黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
13 / 488
第一章 第一部 嵐の前触れ

13 神の親

しおりを挟む
「それって……」

 シャンタルが困った顔のまま、困って言葉を続けられずそうとだけ言う。

「ええ、神殿からのお迎えが来たんです。神官二名と衛士二名、見た瞬間分かりましたよ、次代様がここにいるんだ、それを告げに来たのだと。何しろ以前に経験したことですからね」

 ラデルの表情からはどう思っているのかは分からない。

「ここは当代の家であり、次代様の家でもある。ですから不思議ではないんですよ」
「そう……」

 シャンタルがやっとのようにそれとだけ答えた。

「まあそういうこった」

 トーヤもさらりとそう答える。

「俺がラデルさんに色々と頼んだのはここに来てからじゃない。八年前にすでに話はしてあった」

 トーヤが説明を続ける。

「もしも、ラデルさんが俺たちに力を貸したくない、巻き込まれたくないと思ってたらミーヤの故郷にでも行ってただろうが、力を貸してくれるつもりがあるならリュセルスに残ってくれてるだろう、そう思って探したらいたんだな、これが」

 いたずらっぽくそう言ってニヤリと笑う。

「多分助けてはもらえんじゃねえかなと思ってたが、見つけた時はうれしかったな」
「なんだよそれ~だったらそう言っといてくれよな!」

 ベルがほおっと肩の力を抜きながら、それでもトーヤを睨むのだけは忘れずそう言った。

「まあ、確実になるまでは言えなかったってのと、宮の中だけで済むんならそうしたかったしな」
「宮ん中だけか」

 ベルがむうっと口を尖らせて言う。

「その宮をおんだされてさ、そんでここに逃げ隠れして、このあとどうするつもりなんだよ?」
「そりゃおまえ、また宮ん中に忍び込むしかねえだろうが」
「忍び込むって、どうやってさ」
「そりゃまあ、色々手があんだよ。そのためにもここがうってつけってことでな」
「わけわかんねえ!」

 不足そうにベルが口癖を口にする。

「忍び込んでも見つかって捕まったらどうすんだ? もうトーヤの正体はばれちまってるし、おれらのことだって奥様と侍女なんて思ってもらえねえぞ? シャンタルの正体がばれたらそれこそ」

 おぞぞっと身を震わせる。

「まあ、そのへんはうまくやるさ。とりあえず今日はここでゆっくりさせてもらおう。なんもかんも明日からだ、とにかく今は休め。お世話になります」
「いえ」

 トーヤの言葉にラデルが軽く頭を下げて短く答えた。

「部屋はどこでも自由に使ってくださって結構ですから。また後で食事をお持ちしますよ」
「あの、おれ手伝います!」

 急いでベルがそう言う。
 ベルにはまだ他にもラデルに聞きたいことがあった。そのために近くに行きたかったのだ。

「おう、手伝ってこい。俺はちょっと休む。アランとシャンタルはどうする」
「ああ、俺も休ませてもらう」
「私は」

 シャンタルは少し考えるようにしていたが、

「トーヤたちとここにいるよ」

 何を考えているのかそう答えた。

「そうか」

 トーヤもそうとだけ答えた。

 

 ベルはラデルについて階下へ降りた。
 ラデルは黙って階下の作業部屋へ入ると、黙って付いてくるベルを振り返った。

「あの」

 ベルが思い切ったようにそう声をかけた。

「なんです?」
「あの、全部知ってるって、その、何を知ってるんです?」

 ラデルはベルの目をじっと見て、

「全部です。おそらく、あなた方がトーヤさんから聞いたこと全部」

 きっぱりとそう言った。

「全部……」
「ええ」
「えっと」

 ベルはどう言っていいのか言葉を探してしばらくもじもじしていたが、やがてラデルの反応を伺いながら口を開いた。

「シャンタルのこと、黒の、シャンタルのこと、どう思いました?」
「どう……」

 ラデルは言葉を探していたが、

「大変な運命の元に生まれてこられたのだと思いましたよ」
「大変な運命?」
「ええ、シャンタルの親に生まれるのも結構大変なんですよ」

 ラデルはそう言って、ベルの気持ちを和らげるかのように、冗談口で軽く笑って見せた。

「ですが、トーヤさんの話を聞いて、その本人はもっと大変なのだとあらためて思いました。ましてや常ならぬ黒のシャンタルの運命は言うまでもない。ですからトーヤさんが望むことを手伝う、手伝いたい、そう思ったんです」
「そうなんですか」

 ベルはラデルが心からシャンタルとその仲間たちに力を貸そうと思っていることを知り、やっとホッとした顔になる。

「おれ、シャンタルのこと大好きなんです。おれのたったひとりのダチなんです」
「ダチですか」

 ラデルが微笑ましそうに顔を緩ませた。

「おれ、おれと兄貴、もうちょっとで死ぬとこだったんです。それをシャンタルとトーヤに助けてもらって、そんで一緒にいるようになりました。家族なんです」
「家族ですか」
「多分」
「多分」

 ラデルがますます微笑ましそうに頬を緩める。
 
「だから、だから、あの……あの、ありがとうございます!」

 ベルがばさっと深く頭を下げた。

「お礼を言われるようなことじゃないですよ、私の家族のことでもありますからね」

 当代シャンタルの父親は、そう言って濃茶の髪の少女の手を取り、

「私こそありがとうございます、感謝しています」

 ベルの目をじっと見つめ、またふっと笑うと、

「さあ、食事の支度を手伝ってください。お腹すいたでしょ?」

 そう言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

【完結】聖女ディアの処刑

大盛★無料
ファンタジー
平民のディアは、聖女の力を持っていた。 枯れた草木を蘇らせ、結界を張って魔獣を防ぎ、人々の病や傷を癒し、教会で朝から晩まで働いていた。 「怪我をしても、鍛錬しなくても、きちんと作物を育てなくても大丈夫。あの平民の聖女がなんとかしてくれる」 聖女に助けてもらうのが当たり前になり、みんな感謝を忘れていく。「ありがとう」の一言さえもらえないのに、無垢で心優しいディアは奇跡を起こし続ける。 そんななか、イルミテラという公爵令嬢に、聖女の印が現れた。 ディアは偽物と糾弾され、国民の前で処刑されることになるのだが―― ※ざまあちょっぴり!←ちょっぴりじゃなくなってきました(;´・ω・) ※サクッとかる~くお楽しみくださいませ!(*´ω`*)←ちょっと重くなってきました(;´・ω・) ★追記 ※残酷なシーンがちょっぴりありますが、週刊少年ジャンプレベルなので特に年齢制限は設けておりません。 ※乳児が地面に落っこちる、運河の氾濫など災害の描写が数行あります。ご留意くださいませ。 ※ちょこちょこ書き直しています。セリフをカッコ良くしたり、状況を補足したりする程度なので、本筋には大きく影響なくお楽しみ頂けると思います。

処理中です...