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第三章 第二部 侍女たちの行方
3 侍女頭と取次役
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セルマがキリエに近づきかけて立ち止まり、じっと見ているのをキリエも見ていた。
ミーヤのことを思い出したついでのように、またセルマは他の言葉も思い出していた。
『キリエ『殿』とは、これは一体なぜですか?』
セルマがキリエをそう呼んだことを聞きとがめたマユリアの声。
『この宮の侍女を束ねる者は侍女頭であるキリエです。『取次役』という役職はあくまで『奥宮』と『前の宮』の取次をする役割にすぎません』
セルマに自分の立場を言い聞かせるマユリアの声。
『『侍女頭』は『取次役』よりも上の役職です。侍女の最高位が『侍女頭』なのですから』
セルマにキリエの役職をあらためて知らしめようとするマユリアの声。
美しい女神の声。
その話し方すら美しい。
内容さえ気にならなければ、いつまでもずっと聞いていたい心地よい声。
だが、その内容は、今のセルマの全てを否定しているようにセルマには思えた。
マユリアはキリエへの敬意を忘れるなと言った後、きちんとセルマに対してもこう言ってくれていた。
『おまえの心が頑なになり、それを通すために必要以上に己を大きく見せようとして、他の者たちに勘違いされる。それもまた、わたくしたちには辛いのです』
だが、今のセルマには、この言葉さえも詭弁にしか聞こえない。キリエの立場を守り、セルマにキリエへの敬意を呼び戻すために言っている、そうとしか聞こえなかった。
「セルマ?」
キリエが不審そうな顔で自分を見たとセルマは思った。
「キリエ『殿』」
フウが背後で不穏な空気を醸したが、気にせずセルマは続ける。
キリエは特に返事もせず、じっとセルマを見ていた。
「新しく入った神具係の2名の侍女の仕事について、お聞きしたいことがあります」
そう言うと、つかつかと老女が寝ている寝台に近づく。
「あの仕事は元々は小物係の仕事、なぜあの仕事をあの2名に当てたのです」
立ったまま、ジロリと見下ろしてそう言った。
「あの仕事?」
キリエが表情を変えずに聞き返す。
「ええ、あの仕事です」
「具体的に言わぬと分かりませんよ?」
体調が悪く、寝付いたままだというのに、その口調はしっかりと、いつもの鋼鉄の侍女頭のままであった。
「ろうそくとろうそく立て、それから香と香炉です」
セルマが対抗するように、表情を変えず、最低限のことだけを言う。
「それがどうしました」
キリエは変わらぬ口調で聞き返す。
「あの新しい侍女2名に与えた仕事です」
「それだけでは何を言いたいのか分かりませんよ?」
もう一度、キリエが今度は子どもに諭すかのような様子を交えて言う。
セルマは思わず感情的な声が出る。
「ごまかさないでください。わざとですよね?」
「ますます意味が分かりませんね、何がわざとです」
寝台に寝たままではあるが、一歩も引かぬ様子でキリエが聞き返す。
「小物係の仕事を神具係に与えたのかと聞いています」
「仕事の内容とその担当を決めるのは各々の係の担当でしょう」
「元々は小物係の仕事だったはずです」
「今は違うのでしょう?」
「ええ、ですから、それがわざとかと聞いています」
「おまえは何が聞きたいのですか」
冷たい声でキリエがセルマを見上げて聞く。
あの薬とあの花で弱っているはずだ。
見たところはつらそうに体を寝台に横たえているというのに、まるで自分の方が見下ろされているように錯覚すらするほど、キリエの声がセルマに降ってくる。
「元々は小物係の仕事であったろうそくと香の受け持ちを、わざと分けて神具係にやらせるようにして、そこに新しい侍女2名をつけたのでしょう、と聞いています」
負けじときつく睨みつけながらそう言うが、キリエは動じる風もない。
「仕事を分ける時に自然に分かれるということにはなりませんね、それこそ『わざと』分けぬことには分けられぬでしょう」
キリエが、なんということか、ほんの少しだが笑みを混ぜながらそう言った。
さらにセルマが逆上する。
「バカにしているのですか!」
ついに大きな声をキリエにそうぶつける。
「何がどうバカにしているのか言ってみなさい」
キリエは冷静にそう答える。
「あの2名の侍女、どのような事情で侍女見習いとして入ってきているか、それを存じた上で神具係という喜びそうな係に就け、その上であのような仕事を与え、追い出そうとしているでしょう」
「侍女に見習いもそうでないものもありません。この宮でお勤めに勤しむのはみな同じこと」
キリエがきっぱりと言う。
「今回は年重の者が2名おり、他の年若い者と同じ仕事を与えるのもいかがなものかというので、慣例とは少し外れるが神具係にと決めたのです。係は違えど他の者とやることは同じ、何かおかしいですか?」
