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2022年 6月
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「陶芸九十九焼き・第十六代」
小学生のある日、父親が事故で急逝して後、それがずっと俺の頭の上で点滅を続けるステータスになった。
もしも父親が健在だったとしても、それが「第十七代」になるだけのことなのだが、それでも幼い頃に一代すっ飛ばされたことは、少なからず自分の上の重荷が増えたように感じていたことも事実だった。
そしてもう一つ、ある時うっかり聞いてしまったこんな会話、それが俺の気持ちをやや頑なにしたということも否定はできない。
「立派なお孫さんがいらっしゃってよかった、九十九窯も安泰ですね」
「いや、わしはあれに特に後を継がせようとかそんなことは考えておりません。継ぎたければ継げばいいし、嫌なら他の道を歩くということもあるでしょう」
どこかの誰かが、立派な跡継ぎであった息子を亡くしたことを慰めるためにかけたであろうその言葉に返した祖父の言葉、それが俺の心のどこかをひっかき、小さな傷を残した。
それまでは周囲の人間に「お父さんの代わりに立派な跡取りに」「期待しているよ」と言われ続け、自分でもそうなのだと思うようになっていた。期待されているのだということは重かったが、それでもそう言われるのはうれしくもあった。
それを祖父は否定した。
(僕はおじいちゃんには期待されてないんだ)
小さく祖父に対する反感の芽が生まれていた。
その後、他に道を探そうと思ったこともあったが、悲しいかな、物心つく頃からずっと身近にあった陶芸の道をどうしても離れられなくて、芸大に進み陶芸を専攻することとなった。
そして好きこそものの上手なれという言葉にあるように、いくつかのコンテストに入選したり、声をかけられて個展を開いたりもして、それなりに名前を知られるようになっていった。
「いいよな、そういう家の生まれのやつは」
「でもその道しかその人生しか選べないんだぜ? かわいそうだよな」
そんな言葉が耳に入ることあるが、別に生まれようとして「そういう家」に生まれたわけでもないし、いやいややってるわけでもない。
あくまで俺が自分で選んだ道だとは思うが、祖父の言葉が頭をよぎる時、本当にそうなのか、祖父は本当は俺にこの道には進んでほしくはなかったのではないのか、そう悩むこともあった。
そんなある日、ある茶道の宗家から、
「茶会に使う茶器を作っていただけないか」
そんな依頼をいただいた。
かなり著名な家元で、メディアにもしばしば顔を出し、海外でもよく知られる有名人だ。
光栄には思ったが、
「果たして俺にそんな重責を引き受けることができるのか?」
その思いも大きく、少し考えさせてもらうことにした。
自信がなかった。
理由はやはりまだ若いということと、そして祖父の言葉だ。
自分を跡継ぎとは認めていない、その言葉だ。
祖父の父への信頼と、その期待していた跡継ぎを失った落胆の末の本音なのだろう。
そう思うしかなかったあの言葉だ。
それでも、今度のことはやはり師匠であり祖父であるこの人に相談するしかない。
「じいちゃん、ちょっといいかな」
俺は家元からの依頼のことを祖父に話した。
孫だからといって特別視はせずにいたこの師匠に。
もしも、祖父にまだ早いと言われたら、その時は断るしかない。
話を聞いた祖父は意外な言葉を口にした。
「どこに断る理由がある」
驚いて、
「できるかどうか分からない」
そう言うと、
「できなくてもできますと言え」
そうきっぱり言われた。
「そしてやってみて難しければ悩めばいい、一人で無理なら誰かに相談すればいい。おまえの周りには相談する相手がいっぱいいるだろう」
「え?」
誰のことだ?
戸惑う俺を祖父は倉に連れていき、ある物を見せた。
「これは……」
九十九窯の初代から祖父まで、そして亡くなった父の手掛けた物まで、たくさんの茶碗を目の前に並べる。
「見たことあるだろうが」
「いや、そりゃあるけど」
「これを見て相談すればいい。そしてわしや、他に古い職人も何人もいる。聞ける人間には誰にでも聞いて、そしておまえだけの茶碗を作ればいい」
こちらを真っ直ぐ見る祖父の目には、俺に対する信頼の光があった。
「なんでもやってみないとできるかできんか分からんだろう。そしてな、終わったその時には、それはもうできることになっとる」
思わず言葉をなくした。
「じいちゃん」
「なんだ」
「じいちゃん、俺のこと、跡継ぎって認めてなかったんじゃないの?」
「なんだと?」
「俺、子どもの頃に、親父が亡くなってすぐぐらいの時に聞いちゃったんだよ」
祖父は少し考えていたが、
「ああ」
思い出したようだ。
「当時、まだおまえは10歳にもなってなかっただろう。そんな頃からおまえの進む道を決めたくはなかったからな。継いでくれればそれほどうれしいことはないとは思っていたが」
「じいちゃん」
「だが、おまえを悩ませることになっていたとしたら、それは申し訳なかった」
祖父が頭を下げてくれた。
「それで、どうするつもりだ」
「え?」
「茶会の茶碗」
もう答えは決まっていた。
「決まってるだろ、喜んで引き受けるよ」
「そうか」
祖父の心の底からのうれしそうな笑顔。
俺の迷いはすっかり消えていた。
後は進むだけだ。
俺が俺の決めた道を。
――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ポニーテールの彼女」のモデルになったL氏から聞いたいい話をヒントにしました。
