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18 知恵熱
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風呂から戻ってきたシャンタルは、部屋の微妙な雰囲気に気づきもしないように言う。
「ベルも入ってきたら? いいお湯だったよ。今なら誰もいないから行っておいでよ」
「う、うん……」
言われて仕方ないようにベルは風呂に行った。
温かいお湯に浸かるとホッとした。
体は特に疲れてはいない。
あの日、瀕死の兄を助けてもらって以降、快適な部屋で過ごし、快適な衣服を着、おいしいものを食べさせてもらい、特に厳しい労働もせず、なんというか「普通の子ども」の生活をできている。
本当の意味で「普通の子ども」が分かっているわけではないのだが、少なくとも、あの懐かしい家でそれまで過ごしていただろう生活、それをさせてもらっているとベルは思った。
命の危険を感じなくていい。
飢えに苦しまなくていい。
汚れにまみれなくていい。
そんなことを、そんな普通のことがあることを、ベルはずっと忘れていた。
「すぐに叩くし憎たらしいけどな!」
誰に誰のことを言うでもなく、そう言って口元までブクブクと湯に浸かる。
だが、それだけになんだろう、心の中にチクチクとどこかを刺すものがあるような、そんな感じがする。
『ああ、だが半分は当たってる』
『さよならの準備しに行ったってやつな』
『おまえ、元気になったらもう傭兵やめろ』
『ケガが治ったらこの町のどこかで住み込みで仕事でもしろ』
トーヤが自分たちを置いていこうとしている。
そう思うと、なぜだか胸が苦しくて苦しくて、飲み込んだ空気が胸の中の固まりに邪魔されて飲み込めないような、そんな感じがしてたまらない。
元々は通りすがりの他人だ。
兄貴たちとは違う。
だから、いつどうやって別れても不思議じゃない。
今、こうして一緒にいることこそが不思議なのだ。
『あいつに聞いても無駄だぜ。なんでそうしたかったか、多分本人にも分かってねえからな。』
『俺はほっとけ、っつーたんだがな、あいつがどうしても助けるって言うから、そんで仕方なくな』
そんな理由で助けてくれて、そして今こうして一緒にいるのだ。
「そんで、またさいならするだけ、だよな……」
それだけのことだ、そう自分に言い聞かせながら、そうすればするほど胸に引っかかった空気が目から水になって出てくる。
「なんでだろ……」
ベルは目から出た水を隠すように、バシャッと顔を水に浸ける。
「なんでだろ……」
ずっとぐるぐる考えていた。
ベルが風呂から戻ると、部屋の中では3人が普通に話をしていた。
「へえ、じゃあそれからずっと3人だったんだね」
「ええ、スレイ兄が死ぬまでは」
「どこで亡くなったの?」
「正確な場所までは実はあまりよく分かりません。どっちも大体の場所しか」
「そうかあ……」
シャンタルが美しい横顔を曇らせ、少し下を向いた。
「まあ、調べりゃ大体のことは分かると思うぞ。行ってみたいのか?」
「できれば、ちゃんと葬り直したいとは思ってますが、その場所もちゃんと分かるかどうか」
「まあ、ゆっくり考えろ。とにかく今は体治すのが先だ」
「はい、ありがとうございます」
何の話をしているのだろうとベルは思った。
「今ね、2人の話を聞いてたんだよ」
ベルの心の内を覗いたかのようにシャンタルがそう言う。
「どうして兄弟3人になって、どうして今2人なのかを聞いたよ」
「そうか……」
上の空のようにそう言ってソファにゆっくり腰掛ける。
「どうしたの、なんか元気ないね?」
「あ、なんかのぼせたみたい」
「のぼせるほど入るな愚か者」
部屋の反対側からそんな言葉が飛んできた。
「しっかり水飲んどけ、ガキ」
「るせえな、トーヤのくせに!」
反射的にそう答える。
「おまえ……」
アランの驚いている声が聞こえた。
「な、おまえの妹失礼なんだよ、いーっつもこんな感じで。元気になったらもっとしっかりしつけとけ」
半分笑いながらそう言うトーヤの声が、なんだか遠い。
「あれ、本当に大丈夫? ちょっと、ベル!」
シャンタルのそんな声を聞きながら、ベルの意識は遠ざかっていった。
次に目を覚ましたのはベッドの上だった。
「大丈夫?」
心配そうな美しい顔が目の前にあった。
「あれ、おれ……」
「いきなり倒れてびっくりしたよ。熱があるみたい」
「熱?」
「うん。お水飲む?」
「うん……」
上半身を少し起き上がらせ、持たせてもらったカップから水を飲む。
冷たい水が体中に広がっていくようで、ホッとため息をついて飲んだ。
「もういいの?」
「うん、ありがと」
「疲れが出たのかも知れねえな」
シャンタルの背後からそんな声がした。
「まあ、ずっと気を張ってたんだろうよ。それが安心して気が抜けたって感じか」
「ベル……」
隣のベッドから兄の声が聞こえた。
「いや、大丈夫だって。兄貴は心配することねえからな」
「強気だな」
トーヤがそう言って笑った。
「まあ、そんだけ強がれるなら大丈夫だ。ゆっくり休めばすぐよくなる」
その言葉の後、目の上に冷たい濡れたタオルが結構乱暴に置かれ、その上から大きな手が優しくそっと押さえてくれた。
「寝とけ、ガキ」
みんなはベルの熱をああ言ったが、ベルには分かっていた。
こういうの知恵熱って言うんだ、聞いたことがある。
