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第一章 第一部 嵐の前触れ
5 青いため息
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「隊長は大きな声など出してはおられませんでした!」
「はい、静かに丁寧に色々と聞いていただけです」
「決して脅したり圧力をかけたりなどされてはおりません」
「皆の申す通りです」
衛士たちが次々にそう口にする。
「ルギ隊長はまことに部下たちに思われる立派な隊長のようですな」
神官長が皮肉めいた口調でそう言う。
「少なくとも私は、もしも私がセルマの立場であったなら、あれほど冷静に答えられるものか、そう思いながら、セルマを称賛しながら二人の会話を聞いておりました」
「嘘をつくな!」
四名の衛士の一人がたたっと数歩歩み出て、神官長の目の前まで来て正面から立った。
「なぜそのような嘘をつくのだ! そのような虚言を吐くなど、何か隊長に思うところでもあるのか!」
「よせ」
もう一人が同じように進み出て同僚を押し留めた。
「戻れ。おまえのそのような振る舞いがかえって隊長の信用に関わるのだ」
「ですが!」
「戻れ」
ルギではなくボーナムも声をかける。
「おまえの気持ちはよく分かる。私とて同じ気持ちだからな。だが、場をよく考えろ、マユリアの御前だ、戻れ」
言われて前に出た衛士は悔しそうに唇を噛みながら、黙って元の位置に戻った。
「ルギのことに関しては、わたくしもとてもそのように声を荒らげたなど信じられません」
天上からの音楽のようにマユリアがそう言う。
「ですが、実際にその場にいたわけではなく、どちらの申すことが真実であるか、わたくしに判断できるものではありません。ですから今はそのことは一度置いておき、どのように話が進んだかを教えてください」
そうして場を納めた。
「よろしいですな、その方がいかにセルマにかけられている容疑が不当なものかを分かってもらえましょうし」
神官長がそう言い、衛士たちの周囲の空気が一瞬ざわりと動いたが、こちらも黙る。
「では何故にセルマを逮捕するに至ったか、香炉の話より説明いたします」
ルギが何事もなかったかのように口を開く。
「我々はまず、青い香炉がどこからこの宮に持ち込まれたのか、もしくはどこの部署から持ち出されたのかから調べることにいたしました。当初は混乱していたためか、香炉を運んだ二名の侍女も、持ってきた侍女に対しての記憶がはっきりしておりませんでしたので」
「わたくしにも尋ねに来ましたよね、黒い香炉を見たことがないかと」
「はい、お伺いしました」
「キリエの元に持ち込まれたのは青い香炉と聞いています。それがなぜ黒なのです」
「はい、当初は青い香炉とそればかり調べておりましたが、途中でそれは元は黒い香炉ではないのか、そのような話が出てまいりました」
「青い香炉の元が黒い香炉なのですか」
「はい。ご説明申し上げます」
ルギがマユリアに頭を下げる。
「あの香炉は記録からアルディナより渡来したものであると分かっております」
「アルディナから?」
「はい。今より九年前、今は亡き先代のラキム伯爵よりやはり先代シャンタルに献上されたものであることはご存知の通りです」
「ええ、あの時に来歴は伺いました」
「はい。アルディナでは高貴の方があの香炉のような焼き物の最後の仕上げをご自分でなさり、その変容を楽しむのだそうです」
「変容ですか」
「はい。あそこまで仕上げられた品を、最後は自分で暖炉などで焼き上げ、その焼き上がりを楽しむ、そのような目的で作られるそうです。その結果、黒だった焼き物があのような青に焼き上がり、炎の力で様々な模様を浮き上がらせるのだとか」
「まあ、存じませんでした」
マユリアが感心してそう言う。
「それで、その黒い香炉があの青い香炉だという証拠はあるのですか」
「確たる物ではございませんが、そうであろうと思われるほどには共通点が多く見つかりました」
「言ってみなさい」
「はい」
ルギは手元の書類をパラパラとめくり、特徴を上げていった。
「目録、香炉。黒地に銀色の波模様、微細な緑石の装飾あり」
そうしてあの青い香炉の入った箱を持ってこさせ、マユリアに差し出して見せる。
マユリアが差し出された香炉を静かに見つめる。
「美しい香炉ですね」
マユリアは香炉から視線を外さぬまま、少し首を動かしながら見聞する。
「確かに波模様が炎で炙られるとこのように揺れたような文様になるかも知れません。そして緑の輝きがあちらこちらに散っていますね。小さな丸い石のままの物もあれば、少しばかり溶けて流れているような物も」
そう言って、差し出している衛士に下げるようにと、右手を出して動作で命じた。
「地色の青も、言われてみれば黒が明るくなるとこのような色になるもかも知れない、そう思わせるような不思議な深い青です」
そう言ってから一つ、小さく芳しいため息をつく。
「残念です……このような出会い方をせず、ただ美しい香炉として出会いたかった、そう思います」
マユリアのため息まで深い深い青に染まっているかのようだった。
「確かに目録にある黒い香炉が変容すると、そうなるかも知れない、そう思うことができます。ですが」
