上 下
10 / 65
2022年  6月

ポニーテールの彼女

しおりを挟む
 あるオンラインゲームを楽しんでいる。
 ごくごく普通の会社員の俺だけど、そのゲームの中ではかっこいい剣士をやっている。
 
 ゲーム内で色んな人と知り合って仲良くなった。
 みんな自分のキャラを持っていて、性別も種族も職業もバラバラだが、楽しくダンジョンを攻めたり、何もせずにそのへんでしゃべったりといい仲間もできた。

 偶然都心近くのメンバーが多かったらしく、俺が仲良くしてる人たちが集まってちょこちょこオフ会をしたりして、ゲーム中にもその続きの話をしてたりする。

 俺はちょっとばかり遠い地域在住なので簡単に参加はできないが、特に行こうとも思っていなかった。
 リアルとゲームの中は違うからだ。
 ゲームの知り合いとリアルで会う必要を特には感じなかった。
 楽しそうに話をしているのはちょっとだけ羨ましいと思ったが、まあ、それだけだ。

「ネットで出会う人間なんて怖い」
 
 そういう人間もいるがそんなことはない。
 文字だけの会話でも大体どんな人間かの想像はつく。
 その話し方や話の内容でなんとなく、どういう人間かが分かる。
 ネットの世界だからこそ、普段は押さえているものが出ることもあるので、むしろどんな人間なのかよく分かることもある。

 たとえば実世界ではそんな根性ないくせに、ゲームのキャラのかわいい女の子相手にエッチなことを言ったりしたりする情けないやつもいる。ネットの向こうで操作してるのは汚いおっさんの可能性もあるのにな。

 実世界では手が後ろに回るの怖さにそんなことできないようなやつが、詐欺や窃盗を働いたりすることもある。相手が自分と同じ人間だと思わずに、電源落とせばもう終わり、そう思ってるからだ。

 だから、俺はゲームの中でだけ楽しめればいい。そう思っていた。

「ベオウルフという名前はイギリス文学からですか?」

 ある時、そんなゲーム仲間の一人からそう話しかけられた。

 「ベオウルフ」は俺の使っているキャラの名前だ。
 そしてまさにイギリスの叙情詩じょじょうしに出てくる伝説の王からとった。
 よく、あるゲームのキャラですか? と聞かれたりしたが、そう言われたのは初めてだった。

 色々話していくうちに、同じ子ども向けの文学シリーズを読んでいたということが分かり、ますます話が盛り上がった。

 そのキャラの名前はマナさんといってかわいらしい女の子だった。

 俺は剣士、マナさんは癒し系の聖職者、かぶる職業ではなかったので、人数制限のパーティーに一緒に入ることも多くなり、会話をする機会もますます増えていった。

 マナさんはおっとりと話をする人で、時に天然もかましてくれる。

(かわいい)

 相手は作り物のキャラだ、そう思いながらも、ポニーテールにメガネをかけて、白いマント、ぼこぼことした長い杖を持つ聖女の姿を見るたびに、俺はなんだかドキドキするようになっていた。

 その上品なたたずまい、文学やクラシックが好き。

(きっとどこかのお嬢様なんだろうなあ)

 うっすらとそんな印象を持ってきた頃、オフ会で会ったという仲間がマナさんのことを話題にした。

「マナさん、オフ会にもゲームと同じポニテで来てたよ」

 その言葉を聞いて俺は、もうなんだか頭に血がのぼってしまい、会いたくて会いたくてたまらなくなってしまった。
 そうしてついに、長距離バスに乗って上京し、オフ会に参加することにした。
 マナさんに会いたさに、リアルでは会わないという禁忌を破って。

 待ち合わせの場所には深夜バスだった俺が一番に到着した。
 時間が近づくと、目印を持った俺の周囲に仲間たちが集まってきた。

 思った通り、ゲーム内の会話で想像していた通りの仲間たちだった。

 やっぱり文字だけでも分かるもんだな、そんなことを考えていたら、

「あ、マナさん、こっちこっち、この人がベオさん」

 仲間の一人が俺の後ろに向かってそう言いながら手を振った。
 
 心臓がドキン!! と大きく打つ。
 ついにマナさんに、現実世界のマナさんに会えるんだ!!

