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第一章 第一部 嵐の前触れ
19 お父上
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ラデルの説明によると、次代様の父親、つまりお父上は望めば宮の出入りが許されるのだそうだ。
「前回、私たち夫婦は宮に分からないように身を隠していました。トーヤさんにも言いましたが、次代様をお渡しするのはこの国の民としての義務です。逃げるなんて考えたこともありません。それでも、やはり子どもと離れるのはつらく、ギリギリまで家族3人、親子の生活を味わいたかったので」
ラデルは遠くを見るように、風のように語る。
「ですから、私も妻と共にそのままシャンタル宮の客殿にお世話になることになりましたが、王都の人間がお父上の場合、宮から近いこともあり、誰が父親か知られてしまう可能性も高くなりますからそのまま家にいます。希望を出せばそっと宮へ入れますが」
「そりゃそうか、なんで仕事休んで長いこといねえんだ? あ、次のシャンタルが生まれたら帰ってきた、そんじゃこいつが父親か、ってなるわな」
「ええ、そういうことですね」
ラデルがベルの言葉に愉快そうな顔で答えた。
「私は王都から馬車で5日ほどかかる場所にある村、ミーヤさんとおっしゃる宮の侍女の方の故郷にいましたので、そのままでもどこの誰かを知られるという可能性は低かった。ですから余計そのまま宮にいても問題は少なかったんですが、王都出身の者の場合、身元を知られないため、宮でも顔を隠しておけます」
「それでトーヤがその、お父上ですか? の代わりにその振りで宮へ入れるってことなんですか」
「ええ、そうです」
今度はアランの問いに素直に答える。
「トーヤさんがこの国に戻り、私を訪ねてくれて近々次代様がお生まれになる、そう聞いて驚きました。予定より二年も早いでしすね。とてもすぐには信じられなかったんですが、一応いくつかのことを決めておきました。先代の託宣があった、それはおそらく本当のことだろうと思いましたので」
「その時には親御様がここにいらっしゃるとは分からなかったんですよね?」
「もちろんです」
今度はシャンタルに答える。
「ですが、宮からの使者がここにやってきました。どうやら当代も託宣をなさったのだと、少しばかりホッとしました。何しろ当代は一度も託宣をなさったことがない、そう聞いていましたので」
当代の父親としては複雑な心持ちであったのだろう。
我が子が、小さなその体で大きな運命を背負いきれていない、そのように思っていたのかも知れない。
トーヤは「すべてを話した」と言っていたが、もしかするとその部分だけは話さなかったのかも知れない、とベルは思った。
(そりゃそうだよな、親としては色々複雑だよな、つらいよな)
ベルがそう思って小さく小さくため息を一つつくと、同じように思っていたらしく、アランが目だけでうなずいて見せた。
「それで、すぐにここにいた職人たちに暇を出しました」
「え、クビにしたってこと? そんなことしてその人たち、困ったんじゃねえの?」
ベルが職人たちを心配してそう言う。
「いえ、そんなに大事ではないんですよ。私はほら、こんな立場でしょう? 元から期間を決めた職人を何人か置いて、人を入れ替えながらぼつぼつと仕事をしていただけでした。ですから、予定より早いが仕事が終わったからと約束の期間までの支払いをしました。職人たちも流れであちらこちらに行ってますので、また次のところで仕事をしているでしょう」
「そう、そうなんだ。おれたちみたいな感じなんだな。契約で仕事して、終わったらまた次に行くって」
「ええ、そうです」
「よかった」
ラデルはホッとしたようなベルの顔に優しく微笑んだ。
「それで一人で待っていたらトーヤさんが来られたんです。やっぱり世話になりますって、アランさんと二人で」
「俺も行き先教えられないまま連れてこられて、ラデルさん紹介されて驚いたよ。そんで、おまえらが来られるのかどうか心配してたら本当に来たんでまたびっくりだ」
アランがそう言う。
「そういやさ、おれらの荷物とか、あれ、いつ置いたんだよ。ここに来るかもってんで置いてあったんだろ?」
「あれはアランが町をうろうろしてる時に頼んどいた」
「あ、なるほど」
4人の中で一番自由に動けたのはアランである。
「ああ、町中であっちこっち行ってる時にこっそりな。トーヤにもしもの時にって頼まれてた」
「そうだったのか」
「何がどうなるか分からなかったからな。だからいざって時にはおまえら二人はあそこから、俺とアランはまあ、力づくでなんとでもなると考えてた」
「無茶苦茶だよなあ」
ベルが呆れたように肩で息をしてみせた。
「そうして逃げ道は確保しておいたんだが、逃げ出したらその後どうやってもう一度宮へ戻るかは、正直考えてなかった。考えようがなかったしな。そしたらラデルさんがお父上の振りで入ればいいって教えてくれたんで、それに甘えることにした」
「考えなしに逃げ出したのかよ!」
「そりゃおまえ、捕まっちまったらもうどうもこうもならんだろうが」
「やっぱ無茶苦茶だー」
ベルが呆れるように天を仰いで椅子の背にどーんともたれ、
