小椋夏己のア・ラ・カルト

小椋夏己

文字の大きさ
上 下
23 / 65
2022年  6月

7つの水仙の歌

しおりを挟む
 英語の自習時間にある歌の歌詞を日本語訳しなさいという課題が出た。

「7つの水仙」

 アメリカの古いフォークソングだということだった。

「辞書は使ってもいいけどスマホの翻訳機能とかは使わないこと。それから相談してもいいから直訳じゃなく歌らしく訳してください」

 担任であり、英語の担当教師でもあるミス・ハシノはそれだけ言い残して出張に出かけてしまった。

「えっとあいめい、のっと、めんしょん……めんしょんって何? あ、マンションか」
「めいのっと、でかも知れない、ってことは、私はマンションを持ってないかも知れません?」
「そんで次が、あいはぶのっとえにーらんど。ランドって国?」
「マンションも国もない?」
「この場合のランドは土地だろう」

 あっちこっちでわいわいと作業が始まる。

 実は俺はこの歌を知っていた。
 小学校の時、合唱で歌ったことがあるのだ。

 住むに家なくふるさとなく 
 銀貨一つない僕だけれど
 愛する君に捧げよう
 7つの水仙の花

 そういう歌詞だったと記憶している。

「2番はどうだったかなあ」

 何しろ小学校時代のことだ、1番は多分合ってると思うが2番は部分しか覚えてない。

「え、何?」
 
 隣の席の山名が僕の独り言を聞いていたらしい。

「いや、俺この歌知ってるんだよね」
「え、そうなの? ちょっとみんな、田代がこの歌知ってるってさ!」
「え、なになにそうなの」
「楽勝じゃん!」

 みるみるみんなが俺の席に集まってきた。

「いや、覚えてるってもなんとなくだよ?」
「うんうん、それでもいいから」
「そんでどんな?」
「しょうがないなあ」

 そう言いつつ、なんとなくスターになったように得意な気分になる。
 そうして覚えている1番の歌詞を歌わずにゆっくりと読んでみた。

「それ、歌えるわけ?」
「そりゃ歌えるよ、合唱で歌ったんだから」
「歌ってみそ?」
「ええ!」
「はよはよ」
 
 さすがに歌うのは恥ずかしかったが、みんなにわいわいと囃し立てられ、仕方なく音楽をつけて歌ってみる。

「へえ、上手じゃん」
「合唱やってただけあるな」
「で、で、歌詞書くからもっぺん」
「でもさ、これそのまま丸写したしたらばれるんじゃないの?」
「そんときゃそん時、みんなで怒られれば怖くないって」

 クラスで完成させた歌詞を提出と言われているので、1番は俺が歌ったそのままを提出することになった。

「しかしこんな男やだな」

 山名がいきなり言い出した。

「だって、家も実家もそんでお金もないんだよ、この男」
「本当だよね~」

 他の女子も相槌を打つ。

「そんで、この水仙は一体どうして買ったわけ?」
「そのへんで引っこ抜いたんじゃないの?」
「ってことは、お金もなんも持ってない上に盗人ぬすっとじゃない」
「盗人って」

 ドッとみんなが笑う。

「まあ水仙買ったからお金なくなったのかもよ」
「だったらそのお金でアイスの一個でも買ってもらった方がうれしかったかなあ」
「まさに花より団子じゃん」

 また笑い声が起こる。

「ま、いいじゃない。それで2番は?」
「う~ん、それがあんまり覚えてないんだよ」
「一部でもいいから」
「うん、そこなんだけど」

 ふふふ、ふふ、ふ~ふ~、この花こそ~

「ぶ、なんだよそれ」
「いやさ、この花こその部分をさ、誰だったかおぼえてないけど鼻くそーって言ったやつがいてさ」
「ぶ、きたね~」
「そんでそこだけ覚えてるってわけ?」
「そうそ」
「役にたたね~」

 クラス中がどっと沸く。

「まあ、1番だけでも楽できたんだから、みんなで考えよう」

 ということで、適当に歌っぽく歌詞をまとめて完成させた。

「1番と2番、全然違うけどまあいいよね」

 一人だけの責任ではないということで、みんな気楽にそれでいいということになった。

 さて翌日、朝のホームルームの時、日直が課題を提出した。

「はは~これはやられたな~誰かこの歌知ってたでしょ? 古い歌なのに」
「田代くんでーす」
「ミスター・タシロか~」

 ミス・ハシノはミス・ミスターで生徒を呼ぶので本人もミス付きで呼ばれているのだ。

「なんで知ってたの?」
「あ、小学校の時の合唱で」
「コーラスか~それは考えてなかった、アイミステイク!」
「ミス・ハシノのミス~」

 クラス中がどっとうける。

「ま、いいか。お疲れ様でした」

 なんとか課題は受け取ってもらえたみたいだ。

「この歌ねえ」

 不意にミス・ハシノが遠い目で言う。

「先生の思い出の曲なのよ」
「ええーってことは、誰かに水仙もらったってこと?」
「まあまあ、そのへんはね、ご想像にお任せしまーす。さて、ホームルーム終わり。今日も一日がんばりましょう。じゃあ!」
 
 ミス・ハシノはそう言って元気よく「7つの水仙」の鼻歌を歌いながら行ってしまった。
 
 昼休み、俺は隣の山名と課題の話をしていた。

「先生、絶対これ水仙もらったんだよ、そう思わない?」
「そうかもな」
「どういう人だったのかなあ、相手は」
「少なくとも貧乏だったんじゃね?」
「それで結婚しなかったのかな」

 ミス・ハシノは五十過ぎの独身女性だった。

「どうかなあ」

 どんな思い出にしてもそれはミス・ハシノには大事な思い出なのだろう。
 今でもきっとミス・ハシノの心の中には白い水仙がいい香りと共に揺れているのだろうなと俺は思っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

処理中です...