トーヤが聞いたら「バカは考えるだけ無駄」だと言うんだろうな、そう思っていた。
「ベルも入ってきたら? いいお湯だったよ。今なら誰もいないから行っておいでよ」
「う、うん……」
言われて仕方ないようにベルは風呂に行った。
温かいお湯に浸かるとホッとした。
体は特に疲れてはいない。
あの日、瀕死の兄を助けてもらって以降、快適な部屋で過ごし、快適な衣服を着、おいしいものを食べさせてもらい、特に厳しい労働もせず、なんというか「普通の子ども」の生活をできている。
本当の意味で「普通の子ども」が分かっているわけではないのだが、少なくとも、あの懐かしい家でそれまで過ごしていただろう生活、それをさせてもらっているとベルは思った。
命の危険を感じなくていい。
飢えに苦しまなくていい。
汚れにまみれなくていい。
そんなことを、そんな普通のことがあることを、ベルはずっと忘れていた。
「すぐに叩くし憎たらしいけどな!」
誰に誰のことを言うでもなく、そう言って口元までブクブクと湯に浸かる。
だが、それだけになんだろう、心の中にチクチクとどこかを刺すものがあるような、そんな感じがする。
『ああ、だが半分は当たってる』
『さよならの準備しに行ったってやつな』
『おまえ、元気になったらもう傭兵やめろ』
『ケガが治ったらこの町のどこかで住み込みで仕事でもしろ』
トーヤが自分たちを置いていこうとしている。
そう思うと、なぜだか胸が苦しくて苦しくて、飲み込んだ空気が胸の中の固まりに邪魔されて飲み込めないような、そんな感じがしてたまらない。
元々は通りすがりの他人だ。
兄貴たちとは違う。
だから、いつどうやって別れても不思議じゃない。
今、こうして一緒にいることこそが不思議なのだ。
『あいつに聞いても無駄だぜ。なんでそうしたかったか、多分本人にも分かってねえからな。』
『俺はほっとけ、っつーたんだがな、あいつがどうしても助けるって言うから、そんで仕方なくな』
そんな理由で助けてくれて、そして今こうして一緒にいるのだ。
「そんで、またさいならするだけ、だよな……」
それだけのことだ、そう自分に言い聞かせながら、そうすればするほど胸に引っかかった空気が目から水になって出てくる。
「なんでだろ……」
ベルは目から出た水を隠すように、バシャッと顔を水に浸ける。
「なんでだろ……」
ずっとぐるぐる考えていた。
ベルが風呂から戻ると、部屋の中では3人が普通に話をしていた。
「へえ、じゃあそれからずっと3人だったんだね」
「ええ、スレイ兄が死ぬまでは」
「どこで亡くなったの?」
「正確な場所までは実はあまりよく分かりません。どっちも大体の場所しか」
「そうかあ……」
シャンタルが美しい横顔を曇らせ、少し下を向いた。
「まあ、調べりゃ大体のことは分かると思うぞ。行ってみたいのか?」
「できれば、ちゃんと葬り直したいとは思ってますが、その場所もちゃんと分かるかどうか」
「まあ、ゆっくり考えろ。とにかく今は体治すのが先だ」
「はい、ありがとうございます」
何の話をしているのだろうとベルは思った。
「今ね、2人の話を聞いてたんだよ」
ベルの心の内を覗いたかのようにシャンタルがそう言う。
「どうして兄弟3人になって、どうして今2人なのかを聞いたよ」
「そうか……」
上の空のようにそう言ってソファにゆっくり腰掛ける。
「どうしたの、なんか元気ないね?」
「あ、なんかのぼせたみたい」
「のぼせるほど入るな愚か者」
部屋の反対側からそんな言葉が飛んできた。
「しっかり水飲んどけ、ガキ」
「るせえな、トーヤのくせに!」
反射的にそう答える。
「おまえ……」
アランの驚いている声が聞こえた。
「な、おまえの妹失礼なんだよ、いーっつもこんな感じで。元気になったらもっとしっかりしつけとけ」
半分笑いながらそう言うトーヤの声が、なんだか遠い。
「あれ、本当に大丈夫? ちょっと、ベル!」
シャンタルのそんな声を聞きながら、ベルの意識は遠ざかっていった。
次に目を覚ましたのはベッドの上だった。
「大丈夫?」
心配そうな美しい顔が目の前にあった。
「あれ、おれ……」
「いきなり倒れてびっくりしたよ。熱があるみたい」
「熱?」
「うん。お水飲む?」
「うん……」
上半身を少し起き上がらせ、持たせてもらったカップから水を飲む。
冷たい水が体中に広がっていくようで、ホッとため息をついて飲んだ。
「もういいの?」
「うん、ありがと」
「疲れが出たのかも知れねえな」
シャンタルの背後からそんな声がした。
「まあ、ずっと気を張ってたんだろうよ。それが安心して気が抜けたって感じか」
「ベル……」
隣のベッドから兄の声が聞こえた。
「いや、大丈夫だって。兄貴は心配することねえからな」
「強気だな」
トーヤがそう言って笑った。
「まあ、そんだけ強がれるなら大丈夫だ。ゆっくり休めばすぐよくなる」
その言葉の後、目の上に冷たい濡れたタオルが結構乱暴に置かれ、その上から大きな手が優しくそっと押さえてくれた。
「寝とけ、ガキ」
みんなはベルの熱をああ言ったが、ベルには分かっていた。
こういうの知恵熱って言うんだ、聞いたことがある。
トーヤが聞いたら「バカは考えるだけ無駄」だと言うんだろうな、そう思っていた。
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