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2022年 6月
がんばりや~
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今日も一日疲れた……
立ちっぱなし、接客しっぱなしの一日。
もう慣れたとはいうものの、やはり相手によっては不必要に削られる日もある。
今日も今日とてオリジナルの正義を振りかざし、商業用スマイルに亀裂が入るようないちゃもんをつけるモンスターの登場。なんとかその場を収めたものの疲労困憊、張り付く笑顔の仮面を脱がなかった私えらい! そうして自分で自分を褒めて、やっと今日一日を乗り切った。
「疲れた……」
言うつもりがなくてもつい口からそう出てしまう。
こんな日、今までだったらコンビニで缶チューハイでも買い込んで一人住まいの部屋に転がり込むと、とっとと仮面を組成しているメイクを拭き取り、暑いシャワーを浴びてから、コンビニで一緒に買い込んだつまみをアルコールで流し込んで寝る。それが定番だった。
だが今日は違った。
いつも通る駅からアパートへの最短ルート、そこで工事があって遠回りしないといけなくなった。
遠回りと言っても筋一本、5分ほどの距離だったけど、それでも綿のように疲れ切っている体には、十字架を背負ってゴルゴダの丘を登るほどの苦行に思えた。
その道を通るのが嫌な理由がある。
商店街なのだ。
買い物する人の往来でたくさんの人の中を通っていかなくてはいかない。
いつも通る道も人の行き来は多いけど、こちらはみな黙って駅と家の往復をするだけの道。道路も広く、その歩道を黙ったままとっとと歩いて目的地に着くだけ。気楽な道。
だけど商店街はそうはいかない。
親に手を引かれた小さな子どもは泣いてるし、自転車オーケーなので高校生らしきグループや、早い時間からいっぱい引っ掛けたようなおじさんも一緒に通る。危ないったらありゃしない。
舌打ちしたい気持ちを能面の下に隠した私は、こんな道とっとと抜けてしまおうと、いつもより早いペースで歩いていた。
そんな時、
「おおきにな~がんばりや~」
驚いて足が止まり、後ろを歩いていた人が私にぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
頭を下げて謝ると、少し年配の男性が不愉快そうにこっちをちらっと見て通り過ぎて行った。
おそらくあの人も今日は回り道しなくてはいけなくなった口だろう。
私は少し道をよけ、その声がした方向に目をやる。
小さな肉屋さんだった。
どこにでもある小さな肉屋さんの見慣れたガラスのカウンター。
その声の主はそのカウンターから胸から上だけが見える、そういう職業の人が作業をする時に着ている白い服を着た、そこそこ年配の女性であった。
頭に三角巾を巻いて髪を留め、その下にはえびす様のようなふくよかな笑顔がくっついている。
ふらふらとその店に近寄ったのは、もう一度あの声を聞きたかったからかも知れない。
「がんばりや~」
なんて懐かしい。
今は東京のど真ん中で働いてる私だが、元々は大阪、それもコテコテと言われる地域の出身だ。
子どもの頃はいつもこんなおばちゃんの声の中で生きていた。
「はいいらっしゃい、何しましょ?」
そう声をかけられて初めて、私は自分がガラスケースの前にいることに気がついた。
焦った。
何も考えずに来てしまったから。
「あ、あの」
どうしよう。
そう思って女性の背後に目がいくと、そこにはやはり懐かしい文字が踊っていた。
コロッケ、トンカツ、ビーフカツ、そして、
「メンチカツ……」
東京で書くなら「ミンチカツ」だろうに。
そう思ったら勝手に声が出ていた。
「はいメンチね。いくつ?」
まるで大阪に戻ったようなその言葉。
「あ、2つ。それとコロッケも2つ」
「はいよ、コロッケ2つメンチ2つ。揚げる? そのまま?」
「あ、はい、揚げてください」
「はいよ~」
そう言いながら女性は生のコロッケとミンチカツ、ではなくてメンチカツを油の中に投入した。
じゅうっという音を立てて白いコロッケとメンチカツが細かい泡に包まれた。
何回か女性の箸で転がされ、次々ときつね色に変身していく。
「はい、おまたせ」
よく揚がり、よく油を切られたそれを、女性は薄く木を削った「へぎ」にさっと包むと、今度はこれも見慣れた緑色の紙にくるっと包む。それをさらに油がしみないように白いスーパーバッグに入れて私に差し出した。
千円札を一枚差し出すと小銭が何枚か返ってきた。
安い。すごく安い。今どきこの値段でやっていけるのかと思うぐらい安い。
「おおきにありがとう、また来てな。あ!」
女性はそう言うとコロッケを一つ、くるっと紙で包んで差し出し、
「これな、さっき破ってしもてん。揚げ直してあつあつ、よかったら食べて」
「あ、ありがとうございます」
「おおきに、がんばりや~」
聞けた。
あの声をまた聞けた。
「おおきに、がんばるわ~」
私も思わず懐かしい言葉に戻ってそう返事をしたら、
「なんや、あんたも大阪かいな。お互いがんばろな~」
おばちゃんはそう言って破裂しそうな笑顔になった。
熱々のコロッケを食べながら商店街を歩いたら、なんだか嫌なことが全部ふっとんだ気がした。
きっとあのおばちゃんも色んな嫌なことを経験してきたのだろう。
知らない土地、知らない人、そんな場所でがんばってがんばって、そしてえびす様になった。
