上 下
233 / 354
第三章 第二部 侍女たちの行方

 6 幸せな侍女

しおりを挟む
「さあ、そろそろいいのではないですか? 教えていただけませんか?」

 フウはさっきセルマにもしたように、いたずらっ子を問い詰める口調で言う。

「本当にまいりましたね」

 キリエはそう言って軽く笑う。

「まいったのなら、おっしゃってくださいな。さあさあ」
「フウ」
「はい」
「私はおまえが好きですよ」

 いきなりの言葉にフウが目をパチクリし、それから少し照れながら、

「ありがとうございます」
  
 素直にそう言う。

「そして信頼してもいます。おまえになら、おそらく何を話しても後悔することはあるまいと」
「ありがとうございます」

 二度目の感謝を口にする。

「ですが、それとこれとは別です」

 きっぱりとキリエが言う。

「言うべきことならば、そのようになるでしょう。今は、私は誰に何を言われても言うべきことがあろうとなかろうと、何も言うつもりはありません。言えぬこととはそういうことなのです」
「分かりました」
 
 フウはキリエのその言葉で納得をした。

「私はキリエ様、あなたを尊敬しております」

 もう何度も耳にしている言葉だが、それでも直接そう言われると、それもお追従ついしょうや下心からではなく、本心からそう思っているだろう者から聞かされると、やはりなんとなくくすぐったくなるものだ。

「それまで家にいた頃にも、両親はもちろん大好きでした。兄たちも。それから祖父母、おじおばたち、いとこたち。それに店の番頭たちや他の者たち、たくさんの大好きな人たちが私にはおります。今も連絡を取り合っておりますし、時に面会にも来てくれます。それほど大好きで大事な人たちです」
「おまえは幸せですね」
「はい、私ほど恵まれた人間は他にいないのではないかと思う時があります」

 そう聞いてキリエがまた笑う。
 


 フウは本心しか口にしない。できないのではなく、しないのだ。それはフウ本人がしたくないから、だ。その意味ではフウほどわがまま、我がまま、自分のままでいる人間も少ないだろう。そう生きられる人間が幸せではないはずがない。
 
 侍女という者に神秘性を見、尊敬し、そして羨む者も多い。
 だがその反面、女性としての幸せを全て捨て、家族とも離れ、一生を神に捧げると決めた者として憐れむ者も少なくはない。

 そしてそれは事実でもあるのだろう。
 一般の幸せとはほど遠い者、それが侍女というものである。そしてその生き方を幸せとできる者でなくては務まらない。

 だがフウは違う。
 フウが侍女になったのは、自分が興味を持ち、突き詰めたいと思ったのが薬の道で、その道の先に宮の侍女というものがあった、それだけである。
 特に侍女でなくともよかったのだ。だから、薬草園のことを知るまでは侍女に対して特に興味を持つこともなかった。
 侍女をやっているのは、好きなことをやるためだ。そのために必要だから、宮での務めを果たす。もしも他の道を見つけていたら、その時には他の道を進んでいただろう。



「ですから、本当なら、それだけでよかったのです。お勤めはお勤めとしてもちろん懸命に務めますが、もしも薬に触れられないというのなら、いつ辞めてもよいと思っていました。ですが、そこであなた様と出会ったのです。尊敬する方を見つけてしまったのです」

 

 そのような風変わりなフウに、宮の同期の侍女たちも、その他の者たちも奇異の目を向けた。フウが特にそれを気にすることはなかったが、やはりやりにくいこともしばしば出てくることとなった。
 フウはその日のお務めを終えてしまったり、空いた時間ができると、時間を惜しむようにして薬草園に入り込み、誰とも話さず、ひたすら薬草を観察して過ごすようになっていった。

 そして、当時の侍女頭にそのことをたしなめられ、あまりに薬のことばかり、薬草園にばかり目を向けるのなら、それを禁止すると言われてしまった。

 もしも薬草園に出入りできぬようになるのなら、もうここにいる意味はないと、辞めることを考え始めたフウのことを、理解して、侍女頭に話をしてくれたのがキリエであった。



『この者にはそれが一番幸せなのだと思います。もしも、お役目を疎かにせぬのなら、薬の研究を許してやってはどうでしょうか。おそらく宮を出てもその生き方を変えることはありますまい。それならば、このままここで好きなことをして生きていくことも運命、神が導いたこととはお思いになりませんか?』



 そう説得してくれて、それ以来、仕事さえきちんとすれば好きな時に好きなように薬の研究をしてもよいこととなった。


「キリエ様にはそうして真実を見抜く目がおありです。それで私はあなた様を尊敬することなりました。もしも、ここ以上に薬の研究をさせてくれる場所ができたとしても、そこにキリエ様がいらっしゃらないなら、そこに行っても意味はありませんので行くつもりはありません」

 フウは変わらぬ調子でそう続ける。

「ですから、そのあなた様が、キリエ様がそうおっしゃるのならば、もう何もお聞きはいたしません。ただ、これだけは知っていてください。事情は何も分からずとも、お使いになりたいことがあればおっしゃってください。あなた様がそこまで信頼されるあの者たちの力に、手足にいつでもなります。それをよくよく分かってください」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

万分の一の確率でパートナーが見つかるって、そんな事あるのか?

