思っていて、それでもじっと待っていたのよ、トーヤが戻るのを」
「リル……」
「きっとそれで満足だと思っているのよミーヤは。トーヤが元気でいてくれて、そして再会できればそれでいいと。そうして自分はいつかは誓いを立ててこの宮に一生を捧げる、そう決めているのでしょうね」
「そ、それさ、リル」
「何よ」
「なんとかならないの?」
「なんとかって?」
「なんとかして、ミーヤが侍女を辞めてトーヤと一緒になるとか」
「簡単には無理でしょうね、よっぽどのことがないと」
「よっぽどのことって?」
「そうねえ……」

 リルは少し考えるようにして、

「例えば侍女がなくなるとか、宮がなくなるとか、そんなこと?」
「そんなの~」

 ダルが情けなそうな声を出した。

「そんなの、とってもないことじゃないか。だったらあの2人は絶対に」
「今のままではそうでしょうね」
「そんな、そんなこと」
「あのキリエ様ですら、そこまで言うのが精一杯だったのじゃないかしら。それだけミーヤの覚悟は固いってことよ」
「ミーヤ、トーヤ……」

 ダルは大事な2人のことを思って言葉が出ない。

「それにしても」

 リルがダルをキッと睨む。

「ほんっとうーになーんにも気づかなかったの?」
「う、うん……」

 はあ~っとリルが大きなため息をつき、肩を一回上下した。

「アミは気の毒ね~」
「な、なにがだよ」
「こーんな鈍いのが旦那だなんて」
「リル~」
「まあ仕方ないわ、さっきも言ったけど、そこがダルのいいところだし」

 どうやらからかったようだ。

「なんにしても、私たちにできることはそんなにないのよ。元々人にできることっていうのはそんなものなのだと思うわ。八年前のあの時から、私はなんとなくそう思ってる」
「リル……」
「でもね、その少ないことを精一杯やるのもまた人なのよ。自分にしかやれないことを精一杯やる。だから私も、ノノのこと、ミーヤのことを見ていて自分にも自分にしか進めない道がある、そう思って今の道を選ぶことができたんだわ」
「リルは偉いなあ……」
「あら、ダルだって偉いじゃない」
 
 口調が明らかに楽しそうになる。

「だって、普通の人だったら、オーサ商会みたいな大商会の、そしてこーんなに美人で賢いお嬢様に好きだって言われたら、自分を好きかどうかも分からない幼なじみなんてほっといて、とっととそっちに乗り換えるわよ?」
「リル~」

 言うだけ言ってプッと吹き出した。

「冗談よ。まあダルだってそうして自分の道をしっかり自分で選んでるってことを言いたかっただけよ。あの時、ああしてはっきり言ってくれて、そしてそれでもこうしてお友達でいてくれて本当に感謝してるわ。そしてアミっていう大親友をまた私に与えてくれて」
「い、いやあ、そうかなあ」

 今ではアミはリルと本当に仲良く、生まれた時からの友人のように親しくしている。
 リルは子どもを連れてカースに来ては、ダルの母ナスタや祖母ディナと、まるで本当の家族のような時間を過ごし、子どもたちもダルとアミの子と本当の兄弟姉妹のように仲がよく、いつも子犬のようにころころと一緒に遊んでいる。
 もちろんリルは実の親、アロとその妻とも良い仲ではあるし、最初は「そんな大商会に」と遠慮していたアミも、今では互いにもう一つの実家のようにリルの両親を慕うようになっていた。

「ほんっと、よく考えたら私たちって本当にうまくいってるわよね」
「そうだなあ」
「マトやアミの家族も含めて大家族みたいに」
「そうなってしまったよなあ」
「そこにミーヤとトーヤも一緒に入ってくれたらと思うけれど、でも、それは……」

 リルはそこまで言って後は口を閉じてしまい、実家に着くまでもう何も話そうとはしなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

解呪の魔法しか使えないからとSランクパーティーから追放された俺は、呪いをかけられていた美少女ドラゴンを拾って最強へと至る

早見羽流
ファンタジー
「ロイ・クノール。お前はもう用無しだ」 解呪の魔法しか使えない初心者冒険者の俺は、呪いの宝箱を解呪した途端にSランクパーティーから追放され、ダンジョンの最深部へと蹴り落とされてしまう。 そこで出会ったのは封印された邪龍。解呪の能力を使って邪龍の封印を解くと、なんとそいつは美少女の姿になり、契約を結んで欲しいと頼んできた。 彼女は元は世界を守護する守護龍で、英雄や女神の陰謀によって邪龍に堕とされ封印されていたという。契約を結んだ俺は彼女を救うため、守護龍を封印し世界を牛耳っている女神や英雄の血を引く王家に立ち向かうことを誓ったのだった。 (1話2500字程度、1章まで完結保証です)

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

処理中です...