「はじめまして、マナです」
 
 この声……
 
 想像もしなかった声に振り向くと、

「力士……」

 思わずそうつぶやいていた。

「あーいつも仲良くしてもらって」

 ものすごくでかい相撲取りが、照れくさそうにゆっくりと頭を下げた。

「マナさん、四股名しこなが『玉名山たまなやま』っていうお相撲さん」

 「たやま」からとって「マナ」かよ!

「ほら、キャラと同じだろ」

 うん、たしかに後ろで髪の毛一本くくりしてるけど、それってポニテじゃなくてちょんまげだよね?

「まだ下っ端で大銀杏おおいちょう結えるほどじゃないんで」

 と、メガネをかけて大福のような笑顔を見せるマナさん……

「子どもの頃から本ばかり読んでて現実でもメガネをかけてる」

 前にそう言ってた、言ってたね、うん。

「手がでかいもんで、いつもタイピング遅くなって、迷惑かけてます」
 
 そう、おっとりしてるからじゃないんだ……
 うん、大きい手してるよね、うん。

 それから俺は楽しいオフ会の時間を過ごし、帰りは特急で帰宅の途についた。

 やっぱりネットは怖い。
 それから実際に見たり聞いたりしたこと以外はもう信じない。
 想像で分かった気にならない。
 今度の出来事はとっても勉強になった。
 ごっつぁんです!

 そんなことを考えながら、早く家に着け、ひたすらそう思っていた。

――――――――――――――――――――――――――――――

脚色して全く違う話になっていますが、実は元になったエピソードがあります。
あの時のL氏の驚いた顔、僕はずっと忘れないよ!
ありがとう、僕たちはズッ友だ!
これからも色んなネタをお願いします!

※L氏にはちゃんと許可を取ってこの作品を書いております。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拝啓、隣の作者さま

枢 呂紅
ライト文芸
成績No. 1、完璧超人美形サラリーマンの唯一の楽しみはWeb小説巡り。その推し作者がまさか同じ部署の後輩だった! 偶然、推し作家の正体が会社の後輩だと知ったが、ファンとしての矜持から自分が以前から後輩の小説を追いかけてきたことを秘密にしたい。けれども、なぜだか後輩にはどんどん懐かれて? こっそり読みたい先輩とがっつり読まれたい後輩。切っても切れないふたりの熱意が重なって『物語』は加速する。 サラリーマンが夢見て何が悪い。推し作家を影から応援したい完璧美形サラリーマン×ひょんなことから先輩に懐いたわんこ系後輩。そんなふたりが紡ぐちょっぴりBLなオフィス青春ストーリーです。 ※ほんのりBL風(?)です。苦手な方はご注意ください。

意味がわかると怖い話

井見虎和
ホラー
意味がわかると怖い話 答えは下の方にあります。 あくまで私が考えた答えで、別の考え方があれば感想でどうぞ。

◆闇騎士◆(ナイトメシア)~兎王子と人形姫の不思議な鏡迷宮~

卯月美羽(うさぎ・みゅう)
ファンタジー
戦災孤児の病弱少女ミュウは、元はうさぎのぬいぐるみナイト&メアリと、夢のような国ネオ・ネヴァーランドで楽しく暮らしていた。 だが死神ファントムの出現により、終わりを視るまで止めることのできない死のゲーム、ナイトメア・メイズに強制的に参加させられることになってしまう。 四方に張り巡らされている、けして出てはいけないと云われていた巨大な壁の向こう側に、3人は放り出されてしまう……。 その先で3人が見た世界とは――。

日本語しか話せないけどオーストラリアへ留学します!