Gai
ファンタジー
鉄柱が頭にぶつかって死んでしまった少年は神様からもう異世界へ転生させて貰う。 貴族の四男として生まれ変わった少年、ライルは属性魔法の適性が全くなかった。 貴族として生まれた子にとっては珍しいケースであり、ラガスは周りから憐みの目で見られる事が多かった。 ただ、ライルには属性魔法なんて比べものにならない魔法を持っていた。 「はぁーー・・・・・・属性魔法を持っている、それってそんなに凄い事なのか?」 基本気だるげなライルは基本目立ちたくはないが、売られた値段は良い値で買う男。 さてさて、プライドをへし折られる犠牲者はどれだけ出るのか・・・・・・ タイトルに書いてあるパートナーは序盤にはあまり出てきません。

異世界に来たらコアラでした。地味に修行をしながら気ままに生きて行こうと思います

うみ
ファンタジー
 異世界に来たかと思ったら、体がコアラになっていた。  しかもレベルはたったの2。持ち物はユーカリの葉だけときたもんだ。  更には、俺を呼び出した偉そうな大臣に「奇怪な生物め」と追い出され、丸裸で生きていくことになってしまった。    夜に活動できることを生かし、モンスターの寝込みを襲うコアラ。  不親切にもまるで説明がないスキル群に辟易しつつも、修行を続けるコアラ。  街で買い物をするために、初心者回復術師にテイムされたふりをしたりして……。  モンスターがユーカリの葉を落とす謎世界で、コアラは気ままに生きて行く。 ※森でほのぼのユーカリをもしゃるお話。

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

クロスフューチャー

柊彩 藍
ファンタジー
魔王の息子はあることがきっかけで殺されてしまう。魔王の息子は死んだことをきっかけに異世界へ転生し、2度目の生を授かる。その異世界には魔物が居る世界だった。 そこで前世に抱いていた人助けたいという願いを叶えるため旅に出る。そこで出会う仲間と共に異世界を救う冒険ファンタジー!

【完結】転生したら侯爵令嬢だった~メイベル・ラッシュはかたじけない~

おてんば松尾
恋愛
侯爵令嬢のメイベル・ラッシュは、跡継ぎとして幼少期から厳しい教育を受けて育てられた。 婚約者のレイン・ウィスパーは伯爵家の次男騎士科にいる同級生だ。見目麗しく、学業の成績も良いことから、メイベルの婚約者となる。 しかし、妹のサーシャとレインは互いに愛し合っているようだった。 二人が会っているところを何度もメイベルは見かけていた。 彼は婚約者として自分を大切にしてくれているが、それ以上に妹との仲が良い。 恋人同士のように振舞う彼らとの関係にメイベルは悩まされていた。 ある日、メイベルは窓から落ちる事故に遭い、自分の中の過去の記憶がよみがえった。 それは、この世界ではない別の世界に生きていた時の記憶だった。

不遇な死を迎えた召喚勇者、二度目の人生では魔王退治をスルーして、元の世界で気ままに生きる

六志麻あさ@10シリーズ書籍化
ファンタジー
異世界に召喚され、魔王を倒して世界を救った少年、夏瀬彼方(なつせ・かなた)。 強大な力を持つ彼方を恐れた異世界の人々は、彼を追い立てる。彼方は不遇のうちに数十年を過ごし、老人となって死のうとしていた。 死の直前、現れた女神によって、彼方は二度目の人生を与えられる。異世界で得たチートはそのままに、現実世界の高校生として人生をやり直す彼方。 再び魔王に襲われる異世界を見捨て、彼方は勇者としてのチート能力を存分に使い、快適な生活を始める──。 ※小説家になろうからの転載です。なろう版の方が先行しています。 ※HOTランキング最高4位まで上がりました。ありがとうございます!

勇者の野郎と元婚約者、あいつら全員ぶっ潰す

さとう
ファンタジー
大陸最大の王国である『ファーレン王国』 そこに住む少年ライトは、幼馴染のリリカとセエレと共に、元騎士であるライトの父に剣の稽古を付けてもらっていた。 ライトとリリカはお互いを意識し婚約の約束をする。セエレはライトの愛妾になると宣言。 愛妾を持つには騎士にならなくてはいけないため、ライトは死に物狂いで騎士に生るべく奮闘する。 そして16歳になり、誰もが持つ《ギフト》と呼ばれる特殊能力を授かるため、3人は王国の大聖堂へ向かい、リリカは《鬼太刀》、セエレは《雷切》という『五大祝福剣』の1つを授かる。 一方、ライトが授かったのは『???』という意味不明な力。 首を捻るライトをよそに、1人の男と2人の少女が現れる。 「君たちが、オレの運命の女の子たちか」 現れたのは異世界より来た『勇者レイジ』と『勇者リン』 彼らは魔王を倒すために『五大祝福剣』のギフトを持つ少女たちを集めていた。    全てはこの世界に復活した『魔刃王』を倒すため。 5つの刃と勇者の力で『魔刃王』を倒すために、リリカたちは勇者と共に旅のに出る。 それから1年後。リリカたちは帰って来た、勇者レイジの妻として。 2人のために騎士になったライトはあっさり捨てられる。 それどころか、勇者レイジの力と権力によって身も心もボロボロにされて追放される。 ライトはあてもなく彷徨い、涙を流し、決意する。 悲しみを越えた先にあったモノは、怒りだった。 「あいつら全員……ぶっ潰す!!」

処理中です...