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2022年 7月
不能犯
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「僕が高崎教授を殺しました。教授のマグカップの中にトリカブトを入れて飲ませました」
狭い取調室の中で僕は素直に自供をした。言い逃れせず、正直に全部話すつもりだ。
「トリカブト? それはどうやって手に入れたの?」
「図鑑を見て、山で採取した根をエタノールで煮て抽出しました」
「なんで高崎教授を殺そうと思ったの」
「姉を殺したからです」
僕は高崎教授が学生である姉と不倫関係になり、弄んで捨てたこと。そして姉がそれが原因で自殺したことなどを話した。
「なるほど……」
「あの男は聖職者の仮面をかぶった人殺しです!」
僕はスチールテーブルの上をドン! と叩いた。
「僕と姉はずっと一緒に生きてきました。その姉をあの男は弄んで捨てたんです。姉は僕に全部話してくれて、もう生きていたくない、そう言った後で……」
思い出すのもつらい。
ぐったりした姉を抱き起こした時のあの冷たさは。
「あの男は人殺しです! だから僕が殺したんです。僕は自分がやったことを反省する気はありません。ですからどうぞ死刑にしてください」
「死刑って、君ねえ」
目の前に座っている、中年の疲れを絵に描いたように身にまとった刑事がはあっとため息をつきながら左右に首を振った。
「君は死刑にはならんよ」
「3人以上殺さないとならないんでしたっけ?」
刑法にはそのような記述はないが「永山基準」というしばしば引用される有名な凡例がある。
「いや、そうじゃなくて、君が死刑にならないのは、君がここに呼ばれた理由が殺人罪じゃないからだよ。容疑は脅迫罪だ」
「え?」
「君、高崎教授に脅迫状を送ったり、脅迫電話をかけたりしてたよね?」
「はい」
「確かに高崎教授は亡くなったが、死因は自殺だ」
「自殺……」
「でも君が言ってるトリカブトも気にはなる。その毒はまだ残ってる?」
「はい、ここに来る時に預けた僕のカバンの中に小さな小瓶があります」
「なんでそんなもん持ってたの」
「教授を殺した後、僕も飲んで責任を取るつもりでした。ですが、今のままで死んでは教授の悪行は世間に知られないままになる、そう思ってやめました」
「なるほど」
刑事は一度外に出て、何かを確かめたようだ。
しばらくすると戻ってきてまた僕の前に座った。
「確かにあれを教授に飲ませたの?」
「はい」
「そうか。でも仮に飲んでいたとしてもやっぱり殺人罪には問えないよ」
「え?」
「あれはニリンソウ、トリカブトとよく似てるけど違うんだよ。ニリンソウは無毒だ」
「ニリン、ソウ……」
「よくニリンソウと間違えてトリカブトを口にして中毒になるって話はあるけど、逆はねえ」
刑事はそう言ってちょっと馬鹿にしたように笑った。
「瓶の中身も今鑑定に出してるが、一緒に入れてあった乾いた葉っぱ、あれを見て鑑識が間違いないと」
僕は悔しそうにテーブルの上で手を握った。
「だからまあ、それはまたおいおいね。それより、私らが今聞きたいのは脅迫のことだ」
「それも確かにやりました。怖がらせておいて殺してやろうと」
「何をやったの?」
「おまえを呪っている、おまえの命はあと僅かだ。そういう手紙、メール、それから待ち伏せをして直接」
「ちょっと待って」
記録係が僕の話す言葉を書き取っていく。
「なるほど。それでそういう脅迫をした後、ニリンソウを飲ませたと」
僕は少し黙ってから正直に答えた。
「殺意はありました。だから、だから僕は殺人犯で」
「ちょっと待った。君の場合はどうやっても殺人犯にはなりえないから」
「どうしてです。殺すつもりで呪いをかけて、脅して、殺す目的であれを飲ませたんですよ?」
「君がやったことね、ニリンソウを飲ませたことも、呪ったことも、どっちも誰かの命を奪うことにはなりえないんだよ。そういう人は不能犯と言ってね、罪に問えないんだ」
「そんな……」
「ということで、我々が君を調べているのは脅迫だけだ、そのことをちゃんと話してくれるかな」
僕はそう言われて大人しく脅迫の罪を認めた。
「はい、ご苦労さん。まあやったこともチャチなことだし、そう大した罪にはならないと思う」
刑事は気の毒そうに僕を見た。
今のこの国の法律では、呪いで人は殺せないことになっている。
おかげで僕は法的に裁かれることなく教授を殺せた。
どうやったかって?
