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2022年 7月
あむかちゃん
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怖い話です。
苦手な方は回れ右をお願いします。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
大学時代の友人から引っ越しを知らせるハガキが届いた。
「へえ、近いじゃない」
うちからだと車で10分か15分というところだろうか、市は違うがすぐそこに来ることになった。
すぐ連絡を取り、引っ越してきたら会おうという話になる。
大学を卒業して数年、私はまだ独身だが、あの子の結婚式には出た。その後ご主人の赴任先だという外国に行き、この度戻ってきた先がそこだったという。
「あのね、もうすぐ子供も生まれるの」
「ええっ、おめでとう!」
「ありがとう」
恥ずかしそうなその声が幸せな響きを帯びている。
彼女が引っ越してきて、何回か家を訪ねたり外で会ったりしているうちに臨月を迎え、無事に生まれたと連絡が来た。
「おめでとう、お母さんだね」
「ありがとう、なんか、照れくさいね」
電話の向こうの声は元気そうだ。
その向こうで赤ん坊がぐずる声が聞こえてきた。
「昨日退院して戻ってきたところでね、まだなんだか夢みたい」
「そうか~ママか~」
「やだ~」
そうしてくすくす笑う彼女は本当に幸せそうだった。
「それで、赤ちゃんはどっち? 名前はもう決まった?」
「うん、女の子。名前はね、あむか」
「え?」
「うん、あむか」
「へえ、どんな字?」
「愛される子になるように愛、夢見る子になるように夢、そして香るように美しくなるように香で、愛夢香」
「へえ」
なんとなくああいう系の名前だなと思ったが、今の時代このぐらい普通なのかも知れない。
「かわいい名前ね、そして親の気持ちがこもった名前」
「ありがとうね」
それからしばらくして実際に愛夢香ちゃんとも対面した。
「うわあ、なんてかわいい子!」
「ありがとう」
お世辞でもなんでもなく、こんなにかわいい赤ちゃんは見たことがない、そんな子だった。
私も一目で夢中になってしまった。
それからは定期的に友人と愛夢香ちゃんと会うようになり、ハーフバースデーだ、なんかの記念日だー、なんでもない日だけどとにかく何かを、そんな風にしょっちゅうプレゼントだなんだと送りまくり、すっかりおばバカになってしまった。
愛夢香ちゃんはすくすくと育ち、ますますかわいくなっていった。
「ほら、お姉ちゃんにご挨拶」
「にちわ」
たどたどしく言葉を話すようになるとますます可愛くて、目の中に入れても痛くない! そんな感じ。
「こんにちは」
「あ、あむかちゃんいらっしゃい」
あむかちゃんは赤い小さなバッグを片手に下げてニッコリと天使のように微笑んだ。
「もう、相変わらずかわいいんだからあ~お手々に何持ってるの?」
「あのね、あむかね、ばかんにめあいれてるの」
「なに?」
「ばかんにめあ」
聞いて母親がクスクスと笑った。
「かばん、に、あめ、ね」
「ああ」
子供によくあるやつだ。有名なアニメでも「とうもろこし」を「とうもころし」と言っていた。
「この子ね、そうやってよく逆に名前呼んだりするのよ」
「へえ、かわいい!」
ますますあむかちゃんがかわいくて仕方なくなる。
今、あむかちゃんは3歳、かわいい盛りだ。
「あ、あむか、それ、逆よ」
「わかったー」
あむかちゃんはひらがなのお稽古をしていた。
「3歳って字が書けたっけ」
「うん、読めない子も多いけどあむかはもう色々と読めるのよ」
「へえ、すごい」
「それで書くお稽古もしてるんだけどね、時々こう」
と、あむかちゃんが書いた文字を一つ指差す。
「ああ、あるね、そういうの」
「さ」と書こうとして「ち」のように、裏向きに書いてしまっているらしい。
「つい逆になってしまうみたい」
「そうかーあむかちゃん、上手だね~」
「おねえちゃんありがとう」
あむかちゃんはそう言いながら、また「さ」を「ち」のように書く。
「またなってるよ」
「ええ~」
書いた紙を持ち上げ、首を傾げるその仕草のかわいいこと。
そういえば、と妙なことを思い出した。
「鏡文字って」
「え?」
「いや、なんでもない」
私は笑ってごまかしたが、
「鏡文字は悪魔の文字」
という言葉をふと思い出してしまったのだ。
そしてあむかちゃんが書いた文字を持ち上げて、さっきまであむかちゃんが遊んでいて開いたままのドレッサーの鏡になんとなく映してみた。
ちゃんと「さ」の文字に見える。
きちんと真逆の「さ」が書けているみたい。
そう思いながら同じ画面に映るあむかちゃんを見て体が凍りついた。
あむかちゃんの服に名前をローマ字で縫い取りしてある、それが映っていた。
「あむか」のローマ字「AMUKA」を鏡に映すとほぼこうなる。
「AKUMA」
つまりそれは……
そう思ったのと同時に、鏡の中のあむかちゃんの天使のような笑顔が醜悪に歪み、邪悪な笑みを浮かべた。
「ひぃっ!」
声にならない声が出る。
「ん、どうしたの?」
「ごめん、用を思い出した、帰るね!」
妙な顔をする友人にそれだけ言うと、急いで友人宅を出た。
一刻も早く逃げたい。
恐ろしくてとても一人暮らしの家には戻れない。
家族が暮らす遠方の実家まで必死に車を走らせた。
その夜だった。
友人宅が火事で全焼したのは。
家族全員亡くなったらしいが、焼け跡から子供の遺体だけは見つからなかったそうだ。
小さくて燃えてしまったからだろうと言われているが……