マユリアがすっと目を上げ、全員を見渡すと、
「これだけでは同じ物と判じることはできないかも知れません」
そう言った。
「はい、静かに丁寧に色々と聞いていただけです」
「決して脅したり圧力をかけたりなどされてはおりません」
「皆の申す通りです」
衛士たちが次々にそう口にする。
「ルギ隊長はまことに部下たちに思われる立派な隊長のようですな」
神官長が皮肉めいた口調でそう言う。
「少なくとも私は、もしも私がセルマの立場であったなら、あれほど冷静に答えられるものか、そう思いながら、セルマを称賛しながら二人の会話を聞いておりました」
「嘘をつくな!」
四名の衛士の一人がたたっと数歩歩み出て、神官長の目の前まで来て正面から立った。
「なぜそのような嘘をつくのだ! そのような虚言を吐くなど、何か隊長に思うところでもあるのか!」
「よせ」
もう一人が同じように進み出て同僚を押し留めた。
「戻れ。おまえのそのような振る舞いがかえって隊長の信用に関わるのだ」
「ですが!」
「戻れ」
ルギではなくボーナムも声をかける。
「おまえの気持ちはよく分かる。私とて同じ気持ちだからな。だが、場をよく考えろ、マユリアの御前だ、戻れ」
言われて前に出た衛士は悔しそうに唇を噛みながら、黙って元の位置に戻った。
「ルギのことに関しては、わたくしもとてもそのように声を荒らげたなど信じられません」
天上からの音楽のようにマユリアがそう言う。
「ですが、実際にその場にいたわけではなく、どちらの申すことが真実であるか、わたくしに判断できるものではありません。ですから今はそのことは一度置いておき、どのように話が進んだかを教えてください」
そうして場を納めた。
「よろしいですな、その方がいかにセルマにかけられている容疑が不当なものかを分かってもらえましょうし」
神官長がそう言い、衛士たちの周囲の空気が一瞬ざわりと動いたが、こちらも黙る。
「では何故にセルマを逮捕するに至ったか、香炉の話より説明いたします」
ルギが何事もなかったかのように口を開く。
「我々はまず、青い香炉がどこからこの宮に持ち込まれたのか、もしくはどこの部署から持ち出されたのかから調べることにいたしました。当初は混乱していたためか、香炉を運んだ二名の侍女も、持ってきた侍女に対しての記憶がはっきりしておりませんでしたので」
「わたくしにも尋ねに来ましたよね、黒い香炉を見たことがないかと」
「はい、お伺いしました」
「キリエの元に持ち込まれたのは青い香炉と聞いています。それがなぜ黒なのです」
「はい、当初は青い香炉とそればかり調べておりましたが、途中でそれは元は黒い香炉ではないのか、そのような話が出てまいりました」
「青い香炉の元が黒い香炉なのですか」
「はい。ご説明申し上げます」
ルギがマユリアに頭を下げる。
「あの香炉は記録からアルディナより渡来したものであると分かっております」
「アルディナから?」
「はい。今より九年前、今は亡き先代のラキム伯爵よりやはり先代シャンタルに献上されたものであることはご存知の通りです」
「ええ、あの時に来歴は伺いました」
「はい。アルディナでは高貴の方があの香炉のような焼き物の最後の仕上げをご自分でなさり、その変容を楽しむのだそうです」
「変容ですか」
「はい。あそこまで仕上げられた品を、最後は自分で暖炉などで焼き上げ、その焼き上がりを楽しむ、そのような目的で作られるそうです。その結果、黒だった焼き物があのような青に焼き上がり、炎の力で様々な模様を浮き上がらせるのだとか」
「まあ、存じませんでした」
マユリアが感心してそう言う。
「それで、その黒い香炉があの青い香炉だという証拠はあるのですか」
「確たる物ではございませんが、そうであろうと思われるほどには共通点が多く見つかりました」
「言ってみなさい」
「はい」
ルギは手元の書類をパラパラとめくり、特徴を上げていった。
「目録、香炉。黒地に銀色の波模様、微細な緑石の装飾あり」
そうしてあの青い香炉の入った箱を持ってこさせ、マユリアに差し出して見せる。
マユリアが差し出された香炉を静かに見つめる。
「美しい香炉ですね」
マユリアは香炉から視線を外さぬまま、少し首を動かしながら見聞する。
「確かに波模様が炎で炙られるとこのように揺れたような文様になるかも知れません。そして緑の輝きがあちらこちらに散っていますね。小さな丸い石のままの物もあれば、少しばかり溶けて流れているような物も」
そう言って、差し出している衛士に下げるようにと、右手を出して動作で命じた。
「地色の青も、言われてみれば黒が明るくなるとこのような色になるもかも知れない、そう思わせるような不思議な深い青です」
そう言ってから一つ、小さく芳しいため息をつく。
「残念です……このような出会い方をせず、ただ美しい香炉として出会いたかった、そう思います」
マユリアのため息まで深い深い青に染まっているかのようだった。
「確かに目録にある黒い香炉が変容すると、そうなるかも知れない、そう思うことができます。ですが」
マユリアがすっと目を上げ、全員を見渡すと、
「これだけでは同じ物と判じることはできないかも知れません」
そう言った。
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