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第二章 第一部 神と神
13 八年目の争い
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2人のシャンタルが大事に思っているもう一人のお方、その方は客室で来客中であった。
マユリアの客室。
マユリアはいつものように部屋の奥にある椅子に座り、来客を少し曇った顔で見ていた。
来客は神殿の神官長、トーヤが「細い、ヤギみたいなひげ生やしたひょろひょろのおっさん」と評した例の神官長だ。
「困りましたね、またそのお話ですか……」
「ええ」
神官長の言葉にマユリアが軽く目を閉じる。
「わたくしにはその気はございません。そう何度も申し上げたはずですが」
「それはごもっとも、私もよく存じ上げてはおります。ですが、その上であちらはぜひとも良いお返事を、とおっしゃっておられるので」
やぎひげの神官長が、一層しおれたような様子でそう言う。
「わたくしはもう28です。八年前ならともかくも、この度は交代の後、身を引いて市井の者に戻る気でおります」
「いやいや、まだまだお若くお美しい!」
神官長の言う通り、マユリアは八年前と比べてその美貌が陰るどころか、一層美しく煌めくばかりである。
「ですので困っております。また御両者が、その……」
八年前、マユリアをめぐって王と世継ぎの王子の間で争奪戦があり、結果的に王がねじ伏せるようにして自分の元に来るようにと決めたのだ。
昨日、シャンタルの託宣の後、次代様の存在が確認されてから、あらためてマユリアの行方を巡っての争いが起こりそうなのだ。
「なにしろ急でしたからなあ……後2年はあろうと準備されておられたので、急ぎ、お約束をいただきたいと」
神官長に話を持ってきたのは皇太子の方であった。
八年前にはまだ若く、力関係では明らかに父親に叶わなかった。それが、あのような出来事があったためにできたこの猶予期間に立場を逆転し、次回はどのようにしてもマユリアを我がものにしたいと、ずっと神殿を通じて話を持ちかけてきていたのだ。
「何しろ国王陛下ももうお年です。そうなると、言わずともお分かりでしょう?この先は皇太子様の時代となる。すでに王妃もさらに次の世継ぎの王子もおられるが、これほど乞われて後宮に入るのですから、それは大事にしていただけると思いますぞ」
マユリアは珍しく疲れた顔で、小さくため息をつき、
「ですから、わたくしはマユリアを退いた後はわたくしの親の元に帰り、今までできなかった分の親孝行をしたいのです。今は我が親がどのような方かはまだ知りません。もしも、二親とも残念ながらおられないという場合には、侍女として宮に残り、これから先のシャンタルの御為に尽くしたい、そう思っております」
きっぱりとそう言う。
「いやいや、もったいない、そのお若さで。まだお子ものぞめましょうし、うまくいけば国母にも」
「失礼な発言はおやめください」
マユリアがやんわりと、だが言葉はきびしく言う。
「神官長、あなたのおっしゃるように、もしも万が一わたくしが国母になることがあるとします。それは、今いらっしゃる皇太子様の正妃、皇太子妃のお生みになられたご長男の王子様に何か不幸が起こる、そういうことです。それを承知でおっしゃっていらっしゃるのでしょうか?」
「い、いえ、そういうことではなく、ですな」
神官長がただでさえ青い顔色から一層血の気を引かせて否定する。
「そういうことではなく、ですな、望まれて後宮に入られてお子でもできたら、そのお子様も王族として尊いお身の上になられると申し上げたいのです。その結果あなた様の血も、王族の血脈になれば、それこそ国母のお一人となられるということです」
この八年で宮が一番変わったこと。
それは、神殿の存在感が増したということであろう。
一番大きな理由はやはり「先代の死」である。
神殿が先代の葬儀を執り行い、それ以来少しずつ宮における神殿の役割が増えていった。
当時、特異な出来事があったことから、宮の内部に不安感のようなものが漂うようになっていた。
侍女たちは、新しいシャンタルに何か起きはしないかと、今まで以上に手をかけ、気を配る。不穏な陰が見えはしないかと疑心暗鬼になる。疲れが澱のように溜まり、なんとなくすべてのことが滞るようになっていった。
そんな中、手薄になった部分を神官に手伝ってもらうことが増えていったのだ。
衛士は常駐しているが、役割は警備であり、祭事的なことに手は出せない。それに引き換え、元々神殿は「シャンタル宮」の一部であり、その役割の一部を担うことに何も問題はない。
そして今はその状態に慣れてしまっている。
人は急激な変化には戸惑い、違和感を感じるものだが、時間をかけて次第に慣れたことには不思議に思わぬものだ。
キリエのように古くからいる侍女たちには多少の戸惑いはあるものの、普段から神官たちとよく交流をする若い侍女たちには、今の状態こそ普通になってしまっている。
そんな中、神官長も日常のようにマユリアへの面会をし、宮の運営、そして今回のように宮の者たちの行く末にまで意見を述べるようになっていた。
