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第一章 第二部 囚われの侍女
16 大家族
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「全然気がつかなかったよ……」
「そりゃダルは鈍いもの」
リルがそう言ってくすりと笑う。
「私は八年前からなんとなく気がついてはいたわ」
「ええっ、そうなの!」
「そうなのって、さっきから何回そう言ってるか分かってる? 本当に鈍いわね」
「いや、だってさ」
「まあね、その鈍さがダルのいいところだから」
「誉められてるんだか腐されてるんだか……」
「両方よ。それでね」
リルはダルの感想は聞かずに話を続ける。
「2人はきっとお互いに深く深く想い合っているのだわ。でもトーヤはああしてこの国を離れていった。本当は行きたくなかったかも知れないけれど、仕方がなかったし。それでもまだトーヤの方が素直なのよ。あの時、思わずミーヤを連れて行こうとした。あれはセルマ様がどうっていうのじゃなく、ただミーヤと離れたくなかったからでしょう。理由はつけてたけど、あれは咄嗟に手が出たんだわ。それでアランにらしくないって咎められてたもの」
「アランが?」
「ええ。でもミーヤはただただ行かないって。本当、本当に頑固で頑固で……」
リルの目にうっすらと涙が浮かんだ。
「この八年ね、お役目のこともあるだろうけれど、ミーヤと本当に色々なことを話す機会に恵まれたの。その時にトーヤの話を絶対に自分からは話そうとしないのよね。私が話題に出すと自然な感じで普通に話すのだけれど、絶対に自分からは言わない。自分が侍女だということが分かっているから、だから、言ってもどうしようもないことだと思っていて、それでもじっと待っていたのよ、トーヤが戻るのを」
「リル……」
「きっとそれで満足だと思っているのよミーヤは。トーヤが元気でいてくれて、そして再会できればそれでいいと。そうして自分はいつかは誓いを立ててこの宮に一生を捧げる、そう決めているのでしょうね」
「そ、それさ、リル」
「何よ」
「なんとかならないの?」
「なんとかって?」
「なんとかして、ミーヤが侍女を辞めてトーヤと一緒になるとか」
「簡単には無理でしょうね、よっぽどのことがないと」
「よっぽどのことって?」
「そうねえ……」
リルは少し考えるようにして、
「例えば侍女がなくなるとか、宮がなくなるとか、そんなこと?」
「そんなの~」
ダルが情けなそうな声を出した。
「そんなの、とってもないことじゃないか。だったらあの2人は絶対に」
「今のままではそうでしょうね」
「そんな、そんなこと」
「あのキリエ様ですら、そこまで言うのが精一杯だったのじゃないかしら。それだけミーヤの覚悟は固いってことよ」
「ミーヤ、トーヤ……」
ダルは大事な2人のことを思って言葉が出ない。
「それにしても」
リルがダルをキッと睨む。
「ほんっとうーになーんにも気づかなかったの?」
「う、うん……」
はあ~っとリルが大きなため息をつき、肩を一回上下した。
「アミは気の毒ね~」
「な、なにがだよ」
「こーんな鈍いのが旦那だなんて」
「リル~」
「まあ仕方ないわ、さっきも言ったけど、そこがダルのいいところだし」
どうやらからかったようだ。
「なんにしても、私たちにできることはそんなにないのよ。元々人にできることっていうのはそんなものなのだと思うわ。八年前のあの時から、私はなんとなくそう思ってる」
「リル……」
「でもね、その少ないことを精一杯やるのもまた人なのよ。自分にしかやれないことを精一杯やる。だから私も、ノノのこと、ミーヤのことを見ていて自分にも自分にしか進めない道がある、そう思って今の道を選ぶことができたんだわ」
「リルは偉いなあ……」
「あら、ダルだって偉いじゃない」
口調が明らかに楽しそうになる。
「だって、普通の人だったら、オーサ商会みたいな大商会の、そしてこーんなに美人で賢いお嬢様に好きだって言われたら、自分を好きかどうかも分からない幼なじみなんてほっといて、とっととそっちに乗り換えるわよ?」
「リル~」
言うだけ言ってプッと吹き出した。
「冗談よ。まあダルだってそうして自分の道をしっかり自分で選んでるってことを言いたかっただけよ。あの時、ああしてはっきり言ってくれて、そしてそれでもこうしてお友達でいてくれて本当に感謝してるわ。そしてアミっていう大親友をまた私に与えてくれて」
「い、いやあ、そうかなあ」
今ではアミはリルと本当に仲良く、生まれた時からの友人のように親しくしている。
リルは子どもを連れてカースに来ては、ダルの母ナスタや祖母ディナと、まるで本当の家族のような時間を過ごし、子どもたちもダルとアミの子と本当の兄弟姉妹のように仲がよく、いつも子犬のようにころころと一緒に遊んでいる。
もちろんリルは実の親、アロとその妻とも良い仲ではあるし、最初は「そんな大商会に」と遠慮していたアミも、今では互いにもう一つの実家のようにリルの両親を慕うようになっていた。
「ほんっと、よく考えたら私たちって本当にうまくいってるわよね」
「そうだなあ」
「マトやアミの家族も含めて大家族みたいに」
「そうなってしまったよなあ」
「そこにミーヤとトーヤも一緒に入ってくれたらと思うけれど、でも、それは……」
