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2022年 6月
カレーを極める
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「あのカレー美味しかったなあ、どうやったらあんなに美味しく作れるんだろう」
スパイスカレーの店に行った帰り、妻がそうつぶやいた。
「私も作ってみようかなあ」
妻はそう言うと、
「ねえ、あれぐらい美味しく作れると思う?」
そう尋ねてきたので、
「どうかなあ、作ってみたら?」
いつものようにそう答えた。
翌日、妻は仕事の後でスパイス専門店に寄ったらしく、
「とりあえずこれぐらい買ってきた。そんで作り方も教えてもらってきた」
ニコニコとしてそう言った。
「作り方も色々あるのよねえ。スパイスの調合も。後はまあお好み?」
「かもねえ」
「色々試してみるわ」
翌日から妻の研究が始まった。
毎日毎日スパイスをああでもない、こうでもないと種類を変え、量を変え、調理方法を変え、好みの味を探していく。
「ねえねえ、今のところこの3種類が自分的ベストなんだけど」
そもそもベストというのは1つではないかと思うのだが、まあ妻がそう言うのだから3つともベストなのであろう。
「食べてみて」
期待に満ちた笑顔で3種類のカレーを試食する。
「最初のこれはスパイスが香ばしくてちょっと大人の味って感じかな」
「でしょ!」
「真ん中の味は少しマイルド、辛いのが苦手な人はこういうの喜ぶと思うな」
「そうそう、そうなのよ!」
「最後のこれ、なんだろ、なんだか懐かしい味がする。日本の母親の味って感じ?」
「やっぱりあなたすごいわ! そう、そのつもり」
私の答えに妻は満足したようだ。
「この3つに、後は、どんな具材を合わせるかよね。それからご飯も。日本のお米だけじゃなくて外国の細長いお米とか。逆にもち米を混ぜてもいいかも知れないわね」
「そうだね」
「ありがとう、もっと色々試してみるわ!」
その翌日からは肉やシーフード、カレーの定番のタマネギ、ニンジン、ジャガイモに、ナス、ズッキーニ、ブロッコリー、キャベツや白菜、それから私が見たこともないような野菜まで、それはもう多種多彩な具材を買い求めては、ああでもない、こうでもないと実験を重ねる。
元々理系で実験好きな妻、作ったカレーのスパイスの配合、調理の仕方、それから組み合わせた具材や米、まるで世界に向けて論文を発表するかのように、細かく細かく記録していく。
「うん、うん、このカレーにはこのジャガイモが合うわね。一般的にカレーは煮込んでも煮崩れしにくいメークインというけれど、この大人の味にはとろりと溶けかけるぐらいの男爵がいいかも」
「あー同じナスでも長ナスよりいっそ小ナスをまるごと入れる方がいいのかも」
「ズッキーニはナスとなんとなくかぶるし、これは夏の野菜が合うカレーではないからちょっとごめんなさいね」
楽しそうに具材に、スパイスに話しかけるようにしてどんどんどんどん、自分のカレーを極めていく。
「失敗したわ! 今頃になって思いついた! 水よ水! 水道の水じゃなくて硬水、軟水、色々試してみないといけなかったわ! あ~失敗! またやり直しよ……」
時にそうして絶望しながらも日々色々なカレーを作っては感想を求めてくる。
私はその度に真摯に、正直に妻に感想を言う。
妻は時にがっかりもしながら、自分の舌と私の感想を参考にし、また一歩一歩と自分だけのカレーを極めていった。
そしてある日……
「ついに完成したわ、私の究極のカレーが……」
感激したように出された一皿、それは妻の言うように、この上はないだろうと思うほど私の舌にピタリと合い、このカレーを食べたらもう他のは食べられないほどのまさに究極の味だった。
「おいしいよ、よくここまで極めたね、君はすごいよ」
私がそう称賛すると妻は照れくさそうに身を捻って礼を言った。
「こんなおいしいカレー、2人だけで食べるのはもったいない、今度友達や後輩を呼んでもいいかな?」
「ええもちろんよ」
そうして私の友人知人、会社の同僚や後輩、親戚など一渡りみんなにその味を堪能してもらい、
「作り方を教えてください」
そう言う人には丁寧なレシピを渡し、妻の究極のカレーは最高の時を迎えた。
そしてその日から、我が家のテーブルには「究極のカレー」は一切上がらなくなった。
「だって極めてしまったのだもの」
そう、妻は究極のカレーを作ることが目標で、我が家の定番メニューにするのが目的ではなかったのだ。
