小椋夏己のア・ラ・カルト

小椋夏己

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2022年  6月

さよならの町

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 少しだけ早く待ち合わせ場所に着いた。

 ここは私の家と彼の家のちょうど真ん中の駅の前。
 いつもここで待ち合わせをしていた。
 でもそれももう今日で終わり、最後の待ち合わせ。

「遅くなってごめん」

 彼は少し疲れた顔でそう言って5分遅れでやってきた。

「ううん、私こそ無理を言ってごめんね」
「いや、いいよ。行こうか」

 初めて一緒に歩いた時につないだ手を今日はつながない。

 駅から続く川沿いのウォークロード。
 チラホラと町に火が入る時刻にはなんともロマンチックな風情になる。
 何組もの恋人たちがゆっくりと歩くことを楽しんでいる。

 しばらく歩くとやがて古い商店街に入り、いつも最初に入る古びたカフェに着く。

 カランカラン。
 
 ドアを開けるといつものカウベルが心地よく鳴って迎えてくれた。

 黙って二人で中に入る。

「いらっしゃい」

 マスターがいつもと同じ調子で迎えてくれるが、

「そうか、今日で最後だったね」

 そう付け加えて少しさびしそうな顔になる。

「うん。マスター長い間ありがとうね」
「本当にお世話になりました」
「こちらこそよく通ってもらってありがとうね。まあゆっくりしていってよ」

 いつもの席に二人を通してくれる。
 そして黙っていても「いつもの」を出してくれる。

「どうぞ」

 私の前にはミルクティー、彼の前にはカプチーノ。
 この後は少し街歩きをし、食事をして、お酒を飲んだりして、どちらかの家のある駅まで一緒に移動。

 同じ時間を過ごす二人のいつものコース。
 今日も同じように過ごす。
 恋人としての最後の時を。

 「ごちそうさまでした」

 支払いを済ませて二人でマスターにお別れの挨拶をする。

「またこっち来る時があったら寄ってよ」
「はい、そうさせてもらいます」

 カランカラン。
 ドアのカウベルもいつもよりさびしく聞こえる。
 鳴っている音は同じはずなのにね。

 それからもうすっかり暮れた商店街を抜け、夕飯を食べる店に向かう。
 
 今まではいつも、

「今日はどこに行く?」
「どこにしようか」

 そう言って決めた目的の店に向かい、うまくそのまま入れることもあれば、満員で予定変更することもあったが、あえてどこも予約せずに行くことを楽しんでいた。
 そうして飛び込んだ店が「いつもの店」になったこともある。

 さっきのカフェもそうだった。
 最初は人気の店に行くはずが満員で、小雨も降ってきたので慌てて飛び込んだ古びたカフェ、そこが思わぬ気にいって、それ以来常連になってしまったのだ。

 だが今日は違う。
 一軒のレストランに予約をしてある。
 なぜならそこは、二人で初めて一緒に食事をした店だった。

「あの時は奮発したんだよ」
「そうだったね」

 当時の二人には少しばかり敷居が高い店。そこに背伸びして入り、緊張しながら食事をしたのをよく覚えている。
 今も決して敷居が低くなったとは思わないが、それでも二人で色んな経験を積んで、少しだけそういうお店にも慣れて、背伸びがちょっとだけ低くなったかも。

「そういやあの時も予約したんだった」
「そうだったね」

 そうでないと入れるお店ではない。メディアでも取り上げられて人気のお店、初めてのデートで失敗したくなくて予約をしたんだった。

「いらっしゃいませ」
 
 思った通り今日も満席だ。

「予約をしてあるんですが」
「どうぞこちらへ」

 名を告げるとスマートに席に案内してくれた。
 
 少し奮発したコース
 あの時もこうだったなあ。
 そう思いながら静かに食事をする。

「あの時は味なんか分からなかった」
「うん、後でもったいないことしたなって言ったよね」
 
 二人でそう言って笑う。

「もう少し年とってから、もっとゆとりを持って来たかったな」
「そうね」

 このお店にはもう少し落ち着いた年齢の人間の方が確かに似合う。
 それでも思い出のお店なのだ、最後にもう一度来たかった。

 食事を終えて駅に向かう。
 そこから今日は私の家の方向の電車に乗った。

 到着駅に着くと真っ直ぐ私の家へ向かう。
 いつもはそのまま一緒に過ごしていたが今日は違う。

「じゃあ、鍵」
「ああ、そうだった」

 彼がカバンから私の部屋の合鍵を取り出して私の手に置いた。

「今日までありがとう」

 鍵を見ながらそう言うと、

「じゃあ」
「うん」

 そうして帰って行った。
 彼がこの部屋を訪れることはもうないのにあっさりしてるな。
 そう思った。

「あ」

 彼が何かを思い出したように、無理に理由を作ったように戻ってきた。

「明日、来られないけど大丈夫?」
「大丈夫、忙しいのに時間とってもらってごめんね」
「いや、いいよ。僕だって最後にこうして過ごしたかった」
「うん」

 明後日、私は彼と結婚する。
 明日は新居に送る荷物をこの家から出すのだ。
 遠くの町で新生活が始まる。

 え、別れる二人が最後のデートで思い出を作ってたんじゃないのって?
 誰がそんなこと言ったの?
 彼の転勤をきっかけに結婚して遠い町に行くので思い出デートよ。

 彼が疲れた顔してたのはどうしてって?
 仕事の引き継ぎが大変みたい。

 どうして今日は手をつながなかったのって?
 単に荷物が多かったの、新居で使う荷物が。

 恋人として最後の時間じゃないのって?
 私たち夫婦になるから。

 勝手に人の不幸を想像してがっかりせずに、ちゃんと人の話は最後まできちんと聞きましょうね。

 うふっ。  
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