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第一章 第二部 囚われの侍女
9 思わぬ証言
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「その場逃れのためにわたくしを侮辱するのですか! おのれの都合の悪いものを見つけられて言い逃れのためにそのようなこと!」
「いえ、本当のことです」
ミーヤではない。
思わぬ場所から若い女の声がした。
「あの、私、聞きました」
アーダが小さく震えながら、それでもはっきりと証言する。
「ミーヤ様のおっしゃっている通り、ルーク様、いえ、そのトーヤ様がおっしゃっているのを耳にしました」
「アーダ」
ミーヤが驚いてアーダを見る。
「あの、私、夢だとばかり思っていました。誰か男の人がミーヤ様にそのようにおっしゃって、そしてミーヤ様が一緒には行かない、そうおっしゃっているのを、確かに聞きました」
「アーダ」
マユリアが、青い顔で小さく震える侍女に声をかけた。
「何を聞きました、言ってみなさい」
「マユリア、お聞きになる必要はありません! きっとミーヤ助けたさに嘘を言っているのです! きっとこの者もあれらの仲間に違いありません!」
「セルマ、少し落ち着きなさい」
マユリアが哀れむような目でセルマを見る。
「少し落ち着いて、アーダの言っていることを聞きましょう」
「ですからそんな必要はありません!」
「セルマ」
マユリアがゆっくりと首を左右に振る。
「聞きもせずに嘘と決めつけるのはよくありません。落ち着きなさい」
「…………」
セルマがぎっと奥歯を噛み締めながら、アーダを睨みつけながら、それでも口を閉じる。
「アーダ、続けなさい」
「は、はい」
アーダは両手をギュッと組み、おずおずと、それでもはっきりと証言を続ける。
「あの、私、気を失ってはいたのですが、ぼおっとする頭の中で誰かの声はうっすらと聞こえていました。誰か男の方が、さきほどミーヤ様がおっしゃる通り、あの」
一度大きく深呼吸をして、思い切ったように続けた。
「あの、セルマ、様が……あの、セルマ様に、目をつけられているから、このままここに残っていてもきびしく詮議されるだけだろうと思う、だから、一緒に来るように、そうおっしゃいました」
アーダは言うだけ言ってしまうと、さらに固く両手を握りしめ目をつぶった。
「アーダ」
マユリアが優しく声をかける。
「それで、聞いたのはそれだけですか?」
「いえ、まだ続きがございました」
「続きを」
「は、はい」
アーダは急いで頭を下げてから上げ、続けた。
「一緒に来るようにと言われ、ミーヤ様らしい女の方が、自分は行かない、自分はこの宮の侍女で、自分には自分の生きる道があるのだ、そうおっしゃいました。そうしたらもう一度男の方の声で、あの……」
またギュッと手を握りしめる。
「あの、八年前のことで目をつけられている、だから、俺のことがバレたらどんな目に合うか分からない、一緒に来るように、そう……」
言ってしまってから気にするようにセルマをちらりと見た。
セルマは怒りに燃える彫像のようにアーダをじっと見つめている。
「あ、あの……」
「アーダ、ゆっくりとで構いません、続けなさい」
「は、はい……」
マユリアの声に励まされるように、おずおずと続ける。
「このあたりからもっと意識が薄くなっていったので、あまりよくは覚えていないのですが、こうおっしゃったのはうっすらと覚えております。女性の方が、大丈夫です、私は何もやましいことはしていません、と。その声を遠くに聞いたところから先は記憶がございません」
「そうですか、ありがとう、よく言ってくれました」
「は、はい!」
アーダは急いで正式の礼をした。
「ミーヤ」
「はい」
マユリアがミーヤに尋ねる。
「アーダの証言を聞いてどうですか」
「はい。そのような会話がありました」
「そうですか。そしておまえは侍女だから、トーヤと一緒には行かない、そう言ったのですね」
「はい」
「やましいことはない、と」
「はい」
「そして、その時トーヤはおまえの気を失わせるのをためらい、アランが代わりにそうしたということですか」
「おっしゃる通りです」
「もう一つだけ確認しておかねばならないことがあります」
「はい」
「ミーヤ、おまえがルークの正体がトーヤであると知ったのはいつです? その時、トーヤが逃げる時に初めて知ったのですか?」
「…………」
ミーヤが沈黙する。
「どうなのです?」
「いいえ」
ミーヤが意を決したように口を開いた。
「それより以前から知っておりました」
「そうですか、分かりました」
マユリアがみなをゆっくりと見渡した。
「どうやらミーヤの申すことに嘘はないようです。嘘をつく気なら、自分に不利になるようなことまで正直に話したりはしないでしょう」
「マユリア!」
神官長がそう言って進み出る。
「どうしてそうなのです! 私はセルマの申すこともありえることだと思います!」
神官長はそう言ってミーヤに視線を向けた。
「誰がどう申しても、この者がトーヤと申す男とつながりがあるのは事実です。理由はとにかく、一人だけ連れて逃げようとしていた、そのことからも推測できるのではありませんか? しかも以前からルークの正体を知っておりながら黙っていたのです!」
