42 / 354
第一章 第三部 絶海の孤島
1 島の港
しおりを挟む
あの後、嵐の後は文字通り凪続き、船員たちが、
「こんなに天気に恵まれるなんて、こりゃ幸運の女神でも乗ってるに違いねえぜ」
と、見当違いの女神の乗船を確信するぐらいの穏やかな旅が続いた。
シャンタルが「午後からも出てみよう」と言ったように、あの日から後は本当に午前と午後の2回のお出ましをするようになった。
奥様は日に日に足取りも軽く、梱包の中から出てくることだけはさすがになかったものの、他の船客たちが頭を下げると軽く下げて返すようになり、そのことにも船客たちは面白さを感じているようだ。
「案外気さくな人みたいだな」
「そうだな、俺、さっき頭下げたら侍女の人もこっち見て笑ったぞ」
「中はどんな方なんだろうなあ、あの優雅な様子からはきっときれいな人だと思う」
「いやあ、案外おばちゃんなんじゃないか?」
などと、勝手に想像して話のネタにし、退屈が続く船旅のいい気晴らしとなっていた。
「なんでもな、シャンタリオにいらっしゃる旦那さんのとこに行くんだそうだ」
「そうなのか」
「さっきな、護衛の人と話したらそんなこと言ってたぞ」
「へえ」
トーヤとアランにも話しかけてくる者が増え、小出しにそういうことをばらまいておいた。
「本当は一緒に行くはずが、他の奥様に見つかって行けなかったんだそうだ」
「ああ、そういう話聞いたことあるな、あそこは力のあるやつは何人も嫁さん持てるっての」
「ってことは、そんだけして連れて行きたいってことは、やっぱりかなりのべっぴんだぜ、ありゃあ」
「旦那って人もかなりの大物だな、おそらく」
面白いように、ディレンに話した設定が「真実」となって広まっていく。
今日もシャンタルは甲板に出てきた。
もう何回も挨拶を交わしている船員たちには、少しゆっくりと足を止めてゆっくりと頭を下げる。あちらもしっかりと頭を下げ、侍女を通して困っていることはないか、と声をかけてくる者もある。それに侍女は礼を言って主に伝える。
そうやって話をする分、甲板に出ている時間も長くなる。そうするとますます顔見知りも増え、交流も深まる。なかなかに過ごしやすい雰囲気になってきた。
そうして船の全員が今の航海の形に慣れて普通の日々になった頃、いよいよ寄港地へ到着する日がやってきた。
「島の港、トーヤの港って名前なんだってよ」
そう言ってベルがくくくくと笑い、いつものようにトーヤに張り倒された。
「るせえよ、俺がつけてくれって言ったわけじゃねえわ」
そう言いながら、なんとなく居場所がなさそうな顔をする。
「だけどな、それ、そのままでいいのか?」
「そうなんだよなあ」
「なんだよ、なんか問題か?」
アランがトーヤに聞き、ベルが理由を知りたがる。
「これだよ」
トーヤがディレンに出してもらった手形を見せる。
「なんだよ、おっさんがいちゃもんつけることもなくなっただろうし、普通に使えんだろうが」
「名前だよ。アロさんが俺のこと探してたってことだからな、島の港と同じってことで、名前聞かれたらちょっとひっかかることが出てくるかも知れねえだろ」
「ああ、それか、大丈夫だと思うぜ」
「なんでだ?」
「おっさんがな、なんか他の名前書いて手形切るとか言ってたぜ」
「本当か?」
「ああ、そんなこと言ってた」
「おまえなあ、そんなこと聞いたんなら早く言っとけよな」
と、最後にアランが妹の頭を軽く小突いた。
「なんだよー教えてやっただろうが」
「だから遅いんだって」
「まあいいって、アラン。そうか、そんなこと言ってたか、あいつ」
ちゃんと考えてくれていたことに少しうれしくなるトーヤだが、なんとなくベルの視線が意味ありげなのが気になった。
「なんだ、ベル」
「いや、なんだかんだ言ってトーヤっておっさんに甘えてるよなって」
そう言って逃げる。
「そうだね、甘えてるね」
ベルを後ろに隠しながらシャンタルが楽しそうに言う。
