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第一章 第一部 嵐の前触れ
4 威圧
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「封鎖の鐘」が突然鳴ったことで神官長がシャンタル宮に呼ばれることとなった。
謁見の間でマユリア、侍女頭キリエ、ルギ、ボーナム、ゼト、衛士四名と王宮からの使者三名が神官長を囲む。
壇の下に置いた椅子にマユリアがゆったりと腰をかけ、正面の神官長に話しかけた。
「神官長、なぜあのように鐘を鳴らしたのです」
マユリアが美しい顔を曇らせながら質問をした。
「リュセルスの民たちは戸惑い、そして困っているようです。どのような理由からなのですか」
神官長は慌てる様子もなく、静かに片膝をついてから深く頭を下げ、質問に答える。
「はい、それは必要となったからでございます」
「必要?」
「はい、すぐにでも王都を封鎖しなければ、穢れが宮へ入ってくる、次代様のご誕生に障りがある、そう判断したからでございます」
「穢れが?」
「はい」
そう言ってさらに深々と頭を下げてみせる。
「なぜそのように穢れが?」
「それは、この宮の中に過ちがあるからです」
「過ち?」
「はい。取次役のセルマが、キリエ殿を害した罪で逮捕拘束されております」
「まことですかルギ?」
「はい」
ルギが静かに頭を下げる。
セルマの逮捕を公にする前に鐘が鳴り響き、「中の国の御一行」の逃走を許したため、まだほとんどのことをマユリアに報告するに至ってはいなかった。
「連絡が遅れて申し訳ありません」
「通常の時ではありません、仕方がないでしょう」
マユリアがそう言ってルギに頭を上げるように促す。
「それで、それが過ちだと言うのですね」
「はい」
神官長が丁寧に頭を下げてそう言う。
「ルギ、今ここで報告を」
「はい」
ルギが一礼してから説明を始めた。
まずは青い香炉がキリエに届けられた経緯から、それを持って行くように命じた謎の侍女の声を聞いた二人の新米侍女が、それがセルマの声であったと証言したこと。
「それは間違いがないのですか?」
「はい、二人とも間違いがないと証言しております」
「そうですか」
マユリアが薄く目を閉じ、少し下を向いた。
「それがセルマだとしたら、なぜそのようなことをしたものか。ルギ、何か話を聞けましたか?」
「それは」
少しルギが言いよどむ。
「どうしました」
「はい」
ルギが思い切るように一息に言う。
「侍女頭のキリエ様に対して思うところがあるようでした」
「思うところ?」
マユリアの美しい眉が僅かばかりひそめられる。
「それをおまえはセルマから聞いたのですね?」
「はい。セルマが申すには、本来ならば一線を退き北の離宮に入るところを、今だに権力の座にしがみついている。自分のことしか考えておらぬゆえ軽蔑している。そうされるだけの理由がある、と」
マユリアは言葉なくルギをじっと見た。
「まことにそう申したのですか?」
「はい。部屋でセルマと共におりましたのは私だけでしたが、隣室に神官長と4名の衛士も控えており、共に聞いております」
「その衛士というのはそこにいる者たちですか」
「おい」
ルギが声をかけると四名の衛士が前へ進み出て、揃って膝をついて頭を下げた。
「おまえたちは何を耳にしました」
衛士たちはマユリアに直に声をかけられたことですぐに声が出ないようであったが、事前に問われた時に誰がどう話すかを決めていたらしく、なんとか順番に話を始めた。
「隊長の申されますようにキリエ様にはそうされる理由がある、そう申しておりました」
「はい、それから自分はこの国のためこの世界のためにやるべきことがあり忙しい、そのようなことはつまらぬことだと」
「自分はもうすぐ侍女頭になる、邪魔をすると警護隊長であろうとも許さぬとも」
「はい、そこで隊長からセルマ逮捕の命があり取り押さえたところ、神官長に自分に手をかけるなど身の程知らずと教えてやってほしい、そう申しておりました」
マユリアの美しい顔が明らかに影を帯びる。
「神官長、あなたも聞いたのですか」
「はい、聞きました。ですが」
神官長が背筋を伸ばし、真っ直ぐにマユリアを見る。
「セルマは自分がやったとは一言も申してはおりませんでした。ルギ隊長に青い香炉のことで責め立てられ、それで思わず、その、いいことであると擁護するわけではありませんが、心の奥底に秘めていた思いを口にしてしまっただけなのです。キリエ殿を害した犯人であると私は思っておりません」
きっぱりとそう言い切った。
「ルギ」
「はい」
「そうなのですか?」
「責め立てた、と申されることは心外です。調べた上で判明しました香炉のことを順を追って聞いておりました」
「その通りです」
「はい、私たちも隣室で聞いておりましたが、隊長はごく冷静に香炉のことを質問していただけでした」
「隊長のおっしゃる通りです」
「私も聞いておりました」
ルギの発言に衛士たちが続けてそう援護する。
「それはあなた方だからでしょう」
神官長が暗い笑みを浮かべながら続ける。
「セルマは今までの人生の大部分をこの宮で過ごしてきた、か弱い一人の女性でしかありません。そんな者がルギ隊長のような威圧的な、体の大きな男と二人、大きな声で次々と質問を重ねられたらどうです? 恐怖のあまり、なんとか逃れようと思わぬことを口にしても不思議ではないのではないですか?」