神官長はトーヤがセルマの仕打ちを恐れてミーヤを連れて行こうとした部分を否定するように、ミーヤとトーヤがつながっていたという部分を強調した。
「いえ、本当のことです」
ミーヤではない。
思わぬ場所から若い女の声がした。
「あの、私、聞きました」
アーダが小さく震えながら、それでもはっきりと証言する。
「ミーヤ様のおっしゃっている通り、ルーク様、いえ、そのトーヤ様がおっしゃっているのを耳にしました」
「アーダ」
ミーヤが驚いてアーダを見る。
「あの、私、夢だとばかり思っていました。誰か男の人がミーヤ様にそのようにおっしゃって、そしてミーヤ様が一緒には行かない、そうおっしゃっているのを、確かに聞きました」
「アーダ」
マユリアが、青い顔で小さく震える侍女に声をかけた。
「何を聞きました、言ってみなさい」
「マユリア、お聞きになる必要はありません! きっとミーヤ助けたさに嘘を言っているのです! きっとこの者もあれらの仲間に違いありません!」
「セルマ、少し落ち着きなさい」
マユリアが哀れむような目でセルマを見る。
「少し落ち着いて、アーダの言っていることを聞きましょう」
「ですからそんな必要はありません!」
「セルマ」
マユリアがゆっくりと首を左右に振る。
「聞きもせずに嘘と決めつけるのはよくありません。落ち着きなさい」
「…………」
セルマがぎっと奥歯を噛み締めながら、アーダを睨みつけながら、それでも口を閉じる。
「アーダ、続けなさい」
「は、はい」
アーダは両手をギュッと組み、おずおずと、それでもはっきりと証言を続ける。
「あの、私、気を失ってはいたのですが、ぼおっとする頭の中で誰かの声はうっすらと聞こえていました。誰か男の方が、さきほどミーヤ様がおっしゃる通り、あの」
一度大きく深呼吸をして、思い切ったように続けた。
「あの、セルマ、様が……あの、セルマ様に、目をつけられているから、このままここに残っていてもきびしく詮議されるだけだろうと思う、だから、一緒に来るように、そうおっしゃいました」
アーダは言うだけ言ってしまうと、さらに固く両手を握りしめ目をつぶった。
「アーダ」
マユリアが優しく声をかける。
「それで、聞いたのはそれだけですか?」
「いえ、まだ続きがございました」
「続きを」
「は、はい」
アーダは急いで頭を下げてから上げ、続けた。
「一緒に来るようにと言われ、ミーヤ様らしい女の方が、自分は行かない、自分はこの宮の侍女で、自分には自分の生きる道があるのだ、そうおっしゃいました。そうしたらもう一度男の方の声で、あの……」
またギュッと手を握りしめる。
「あの、八年前のことで目をつけられている、だから、俺のことがバレたらどんな目に合うか分からない、一緒に来るように、そう……」
言ってしまってから気にするようにセルマをちらりと見た。
セルマは怒りに燃える彫像のようにアーダをじっと見つめている。
「あ、あの……」
「アーダ、ゆっくりとで構いません、続けなさい」
「は、はい……」
マユリアの声に励まされるように、おずおずと続ける。
「このあたりからもっと意識が薄くなっていったので、あまりよくは覚えていないのですが、こうおっしゃったのはうっすらと覚えております。女性の方が、大丈夫です、私は何もやましいことはしていません、と。その声を遠くに聞いたところから先は記憶がございません」
「そうですか、ありがとう、よく言ってくれました」
「は、はい!」
アーダは急いで正式の礼をした。
「ミーヤ」
「はい」
マユリアがミーヤに尋ねる。
「アーダの証言を聞いてどうですか」
「はい。そのような会話がありました」
「そうですか。そしておまえは侍女だから、トーヤと一緒には行かない、そう言ったのですね」
「はい」
「やましいことはない、と」
「はい」
「そして、その時トーヤはおまえの気を失わせるのをためらい、アランが代わりにそうしたということですか」
「おっしゃる通りです」
「もう一つだけ確認しておかねばならないことがあります」
「はい」
「ミーヤ、おまえがルークの正体がトーヤであると知ったのはいつです? その時、トーヤが逃げる時に初めて知ったのですか?」
「…………」
ミーヤが沈黙する。
「どうなのです?」
「いいえ」
ミーヤが意を決したように口を開いた。
「それより以前から知っておりました」
「そうですか、分かりました」
マユリアがみなをゆっくりと見渡した。
「どうやらミーヤの申すことに嘘はないようです。嘘をつく気なら、自分に不利になるようなことまで正直に話したりはしないでしょう」
「マユリア!」
神官長がそう言って進み出る。
「どうしてそうなのです! 私はセルマの申すこともありえることだと思います!」
神官長はそう言ってミーヤに視線を向けた。
「誰がどう申しても、この者がトーヤと申す男とつながりがあるのは事実です。理由はとにかく、一人だけ連れて逃げようとしていた、そのことからも推測できるのではありませんか? しかも以前からルークの正体を知っておりながら黙っていたのです!」
神官長はトーヤがセルマの仕打ちを恐れてミーヤを連れて行こうとした部分を否定するように、ミーヤとトーヤがつながっていたという部分を強調した。
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