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2022年  7月

卵かけご飯専用

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「ありえない……」

 思わず目の前の卵を見てそうつぶやいていた。

「卵かけご飯専用卵・6個800円(税別)」

 なんという高価な卵様だろう!
 私が普段買っている卵はLサイズ10個220円(税別)ぐらいだ。
 というか、特売の時にサイズいろいろ卵を100円(税別)で買うぐらいなのに、たかだか卵かけご飯用の卵が6個800円だあ~?

 かなり真剣にむかついた。
 どこのお貴族様用の卵よ。
 そんなもん、普通のスーパーで売るなっつーの。
 
  そう思って見つめるからか、くだんの卵様が、

「あんたなんかに手が出せる女じゃないのよ」

 とカラザをうねうねうねらしながらこちらを見下しているように思える。

 そしてさらに気がついてしまった。

 「卵かけご飯専用卵」のそのすぐ隣にある、

「卵かけご飯専用醤油」

 を。

 いつから日本はそんなに卵かけご飯に命をかけるようになってしまった。
 卵かけご飯は庶民の味方のはずだ。
 朝ご飯にさっと食べてさっと出かける、そこに特にアイデンティティーはなかった。
 
「なまいきな」

 普段の私ならそんなやつら、

「このぶどうは酸っぱいからまだ食べられないわ」

 と、高楊枝たかようじくわえながらその場を立ち去るが、今日はちょっと違う。

 「賞与」と書いて「ボーナス」が出たのだ。
 「賞」とは功績に対して与えられる金品、そして「与」とは文字通り与えることだ。
 私の日頃の働きに対して会社が「よくやった」と給料以外に支給してきた。

「なめんなよ」

 私はそう言うとそいつをむんずとひっつかみ、スーパーのカゴの中に入れた。

「あ~れ~」

 今までお高くとまっていた「卵かけ専用卵」は、そうしてあえなく私の支配下に収まった。

「次はこいつだ」
 
 私は続けて隣に数種類並んでいる「卵かけご飯専用醤油」の中から、自分の好みっぽい一本を手に取った。
 説明を読むと私が選んだやつは「かつお・昆布」の出汁が入っているらしい。
 どうせ私にはそこまで違いが分からんのだ、見た目の好みで選んで何が悪い。

 そいつもスーパーのカゴに入れて卵めの隣に並べた。
 そろってこれからどうされるのかとブルブル震えているが、まあ見ているがいい。

 家に戻り、早速米を研いでご飯を炊飯器に仕掛けた。

「いっそ卵かけご飯専用ご飯もあればいいものを」

 今の心からの声だ。
 今の私ならばそういう生意気な米も従えることができる。

 そもそも卵かけご飯には専用は関係なくそれぞれの流儀があるのだ。
 ご飯が炊きたてか冷めたのか、卵は容器に割るのかご飯にそのまま割り入れるのか。
 今はなんか白身を後で泡立てたり、黄身だけで食べるという方法を取る者もある。

 我が家ではずっと炊きたてご飯に容器で割って溶いて醤油を入れたものをかけて食べていた。
 
「生の卵をかけるんだからご飯は炊きたてでなくちゃだめよ」

 母がそう言っていたのでそれが普通と思っていた私は、修学旅行の朝ご飯にそこそこ冷めたご飯と生卵が出てびびった記憶がある。まあ食べてもなんともなかったわけですが。

 それと、なぜかうちの父親は時々バターを入れていた。
 バターが溶けるにはやはりご飯が熱くないとだめだから、それもあって我が家では炊きたてご飯に卵をかけていたのかも知れない。
 私も今でも時々やるのだが、バターの風味が加わっておいしい。その日の気分でやる時とやらない時があるが、やったことがない方にはどうぞ一度とおすすめするぐらいにはおいしいと思う。

 さてご飯が炊きあがった。
 我が家の流儀なので炊きたて、容器で割って醤油方式でいただく。

 まず卵を割ってみた。
 1個133.3333エンドレス(税抜き)の卵かけ専用卵だ、確かに見た目からして違う。黄身がこんもりと盛り上がっている。
 
「おお、黄身がつまめる!」

 こんもりとした黄身をお箸でつかむと、しっかりと持ち上がった。

「やるな、卵かけ専用卵……」

 だがしかし、人間様の力を思い知るがいい。
 ふんぬと黄身を割ってしゃかしゃかと溶きほぐす。
 黄身だけでなく白身もしっかりしているので、いつもより力が必要だが、なあにそのぐらいなんてことはない。
  
 私は卵がさらさらになるぐらいまで混ぜるのが好きなので、

「私は専用卵よ!」

 そういう主張などもうなんの意味もないぐらいよくかき混ぜた。
 そして専用醤油を入れる。
 
 入れる前にちょっとなめてみたが、うん、出汁が効いている。
 ちなみにこの醤油は150mlで1000円ほどした。
 普通の醤油と比べるとやはり生意気なぐらい高いが今回は気にしない。
 だって賞与が出たんだもん!

 たっぷりと醤油を入れた卵液を混ぜ、それをあつあつご飯にたっぷりかける。
 そして上から下まで全部混ぜ、醤油色のご飯ができあがった。
 今日は卵と醤油を賞味するためにバターは入れない。

 ぱくり、一口。

「う~ん、おいしい~」

 すごくすごくおいしい気がする。
 
 もう一口。

「う~ん、おいし~い!」

 本当のところそこまでの美味しさかどうかまで私の舌ではよく分からない。
 だがいいのだ、専用卵と専用醤油で食べた、それがもう満足なのだ。
 
 きれいさっぱり全部食べ切り、

「ごちそうさまでした」

 好敵手と書いて「とも」に心からの敬意を。

 私はこうして「卵かけ専用卵」と「卵かけ専用醤油」を堪能した。
 味より何より、気持ちがとても満足していた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

SNSで「卵かけご飯専用卵・6個800円の卵があるらしい」と伺い、驚きのあまり書いてしまいました。
ですので実際に食したわけではありません。
もしも試された方がいらっしゃいましたら、どんな感じだったか教えていただけるとうれしいです。
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