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第一章 第二部 囚われの侍女
15 侍女の覚悟
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「いや、あの、その、ほめられてる?」
「一応ね」
「一応って」
リルが笑ったのでダルもやっと笑うことができた。
「ミーヤは何があっても侍女であることをやめようとはしないわよ。それが分かってるから、だからあの時にもトーヤにミーヤを置いて行くようにと言ったのよ」
「え、何それ!」
「あ、そうか、ダルはもう気絶させられてたわよね」
「あの後のこと?」
「ええ」
リルがなんとなくつらそうに続ける。
「トーヤはね、ミーヤを連れていこうとしてたの」
「そんなこと言ってたけど、聞いてたの?」
「気絶してる振りしてただけだもの」
「そういやそうか」
「目をつぶってたから聞いてただけだけど、トーヤがミーヤはセルマ様に目をつけられているから一緒に来るように、そう言ったの。でもミーヤは行けない、いえ行かないって」
「そう言ったの?」
「ええ。自分には自分の道があるって」
「そう、なのか……」
「ええ」
ダルもリルも互いの顔を見ずに答える。
「それでもトーヤはまだ一緒に来るようにって言ったんだけど、ミーヤは自分はこの宮の侍女だ、侍女を連れて行ったらトーヤが重罪人になってしまう、そうも言ってたわ」
「そうなるの?」
「なると思うわ」
リルがきっぱりと言う。
「侍女はね、宮に入る時に本当に厳しい誓いを立てるのよ」
「え、誓いって、もっと年をとってから立てるものじゃないの?」
「それとは別に宮に入るにあたって誓いを立てるのよ。宮の中のことを外にはしゃべりませんとか、嘘は決してつきませんとか、身を清く保って『穢れた侍女』にはなりません、とか」
「穢れた侍女?」
「簡単に言うと男性とそういう関係を持ちませんってこと」
「あ、ああ」
意味が分かると、もう結婚して子どもも5人いるというのに、ダルが顔を赤くして下を向いた。
「そういうのが他にもたくさんね。そして、その誓いを守ってお勤めを全うした者だけが、最後の誓いを立てて一生を宮に捧げることを許されるの。その侍女を攫っていくというのは、本当に重い罪なのよ」
「なんか、思ってたのとちょっと違うな」
「どう違うの?」
「いや、許されるって」
「ああ」
リルが納得したという顔になる。
「今だからこそね、私もダルの気持ちがなんとなく分かるけれど、当時はなんとかして自分も許されたいと思っていたわ。いつかはお父さまの言う通り宮を辞してどこかの誰かに嫁ぐのだと思いながら、それでもそれと同じぐらい、行儀見習いの侍女だからって軽く見られたくない、いつかはお許しをいただいて宮に一生を捧げたいってね」
「そ、そうだったの……」
「ええ、そうよ。今にして思えばそこまでの覚悟があったかどうかも分からないけれど」
ふっとリルが少し寂しそうに笑ってダルを見る。
「でもね、ミーヤにはその覚悟があるのよ」
「覚悟?」
「ええ。ノノは、さっきも言った通り、仕方なく宮に応募して選ばれた。選ばれなかったらそれこそもっと厳しい道に行かなくてはいけなかった。だからそれと引き換えに、そしてお金のために宮に入ったのよ」
「そんな侍女がいるなんて、考えたこともなかったよ」
「フェイのことは聞いたわよね?」
「うん。新しい母親が来て、邪魔にされて宮に入れられたって」
「フェイも同じよ。だからまあ、色々な理由で侍女になる人がいるってこと」
「そうなるのか」
「理由は違うけれど自分で望まなくても来るしかなかった。でもミーヤは違うわ、自分の意思で、自分で宮に、シャンタルにお仕えしたい、そう思って宮に入ってきた子よ」
「そうだったね」
ダルもリルもミーヤと話してどうして宮に来たかを聞いたことがある。
「だからノノとは違うの。ノノは、宮に入ってからもずっとナルのことが忘れられなかったの」
「本人に聞いたの?」
「ええそうよ。ナルが月虹兵として宮に上がるようになって、時々顔を合わせるようになってから苦しくてたまらないって、そう相談されたの」
「そうだったのか」
「それでもやっぱり、自分は侍女として生きると決めたって気持ちも大きくて、2つの心の間でノノは苦しんで苦しんで、そしてもういっそ消えてなくなりたい、そう言って泣いてたわ。だからキリエ様に相談したの」
「え、リルがキリエ様に言ったの?」
「そうよ。キリエ様だったらきっと分かってくださるだろう、そう思って」
「知らなかった……」
「そりゃそうよ、そんなこと誰にでも話すことじゃないもの」
リルが思い出すように少しだけ微笑んだ。
「多分、キリエ様はミーヤのために外の侍女を考えてらっしゃったのよ」
「ええっ!」
「八年前、ミーヤと2人でキリエ様とお話したことがあるの。その時にね、こんなことをおっしゃったの。
『ただ一つだけ言っておきます。立派な侍女になったと言ったからとて、この先の人生を全て宮に捧げよと言っているわけではありません。おまえはおまえの選ぶ道を行きなさい。そしてそれはミーヤ、おまえも同じこと、2人共自分が進むべき道を焦らず探しなさい』
「私を立派な侍女になったと誉めてくださって、そしてそんなことをおっしゃったの」
「キリエ様が……」