マユリアとキリエの間に「取次役」という新しい役職を置いたのも、この神官長の意見が大きかった。
マユリアの客室。
マユリアはいつものように部屋の奥にある椅子に座り、来客を少し曇った顔で見ていた。
来客は神殿の神官長、トーヤが「細い、ヤギみたいなひげ生やしたひょろひょろのおっさん」と評した例の神官長だ。
「困りましたね、またそのお話ですか……」
「ええ」
神官長の言葉にマユリアが軽く目を閉じる。
「わたくしにはその気はございません。そう何度も申し上げたはずですが」
「それはごもっとも、私もよく存じ上げてはおります。ですが、その上であちらはぜひとも良いお返事を、とおっしゃっておられるので」
やぎひげの神官長が、一層しおれたような様子でそう言う。
「わたくしはもう28です。八年前ならともかくも、この度は交代の後、身を引いて市井の者に戻る気でおります」
「いやいや、まだまだお若くお美しい!」
神官長の言う通り、マユリアは八年前と比べてその美貌が陰るどころか、一層美しく煌めくばかりである。
「ですので困っております。また御両者が、その……」
八年前、マユリアをめぐって王と世継ぎの王子の間で争奪戦があり、結果的に王がねじ伏せるようにして自分の元に来るようにと決めたのだ。
昨日、シャンタルの託宣の後、次代様の存在が確認されてから、あらためてマユリアの行方を巡っての争いが起こりそうなのだ。
「なにしろ急でしたからなあ……後2年はあろうと準備されておられたので、急ぎ、お約束をいただきたいと」
神官長に話を持ってきたのは皇太子の方であった。
八年前にはまだ若く、力関係では明らかに父親に叶わなかった。それが、あのような出来事があったためにできたこの猶予期間に立場を逆転し、次回はどのようにしてもマユリアを我がものにしたいと、ずっと神殿を通じて話を持ちかけてきていたのだ。
「何しろ国王陛下ももうお年です。そうなると、言わずともお分かりでしょう?この先は皇太子様の時代となる。すでに王妃もさらに次の世継ぎの王子もおられるが、これほど乞われて後宮に入るのですから、それは大事にしていただけると思いますぞ」
マユリアは珍しく疲れた顔で、小さくため息をつき、
「ですから、わたくしはマユリアを退いた後はわたくしの親の元に帰り、今までできなかった分の親孝行をしたいのです。今は我が親がどのような方かはまだ知りません。もしも、二親とも残念ながらおられないという場合には、侍女として宮に残り、これから先のシャンタルの御為に尽くしたい、そう思っております」
きっぱりとそう言う。
「いやいや、もったいない、そのお若さで。まだお子ものぞめましょうし、うまくいけば国母にも」
「失礼な発言はおやめください」
マユリアがやんわりと、だが言葉はきびしく言う。
「神官長、あなたのおっしゃるように、もしも万が一わたくしが国母になることがあるとします。それは、今いらっしゃる皇太子様の正妃、皇太子妃のお生みになられたご長男の王子様に何か不幸が起こる、そういうことです。それを承知でおっしゃっていらっしゃるのでしょうか?」
「い、いえ、そういうことではなく、ですな」
神官長がただでさえ青い顔色から一層血の気を引かせて否定する。
「そういうことではなく、ですな、望まれて後宮に入られてお子でもできたら、そのお子様も王族として尊いお身の上になられると申し上げたいのです。その結果あなた様の血も、王族の血脈になれば、それこそ国母のお一人となられるということです」
この八年で宮が一番変わったこと。
それは、神殿の存在感が増したということであろう。
一番大きな理由はやはり「先代の死」である。
神殿が先代の葬儀を執り行い、それ以来少しずつ宮における神殿の役割が増えていった。
当時、特異な出来事があったことから、宮の内部に不安感のようなものが漂うようになっていた。
侍女たちは、新しいシャンタルに何か起きはしないかと、今まで以上に手をかけ、気を配る。不穏な陰が見えはしないかと疑心暗鬼になる。疲れが澱のように溜まり、なんとなくすべてのことが滞るようになっていった。
そんな中、手薄になった部分を神官に手伝ってもらうことが増えていったのだ。
衛士は常駐しているが、役割は警備であり、祭事的なことに手は出せない。それに引き換え、元々神殿は「シャンタル宮」の一部であり、その役割の一部を担うことに何も問題はない。
そして今はその状態に慣れてしまっている。
人は急激な変化には戸惑い、違和感を感じるものだが、時間をかけて次第に慣れたことには不思議に思わぬものだ。
キリエのように古くからいる侍女たちには多少の戸惑いはあるものの、普段から神官たちとよく交流をする若い侍女たちには、今の状態こそ普通になってしまっている。
そんな中、神官長も日常のようにマユリアへの面会をし、宮の運営、そして今回のように宮の者たちの行く末にまで意見を述べるようになっていた。
マユリアとキリエの間に「取次役」という新しい役職を置いたのも、この神官長の意見が大きかった。
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