「でもまあ、いいじゃない、トーヤにもそういう人がいてさ」
「まあな」
アランも楽しそうに言う。
「ちっ、勝手に言っとけ」
トーヤがふいっと横を向いて、そこから先はもう相手をせず、船が着くまでのんびりと船長室で横になっていた。
午後を過ぎ、日が一番高いぐらいの時間に船は島の港に到着した。
「おまえらは一番最後な、ちゃんと宿には連絡しといたから、後からゆっくり入れ」
「ああ、助かる」
「それとな、おまえの手形、名前がそのままだと色々面倒かと思って書き直しといたぞ」
「ああ、それも助かる、すまんな」
そう言ってディレンから受け取った手形の名前をあらため、
「なんだあ、こりゃあ!」
大きな声を出す。
「なんだよこれ! なんでこの名前だ!」
「ああ、それか」
するっとディレンが続ける。
「嬢ちゃんにな、手形の名前変えるのに、おまえが嫌がりそうな名前がないか聞いたらそれを教えてくれたんでそうしといたんだが、本当に嫌がってるな」
「おまえ……」
面白そうな顔のディレンは無視してキッとベルを振り向くが、ベルはいいっーと舌を出したままシャンタルの背中に隠れる。
「なになに、なんて書いてあるの?」
「おい、やめろ!」
止める間もなくシャンタルの手がトーヤの手から手形を取り、
「ルギ……」
そう言って大笑いした。
「こんなに天気に恵まれるなんて、こりゃ幸運の女神でも乗ってるに違いねえぜ」
と、見当違いの女神の乗船を確信するぐらいの穏やかな旅が続いた。
シャンタルが「午後からも出てみよう」と言ったように、あの日から後は本当に午前と午後の2回のお出ましをするようになった。
奥様は日に日に足取りも軽く、梱包の中から出てくることだけはさすがになかったものの、他の船客たちが頭を下げると軽く下げて返すようになり、そのことにも船客たちは面白さを感じているようだ。
「案外気さくな人みたいだな」
「そうだな、俺、さっき頭下げたら侍女の人もこっち見て笑ったぞ」
「中はどんな方なんだろうなあ、あの優雅な様子からはきっときれいな人だと思う」
「いやあ、案外おばちゃんなんじゃないか?」
などと、勝手に想像して話のネタにし、退屈が続く船旅のいい気晴らしとなっていた。
「なんでもな、シャンタリオにいらっしゃる旦那さんのとこに行くんだそうだ」
「そうなのか」
「さっきな、護衛の人と話したらそんなこと言ってたぞ」
「へえ」
トーヤとアランにも話しかけてくる者が増え、小出しにそういうことをばらまいておいた。
「本当は一緒に行くはずが、他の奥様に見つかって行けなかったんだそうだ」
「ああ、そういう話聞いたことあるな、あそこは力のあるやつは何人も嫁さん持てるっての」
「ってことは、そんだけして連れて行きたいってことは、やっぱりかなりのべっぴんだぜ、ありゃあ」
「旦那って人もかなりの大物だな、おそらく」
面白いように、ディレンに話した設定が「真実」となって広まっていく。
今日もシャンタルは甲板に出てきた。
もう何回も挨拶を交わしている船員たちには、少しゆっくりと足を止めてゆっくりと頭を下げる。あちらもしっかりと頭を下げ、侍女を通して困っていることはないか、と声をかけてくる者もある。それに侍女は礼を言って主に伝える。
そうやって話をする分、甲板に出ている時間も長くなる。そうするとますます顔見知りも増え、交流も深まる。なかなかに過ごしやすい雰囲気になってきた。
そうして船の全員が今の航海の形に慣れて普通の日々になった頃、いよいよ寄港地へ到着する日がやってきた。
「島の港、トーヤの港って名前なんだってよ」
そう言ってベルがくくくくと笑い、いつものようにトーヤに張り倒された。
「るせえよ、俺がつけてくれって言ったわけじゃねえわ」
そう言いながら、なんとなく居場所がなさそうな顔をする。
「だけどな、それ、そのままでいいのか?」
「そうなんだよなあ」
「なんだよ、なんか問題か?」
アランがトーヤに聞き、ベルが理由を知りたがる。