これからもお年寄りのいい話をたくさんストックしておいておくれ。
小学生のある日、父親が事故で急逝して後、それがずっと俺の頭の上で点滅を続けるステータスになった。
もしも父親が健在だったとしても、それが「第十七代」になるだけのことなのだが、それでも幼い頃に一代すっ飛ばされたことは、少なからず自分の上の重荷が増えたように感じていたことも事実だった。
そしてもう一つ、ある時うっかり聞いてしまったこんな会話、それが俺の気持ちをやや頑なにしたということも否定はできない。
「立派なお孫さんがいらっしゃってよかった、九十九窯も安泰ですね」
「いや、わしはあれに特に後を継がせようとかそんなことは考えておりません。継ぎたければ継げばいいし、嫌なら他の道を歩くということもあるでしょう」
どこかの誰かが、立派な跡継ぎであった息子を亡くしたことを慰めるためにかけたであろうその言葉に返した祖父の言葉、それが俺の心のどこかをひっかき、小さな傷を残した。
それまでは周囲の人間に「お父さんの代わりに立派な跡取りに」「期待しているよ」と言われ続け、自分でもそうなのだと思うようになっていた。期待されているのだということは重かったが、それでもそう言われるのはうれしくもあった。
それを祖父は否定した。
(僕はおじいちゃんには期待されてないんだ)
小さく祖父に対する反感の芽が生まれていた。
その後、他に道を探そうと思ったこともあったが、悲しいかな、物心つく頃からずっと身近にあった陶芸の道をどうしても離れられなくて、芸大に進み陶芸を専攻することとなった。
そして好きこそものの上手なれという言葉にあるように、いくつかのコンテストに入選したり、声をかけられて個展を開いたりもして、それなりに名前を知られるようになっていった。
「いいよな、そういう家の生まれのやつは」
「でもその道しかその人生しか選べないんだぜ? かわいそうだよな」
そんな言葉が耳に入ることあるが、別に生まれようとして「そういう家」に生まれたわけでもないし、いやいややってるわけでもない。
あくまで俺が自分で選んだ道だとは思うが、祖父の言葉が頭をよぎる時、本当にそうなのか、祖父は本当は俺にこの道には進んでほしくはなかったのではないのか、そう悩むこともあった。
そんなある日、ある茶道の宗家から、
「茶会に使う茶器を作っていただけないか」
そんな依頼をいただいた。
かなり著名な家元で、メディアにもしばしば顔を出し、海外でもよく知られる有名人だ。
光栄には思ったが、
「果たして俺にそんな重責を引き受けることができるのか?」
その思いも大きく、少し考えさせてもらうことにした。
自信がなかった。
理由はやはりまだ若いということと、そして祖父の言葉だ。
自分を跡継ぎとは認めていない、その言葉だ。
祖父の父への信頼と、その期待していた跡継ぎを失った落胆の末の本音なのだろう。
そう思うしかなかったあの言葉だ。
それでも、今度のことはやはり師匠であり祖父であるこの人に相談するしかない。
「じいちゃん、ちょっといいかな」
俺は家元からの依頼のことを祖父に話した。
孫だからといって特別視はせずにいたこの師匠に。
もしも、祖父にまだ早いと言われたら、その時は断るしかない。
話を聞いた祖父は意外な言葉を口にした。
「どこに断る理由がある」
驚いて、
「できるかどうか分からない」
そう言うと、
「できなくてもできますと言え」
そうきっぱり言われた。
「そしてやってみて難しければ悩めばいい、一人で無理なら誰かに相談すればいい。おまえの周りには相談する相手がいっぱいいるだろう」
「え?」
誰のことだ?
戸惑う俺を祖父は倉に連れていき、ある物を見せた。
「これは……」
九十九窯の初代から祖父まで、そして亡くなった父の手掛けた物まで、たくさんの茶碗を目の前に並べる。
「見たことあるだろうが」
「いや、そりゃあるけど」
「これを見て相談すればいい。そしてわしや、他に古い職人も何人もいる。聞ける人間には誰にでも聞いて、そしておまえだけの茶碗を作ればいい」
こちらを真っ直ぐ見る祖父の目には、俺に対する信頼の光があった。
「なんでもやってみないとできるかできんか分からんだろう。そしてな、終わったその時には、それはもうできることになっとる」
思わず言葉をなくした。
「じいちゃん」
「なんだ」
「じいちゃん、俺のこと、跡継ぎって認めてなかったんじゃないの?」
「なんだと?」
「俺、子どもの頃に、親父が亡くなってすぐぐらいの時に聞いちゃったんだよ」
祖父は少し考えていたが、
「ああ」
思い出したようだ。
「当時、まだおまえは10歳にもなってなかっただろう。そんな頃からおまえの進む道を決めたくはなかったからな。継いでくれればそれほどうれしいことはないとは思っていたが」
「じいちゃん」
「だが、おまえを悩ませることになっていたとしたら、それは申し訳なかった」
祖父が頭を下げてくれた。
「それで、どうするつもりだ」
「え?」
「茶会の茶碗」
もう答えは決まっていた。
「決まってるだろ、喜んで引き受けるよ」
「そうか」
祖父の心の底からのうれしそうな笑顔。
俺の迷いはすっかり消えていた。
後は進むだけだ。
俺が俺の決めた道を。
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「ポニーテールの彼女」のモデルになったL氏から聞いたいい話をヒントにしました。
これからもお年寄りのいい話をたくさんストックしておいておくれ。
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