小椋夏己のア・ラ・カルト

小椋夏己

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2022年  8月

ギザギザ

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「あれ、なんかちょっと違うと思ったら」

 財布の中に入っていた、いつも見てるようでなんだかちょっと違うコインを私は取り出し、じっくりと見てみた。

「新しい500円玉だ、初めて見た」

 昨年の秋に出たと聞いたきり、全然姿を見ないと思っていた新しいデザインの500円玉が、いつの間にか私の財布に入っていた。

 ここのところキャッシュレス化が進み、私も普段はクレジットやプリペイドのカードを使うことが多く、今は現金をやり取りする決まったお店は少なくなっていた。
 レジ自体はセルフとかセミセルフとかいう形で、店員さんと手でやり取りすることはもっと少なくなっていて、機械からガシャガシャ出てきた硬貨をそうじっくりと見てもいないから、一体いつ入ったかも分からない。

「へえ、こんな感じなんだ」

 よく見ると内側と外側のツートンカラーになっていて、そして周囲のギザギザがなんか違う。
 面白いことによく分かるような色の違いより、そのギザギザの違和感でなんとなく気がついた。

「そしてこっちもえらくピカピカしてるじゃないの」

 取り出して見たら、

「あら、こっちは令和3年の10円玉。そりゃピカピカしてるわよね」

 今日、現金を使って買い物をしたのは、ご近所のドラッグストアだけだった。あそこのおつりに新500円玉とピカピカの10円玉がおつりとして出たのだろう。

「へえ、なんとなく運がいいような気がする」

 そう思い、その2枚の硬貨、指輪とかを一時置きする貝殻型のトレイの中に入れてみた。
 今日外した指輪とピアスと並んで2枚の硬貨もまるでジュエリーのように光っている。

「他にもないかな、って、なんだかこっちはまたえらく鈍い色した10円玉」

 さっきの2枚とは違い、なんとなく微妙にすり減って少し丸みを帯びたような、銅色が深くなった10円玉を取り出してみる。

「って、ええっ、これ、昭和!」

 その10円玉の製造年を見てみたら、

「昭和45年って、西暦にすると25足して1970年だから、大阪で万博があった年よね。1970年の~こ~んにちわ~」

 思わず歌いながら考える。

「ってことは、52年も前のお金なの、君!」

 平成が30年あって、その前の昭和の20年以上も前の硬貨が現役で流通しているなんて!

「うわーなんかすっごーい!」

 他にも数枚10円玉があったのでいつ製造か見てみたら、他のはほとんどが平成だったがもう1枚だけ昭和のがあった。

「これは昭和54年ってことは、79年? もうちょっとお若いのね、君は」

 なんだろう、すごく値打ちがあるように思ってしまった。

 今まで、財布の中にある10円玉なんて何も思わなかったし、あったとしてもきれいじゃないのから出してしまっていたように思う。

「へえ、昭和のお金がねえ、今も流通してるんだ」

 ものすごく不思議な気がした。

 今は「昭和レトロ」とかで、10代のもう少しで親も平成生まれかもな子たちが昭和の歌やら小物やらに「エモい」と評価をしているとか聞いたことはある。

「でもさすがに昭和の10円玉なんて、興味もないだろうなあ」

 なんとなく私は得意になってしまった。
 まるで新しい発見をした学者のような、そんな気分。
 
 それから買い物をしたら、なんとなく10円玉の製造年をチェックしていき、ある時、

「ええっ、これ、昭和27年って、えっと、第二次大戦が昭和20年に終わってるから、戦争終わって10年もしないうちに生まれた子なのお!」

 本当にびっくりした。

 そしてもう一つ、

「あ、これ『ギザ10』だ」

 前に聞いたことがある。
 硬貨の中で一番額面が高い硬貨の周囲にギザギザがつけられていたって。
 
「つまり、50円や100円ができて、君の後輩はギザギザじゃなくなってしまったわけだ」

 ちょっとだけ、なんとなく新参者に追い越されたっぽい感じがして、かわいそうで愛しく思えてきた。

「でも昭和27年ってことは、えっと今年で70歳!」

 おじいちゃんだかおばあちゃんだか分からないが、昭和、平成、そして令和のこの時代までがんばって、

「現役なんだ!」

 すごい!
 ギザ10すごい!

「うわあ、宝だあ!」

 調べてみたらいわゆる「ギザ10」は昭和26年から昭和33年の7年間だけ作られていたらしい。
 ただ、発行数が多いのでいわゆる「レア」以外は年数が経っていても普通に10円の価値しかない。

 だけど私はなんだか感動していた。

 この70年、一体何人の手を通って今ここに、私のところに来たんだろう。
 紙幣と違って金属だから、耐用年数は長いだろうとは思うけど、まさか70年物とは!

 他の硬貨は古くてもあまり見た目が変わらないけど、10円玉って銅色してるから新しいのと古いのがかなりはっきり色が違う。だから気になって見てしまったわけだけど……

「困ったなあ、もう君、手放せなくなったじゃないか」

 私はそう言って、前に令和の500円玉と100円玉を置いたトレイに昭和27年の「ギザ10」を一緒に入れた。

「なんか、神々しいじゃない?」

 見た目は古びてくすんでるけど、なんだか一番ピカピカ光っているように見えた。
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