「これだよ」
トーヤがディレンに出してもらった手形を見せる。
「なんだよ、おっさんがいちゃもんつけることもなくなっただろうし、普通に使えんだろうが」
「名前だよ。アロさんが俺のこと探してたってことだからな、島の港と同じってことで、名前聞かれたらちょっとひっかかることが出てくるかも知れねえだろ」
「ああ、それか、大丈夫だと思うぜ」
「なんでだ?」
「おっさんがな、なんか他の名前書いて手形切るとか言ってたぜ」
「本当か?」
「ああ、そんなこと言ってた」
「おまえなあ、そんなこと聞いたんなら早く言っとけよな」
と、最後にアランが妹の頭を軽く小突いた。
「なんだよー教えてやっただろうが」
「だから遅いんだって」
「まあいいって、アラン。そうか、そんなこと言ってたか、あいつ」
ちゃんと考えてくれていたことに少しうれしくなるトーヤだが、なんとなくベルの視線が意味ありげなのが気になった。
「なんだ、ベル」
「いや、なんだかんだ言ってトーヤっておっさんに甘えてるよなって」
そう言って逃げる。
「そうだね、甘えてるね」
ベルを後ろに隠しながらシャンタルが楽しそうに言う。
「でもまあ、いいじゃない、トーヤにもそういう人がいてさ」
「まあな」
アランも楽しそうに言う。
「ちっ、勝手に言っとけ」
トーヤがふいっと横を向いて、そこから先はもう相手をせず、船が着くまでのんびりと船長室で横になっていた。
午後を過ぎ、日が一番高いぐらいの時間に船は島の港に到着した。
「おまえらは一番最後な、ちゃんと宿には連絡しといたから、後からゆっくり入れ」
「ああ、助かる」
「それとな、おまえの手形、名前がそのままだと色々面倒かと思って書き直しといたぞ」
「ああ、それも助かる、すまんな」
そう言ってディレンから受け取った手形の名前をあらため、
「なんだあ、こりゃあ!」
大きな声を出す。
「なんだよこれ! なんでこの名前だ!」
「ああ、それか」
するっとディレンが続ける。
「嬢ちゃんにな、手形の名前変えるのに、おまえが嫌がりそうな名前がないか聞いたらそれを教えてくれたんでそうしといたんだが、本当に嫌がってるな」
「おまえ……」
面白そうな顔のディレンは無視してキッとベルを振り向くが、ベルはいいっーと舌を出したままシャンタルの背中に隠れる。
「なになに、なんて書いてあるの?」
「おい、やめろ!」
止める間もなくシャンタルの手がトーヤの手から手形を取り、
「ルギ……」
そう言って大笑いした。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
銀色の魔法使い(黒のシャンタル外伝)<完結>
小椋夏己
ファンタジー
戦で家も家族もなくした10歳の少女ベル、今、最後に残った兄アランも失うのかと、絶望のあまり思わず駆け出した草原で見つけたのは?
ベルが選ぶ運命とは?
その先に待つ物語は?
連載中の「黒のシャンタル」の外伝です。
序章で少し触れられた、4人の出会いの物語になります。
仲間の紅一点、ベルの視点の話です。
「第一部 過去への旅<完結>」の三年前、ベルがまだ10歳の時の話です。
ベルとアランがトーヤとシャンタルと出会って仲間になるまでの話になります。
兄と妹がどうして戦場に身を投じることになったのか、そして黒髪の傭兵と銀色の魔法使いと行く末を共にすることになったのか、そのお話です。
第一部 「過去への旅」 https://ncode.syosetu.com/s3288g/
第二部「新しい嵐の中へ」https://ncode.syosetu.com/n3151hd/
もどうぞよろしくお願いいたします。
「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」「ノベルアップ+」「エブリスタ」で公開中
※表紙絵は横海イチカさんに描いていただいたファンアートです、ありがとうございました!