「キリエ様はミーヤがトーヤをどれほど深く想っているかきっとご存知なのよ。その上でそうおっしゃったのだろうと思うわ」
「一応ね」
「一応って」
リルが笑ったのでダルもやっと笑うことができた。
「ミーヤは何があっても侍女であることをやめようとはしないわよ。それが分かってるから、だからあの時にもトーヤにミーヤを置いて行くようにと言ったのよ」
「え、何それ!」
「あ、そうか、ダルはもう気絶させられてたわよね」
「あの後のこと?」
「ええ」
リルがなんとなくつらそうに続ける。
「トーヤはね、ミーヤを連れていこうとしてたの」
「そんなこと言ってたけど、聞いてたの?」
「気絶してる振りしてただけだもの」
「そういやそうか」
「目をつぶってたから聞いてただけだけど、トーヤがミーヤはセルマ様に目をつけられているから一緒に来るように、そう言ったの。でもミーヤは行けない、いえ行かないって」
「そう言ったの?」
「ええ。自分には自分の道があるって」
「そう、なのか……」
「ええ」
ダルもリルも互いの顔を見ずに答える。
「それでもトーヤはまだ一緒に来るようにって言ったんだけど、ミーヤは自分はこの宮の侍女だ、侍女を連れて行ったらトーヤが重罪人になってしまう、そうも言ってたわ」
「そうなるの?」
「なると思うわ」
リルがきっぱりと言う。
「侍女はね、宮に入る時に本当に厳しい誓いを立てるのよ」
「え、誓いって、もっと年をとってから立てるものじゃないの?」
「それとは別に宮に入るにあたって誓いを立てるのよ。宮の中のことを外にはしゃべりませんとか、嘘は決してつきませんとか、身を清く保って『穢れた侍女』にはなりません、とか」
「穢れた侍女?」
「簡単に言うと男性とそういう関係を持ちませんってこと」
「あ、ああ」
意味が分かると、もう結婚して子どもも5人いるというのに、ダルが顔を赤くして下を向いた。
「そういうのが他にもたくさんね。そして、その誓いを守ってお勤めを全うした者だけが、最後の誓いを立てて一生を宮に捧げることを許されるの。その侍女を攫っていくというのは、本当に重い罪なのよ」
「なんか、思ってたのとちょっと違うな」
「どう違うの?」
「いや、許されるって」
「ああ」
リルが納得したという顔になる。
「今だからこそね、私もダルの気持ちがなんとなく分かるけれど、当時はなんとかして自分も許されたいと思っていたわ。いつかはお父さまの言う通り宮を辞してどこかの誰かに嫁ぐのだと思いながら、それでもそれと同じぐらい、行儀見習いの侍女だからって軽く見られたくない、いつかはお許しをいただいて宮に一生を捧げたいってね」
「そ、そうだったの……」
「ええ、そうよ。今にして思えばそこまでの覚悟があったかどうかも分からないけれど」
ふっとリルが少し寂しそうに笑ってダルを見る。
「でもね、ミーヤにはその覚悟があるのよ」
「覚悟?」
「ええ。ノノは、さっきも言った通り、仕方なく宮に応募して選ばれた。選ばれなかったらそれこそもっと厳しい道に行かなくてはいけなかった。だからそれと引き換えに、そしてお金のために宮に入ったのよ」
「そんな侍女がいるなんて、考えたこともなかったよ」
「フェイのことは聞いたわよね?」
「うん。新しい母親が来て、邪魔にされて宮に入れられたって」
「フェイも同じよ。だからまあ、色々な理由で侍女になる人がいるってこと」
「そうなるのか」
「理由は違うけれど自分で望まなくても来るしかなかった。でもミーヤは違うわ、自分の意思で、自分で宮に、シャンタルにお仕えしたい、そう思って宮に入ってきた子よ」
「そうだったね」
ダルもリルもミーヤと話してどうして宮に来たかを聞いたことがある。
「だからノノとは違うの。ノノは、宮に入ってからもずっとナルのことが忘れられなかったの」
「本人に聞いたの?」
「ええそうよ。ナルが月虹兵として宮に上がるようになって、時々顔を合わせるようになってから苦しくてたまらないって、そう相談されたの」
「そうだったのか」
「それでもやっぱり、自分は侍女として生きると決めたって気持ちも大きくて、2つの心の間でノノは苦しんで苦しんで、そしてもういっそ消えてなくなりたい、そう言って泣いてたわ。だからキリエ様に相談したの」
「え、リルがキリエ様に言ったの?」
「そうよ。キリエ様だったらきっと分かってくださるだろう、そう思って」
「知らなかった……」
「そりゃそうよ、そんなこと誰にでも話すことじゃないもの」
リルが思い出すように少しだけ微笑んだ。
「多分、キリエ様はミーヤのために外の侍女を考えてらっしゃったのよ」
「ええっ!」
「八年前、ミーヤと2人でキリエ様とお話したことがあるの。その時にね、こんなことをおっしゃったの。
『ただ一つだけ言っておきます。立派な侍女になったと言ったからとて、この先の人生を全て宮に捧げよと言っているわけではありません。おまえはおまえの選ぶ道を行きなさい。そしてそれはミーヤ、おまえも同じこと、2人共自分が進むべき道を焦らず探しなさい』
「私を立派な侍女になったと誉めてくださって、そしてそんなことをおっしゃったの」
「キリエ様が……」
「キリエ様はミーヤがトーヤをどれほど深く想っているかきっとご存知なのよ。その上でそうおっしゃったのだろうと思うわ」
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