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第一章 第一部 嵐の前触れ
8 疑惑
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「本気でおっしゃっていらっしゃいますか?」
キリエが表情を変えぬまま、神官長にそう言うと、神官長が少し眉を上げた。
「本気ですが」
「でしたらもう一度修行をやり直された方がいいと思います。あなたは私が2人に何か暗示をかけた、そうおっしゃっているように聞こえますが、私にはそのような芸当はできませんので」
キリエの変わらぬ態度、挑発とも思わせぬほどの淡々とした挑発に神官長の顔に血が上った。
「わたくしは長年キリエと時間を共にしてまいりましたが、そのような特技を披露したことはございませんよ」
マユリアの言葉に神官長がそれ以上は何も言えずに唇を噛む。
「それに、わたくしはキリエの人となりを信じております。そのような卑怯な真似をして誰かを貶める、そのような人間ではありません」
主のありがたい言葉にもキリエは表情を変えることはなく、それでも静かに黙って頭を下げて感謝の意を表した。
神官長の赤みを帯びた顔色が白くなる。
「では」
それでも、まだ何事かを言い足そうと神官長が口を開いた。
「その場には他にどなたかいらっしゃいませんでしたか? その者が行った、そのようなこともあるかも知れません」
そもそも苦し紛れに口から出た言葉ではあったが、思わぬ形で真実を指し示す。
「その場にどなたがいらっしゃいました?」
もう一度そう尋ねる。
「キリエ、誰かいたのですか?」
「はい、いらっしゃいました」
表には感情を含まぬ顔ではあるが、キリエは仕方なく誰かを告げざるを得なくなった。
「エリス様とその侍女のべル殿が同席されておりました」
「エリス様が?」
マユリアが不思議そうに言う。
「なぜあのお二人が侍女と共にキリエの部屋にいたのです」
「はい」
キリエには嘘はつけない。
嘘はつかず、大事なことは隠したまま話を続けねばならない。
「エリス様をここでお預かりする、それは元々は私の独断でしたことでございました。そしてエリス様とその御一行は、そのことを非常に恩に思ってくださったようで、私が体調を崩しました折には体に良い物を見舞いとして届けてくださったり、回復した後にも気にかけて訪問してくださることが何度かございました」
「そうでしたね」
マユリアがそう答えた。
「その時もご訪問くださって、中の国の話などしてくださいましたので、ずっと私の部屋に閉じこもりきりであった二人にも何か慰めになるのではと、二人をお茶に誘うことにお許しをいただきました」
「そうでしたか」
「はい」
「そのお二人がどうなりました!」
いきなり神官長が声を上げた。
「逃げたのではないのですか?」
「逃げた?」
マユリアが驚いて尋ねる。
「エリス様たちがどうかしたのですか? ルギ」
忠臣に声をかける。
「これもご報告が遅れました」
ルギがこれも感情を見せぬ淡々とした様子で続ける。
「香炉のことでセルマに話を聞いておりましたのと時を同じくして、そこにおりますボーナムとゼトが中の国のご一行にも話を伺いに行っておりました」
「あの方たちにも話を? それは青い香炉と関係がある話なのですか?」
「いえ、そこまでは判明しておりません。ですが、もしかしてと思われる節がいくつかございました」
「もしかして、とはなぜです」
「はい。さきほどもキリエ様が申されたように、エリス様からはいくつか見舞いの品が届けられておりました」
「それは聞きました。それで?」
「届けられたのは茶、菓子類、それから花でした」
「ごく普通の品々に思えますが」
「はい、見た目は」
「見た目は?」
「はい。その茶は毒下しの効果があり、菓子類、干した果実や木の実のように軽くつまんで食せる物はキリエ様のように体調を崩された方の滋養強壮に良い物でした」
「それがなぜです? 聞いているだけでは何も問題がないように思えますが」
「はい、確かに。それから白い花の鉢植えが届けられたのですが、これは、悪い空気を吸って良い空気に変えてくれる、そのような効用を持つ花だと分かりました」
「ますます分かりません」
マユリアがじっとルギを見つめながらもう一度尋ねた。
「どれも病人の見舞いに持っていくのに特に不思議ではない、逆にとても良いものではないのですか?」
「はい。エリス様は元々はお医者様でいらしたとか。それで病人の体に良い物をよくご存知だったのだそうです」
「お医者様でいらっしゃったのですか、あの方が」
「はい。それである貴婦人の診察にいらっしゃった時にそこの旦那様に見初められ、そして何番目かの奥様になられたのだそうです」
「そうだったのですか、存じませんでした。ですが、それでしたらそのような見舞い品をお届けになられても不思議ではないのではないですか?」
マユリアがルギに尋ねる。
「はい。ですが、そのことである疑いが持たれたのです」
「どんな疑いがあるというのでしょう」
「ピンクの花です。キリエ様に届けられていたピンクの鉢花が、毒を出す種類の花ではなかったのかと。そして、そのことをご存知であったエリス様が、そのような見舞い品を持って来させたのではないかと」
