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第一章 第三部 絶海の孤島

 1 島の港

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 あの後、嵐の後は文字通り凪続き、船員たちが、

「こんなに天気に恵まれるなんて、こりゃ幸運の女神でも乗ってるに違いねえぜ」

 と、見当違いの女神の乗船を確信するぐらいの穏やかな旅が続いた。

 シャンタルが「午後からも出てみよう」と言ったように、あの日から後は本当に午前と午後の2回のお出ましをするようになった。

 奥様は日に日に足取りも軽く、梱包の中から出てくることだけはさすがになかったものの、他の船客たちが頭を下げると軽く下げて返すようになり、そのことにも船客たちは面白さを感じているようだ。

「案外気さくな人みたいだな」
「そうだな、俺、さっき頭下げたら侍女の人もこっち見て笑ったぞ」
「中はどんな方なんだろうなあ、あの優雅な様子からはきっときれいな人だと思う」
「いやあ、案外おばちゃんなんじゃないか?」

 などと、勝手に想像して話のネタにし、退屈が続く船旅のいい気晴らしとなっていた。

「なんでもな、シャンタリオにいらっしゃる旦那さんのとこに行くんだそうだ」
「そうなのか」
「さっきな、護衛の人と話したらそんなこと言ってたぞ」
「へえ」

 トーヤとアランにも話しかけてくる者が増え、小出しにそういうことをばらまいておいた。

「本当は一緒に行くはずが、他の奥様に見つかって行けなかったんだそうだ」
「ああ、そういう話聞いたことあるな、あそこは力のあるやつは何人も嫁さん持てるっての」
「ってことは、そんだけして連れて行きたいってことは、やっぱりかなりのべっぴんだぜ、ありゃあ」
「旦那って人もかなりの大物だな、おそらく」

 面白いように、ディレンに話した設定が「真実」となって広まっていく。

 今日もシャンタルは甲板に出てきた。
 もう何回も挨拶を交わしている船員たちには、少しゆっくりと足を止めてゆっくりと頭を下げる。あちらもしっかりと頭を下げ、侍女を通して困っていることはないか、と声をかけてくる者もある。それに侍女は礼を言って主に伝える。

 そうやって話をする分、甲板に出ている時間も長くなる。そうするとますます顔見知りも増え、交流も深まる。なかなかに過ごしやすい雰囲気になってきた。
 そうして船の全員が今の航海の形に慣れて普通の日々になった頃、いよいよ寄港地へ到着する日がやってきた。

「島の港、トーヤの港って名前なんだってよ」

 そう言ってベルがくくくくと笑い、いつものようにトーヤに張り倒された。

「るせえよ、俺がつけてくれって言ったわけじゃねえわ」

 そう言いながら、なんとなく居場所がなさそうな顔をする。

「だけどな、それ、そのままでいいのか?」
「そうなんだよなあ」
「なんだよ、なんか問題か?」

 アランがトーヤに聞き、ベルが理由を知りたがる。

「これだよ」

 トーヤがディレンに出してもらった手形を見せる。

「なんだよ、おっさんがいちゃもんつけることもなくなっただろうし、普通に使えんだろうが」
「名前だよ。アロさんが俺のこと探してたってことだからな、島の港と同じってことで、名前聞かれたらちょっとひっかかることが出てくるかも知れねえだろ」
「ああ、それか、大丈夫だと思うぜ」
「なんでだ?」
「おっさんがな、なんか他の名前書いて手形切るとか言ってたぜ」
「本当か?」
「ああ、そんなこと言ってた」
「おまえなあ、そんなこと聞いたんなら早く言っとけよな」

 と、最後にアランが妹の頭を軽く小突いた。

「なんだよー教えてやっただろうが」
「だから遅いんだって」
「まあいいって、アラン。そうか、そんなこと言ってたか、あいつ」

 ちゃんと考えてくれていたことに少しうれしくなるトーヤだが、なんとなくベルの視線が意味ありげなのが気になった。

「なんだ、ベル」
「いや、なんだかんだ言ってトーヤっておっさんに甘えてるよなって」

 そう言って逃げる。

「そうだね、甘えてるね」

 ベルを後ろに隠しながらシャンタルが楽しそうに言う。

「でもまあ、いいじゃない、トーヤにもそういう人がいてさ」
「まあな」

 アランも楽しそうに言う。

「ちっ、勝手に言っとけ」

 トーヤがふいっと横を向いて、そこから先はもう相手をせず、船が着くまでのんびりと船長室で横になっていた。

 午後を過ぎ、日が一番高いぐらいの時間に船は島の港に到着した。

「おまえらは一番最後な、ちゃんと宿には連絡しといたから、後からゆっくり入れ」
「ああ、助かる」
「それとな、おまえの手形、名前がそのままだと色々面倒かと思って書き直しといたぞ」
「ああ、それも助かる、すまんな」

 そう言ってディレンから受け取った手形の名前をあらため、

「なんだあ、こりゃあ!」

 大きな声を出す。

「なんだよこれ! なんでこの名前だ!」
「ああ、それか」

 するっとディレンが続ける。

「嬢ちゃんにな、手形の名前変えるのに、おまえが嫌がりそうな名前がないか聞いたらそれを教えてくれたんでそうしといたんだが、本当に嫌がってるな」
「おまえ……」

 面白そうな顔のディレンは無視してキッとベルを振り向くが、ベルはいいっーと舌を出したままシャンタルの背中に隠れる。

「なになに、なんて書いてあるの?」
「おい、やめろ!」

 止める間もなくシャンタルの手がトーヤの手から手形を取り、

「ルギ……」

 そう言って大笑いした。
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