リルはそこまで言って後は口を閉じてしまい、実家に着くまでもう何も話そうとはしなかった。
「そりゃダルは鈍いもの」
リルがそう言ってくすりと笑う。
「私は八年前からなんとなく気がついてはいたわ」
「ええっ、そうなの!」
「そうなのって、さっきから何回そう言ってるか分かってる? 本当に鈍いわね」
「いや、だってさ」
「まあね、その鈍さがダルのいいところだから」
「誉められてるんだか腐されてるんだか……」
「両方よ。それでね」
リルはダルの感想は聞かずに話を続ける。
「2人はきっとお互いに深く深く想い合っているのだわ。でもトーヤはああしてこの国を離れていった。本当は行きたくなかったかも知れないけれど、仕方がなかったし。それでもまだトーヤの方が素直なのよ。あの時、思わずミーヤを連れて行こうとした。あれはセルマ様がどうっていうのじゃなく、ただミーヤと離れたくなかったからでしょう。理由はつけてたけど、あれは咄嗟に手が出たんだわ。それでアランにらしくないって咎められてたもの」
「アランが?」
「ええ。でもミーヤはただただ行かないって。本当、本当に頑固で頑固で……」
リルの目にうっすらと涙が浮かんだ。
「この八年ね、お役目のこともあるだろうけれど、ミーヤと本当に色々なことを話す機会に恵まれたの。その時にトーヤの話を絶対に自分からは話そうとしないのよね。私が話題に出すと自然な感じで普通に話すのだけれど、絶対に自分からは言わない。自分が侍女だということが分かっているから、だから、言ってもどうしようもないことだと思っていて、それでもじっと待っていたのよ、トーヤが戻るのを」
「リル……」
「きっとそれで満足だと思っているのよミーヤは。トーヤが元気でいてくれて、そして再会できればそれでいいと。そうして自分はいつかは誓いを立ててこの宮に一生を捧げる、そう決めているのでしょうね」
「そ、それさ、リル」
「何よ」
「なんとかならないの?」
「なんとかって?」
「なんとかして、ミーヤが侍女を辞めてトーヤと一緒になるとか」
「簡単には無理でしょうね、よっぽどのことがないと」
「よっぽどのことって?」
「そうねえ……」
リルは少し考えるようにして、
「例えば侍女がなくなるとか、宮がなくなるとか、そんなこと?」
「そんなの~」
ダルが情けなそうな声を出した。
「そんなの、とってもないことじゃないか。だったらあの2人は絶対に」
「今のままではそうでしょうね」
「そんな、そんなこと」
「あのキリエ様ですら、そこまで言うのが精一杯だったのじゃないかしら。それだけミーヤの覚悟は固いってことよ」
「ミーヤ、トーヤ……」
ダルは大事な2人のことを思って言葉が出ない。
「それにしても」
リルがダルをキッと睨む。
「ほんっとうーになーんにも気づかなかったの?」
「う、うん……」
はあ~っとリルが大きなため息をつき、肩を一回上下した。
「アミは気の毒ね~」
「な、なにがだよ」
「こーんな鈍いのが旦那だなんて」
「リル~」
「まあ仕方ないわ、さっきも言ったけど、そこがダルのいいところだし」
どうやらからかったようだ。
「なんにしても、私たちにできることはそんなにないのよ。元々人にできることっていうのはそんなものなのだと思うわ。八年前のあの時から、私はなんとなくそう思ってる」
「リル……」
「でもね、その少ないことを精一杯やるのもまた人なのよ。自分にしかやれないことを精一杯やる。だから私も、ノノのこと、ミーヤのことを見ていて自分にも自分にしか進めない道がある、そう思って今の道を選ぶことができたんだわ」
「リルは偉いなあ……」
「あら、ダルだって偉いじゃない」
口調が明らかに楽しそうになる。
「だって、普通の人だったら、オーサ商会みたいな大商会の、そしてこーんなに美人で賢いお嬢様に好きだって言われたら、自分を好きかどうかも分からない幼なじみなんてほっといて、とっととそっちに乗り換えるわよ?」
「リル~」
言うだけ言ってプッと吹き出した。
「冗談よ。まあダルだってそうして自分の道をしっかり自分で選んでるってことを言いたかっただけよ。あの時、ああしてはっきり言ってくれて、そしてそれでもこうしてお友達でいてくれて本当に感謝してるわ。そしてアミっていう大親友をまた私に与えてくれて」
「い、いやあ、そうかなあ」
今ではアミはリルと本当に仲良く、生まれた時からの友人のように親しくしている。
リルは子どもを連れてカースに来ては、ダルの母ナスタや祖母ディナと、まるで本当の家族のような時間を過ごし、子どもたちもダルとアミの子と本当の兄弟姉妹のように仲がよく、いつも子犬のようにころころと一緒に遊んでいる。
もちろんリルは実の親、アロとその妻とも良い仲ではあるし、最初は「そんな大商会に」と遠慮していたアミも、今では互いにもう一つの実家のようにリルの両親を慕うようになっていた。
「ほんっと、よく考えたら私たちって本当にうまくいってるわよね」
「そうだなあ」
「マトやアミの家族も含めて大家族みたいに」
「そうなってしまったよなあ」
「そこにミーヤとトーヤも一緒に入ってくれたらと思うけれど、でも、それは……」
リルはそこまで言って後は口を閉じてしまい、実家に着くまでもう何も話そうとはしなかった。
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