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第一章 第四部 シャンタリオへの帰還

 4 噂の方 

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 とにかく「連絡を取るために」と、アルロス号の船長ディレンと同じ宿に滞在すると船員たちにも言っておいた。

 船員たちは大部分が船に寝泊まりするか、もしくはもっと安い宿に滞在する。ディレンは船以外にも色々と用があるので、やはり連絡が取りやすいようにそこそこの宿に泊まるのだそうだ。

「実際は船にいることも多いんだがな、なんかそういう慣習らしい」

 ディレンが淡々とそう言うのにベルが、

「でもさ、途中の島や港はともかく、ここじゃ結構長く泊まるんだろ?金かかるよなあ」
「そうだな」

 率直なベルの言い様にディレンが笑いながら、そうだなと答える。

「まあ、そのへんも雇い主の必要経費だから、俺には問題ないしな」
「そうなのか、いいなあ」

 そう言ってため息をつくベルを見てまた笑った。

「まあ、できるだけ早く、なんとかもっと安く落ち着ける場所を見つけるさ」

 トーヤがそう言う。

 何しろアルディナでは戦場暮らし、そうではない時は1人半の宿が大部分なので、なにより宿代がもったいないように思えるのも仕方がない。

「それで、これからどうするんだ?」

 ディレンがそう聞くのに、

「さあて、どうしようかね~」

 と、トーヤが他人事ひとごとのように言う。

「おい、大丈夫なのかよ、それで」
「どうかねえ、けど、とりあえず分かってることがいくつかある」

 トーヤが指を折って言う。

「まず、シャンタルはここでは自由に動けない、これは決まったことだ」
「そうだな」
「そんで、俺も会っちゃいけねえ人が何人かいる」
「そうだな」
「そんで、アランとベルもここではすごく目立つ、つまり動きにくい、ってこった」
「なんだそりゃ」

 ディレンが呆れる。

「そこでだな、船長、色々よろしく頼むわ」
「はあっ?」
「あんたは見た目はここの人間とは違うが、堂々と入ってきてるから自由に動ける、だから別に色々と動いてくれたら助かる」

 ディレンは白髪がそこそこ目立つものの、元は黒に近い茶、ベルよりさらに暗い茶色だ。目も同じ色。なので、ベルやアランよりはこの国の人間に近いと言えるが、よくよく見ると外の国の人間だな、と分かる程度には色が違う。

「そんで俺たちは奥様御一行としてちょっと街をふらふらする」
「また話のタネにしたいわけか」
「そうだ」

 トーヤがニヤリと笑う。

「とにかく、目立って目立って目立ちたい」
「俺はともかく、トーヤは面が割れちゃやばくないか?」
「そうだな」

 アランの言葉にトーヤが頷く。

「だから俺も顔を隠して動く。そのために考えてることがあるんだが、すぐにってわけにはいかねえ。だから、しばらくはおまえら3人でうろうろしろ」
「ええっ、右も左も分からねえのに?」

 ベルが文句を言うが、

「大丈夫だ、この宿さえ覚えておきゃなんとかなるさ。そんじゃみんな頼むな」
「トーヤはどうするの?」

 シャンタルがそう聞くのに、

「俺は別行動する。顔隠してちょっと色々調べることもあるし」

 皮肉にも、この国にいて一番違和感がない容姿のトーヤが自由に動けない。
 仕方なく、翌日から3人で馬車であちらこちらを見て回ることになった。

「せいぜい目立っとけ」

 と、トーヤが言うもので、いかにも「奥様」が行きそうな場所で、なるべく目につく店を選んで入り、なるべく話題になりそうな物を買ったりする。

 そうしてる間に、思った通り、街でも「そういう方がいらっしゃるそうだ」と、ちらほら話題になってきた。
 
 まずは船員たちが集まる酒場から、そして実際にお買い物いただいた「良い店」、はさすがにお客様のことを触れ回ることはなく、そこに出入りする姿を見た一般人たち、そして船で一緒だった船客たちのうち、リュセルスに戻った者たちから少しずつ広まっていった。

「なあ、トーヤどこ行ってるんだろな」

 部屋で衣装を脱いですっきりしたベルが言う。

「さあ、どこだろね」

 シャンタルが特に何も問題ないように言うもので、

「なあ、シャンタルは気になんねえのか?」
「何が?」
「だって、ここ、おまえの生まれ故郷じゃん。街に出てみてなんか思ったりしねえの?」
「うーん、しないねえ」
「そのへんがなあ」

 ベルが不思議そうに言うが、

「考えたら仕方ないだろ、こいつ、街に出たことなんてないんだろうし」
「そうなんだよなあ、なんかかわいそうだよな」

 アランに言われてそうも答える。

「そう、かわいそう?」
「うん、だって、ずっと閉じ込められたわけだからさ」

 ベルが言うのは物理的に宮にしかいられなかったというのと、自我を封じ込められていた、の両方なのだろう。

「それにさ、ここまで戻ってきたらラーラ様やマユリアにも会いたいだろ?」
「おい」

 ベルの無遠慮で素直過ぎる質問をアランが咎めるようにするが、

「そうだね、会いたいね」

 こともなくシャンタルが答えるのに、この2人の間には口を挟みにくいと思ってしまう。

 いつもそうなのだ、ベルもシャンタルも、お互いに何も気にすることがないように、遠慮することがないように仲良くする。実はそれが、兄としてアランがトーヤよりもシャンタルを気にする理由の一つなのだ。

 目に見えぬ不思議な絆があるようで、シャンタルの過去を知って以来、余計にアランが心配する理由になっていた。少しだけそれが怖いと思っていた。
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