セルマが答えに詰まる。
今回の侍女見習いたちは全員ある名家の令嬢たちである。
これまでも侍女見習いにはそのような家の令嬢がいたものの、今回は特別に事情のある者、近々婚姻の予定があり、短期間でも侍女をやったことがある、そう言いたいがためにほぼ形だけのように入ってきている者ばかりであった。
少なくとも数年の行儀見習いなど、誰もやるつもりもなく、宮へ見学ぐらいのつもりで来ている者ばかり、それが「事情」である。
ミーヤのことを思い出したついでのように、またセルマは他の言葉も思い出していた。
『キリエ『殿』とは、これは一体なぜですか?』
セルマがキリエをそう呼んだことを聞きとがめたマユリアの声。
『この宮の侍女を束ねる者は侍女頭であるキリエです。『取次役』という役職はあくまで『奥宮』と『前の宮』の取次をする役割にすぎません』
セルマに自分の立場を言い聞かせるマユリアの声。
『『侍女頭』は『取次役』よりも上の役職です。侍女の最高位が『侍女頭』なのですから』
セルマにキリエの役職をあらためて知らしめようとするマユリアの声。
美しい女神の声。
その話し方すら美しい。
内容さえ気にならなければ、いつまでもずっと聞いていたい心地よい声。
だが、その内容は、今のセルマの全てを否定しているようにセルマには思えた。
マユリアはキリエへの敬意を忘れるなと言った後、きちんとセルマに対してもこう言ってくれていた。
『おまえの心が頑なになり、それを通すために必要以上に己を大きく見せようとして、他の者たちに勘違いされる。それもまた、わたくしたちには辛いのです』
だが、今のセルマには、この言葉さえも詭弁にしか聞こえない。キリエの立場を守り、セルマにキリエへの敬意を呼び戻すために言っている、そうとしか聞こえなかった。
「セルマ?」
キリエが不審そうな顔で自分を見たとセルマは思った。
「キリエ『殿』」
フウが背後で不穏な空気を醸したが、気にせずセルマは続ける。
キリエは特に返事もせず、じっとセルマを見ていた。
「新しく入った神具係の2名の侍女の仕事について、お聞きしたいことがあります」
そう言うと、つかつかと老女が寝ている寝台に近づく。
「あの仕事は元々は小物係の仕事、なぜあの仕事をあの2名に当てたのです」
立ったまま、ジロリと見下ろしてそう言った。
「あの仕事?」
キリエが表情を変えずに聞き返す。
「ええ、あの仕事です」
「具体的に言わぬと分かりませんよ?」
体調が悪く、寝付いたままだというのに、その口調はしっかりと、いつもの鋼鉄の侍女頭のままであった。
「ろうそくとろうそく立て、それから香と香炉です」
セルマが対抗するように、表情を変えず、最低限のことだけを言う。
「それがどうしました」
キリエは変わらぬ口調で聞き返す。
「あの新しい侍女2名に与えた仕事です」
「それだけでは何を言いたいのか分かりませんよ?」
もう一度、キリエが今度は子どもに諭すかのような様子を交えて言う。
セルマは思わず感情的な声が出る。
「ごまかさないでください。わざとですよね?」
「ますます意味が分かりませんね、何がわざとです」
寝台に寝たままではあるが、一歩も引かぬ様子でキリエが聞き返す。
「小物係の仕事を神具係に与えたのかと聞いています」
「仕事の内容とその担当を決めるのは各々の係の担当でしょう」
「元々は小物係の仕事だったはずです」
「今は違うのでしょう?」
「ええ、ですから、それがわざとかと聞いています」
「おまえは何が聞きたいのですか」
冷たい声でキリエがセルマを見上げて聞く。
あの薬とあの花で弱っているはずだ。
見たところはつらそうに体を寝台に横たえているというのに、まるで自分の方が見下ろされているように錯覚すらするほど、キリエの声がセルマに降ってくる。
「元々は小物係の仕事であったろうそくと香の受け持ちを、わざと分けて神具係にやらせるようにして、そこに新しい侍女2名をつけたのでしょう、と聞いています」
負けじときつく睨みつけながらそう言うが、キリエは動じる風もない。
「仕事を分ける時に自然に分かれるということにはなりませんね、それこそ『わざと』分けぬことには分けられぬでしょう」
キリエが、なんということか、ほんの少しだが笑みを混ぜながらそう言った。
さらにセルマが逆上する。
「バカにしているのですか!」
ついに大きな声をキリエにそうぶつける。
「何がどうバカにしているのか言ってみなさい」
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「あの2名の侍女、どのような事情で侍女見習いとして入ってきているか、それを存じた上で神具係という喜びそうな係に就け、その上であのような仕事を与え、追い出そうとしているでしょう」
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