謁見の間でマユリア、侍女頭キリエ、ルギ、ボーナム、ゼト、衛士四名と王宮からの使者三名が神官長を囲む。
壇の下に置いた椅子にマユリアがゆったりと腰をかけ、正面の神官長に話しかけた。
「神官長、なぜあのように鐘を鳴らしたのです」
マユリアが美しい顔を曇らせながら質問をした。
「リュセルスの民たちは戸惑い、そして困っているようです。どのような理由からなのですか」
神官長は慌てる様子もなく、静かに片膝をついてから深く頭を下げ、質問に答える。
「はい、それは必要となったからでございます」
「必要?」
「はい、すぐにでも王都を封鎖しなければ、穢れが宮へ入ってくる、次代様のご誕生に障りがある、そう判断したからでございます」
「穢れが?」
「はい」
そう言ってさらに深々と頭を下げてみせる。
「なぜそのように穢れが?」
「それは、この宮の中に過ちがあるからです」
「過ち?」
「はい。取次役のセルマが、キリエ殿を害した罪で逮捕拘束されております」
「まことですかルギ?」
「はい」
ルギが静かに頭を下げる。
セルマの逮捕を公にする前に鐘が鳴り響き、「中の国の御一行」の逃走を許したため、まだほとんどのことをマユリアに報告するに至ってはいなかった。
「連絡が遅れて申し訳ありません」
「通常の時ではありません、仕方がないでしょう」
マユリアがそう言ってルギに頭を上げるように促す。
「それで、それが過ちだと言うのですね」
「はい」
神官長が丁寧に頭を下げてそう言う。
「ルギ、今ここで報告を」
「はい」
ルギが一礼してから説明を始めた。
まずは青い香炉がキリエに届けられた経緯から、それを持って行くように命じた謎の侍女の声を聞いた二人の新米侍女が、それがセルマの声であったと証言したこと。
「それは間違いがないのですか?」
「はい、二人とも間違いがないと証言しております」
「そうですか」
マユリアが薄く目を閉じ、少し下を向いた。
「それがセルマだとしたら、なぜそのようなことをしたものか。ルギ、何か話を聞けましたか?」
「それは」
少しルギが言いよどむ。
「どうしました」
「はい」
ルギが思い切るように一息に言う。
「侍女頭のキリエ様に対して思うところがあるようでした」
「思うところ?」
マユリアの美しい眉が僅かばかりひそめられる。
「それをおまえはセルマから聞いたのですね?」
「はい。セルマが申すには、本来ならば一線を退き北の離宮に入るところを、今だに権力の座にしがみついている。自分のことしか考えておらぬゆえ軽蔑している。そうされるだけの理由がある、と」
マユリアは言葉なくルギをじっと見た。
「まことにそう申したのですか?」
「はい。部屋でセルマと共におりましたのは私だけでしたが、隣室に神官長と4名の衛士も控えており、共に聞いております」
「その衛士というのはそこにいる者たちですか」
「おい」
ルギが声をかけると四名の衛士が前へ進み出て、揃って膝をついて頭を下げた。
「おまえたちは何を耳にしました」
衛士たちはマユリアに直に声をかけられたことですぐに声が出ないようであったが、事前に問われた時に誰がどう話すかを決めていたらしく、なんとか順番に話を始めた。
「隊長の申されますようにキリエ様にはそうされる理由がある、そう申しておりました」
「はい、それから自分はこの国のためこの世界のためにやるべきことがあり忙しい、そのようなことはつまらぬことだと」
「自分はもうすぐ侍女頭になる、邪魔をすると警護隊長であろうとも許さぬとも」
「はい、そこで隊長からセルマ逮捕の命があり取り押さえたところ、神官長に自分に手をかけるなど身の程知らずと教えてやってほしい、そう申しておりました」
マユリアの美しい顔が明らかに影を帯びる。
「神官長、あなたも聞いたのですか」
「はい、聞きました。ですが」
神官長が背筋を伸ばし、真っ直ぐにマユリアを見る。
「セルマは自分がやったとは一言も申してはおりませんでした。ルギ隊長に青い香炉のことで責め立てられ、それで思わず、その、いいことであると擁護するわけではありませんが、心の奥底に秘めていた思いを口にしてしまっただけなのです。キリエ殿を害した犯人であると私は思っておりません」
きっぱりとそう言い切った。
「ルギ」
「はい」
「そうなのですか?」
「責め立てた、と申されることは心外です。調べた上で判明しました香炉のことを順を追って聞いておりました」
「その通りです」
「はい、私たちも隣室で聞いておりましたが、隊長はごく冷静に香炉のことを質問していただけでした」
「隊長のおっしゃる通りです」
「私も聞いておりました」
ルギの発言に衛士たちが続けてそう援護する。
「それはあなた方だからでしょう」
神官長が暗い笑みを浮かべながら続ける。
「セルマは今までの人生の大部分をこの宮で過ごしてきた、か弱い一人の女性でしかありません。そんな者がルギ隊長のような威圧的な、体の大きな男と二人、大きな声で次々と質問を重ねられたらどうです? 恐怖のあまり、なんとか逃れようと思わぬことを口にしても不思議ではないのではないですか?」
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