私もなれるだろうか。いつかえびす様に。
その日まで、うん、がんばるよ、おばちゃん。
立ちっぱなし、接客しっぱなしの一日。
もう慣れたとはいうものの、やはり相手によっては不必要に削られる日もある。
今日も今日とてオリジナルの正義を振りかざし、商業用スマイルに亀裂が入るようないちゃもんをつけるモンスターの登場。なんとかその場を収めたものの疲労困憊、張り付く笑顔の仮面を脱がなかった私えらい! そうして自分で自分を褒めて、やっと今日一日を乗り切った。
「疲れた……」
言うつもりがなくてもつい口からそう出てしまう。
こんな日、今までだったらコンビニで缶チューハイでも買い込んで一人住まいの部屋に転がり込むと、とっとと仮面を組成しているメイクを拭き取り、暑いシャワーを浴びてから、コンビニで一緒に買い込んだつまみをアルコールで流し込んで寝る。それが定番だった。
だが今日は違った。
いつも通る駅からアパートへの最短ルート、そこで工事があって遠回りしないといけなくなった。
遠回りと言っても筋一本、5分ほどの距離だったけど、それでも綿のように疲れ切っている体には、十字架を背負ってゴルゴダの丘を登るほどの苦行に思えた。
その道を通るのが嫌な理由がある。
商店街なのだ。
買い物する人の往来でたくさんの人の中を通っていかなくてはいかない。
いつも通る道も人の行き来は多いけど、こちらはみな黙って駅と家の往復をするだけの道。道路も広く、その歩道を黙ったままとっとと歩いて目的地に着くだけ。気楽な道。
だけど商店街はそうはいかない。
親に手を引かれた小さな子どもは泣いてるし、自転車オーケーなので高校生らしきグループや、早い時間からいっぱい引っ掛けたようなおじさんも一緒に通る。危ないったらありゃしない。
舌打ちしたい気持ちを能面の下に隠した私は、こんな道とっとと抜けてしまおうと、いつもより早いペースで歩いていた。
そんな時、
「おおきにな~がんばりや~」
驚いて足が止まり、後ろを歩いていた人が私にぶつかった。
「あ、ごめんなさい」
頭を下げて謝ると、少し年配の男性が不愉快そうにこっちをちらっと見て通り過ぎて行った。
おそらくあの人も今日は回り道しなくてはいけなくなった口だろう。
私は少し道をよけ、その声がした方向に目をやる。
小さな肉屋さんだった。
どこにでもある小さな肉屋さんの見慣れたガラスのカウンター。
その声の主はそのカウンターから胸から上だけが見える、そういう職業の人が作業をする時に着ている白い服を着た、そこそこ年配の女性であった。
頭に三角巾を巻いて髪を留め、その下にはえびす様のようなふくよかな笑顔がくっついている。
ふらふらとその店に近寄ったのは、もう一度あの声を聞きたかったからかも知れない。
「がんばりや~」
なんて懐かしい。
今は東京のど真ん中で働いてる私だが、元々は大阪、それもコテコテと言われる地域の出身だ。
子どもの頃はいつもこんなおばちゃんの声の中で生きていた。
「はいいらっしゃい、何しましょ?」
そう声をかけられて初めて、私は自分がガラスケースの前にいることに気がついた。
焦った。
何も考えずに来てしまったから。
「あ、あの」
どうしよう。
そう思って女性の背後に目がいくと、そこにはやはり懐かしい文字が踊っていた。
コロッケ、トンカツ、ビーフカツ、そして、
「メンチカツ……」
東京で書くなら「ミンチカツ」だろうに。
そう思ったら勝手に声が出ていた。
「はいメンチね。いくつ?」
まるで大阪に戻ったようなその言葉。
「あ、2つ。それとコロッケも2つ」
「はいよ、コロッケ2つメンチ2つ。揚げる? そのまま?」
「あ、はい、揚げてください」
「はいよ~」
そう言いながら女性は生のコロッケとミンチカツ、ではなくてメンチカツを油の中に投入した。
じゅうっという音を立てて白いコロッケとメンチカツが細かい泡に包まれた。
何回か女性の箸で転がされ、次々ときつね色に変身していく。
「はい、おまたせ」
よく揚がり、よく油を切られたそれを、女性は薄く木を削った「へぎ」にさっと包むと、今度はこれも見慣れた緑色の紙にくるっと包む。それをさらに油がしみないように白いスーパーバッグに入れて私に差し出した。
千円札を一枚差し出すと小銭が何枚か返ってきた。
安い。すごく安い。今どきこの値段でやっていけるのかと思うぐらい安い。
「おおきにありがとう、また来てな。あ!」
女性はそう言うとコロッケを一つ、くるっと紙で包んで差し出し、
「これな、さっき破ってしもてん。揚げ直してあつあつ、よかったら食べて」
「あ、ありがとうございます」
「おおきに、がんばりや~」
聞けた。
あの声をまた聞けた。
「おおきに、がんばるわ~」
私も思わず懐かしい言葉に戻ってそう返事をしたら、
「なんや、あんたも大阪かいな。お互いがんばろな~」
おばちゃんはそう言って破裂しそうな笑顔になった。
熱々のコロッケを食べながら商店街を歩いたら、なんだか嫌なことが全部ふっとんだ気がした。
きっとあのおばちゃんも色んな嫌なことを経験してきたのだろう。
知らない土地、知らない人、そんな場所でがんばってがんばって、そしてえびす様になった。
私もなれるだろうか。いつかえびす様に。
その日まで、うん、がんばるよ、おばちゃん。
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