何度も言ってるだろう、呪いだ。
僕は刑事に何も嘘はついてない。
中世の魔女は、呪いをかけた本人に呪いをかけたと宣言することで精神的に追い詰め、呪い殺されると思い込ませていった。
言わば心理的攻撃の一種だ。
僕もそれを使った。
僕と姉は双子だ。
男女の差はあっても顔はそっくりと言ってもいいぐらいよく似ている。
「あなたを呪っている」
そう言って何度も教授の前に現れ、どうやって呪いをかけたかを事細かに説明した。
「脅迫する気か!」
僕が弟だと知りながらも、教授は次第に追い詰められていき、そして発作的に自分の命を絶ったのだ。
ニリンソウで人を殺せないのは承知の上だ。
僕の本当の凶器を隠すためのダミー。
呪いはある、確かにある。
でも法律は呪いでは人を殺せないと言う。
だからそれを利用した。
僕の呪いは成就した。
完全犯罪。
呪いで人は殺せるんだ。
狭い取調室の中で僕は素直に自供をした。言い逃れせず、正直に全部話すつもりだ。
「トリカブト? それはどうやって手に入れたの?」
「図鑑を見て、山で採取した根をエタノールで煮て抽出しました」
「なんで高崎教授を殺そうと思ったの」
「姉を殺したからです」
僕は高崎教授が学生である姉と不倫関係になり、弄んで捨てたこと。そして姉がそれが原因で自殺したことなどを話した。
「なるほど……」
「あの男は聖職者の仮面をかぶった人殺しです!」
僕はスチールテーブルの上をドン! と叩いた。
「僕と姉はずっと一緒に生きてきました。その姉をあの男は弄んで捨てたんです。姉は僕に全部話してくれて、もう生きていたくない、そう言った後で……」
思い出すのもつらい。
ぐったりした姉を抱き起こした時のあの冷たさは。
「あの男は人殺しです! だから僕が殺したんです。僕は自分がやったことを反省する気はありません。ですからどうぞ死刑にしてください」
「死刑って、君ねえ」
目の前に座っている、中年の疲れを絵に描いたように身にまとった刑事がはあっとため息をつきながら左右に首を振った。
「君は死刑にはならんよ」
「3人以上殺さないとならないんでしたっけ?」
刑法にはそのような記述はないが「永山基準」というしばしば引用される有名な凡例がある。
「いや、そうじゃなくて、君が死刑にならないのは、君がここに呼ばれた理由が殺人罪じゃないからだよ。容疑は脅迫罪だ」
「え?」
「君、高崎教授に脅迫状を送ったり、脅迫電話をかけたりしてたよね?」
「はい」
「確かに高崎教授は亡くなったが、死因は自殺だ」
「自殺……」
「でも君が言ってるトリカブトも気にはなる。その毒はまだ残ってる?」
「はい、ここに来る時に預けた僕のカバンの中に小さな小瓶があります」
「なんでそんなもん持ってたの」
「教授を殺した後、僕も飲んで責任を取るつもりでした。ですが、今のままで死んでは教授の悪行は世間に知られないままになる、そう思ってやめました」
「なるほど」
刑事は一度外に出て、何かを確かめたようだ。
しばらくすると戻ってきてまた僕の前に座った。
「確かにあれを教授に飲ませたの?」
「はい」
「そうか。でも仮に飲んでいたとしてもやっぱり殺人罪には問えないよ」
「え?」
「あれはニリンソウ、トリカブトとよく似てるけど違うんだよ。ニリンソウは無毒だ」
「ニリン、ソウ……」
「よくニリンソウと間違えてトリカブトを口にして中毒になるって話はあるけど、逆はねえ」
刑事はそう言ってちょっと馬鹿にしたように笑った。
「瓶の中身も今鑑定に出してるが、一緒に入れてあった乾いた葉っぱ、あれを見て鑑識が間違いないと」
僕は悔しそうにテーブルの上で手を握った。
「だからまあ、それはまたおいおいね。それより、私らが今聞きたいのは脅迫のことだ」
「それも確かにやりました。怖がらせておいて殺してやろうと」
「何をやったの?」
「おまえを呪っている、おまえの命はあと僅かだ。そういう手紙、メール、それから待ち伏せをして直接」
「ちょっと待って」
記録係が僕の話す言葉を書き取っていく。
「なるほど。それでそういう脅迫をした後、ニリンソウを飲ませたと」
僕は少し黙ってから正直に答えた。
「殺意はありました。だから、だから僕は殺人犯で」
「ちょっと待った。君の場合はどうやっても殺人犯にはなりえないから」
「どうしてです。殺すつもりで呪いをかけて、脅して、殺す目的であれを飲ませたんですよ?」
「君がやったことね、ニリンソウを飲ませたことも、呪ったことも、どっちも誰かの命を奪うことにはなりえないんだよ。そういう人は不能犯と言ってね、罪に問えないんだ」
「そんな……」
「ということで、我々が君を調べているのは脅迫だけだ、そのことをちゃんと話してくれるかな」
僕はそう言われて大人しく脅迫の罪を認めた。
「はい、ご苦労さん。まあやったこともチャチなことだし、そう大した罪にはならないと思う」
刑事は気の毒そうに僕を見た。
今のこの国の法律では、呪いで人は殺せないことになっている。
おかげで僕は法的に裁かれることなく教授を殺せた。
どうやったかって?
何度も言ってるだろう、呪いだ。
僕は刑事に何も嘘はついてない。
中世の魔女は、呪いをかけた本人に呪いをかけたと宣言することで精神的に追い詰め、呪い殺されると思い込ませていった。
言わば心理的攻撃の一種だ。
僕もそれを使った。
僕と姉は双子だ。
男女の差はあっても顔はそっくりと言ってもいいぐらいよく似ている。
「あなたを呪っている」
そう言って何度も教授の前に現れ、どうやって呪いをかけたかを事細かに説明した。
「脅迫する気か!」
僕が弟だと知りながらも、教授は次第に追い詰められていき、そして発作的に自分の命を絶ったのだ。
ニリンソウで人を殺せないのは承知の上だ。
僕の本当の凶器を隠すためのダミー。
呪いはある、確かにある。
でも法律は呪いでは人を殺せないと言う。
だからそれを利用した。
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