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐@書籍発売中
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。
武雅
ファンタジー
この世界では8歳になると教会で女神からギフトを授かる。
人口約1000人程の田舎の村、そこでそこそこ裕福な家の3男として生まれたファインは8歳の誕生に教会でギフトを授かるも、授かったギフトは【器用貧乏】
前例の無いギフトに困惑する司祭や両親は貧乏と言う言葉が入っていることから、将来貧乏になったり、周りも貧乏にすると思い込み成人とみなされる15歳になったら家を、村を出て行くようファインに伝える。
そんな時、前世では本間勝彦と名乗り、上司と飲み入った帰り、駅の階段で足を滑らし転げ落ちて死亡した記憶がよみがえる。
そして15歳まであと7年、異世界で生きていくために冒険者となると決め、修行を続けやがて冒険者になる為村を出る。
様々な人と出会い、冒険し、転生した世界を器用貧乏なのに器用貧乏にならない様生きていく。
村を出て冒険者となったその先は…。
※しばらくの間(2021年6月末頃まで)毎日投稿いたします。
よろしくお願いいたします。
司書ですが、何か?
みつまめ つぼみ
ファンタジー
16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。
ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。
不死王はスローライフを希望します
小狐丸
ファンタジー
気がついたら、暗い森の中に居た男。
深夜会社から家に帰ったところまでは覚えているが、何故か自分の名前などのパーソナルな部分を覚えていない。
そこで俺は気がつく。
「俺って透けてないか?」
そう、男はゴーストになっていた。
最底辺のゴーストから成り上がる男の物語。
その最終目標は、世界征服でも英雄でもなく、ノンビリと畑を耕し自給自足するスローライフだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
暇になったので、駄文ですが勢いで書いてしまいました。
設定等ユルユルでガバガバですが、暇つぶしと割り切って読んで頂ければと思います。
こじらせ中年の深夜の異世界転生飯テロ探訪記
陰陽@2作品コミカライズと書籍化準備中
ファンタジー
※コミカライズ進行中。
なんか気が付いたら目の前に神様がいた。
異世界に転生させる相手を間違えたらしい。
元の世界に戻れないと謝罪を受けたが、
代わりにどんなものでも手に入るスキルと、
どんな食材かを理解するスキルと、
まだ見ぬレシピを知るスキルの、
3つの力を付与された。
うまい飯さえ食えればそれでいい。
なんか世界の危機らしいが、俺には関係ない。
今日も楽しくぼっち飯。
──の筈が、飯にありつこうとする奴らが集まってきて、なんだか騒がしい。
やかましい。
食わせてやるから、黙って俺の飯を食え。
貰った体が、どうやら勇者様に与える筈のものだったことが分かってきたが、俺には戦う能力なんてないし、そのつもりもない。
前世同様、野菜を育てて、たまに狩猟をして、釣りを楽しんでのんびり暮らす。
最近は精霊の子株を我が子として、親バカ育児奮闘中。
更新頻度……深夜に突然うまいものが食いたくなったら。
孤独な腐女子が異世界転生したので家族と幸せに暮らしたいです。
水都(みなと)
ファンタジー
★完結しました!
死んだら私も異世界転生できるかな。
転生してもやっぱり腐女子でいたい。
それからできれば今度は、家族に囲まれて暮らしてみたい……
天涯孤独で腐女子の桜野結理(20)は、元勇者の父親に溺愛されるアリシア(6)に異世界転生!
最期の願いが叶ったのか、転生してもやっぱり腐女子。
父の同僚サディアス×父アルバートで勝手に妄想していたら、実は本当に2人は両想いで…!?
※BL要素ありますが、全年齢対象です。
まずはキスからはじめましょう
一花みえる
ファンタジー
魔術と歴史に溢れたフィカリア王国。
王国の第一王女ロザリアは「小説のような恋愛」に憧れるロマンチストだった。
彼女の前に現れたアーノルドは、美しい容貌とは正反対のひどく冷たいリアリストである。そして、正反対の性格である二人は「婚約者」になってしまった。
理想とはかけ離れた政略結婚に悩むロザリアに、婚約者のアーノルドは「強い魔力が得られたらそれでいい」と言い放つ。それに反発するロザリアだったが、アーノルドはある秘密を隠していた。
結婚から始める恋愛、マリッジロマンスです。
タグにネタバレがありますが、そういうことです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる