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2022年 8月
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暑い暑い夏。
夫婦そろってそこそこ長い夏休みをゲットした。
だがこのご時世、あまりどこかに出かける気にもなれず、なんだか家でうだうだと過ごす日々。
そんな中、ソファでスマホゲームに興じていた旦那がこう言った。
「ほんと暑いよなあ、もうお昼そうめんでいいから」
そうめん、
「で」
いいから。
聞き間違いかな?
ちょっと確認してみる。
「お昼、そうめん『で』いいの?」
「うん、そうめんでいいよ」
聞き間違いじゃなかったらしい。
「そう分かった、そうめん『で』いいのね?」
「うん、それでいいよ」
どうやら「それでいい」と妥協してるらしい。
「分かった、ちょっと買い物してくる」
「いってらっしゃい」
私は歩いて10分ほどのスーパーまで買い物に行き、目当ての物を買って帰宅した。
買い物時間と往復合わせて40分ほど。
行き帰りの道中が暴れそうなほど暑い。
「ただいま」
「おかえり~」
帰ってきたら旦那は私が出て行った時のまま、ソファに寝っ転がってスマホでゲームをしていた。
「ずっとそれやってたの?」
「ああ、うん」
ちょっとだけ気まずそうにしてるけど、やめる気配はない。
「はい、そうめん」
「ん?」
旦那が不思議そうにそう答えた。
だって調理してる気配も時間もなかったもんね。
「はい、そうめん」
私は笑顔のままもう一度言う。
「そうめんって……」
こうなってやっと、旦那はスマホを置いてテーブルのところにやってきた。
「はい、そうめん」
そう言って私が指さした先には6把入りそうめんの袋がどんとそのまま。
「えっと」
「そうめん『で』いいって言ったから」
「って、これ、なんもしてないじゃん」
「うん、そうめん」
この段階でやっと、旦那は私の機嫌が悪そうだと気がついたらしい。
「えっと」
「そうめん『で』いいのよね?」
「あー……」
何が気にいらないのかも分かったようだ。
「今までも何回も言ってたよね? 『で、いい』ってのやめてって」
「…………」
そう、今回が初めてではないのだ。
「そういう言い方は我慢してるつもりってことって、何回も言ったよね?」
「……うん」
旦那が渋々認める。
「『で、いい』って言うのはね、自分でやってそれで我慢しよう、妥協しようって時に言う言葉だと思う」
「うん……」
「だから、そうめん『で』いいのなら、それどうぞ」
にこやかに乾麺のそうめんをずずっと差し出す。
「ごめん……」
旦那が素直に頭を下げた。
「分かってくれたらいいの。それじゃそれ茹でましょうか。一緒にね」
「うん」
大人しくコンロの前についてきた。
「まずお湯を沸かします」
真夏の暑い日、キッチンはただでさえ暑い。
ガスに火をつけてお湯を沸かすと一層暑くなった。
「暑いな……」
やっとお湯が沸いてきたところで旦那がボソッと言う。
私は黙って湧いたお湯にそうめんを入れた。
最近はやりの茹でない方法は使わず、今日はあえていつものように茹でる。
2分ほど経っていい具合になったので、流しに用意していたザルにざっと上げる。
「あっち!」
立ち上る湯気に旦那が思わず身をよけた。
ザルに入れたそうめんを元の鍋に戻し、水道の水をざんざんとかけ、鍋いっぱいになってきたらまたザルに上げる。何回か繰り返しそうめんが冷えてきた。
「そうめんはまだ熱いうちに手を入れてはいけないの。手のにおいが移ったりして変になるから」
「へえ」
そうめんをぎゅっぎゅと水の中で洗う。
「え、そんなにごしごしやっちゃって大丈夫なの?」
「そうめんはね、作る時に油を使ってるから、こうしてもみながら洗わないといけないのよ」
「へえ」
きれいに洗い上がったそうめんを氷水を入れたガラスの鉢に移し、
「さあどうぞ」
と、旦那の前に出した。
なんとなく不満そうな顔をしている。
「あ、これも」
ペットボトルのめんつゆと、パックに入ったカットねぎ、それからチューブのわさびも一緒に出す。
いつもうちではそうめんというと具だくさんだ。
錦糸玉子、小口ネギ、みょうがの千切り、大葉の千切り、カニカマ、そんなものをずらっと並べて、手作りの出汁に好きな具を入れてどうぞ召し上がれ。
旦那の頭の中には「そうめんでいいよ」と言った時、その映像が浮かんでいたのだろう。
旦那は何か言いかけて、ふと表情を変えると、
「そうか、あれだけの物食べようと思ったら、もっともっと手間がかかるんだな」
「そうよ、分かってくれた?」
「うん、ごめん」
「別にいいの、料理は嫌いじゃないし、おいしく食べてもらいたいし。でもね」
私は表情を引き締めて続けた。
「そうめん『で』って言われるのは嫌い。それだったらちゃんとそうめん『が』食べたいって言ってほしいの。どれだけ手間がかかるかも知らず『で』って我慢してるみたいに言わないで」
「うん、分かったよ、悪かった」
「私も悪かったわ」
私も旦那に頭を下げた。
「暑くてイライラしてたのね。ついいじわるしちゃった。さ、食べましょうか」
「うん、いただきます」
二人でネギだけのそうめんを食べながら旦那が言った。
「それに暑い中、買い物も行ってくれたんだもんなあ。本当ありがとう、ごめん」
うちの旦那は本当に素直な人なのだ。
「あなたのそういうところ『が』私は好きよ」
ちゃんと思いは「が」で伝えておいた。
夫婦そろってそこそこ長い夏休みをゲットした。
だがこのご時世、あまりどこかに出かける気にもなれず、なんだか家でうだうだと過ごす日々。
そんな中、ソファでスマホゲームに興じていた旦那がこう言った。
「ほんと暑いよなあ、もうお昼そうめんでいいから」
そうめん、
「で」
いいから。
聞き間違いかな?
