黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

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第一章 第二部 囚われの侍女

3 侍女頭の怒り

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「ミーヤ、リル、アーダ、そしてダル、おまえたちに尋ねたいことがあります」

 マユリアが優しい口調で4人に声をかけた。

「中の国の御一行が部屋を出て行った時のことを聞きたいのです。話してくれますね」

 4人がそれぞれに応じる答えを口にする。

「はい」
「はい」
「もちろんです」
「はい」

 4人はそれぞれ丁寧に正式の礼をし、マユリアの声を待って頭を上げた。

「どのようなことでした。ダル、月虹隊隊長、もう一度、今度はもう少し詳しく話してください」
「はい」

 ダルが一歩進み出て話し始める。

「最初はシャンタル宮警護隊副隊長ボーナム殿と、第一警護隊隊長ゼト殿がキリエ様に届けられた花のことで色々と質問をしていました。そして、そのことでアランと言い争いになったのですが、その隙を突くようにして、いきなり二人がかりでルークの仮面を剥ぎ取りました。それでルークがトーヤだと分かりました」
「いきなりですか」
「はい」
「では、二人は最初からルークの正体がトーヤだと知っていた、その上でそれを確かめるためにそうしたということですか?」

 マユリアが警護隊隊長であるルギを向いて尋ねた。

「いえ、ルークがトーヤであるとは思っておりませんでした。ただ、前に一行に話を聞きに行きました時に、仮面をはずしてもらってルークの顔の傷を確認したのですが、その時のルークはアルロス号のハリオという船員であることが分かりました。それで二人が確認に行ったのです」
「ルーク殿がアルロス号の船員? どういうことです」
「はい。そのハリオという船員が、誰かの頼みを受けて身代わりを引き受けたのかと」
「身代わりですか。何のために?」
「まだ理由までは分かりませんが、何事も考えることなく我々の前に顔を晒しましたので、おそらくは善意から、たとえばルークの健康状態が悪く衛士の前で長く質問に答えられないとか、そのような理由から引き受けたのではないかと推測されます」
「そうなのですか」
「この後そのハリオにも話を聞きます」
「分かりました。ダル、続きを」

 マユリアがもう一度ダルを見て続きを促す。

「はい。仮面を剥がされたルークことトーヤはいきなりゼト殿のみぞおちを殴って気を失わせるとあっという間にひもを取り出して縛り上げました。そしてボーナム殿もアランに同じようにされました。お恥ずかしい話ですが、私は驚いて動くこともできずその様子を見ているだけでした」
 
 ダルが申し訳無さそうにそう言うと、マユリアが続けるようにと頷いて見せる。

「そうしてルーク、いえ、トーヤが『ずらかるぞ』と一行に声をかけたら、今度はベルがアーダ殿に『ごめんね』と声をかけて同じように気を失わせ、同時にトーヤが私に近寄ってきて『すまんなダル』と言ったのですが、そのまま気を失ったのでその後のことは分かりません」
「アーダ、本当ですか」
「は、はい」

 アーダがおずおずと前に進み出て、

「ダル隊長のおっしゃる通りでした。あっという間の出来事で、私は最後にベルの申し訳無さそうな顔を見て、謝る言葉を聞きながら意識が遠くなりました」
「そうですか」

 マユリアは残った2人の侍女にも確認する。

「リルとミーヤはどうです」
「あ、はい」

 リルが大きなお腹を抱えてゆっくりと前に進むと、

「足元に気をつけなさい。ゆっくりと」

 とマユリアが気遣う言葉をかけた。

「ありがとうございます、大丈夫です」

 リルはそう言って頭を下げてから上げる。

「私は今、ご覧のように身重の体でおります。そのせいでしょうか、ボーナム殿とゼト殿が倒されたのを見て驚き、気を失ってしまいました。ですから、ダルが倒されるところも目にしておりません」
「そうですか。ミーヤはどうです」
「はい、3人の言う通りです。トーヤは」

 ここで一度ミーヤは少し言葉を途切れさせた。

「……トーヤが、ボーナム殿とダルの気を失わせたところを見ました。そして私はアランに『すみません』そう言われてそのまま」
「そうですか」

 マユリアはそこまで聞いて、

「聞いたところ、おおむね衛士たちの話と変わるところはないようですが」

 と、ルギを向き直って言う。

「おまえたちはいつからあのルークがトーヤと申すならず者と知っていました」

 ルギのマユリアへの返事を聞くいとまも与えず、いきなりセルマがそう聞いた。

「セルマ、無礼ですよ!」

 キリエが厳しくセルマを止めるが、セルマはちらりとキリエを見ただけで無視して続ける。

「言ってみなさい、いつから知っていました。そしていつから協力していたのです」
「セルマ!」

 キリエが声を大きくし、駆け寄る。

「マユリアの言葉を遮り発言する、そのような無礼は許されませんよ」

 セルマは今度は馬鹿にしたような目でキリエを向き直り、

「本当にこの者たちに聞かなくてはいけないのはそこではありませんか? どうやって逃げられたかではなく、どうやって逃がす手伝いをしたか」
「セルマ!」

 キリエが声を荒らげた。
 
「下がりなさい、おまえの立場は今は取次役ではなく容疑者なのです。身の程を知りなさい!」

 あの鋼鉄の侍女頭が、初めて人前で感情を露わにした瞬間であった。
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