本当にあむかちゃんも亡くなったのだろうか。
それとも……
苦手な方は回れ右をお願いします。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
大学時代の友人から引っ越しを知らせるハガキが届いた。
「へえ、近いじゃない」
うちからだと車で10分か15分というところだろうか、市は違うがすぐそこに来ることになった。
すぐ連絡を取り、引っ越してきたら会おうという話になる。
大学を卒業して数年、私はまだ独身だが、あの子の結婚式には出た。その後ご主人の赴任先だという外国に行き、この度戻ってきた先がそこだったという。
「あのね、もうすぐ子供も生まれるの」
「ええっ、おめでとう!」
「ありがとう」
恥ずかしそうなその声が幸せな響きを帯びている。
彼女が引っ越してきて、何回か家を訪ねたり外で会ったりしているうちに臨月を迎え、無事に生まれたと連絡が来た。
「おめでとう、お母さんだね」
「ありがとう、なんか、照れくさいね」
電話の向こうの声は元気そうだ。
その向こうで赤ん坊がぐずる声が聞こえてきた。
「昨日退院して戻ってきたところでね、まだなんだか夢みたい」
「そうか~ママか~」
「やだ~」
そうしてくすくす笑う彼女は本当に幸せそうだった。
「それで、赤ちゃんはどっち? 名前はもう決まった?」
「うん、女の子。名前はね、あむか」
「え?」
「うん、あむか」
「へえ、どんな字?」
「愛される子になるように愛、夢見る子になるように夢、そして香るように美しくなるように香で、愛夢香」
「へえ」
なんとなくああいう系の名前だなと思ったが、今の時代このぐらい普通なのかも知れない。
「かわいい名前ね、そして親の気持ちがこもった名前」
「ありがとうね」
それからしばらくして実際に愛夢香ちゃんとも対面した。
「うわあ、なんてかわいい子!」
「ありがとう」
お世辞でもなんでもなく、こんなにかわいい赤ちゃんは見たことがない、そんな子だった。
私も一目で夢中になってしまった。
それからは定期的に友人と愛夢香ちゃんと会うようになり、ハーフバースデーだ、なんかの記念日だー、なんでもない日だけどとにかく何かを、そんな風にしょっちゅうプレゼントだなんだと送りまくり、すっかりおばバカになってしまった。
愛夢香ちゃんはすくすくと育ち、ますますかわいくなっていった。
「ほら、お姉ちゃんにご挨拶」
「にちわ」
たどたどしく言葉を話すようになるとますます可愛くて、目の中に入れても痛くない! そんな感じ。
「こんにちは」
「あ、あむかちゃんいらっしゃい」
あむかちゃんは赤い小さなバッグを片手に下げてニッコリと天使のように微笑んだ。
「もう、相変わらずかわいいんだからあ~お手々に何持ってるの?」
「あのね、あむかね、ばかんにめあいれてるの」
「なに?」
「ばかんにめあ」
聞いて母親がクスクスと笑った。
「かばん、に、あめ、ね」
「ああ」
子供によくあるやつだ。有名なアニメでも「とうもろこし」を「とうもころし」と言っていた。
「この子ね、そうやってよく逆に名前呼んだりするのよ」
「へえ、かわいい!」
ますますあむかちゃんがかわいくて仕方なくなる。
今、あむかちゃんは3歳、かわいい盛りだ。
「あ、あむか、それ、逆よ」
「わかったー」
あむかちゃんはひらがなのお稽古をしていた。
「3歳って字が書けたっけ」
「うん、読めない子も多いけどあむかはもう色々と読めるのよ」
「へえ、すごい」
「それで書くお稽古もしてるんだけどね、時々こう」
と、あむかちゃんが書いた文字を一つ指差す。
「ああ、あるね、そういうの」
「さ」と書こうとして「ち」のように、裏向きに書いてしまっているらしい。
「つい逆になってしまうみたい」
「そうかーあむかちゃん、上手だね~」
「おねえちゃんありがとう」
あむかちゃんはそう言いながら、また「さ」を「ち」のように書く。
「またなってるよ」
「ええ~」
書いた紙を持ち上げ、首を傾げるその仕草のかわいいこと。
そういえば、と妙なことを思い出した。
「鏡文字って」
「え?」
「いや、なんでもない」
私は笑ってごまかしたが、
「鏡文字は悪魔の文字」
という言葉をふと思い出してしまったのだ。
そしてあむかちゃんが書いた文字を持ち上げて、さっきまであむかちゃんが遊んでいて開いたままのドレッサーの鏡になんとなく映してみた。
ちゃんと「さ」の文字に見える。
きちんと真逆の「さ」が書けているみたい。
そう思いながら同じ画面に映るあむかちゃんを見て体が凍りついた。
あむかちゃんの服に名前をローマ字で縫い取りしてある、それが映っていた。
「あむか」のローマ字「AMUKA」を鏡に映すとほぼこうなる。
「AKUMA」
つまりそれは……
そう思ったのと同時に、鏡の中のあむかちゃんの天使のような笑顔が醜悪に歪み、邪悪な笑みを浮かべた。
「ひぃっ!」
声にならない声が出る。
「ん、どうしたの?」
「ごめん、用を思い出した、帰るね!」
妙な顔をする友人にそれだけ言うと、急いで友人宅を出た。
一刻も早く逃げたい。
恐ろしくてとても一人暮らしの家には戻れない。
家族が暮らす遠方の実家まで必死に車を走らせた。
その夜だった。
友人宅が火事で全焼したのは。
家族全員亡くなったらしいが、焼け跡から子供の遺体だけは見つからなかったそうだ。
小さくて燃えてしまったからだろうと言われているが……
本当にあむかちゃんも亡くなったのだろうか。
それとも……
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