ちょっと確認してみる。
「お昼、そうめん『で』いいの?」
「うん、そうめんでいいよ」
聞き間違いじゃなかったらしい。
「そう分かった、そうめん『で』いいのね?」
「うん、それでいいよ」
どうやら「それでいい」と妥協してるらしい。
「分かった、ちょっと買い物してくる」
「いってらっしゃい」
私は歩いて10分ほどのスーパーまで買い物に行き、目当ての物を買って帰宅した。
買い物時間と往復合わせて40分ほど。
行き帰りの道中が暴れそうなほど暑い。
「ただいま」
「おかえり~」
帰ってきたら旦那は私が出て行った時のまま、ソファに寝っ転がってスマホでゲームをしていた。
「ずっとそれやってたの?」
「ああ、うん」
ちょっとだけ気まずそうにしてるけど、やめる気配はない。
「はい、そうめん」
「ん?」
旦那が不思議そうにそう答えた。
だって調理してる気配も時間もなかったもんね。
「はい、そうめん」
私は笑顔のままもう一度言う。
「そうめんって……」
こうなってやっと、旦那はスマホを置いてテーブルのところにやってきた。
「はい、そうめん」
そう言って私が指さした先には6把入りそうめんの袋がどんとそのまま。
「えっと」
「そうめん『で』いいって言ったから」
「って、これ、なんもしてないじゃん」
「うん、そうめん」
この段階でやっと、旦那は私の機嫌が悪そうだと気がついたらしい。
「えっと」
「そうめん『で』いいのよね?」
「あー……」
何が気にいらないのかも分かったようだ。
「今までも何回も言ってたよね? 『で、いい』ってのやめてって」
「…………」
そう、今回が初めてではないのだ。
「そういう言い方は我慢してるつもりってことって、何回も言ったよね?」
「……うん」
旦那が渋々認める。
「『で、いい』って言うのはね、自分でやってそれで我慢しよう、妥協しようって時に言う言葉だと思う」
「うん……」
「だから、そうめん『で』いいのなら、それどうぞ」
にこやかに乾麺のそうめんをずずっと差し出す。
「ごめん……」
旦那が素直に頭を下げた。
「分かってくれたらいいの。それじゃそれ茹でましょうか。一緒にね」
「うん」
大人しくコンロの前についてきた。
「まずお湯を沸かします」
真夏の暑い日、キッチンはただでさえ暑い。
ガスに火をつけてお湯を沸かすと一層暑くなった。
「暑いな……」
やっとお湯が沸いてきたところで旦那がボソッと言う。
私は黙って湧いたお湯にそうめんを入れた。
最近はやりの茹でない方法は使わず、今日はあえていつものように茹でる。
2分ほど経っていい具合になったので、流しに用意していたザルにざっと上げる。
「あっち!」
立ち上る湯気に旦那が思わず身をよけた。
ザルに入れたそうめんを元の鍋に戻し、水道の水をざんざんとかけ、鍋いっぱいになってきたらまたザルに上げる。何回か繰り返しそうめんが冷えてきた。
「そうめんはまだ熱いうちに手を入れてはいけないの。手のにおいが移ったりして変になるから」
「へえ」
そうめんをぎゅっぎゅと水の中で洗う。
「え、そんなにごしごしやっちゃって大丈夫なの?」
「そうめんはね、作る時に油を使ってるから、こうしてもみながら洗わないといけないのよ」
「へえ」
きれいに洗い上がったそうめんを氷水を入れたガラスの鉢に移し、
「さあどうぞ」
と、旦那の前に出した。
なんとなく不満そうな顔をしている。
「あ、これも」
ペットボトルのめんつゆと、パックに入ったカットねぎ、それからチューブのわさびも一緒に出す。
いつもうちではそうめんというと具だくさんだ。
錦糸玉子、小口ネギ、みょうがの千切り、大葉の千切り、カニカマ、そんなものをずらっと並べて、手作りの出汁に好きな具を入れてどうぞ召し上がれ。
旦那の頭の中には「そうめんでいいよ」と言った時、その映像が浮かんでいたのだろう。
旦那は何か言いかけて、ふと表情を変えると、
「そうか、あれだけの物食べようと思ったら、もっともっと手間がかかるんだな」
「そうよ、分かってくれた?」
「うん、ごめん」
「別にいいの、料理は嫌いじゃないし、おいしく食べてもらいたいし。でもね」
私は表情を引き締めて続けた。
「そうめん『で』って言われるのは嫌い。それだったらちゃんとそうめん『が』食べたいって言ってほしいの。どれだけ手間がかかるかも知らず『で』って我慢してるみたいに言わないで」
「うん、分かったよ、悪かった」
「私も悪かったわ」
私も旦那に頭を下げた。
「暑くてイライラしてたのね。ついいじわるしちゃった。さ、食べましょうか」
「うん、いただきます」
二人でネギだけのそうめんを食べながら旦那が言った。
「それに暑い中、買い物も行ってくれたんだもんなあ。本当ありがとう、ごめん」
うちの旦那は本当に素直な人なのだ。
「あなたのそういうところ『が』私は好きよ」
ちゃんと思いは「が」で伝えておいた。
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