「天の神様っての、なんでこんなのを助け手なんてのに選んだんだよー」
と嘆いて見せ、トーヤに一発くらっていた。
「前回、私たち夫婦は宮に分からないように身を隠していました。トーヤさんにも言いましたが、次代様をお渡しするのはこの国の民としての義務です。逃げるなんて考えたこともありません。それでも、やはり子どもと離れるのはつらく、ギリギリまで家族3人、親子の生活を味わいたかったので」
ラデルは遠くを見るように、風のように語る。
「ですから、私も妻と共にそのままシャンタル宮の客殿にお世話になることになりましたが、王都の人間がお父上の場合、宮から近いこともあり、誰が父親か知られてしまう可能性も高くなりますからそのまま家にいます。希望を出せばそっと宮へ入れますが」
「そりゃそうか、なんで仕事休んで長いこといねえんだ? あ、次のシャンタルが生まれたら帰ってきた、そんじゃこいつが父親か、ってなるわな」
「ええ、そういうことですね」
ラデルがベルの言葉に愉快そうな顔で答えた。
「私は王都から馬車で5日ほどかかる場所にある村、ミーヤさんとおっしゃる宮の侍女の方の故郷にいましたので、そのままでもどこの誰かを知られるという可能性は低かった。ですから余計そのまま宮にいても問題は少なかったんですが、王都出身の者の場合、身元を知られないため、宮でも顔を隠しておけます」
「それでトーヤがその、お父上ですか? の代わりにその振りで宮へ入れるってことなんですか」
「ええ、そうです」
今度はアランの問いに素直に答える。
「トーヤさんがこの国に戻り、私を訪ねてくれて近々次代様がお生まれになる、そう聞いて驚きました。予定より二年も早いでしすね。とてもすぐには信じられなかったんですが、一応いくつかのことを決めておきました。先代の託宣があった、それはおそらく本当のことだろうと思いましたので」
「その時には親御様がここにいらっしゃるとは分からなかったんですよね?」
「もちろんです」
今度はシャンタルに答える。
「ですが、宮からの使者がここにやってきました。どうやら当代も託宣をなさったのだと、少しばかりホッとしました。何しろ当代は一度も託宣をなさったことがない、そう聞いていましたので」
当代の父親としては複雑な心持ちであったのだろう。
我が子が、小さなその体で大きな運命を背負いきれていない、そのように思っていたのかも知れない。
トーヤは「すべてを話した」と言っていたが、もしかするとその部分だけは話さなかったのかも知れない、とベルは思った。
(そりゃそうだよな、親としては色々複雑だよな、つらいよな)
ベルがそう思って小さく小さくため息を一つつくと、同じように思っていたらしく、アランが目だけでうなずいて見せた。
「それで、すぐにここにいた職人たちに暇を出しました」
「え、クビにしたってこと? そんなことしてその人たち、困ったんじゃねえの?」
ベルが職人たちを心配してそう言う。
「いえ、そんなに大事ではないんですよ。私はほら、こんな立場でしょう? 元から期間を決めた職人を何人か置いて、人を入れ替えながらぼつぼつと仕事をしていただけでした。ですから、予定より早いが仕事が終わったからと約束の期間までの支払いをしました。職人たちも流れであちらこちらに行ってますので、また次のところで仕事をしているでしょう」
「そう、そうなんだ。おれたちみたいな感じなんだな。契約で仕事して、終わったらまた次に行くって」
「ええ、そうです」
「よかった」
ラデルはホッとしたようなベルの顔に優しく微笑んだ。
「それで一人で待っていたらトーヤさんが来られたんです。やっぱり世話になりますって、アランさんと二人で」
「俺も行き先教えられないまま連れてこられて、ラデルさん紹介されて驚いたよ。そんで、おまえらが来られるのかどうか心配してたら本当に来たんでまたびっくりだ」
アランがそう言う。
「そういやさ、おれらの荷物とか、あれ、いつ置いたんだよ。ここに来るかもってんで置いてあったんだろ?」
「あれはアランが町をうろうろしてる時に頼んどいた」
「あ、なるほど」
4人の中で一番自由に動けたのはアランである。
「ああ、町中であっちこっち行ってる時にこっそりな。トーヤにもしもの時にって頼まれてた」
「そうだったのか」
「何がどうなるか分からなかったからな。だからいざって時にはおまえら二人はあそこから、俺とアランはまあ、力づくでなんとでもなると考えてた」
「無茶苦茶だよなあ」
ベルが呆れたように肩で息をしてみせた。
「そうして逃げ道は確保しておいたんだが、逃げ出したらその後どうやってもう一度宮へ戻るかは、正直考えてなかった。考えようがなかったしな。そしたらラデルさんがお父上の振りで入ればいいって教えてくれたんで、それに甘えることにした」
「考えなしに逃げ出したのかよ!」
「そりゃおまえ、捕まっちまったらもうどうもこうもならんだろうが」
「やっぱ無茶苦茶だー」
ベルが呆れるように天を仰いで椅子の背にどーんともたれ、
「天の神様っての、なんでこんなのを助け手なんてのに選んだんだよー」
と嘆いて見せ、トーヤに一発くらっていた。
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