紫音@キャラ文芸大賞参加中!
ライト文芸
「留学とか一度はしてみたいよねー」なんて冗談で言ったのが運の尽き。あれよあれよと言う間に本当に留学することになってしまった女子大生・美咲(みさき)は、英語が大の苦手。不本意のままオーストラリアへ行くことになってしまった彼女は、言葉の通じないイケメン外国人に絡まれて……? 恋も言語も勉強あるのみ!異文化交流ラブコメディ。

僕の大切な義妹(ひまり)ちゃん。~貧乏神と呼ばれた女の子を助けたら、女神な義妹にクラスチェンジした~

マナシロカナタ✨ねこたま✨GCN文庫
ライト文芸
可愛すぎる義妹のために、僕はもう一度、僕をがんばってみようと思う――。 ――――――― 「えへへー♪ アキトくん、どうどう? 新しい制服似合ってる?」  届いたばかりのまっさらな高校の制服を着たひまりちゃんが、ファッションショーでもしているみたいに、僕――神崎暁斗(かんざき・あきと)の目の前でくるりと回った。  短いスカートがひらりと舞い、僕は慌てて視線を上げる。 「すごく似合ってるよ。まるでひまりちゃんのために作られた制服みたいだ」 「やった♪」  僕とひまりちゃんは血のつながっていない義理の兄妹だ。  僕が小学校のころ、クラスに母子家庭の女の子がいた。  それがひまりちゃんで、ガリガリに痩せていて、何度も繕ったであろうボロボロの古着を着ていたこともあって、 「貧乏神が来たぞ~!」 「貧乏が移っちまう! 逃げろ~!」  心ない男子たちからは名前をもじって貧乏神なんて呼ばれていた。 「うっ、ぐすっ……」  ひまりちゃんは言い返すでもなく、いつも鼻をすすりながら俯いてしまう。  そして当時の僕はというと、自分こそが神に選ばれし特別な人間だと思い込んでいたのもあって、ひまりちゃんがバカにされているのを見かけるたびに、助けに入っていた。  そして父さんが食堂を経営していたこともあり、僕はひまりちゃんを家に連れ帰っては一緒にご飯を食べた。  それはいつしか、ひまりちゃんのお母さんも含めた家族ぐるみの付き合いになっていき。  ある時、僕の父さんとひまりちゃんのお母さんが再婚して、ひまりちゃんは僕の義妹になったのだ。 「これからは毎日一緒にいられるね!」  そんなひまりちゃんは年々綺麗になっていき、いつしか「女神」と呼ばれるようになっていた。  対してその頃には、ただの冴えない凡人であることを理解してしまった僕。  だけどひまりちゃんは昔助けられた恩義で、平凡な僕を今でも好きだ好きだと言ってくる。  そんなひまりちゃんに少しでも相応しい男になるために。  女神のようなひまりちゃんの想いに応えるために。  もしくはいつか、ひまりちゃんが本当にいい人を見つけた時に、胸を張って兄だと言えるように。  高校進学を機に僕はもう一度、僕をがんばってみようと思う――。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

短い話

すいせーむし
ライト文芸
短編集。 特に繋がりもない、短い物語の群れです。 気が向いたらぜひ読んで頂けると嬉しいです。 まぁ、もしかしたら、他のお話と繋がりはあるのかもしれない。

さようなら、にせの牛神さま

naokokngt
ライト文芸
山道を降りる途中で、僕はしゃべる牛さんに出会った。牛さんはいろいろな魔法が使える特別な牛だった。そして「にせの牛神さま」であることがバレそうになって逃げてきたところだった。 実は僕も、自分の住んでいた町を出てきたところだった。 恋人と別れ、半ば町を追い出される形で。 僕は自分の事情を牛さんに話した。なぜ、自分が恋人との婚約を解消したのかを。 元婚約者は、会社の同僚に嫌がらせをしていたのだ。

処理中です...