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第一章 第一部 東の海へ

23 出港前夜

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 ディレンの厚意に甘えることにし、翌朝はそこそこ早い時間に一度下船して指定された宿へ向かった。

 船のすぐそばまで迎えの馬車が来ていたので、それに乗るだけですんなりと到着できた。

 どうやらこの宿は、そのような目的で使用されることが多いらしく、宿の者も特に何も問題なく湯殿に通してくれた。さすがにここが東の端、これから長い船旅に出る者のための宿なのだろう。

「ここから先は鍵を閉めていただいたら誰も入れませんから」

 そう言って控室、脱衣所、浴室に分かれた離れのような場所に通される。

 まずはシャンタルから浴室に入る。

「髪が長いからなあ、乾かすのに時間かかるだろ?」

 一番に入れと言われたベルがそう言って譲ったのだ。

 遠慮なくのんびりと入浴を終えたシャンタルが、

「すっきりした」

 と、出てきて長い髪をタオルで拭き、乾かしている間に、あっという間にベルが出てきた。

「はーすっきりした!」
「って、おまえ、そんな早くていいのか?」
「だって、やることやってお湯に浸かったらもう終わりじゃん」

 アランにそう言って、さほど長くない髪をバサバサと拭いて終わると、

「シャンタル、手伝うよ」

 と、くしけずりながら侍女よろしく手伝ってやっている。

 その間にトーヤとアランが2人で一緒にさっと入ってさっと出てきた。

「ちょ、ちょっと待てって!」
「ん、なんだ?」

 脱衣所から下着、ズボンだけの上半身裸、首にタオルを引っ掛けたトーヤが出ていこうとするとアランが止めた。

「ベルがいるだろ、だからな、裸はまずいって」
「は?」

 今まではそんなこと特に気にしたこともなかったのに、何をいきなり言い出すんだ、とトーヤがアランを不思議そうに見る。

「いや、だからな、あれでも一応女だからな」
 
 聞いてぶーっとトーヤが吹き出した。

「ガキじゃねえかよ」
「いや、だから、ガキと言っても女だから」
「どこがー、おーい」

 そう声をかけながらそのままの姿で控室に出ていってしまった。

「アランが変だ」
「ほ?」

 まだシャンタルの髪をいてやっていたベルが、トーヤの後ろからあたふたと付いて出てきたアランを見る。

「なんだ兄貴、湯あたりか?」
「大丈夫?」

 ベルに続いてシャンタルも振り向いて聞く。

「いや、そうじゃなくてだな、って、おい、おまえ、その格好!」

 短い下着用の厚めのシャツの上だけに下はズボン、へその上から胸の下までの素肌が見えているベルに、急いで駆け寄る。

「おまえな、その格好」
「ん、なんだ?」
「いや、薄着過ぎるだろうが」
「へ? だって風呂上がりで暑いじゃん」

 ベルの方はきょとんとしているが、アランが眉を寄せて説教臭い顔になる。

「いやな、おまえ、一応女だぞ」
「一応って失礼だな、おれは立派な女だぞ、それがどうした?」
「だからな、立派な女がそんな薄着で男と2人きりでこんな部屋にだな……あー俺は後で入りゃよかった」
「何言ってんだよ」
 
 心配して頭を抱える兄に妹がぷっと吹き出す。

「男と2人ってシャンタルじゃん、なあ?」
「そうだよ」

 一応男のシャンタルも、何が問題なのかと言いたげにそう言う。

「いや、だからな、もうおまえもそろそろ女としてだな」
「何言ってんだこの人」

 3人のやり取りを聞き、こちらはシャツを上に引っ掛けたトーヤがやっと、

「言われてみりゃ、アランの心配ももっともな部分もあるんだが、それでもなあ、そんなこと気にしたことなかったからなあ」
「気にしろよ!」

 アランが声を荒げた。

 先日、ベルのトーヤへの想いを聞いてしまってから、この兄は一気に妹への心配が募ってきたのだった。

「まあ、アランの気持ちも分からんではないから、この際だからちょっと考えてやるか」

 アランの真面目な顔を見て、トーヤが一応年長者らしく、物分りよさげにそう言う。

「そうだよ、そうしてやってくれよ、頼むよ」
「分かった分かった、気をつける」

 そうして一悶着あったものの、昼前には船に戻ってきた。



 ディレンの言う通り、その後は船客たち、そして夜には積荷仕事など汗をかく仕事を終えた船員たちが、夜中まで交代で一休みしに宿へと足を運び、せわしげに出港前夜は過ぎていった。

「何しろ長旅だからな、風呂にも入れん人間が船中にうろうろされるのは叶わん」

 自分も一風呂浴びて帰ってきたディレンが、元倉庫、現船長室に報告と礼を言いにきたトーヤにそう言う。

「おまえらも、何日か馬車を飛ばして港に来る間も、風呂に入ってなかっただろうが」
「ああ、そうだな」
「ご婦人連れってことで、そのぐらい気にしてさしあげなかったのか」

 チクリとディレンが言うことにトーヤが、

「何しろ急いだからなあ。船に乗り遅れないことにしか気がいかなかった」

 素直に認める。

「まあ、そのへんは仕方ないかも知れんが、おまえももうガキじゃねえんだからそのぐらいの気配りはするこったな」
「面目ない」
「それで、お嬢さん方はどうしてる」
「ああ、ご機嫌でいらっしゃる」
「そうか、長旅だからな。夜が明けたらいよいよ出港だ」
「ああ、頼むな」
「任せとけ」
 
 そうして穏やかに出港を待つ夜は更け、朝を迎えた。
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