キリエが表情を変えぬまま、神官長にそう言うと、神官長が少し眉を上げた。
「本気ですが」
「でしたらもう一度修行をやり直された方がいいと思います。あなたは私が2人に何か暗示をかけた、そうおっしゃっているように聞こえますが、私にはそのような芸当はできませんので」
キリエの変わらぬ態度、挑発とも思わせぬほどの淡々とした挑発に神官長の顔に血が上った。
「わたくしは長年キリエと時間を共にしてまいりましたが、そのような特技を披露したことはございませんよ」
マユリアの言葉に神官長がそれ以上は何も言えずに唇を噛む。
「それに、わたくしはキリエの人となりを信じております。そのような卑怯な真似をして誰かを貶める、そのような人間ではありません」
主のありがたい言葉にもキリエは表情を変えることはなく、それでも静かに黙って頭を下げて感謝の意を表した。
神官長の赤みを帯びた顔色が白くなる。
「では」
それでも、まだ何事かを言い足そうと神官長が口を開いた。
「その場には他にどなたかいらっしゃいませんでしたか? その者が行った、そのようなこともあるかも知れません」
そもそも苦し紛れに口から出た言葉ではあったが、思わぬ形で真実を指し示す。
「その場にどなたがいらっしゃいました?」
もう一度そう尋ねる。
「キリエ、誰かいたのですか?」
「はい、いらっしゃいました」
表には感情を含まぬ顔ではあるが、キリエは仕方なく誰かを告げざるを得なくなった。
「エリス様とその侍女のべル殿が同席されておりました」
「エリス様が?」
マユリアが不思議そうに言う。
「なぜあのお二人が侍女と共にキリエの部屋にいたのです」
「はい」
キリエには嘘はつけない。
嘘はつかず、大事なことは隠したまま話を続けねばならない。
「エリス様をここでお預かりする、それは元々は私の独断でしたことでございました。そしてエリス様とその御一行は、そのことを非常に恩に思ってくださったようで、私が体調を崩しました折には体に良い物を見舞いとして届けてくださったり、回復した後にも気にかけて訪問してくださることが何度かございました」
「そうでしたね」
マユリアがそう答えた。
「その時もご訪問くださって、中の国の話などしてくださいましたので、ずっと私の部屋に閉じこもりきりであった二人にも何か慰めになるのではと、二人をお茶に誘うことにお許しをいただきました」
「そうでしたか」
「はい」
「そのお二人がどうなりました!」
いきなり神官長が声を上げた。
「逃げたのではないのですか?」
「逃げた?」
マユリアが驚いて尋ねる。
「エリス様たちがどうかしたのですか? ルギ」
忠臣に声をかける。
「これもご報告が遅れました」
ルギがこれも感情を見せぬ淡々とした様子で続ける。
「香炉のことでセルマに話を聞いておりましたのと時を同じくして、そこにおりますボーナムとゼトが中の国のご一行にも話を伺いに行っておりました」
「あの方たちにも話を? それは青い香炉と関係がある話なのですか?」
「いえ、そこまでは判明しておりません。ですが、もしかしてと思われる節がいくつかございました」
「もしかして、とはなぜです」
「はい。さきほどもキリエ様が申されたように、エリス様からはいくつか見舞いの品が届けられておりました」
「それは聞きました。それで?」
「届けられたのは茶、菓子類、それから花でした」
「ごく普通の品々に思えますが」
「はい、見た目は」
「見た目は?」
「はい。その茶は毒下しの効果があり、菓子類、干した果実や木の実のように軽くつまんで食せる物はキリエ様のように体調を崩された方の滋養強壮に良い物でした」
「それがなぜです? 聞いているだけでは何も問題がないように思えますが」
「はい、確かに。それから白い花の鉢植えが届けられたのですが、これは、悪い空気を吸って良い空気に変えてくれる、そのような効用を持つ花だと分かりました」
「ますます分かりません」
マユリアがじっとルギを見つめながらもう一度尋ねた。
「どれも病人の見舞いに持っていくのに特に不思議ではない、逆にとても良いものではないのですか?」
「はい。エリス様は元々はお医者様でいらしたとか。それで病人の体に良い物をよくご存知だったのだそうです」
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「はい。それである貴婦人の診察にいらっしゃった時にそこの旦那様に見初められ、そして何番目かの奥様になられたのだそうです」
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マユリアがルギに尋ねる。
「はい。ですが、そのことである疑いが持たれたのです」
「どんな疑いがあるというのでしょう」
「ピンクの花です。キリエ様に届けられていたピンクの鉢花が、毒を出す種類の花ではなかったのかと。そして、そのことをご存知であったエリス様が、そのような見舞い品を持って来させたのではないかと」
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