黒のシャンタル 第三話 シャンタリオの動乱

小椋夏己

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第一章 第一部 嵐の前触れ

11 無実の証明

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「逃げた?」
「はい。中の国御一行はそこにおりますボーナム、ゼト、それから月虹隊のダル隊長を昏倒させた上で縛り上げ、部屋付きであった侍女のミーヤとアーダも昏倒させて逃亡いたしました。同じ部屋におりました外の侍女のリルは3人の隊長格がそのようにされるのを見て失神いたしました」
「リルが? 大丈夫なのですか?」
「はい、驚いて気を失っただけだとかで、本人もお腹の赤子も無事です」
「よかった」

 マユリアがホッと胸を撫で下ろした。
 お茶会でリルの話題が出た時、4人目の子がお腹にいるということはマユリアにも伝えられていた。

「それと、どうしてもお伝えしておかねばならないことがございます」
「何がありました」
「はい。ルークと申すエリス様の護衛のことです」
「ルーク殿が? どうしました、ケガの具合でも悪くなったのですか?」
「いえ、ルークの正体はトーヤでした」
「え?」

 マユリアが何を聞いたのか分からないという顔になる。

「トーヤです」
「トーヤ?」
「はい、トーヤです。八年前にこの国を去りました月虹兵のトーヤです」
「ルーク殿が、トーヤ……」

 マユリアがその名を口にしていることすら気づかぬように言う。

「それは真なのですか?」
「はい、ゼトとダルが確認しております」
「ダルが?」
「はい」
「すぐにダルを呼んでください」
「隣室に控えております」

 ルギが声をかけダルが部屋に入ってきた。

「ダル、本当なのですか?」

 ダルが正式の礼をするのすら待ちかねるようにマユリアが尋ねる。

「はい、間違いありませんでした」
「間違いないのですね?」
「はい、間違いありません」

 ダルが重ねて認める。

「トーヤはおまえのことも縛って逃げたのですね?」
「はい。すまないと謝ってはおりましたが」
「そうですか。ルギ、もう一人確認した者がいると言いましたね、その者がそうですか?」
「はい、私です」

 マユリアはダルの隣に並ぶまだ若い衛士に声をかけた。

「おまえはどうしてトーヤを知っていたのです?」
「八年前にこの部屋まで一緒に参ったことがございます」
「ああ」

 マユリアは記憶をたどるようにそう口にした。

「そうですか、あの時におまえもいたということですね」
「はい」
「分かりました」

 八年前に何があったかをあえて口にはせず、事実のみを確認した。

「それでトーヤはその後どうしました?」
「はい、アランと共に3人を昏倒させて縛り上げ、侍女2名も気絶をさせた後、2人で堂々と正面から宮を出ていきました」
「まあ」

 なんとなくマユリアが愉快そうな表情になったように見えた。

「その後リュセルスのある宿屋に2頭の馬を預け、そのまま姿を消しました」
「では、今はリュセルスに?」
「はい。封鎖の鐘の後でしたので街から出てはいないと思われます」
「分かりました」

 マユリアがほんの少し笑みを浮かべた顔をルギに向け、そう言った。

「エリス様の話に戻りますが、トーヤのこともあり、さらに容疑が深まっております」
「それは、そのように正体を隠していたのですから仕方のないことかも分かりませんね」
「はい。先ほど申しました通り、キリエ様に恩を売ろうとしてのこと、またはセルマと共謀してこの宮で力を持とうとしてのこと、さらには宮を混乱させてこの国を危うくしようとする、申し上げにくいのですが宮の高貴な方々に害をなそうとしてのこと、色々な声が上がっております」
「そうですか」

 そう言った後で、マユリアがふと思いついたような顔になった。

「もしかして、黒い香炉のこともピンクの花のこともエリス様からではないですか?」
「はい」

 マユリアの言葉にキリエが答えた。

「エリス様のお部屋を訪ねた時に、もしかしたら、との話を伺いました。アルディナにはそのような塗料があると。それでルギに伝えたところ黒い香炉の存在を探しだしてくれました」
「やはりそうですか。ではピンクの花のことも知っていて交換した、その可能性もありますね」
「はい」

 キリエは短適に一言だけで返事をした。
 
「ルーク殿がトーヤなら、キリエを守るためにやったことなのでしょう」
「お待ち下さい!」

 神官長が否やと声を上げた。

「その者たちこそが犯人でセルマは冤罪だとお思いになられませんか?」
「神官長」

 マユリアがゆっくりと、たしなめるように口を開く。

「あなたがセルマを認め、セルマに罪がないと思いたい気持ちはよく分かります。わたくしだとて同じこと、セルマがそのような罪を犯すなど考えたくもない」
「でしたら」
「ですが」
 
 じっと神官長を見つめてマユリアが続ける。

「冷静に物事を見てご覧なさい。セルマはとても危うい位置にいます。今のままではセルマが犯人と判断されても仕方のないこと」
「マユリア!」
「セルマを信じるのなら、一度セルマを衛士に任せなさい。セルマが無実ならしっかり調べてもらい、それを証明すればいいのです。それまで少しばかり不自由な思いはするでしょうが、何もなければすぐに開放されるでしょう」
「でしたら中の国のご一行も」
「ええ、ルギ」

 マユリアが忠臣を振り返る。

「同じくエリス様の無実を証明するためにも、ご一行の行方を一刻でも早く突き止めてください」
「はい」

 ルギが丁寧に頭を下げ、神官長も黙るしかなくなった。
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