それ以来、我が家でのカレーはというと、簡単に食べられるレトルトか缶詰の定番に戻った。
今までもそうだった。
それをよく知るからこそ、妻の熱が冷めるまで何も言わず、大人しく、カレーの研究に付き合ってきたのだ。
そして私もその過程が嫌いではない。
いや、むしろそうやって夢中になっている妻が好きだ。
「よく毎日毎日カレーばっかり、しかも実験でしょ? よく飽きないねえ」
友人にはそう言われたこともあるが、自分も好きでやってることだ、苦痛でもないし楽しい。
そして昨日、妻が食事に行った帰りにこう言った。
「今日行ったおそば屋さんおいしかったわね。私もあんなおそばを打ってみたいわ」
明日から我が家では毎日そばの研究が始まる。
また新しい日々の始まりだ。
スパイスカレーの店に行った帰り、妻がそうつぶやいた。
「私も作ってみようかなあ」
妻はそう言うと、
「ねえ、あれぐらい美味しく作れると思う?」
そう尋ねてきたので、
「どうかなあ、作ってみたら?」
いつものようにそう答えた。
翌日、妻は仕事の後でスパイス専門店に寄ったらしく、
「とりあえずこれぐらい買ってきた。そんで作り方も教えてもらってきた」
ニコニコとしてそう言った。
「作り方も色々あるのよねえ。スパイスの調合も。後はまあお好み?」
「かもねえ」
「色々試してみるわ」
翌日から妻の研究が始まった。
毎日毎日スパイスをああでもない、こうでもないと種類を変え、量を変え、調理方法を変え、好みの味を探していく。
「ねえねえ、今のところこの3種類が自分的ベストなんだけど」
そもそもベストというのは1つではないかと思うのだが、まあ妻がそう言うのだから3つともベストなのであろう。
「食べてみて」
期待に満ちた笑顔で3種類のカレーを試食する。
「最初のこれはスパイスが香ばしくてちょっと大人の味って感じかな」
「でしょ!」
「真ん中の味は少しマイルド、辛いのが苦手な人はこういうの喜ぶと思うな」
「そうそう、そうなのよ!」
「最後のこれ、なんだろ、なんだか懐かしい味がする。日本の母親の味って感じ?」
「やっぱりあなたすごいわ! そう、そのつもり」
私の答えに妻は満足したようだ。
「この3つに、後は、どんな具材を合わせるかよね。それからご飯も。日本のお米だけじゃなくて外国の細長いお米とか。逆にもち米を混ぜてもいいかも知れないわね」
「そうだね」
「ありがとう、もっと色々試してみるわ!」
その翌日からは肉やシーフード、カレーの定番のタマネギ、ニンジン、ジャガイモに、ナス、ズッキーニ、ブロッコリー、キャベツや白菜、それから私が見たこともないような野菜まで、それはもう多種多彩な具材を買い求めては、ああでもない、こうでもないと実験を重ねる。
元々理系で実験好きな妻、作ったカレーのスパイスの配合、調理の仕方、それから組み合わせた具材や米、まるで世界に向けて論文を発表するかのように、細かく細かく記録していく。
「うん、うん、このカレーにはこのジャガイモが合うわね。一般的にカレーは煮込んでも煮崩れしにくいメークインというけれど、この大人の味にはとろりと溶けかけるぐらいの男爵がいいかも」
「あー同じナスでも長ナスよりいっそ小ナスをまるごと入れる方がいいのかも」
「ズッキーニはナスとなんとなくかぶるし、これは夏の野菜が合うカレーではないからちょっとごめんなさいね」
楽しそうに具材に、スパイスに話しかけるようにしてどんどんどんどん、自分のカレーを極めていく。
「失敗したわ! 今頃になって思いついた! 水よ水! 水道の水じゃなくて硬水、軟水、色々試してみないといけなかったわ! あ~失敗! またやり直しよ……」
時にそうして絶望しながらも日々色々なカレーを作っては感想を求めてくる。
私はその度に真摯に、正直に妻に感想を言う。
妻は時にがっかりもしながら、自分の舌と私の感想を参考にし、また一歩一歩と自分だけのカレーを極めていった。
そしてある日……
「ついに完成したわ、私の究極のカレーが……」
感激したように出された一皿、それは妻の言うように、この上はないだろうと思うほど私の舌にピタリと合い、このカレーを食べたらもう他のは食べられないほどのまさに究極の味だった。
「おいしいよ、よくここまで極めたね、君はすごいよ」
私がそう称賛すると妻は照れくさそうに身を捻って礼を言った。
「こんなおいしいカレー、2人だけで食べるのはもったいない、今度友達や後輩を呼んでもいいかな?」
「ええもちろんよ」
そうして私の友人知人、会社の同僚や後輩、親戚など一渡りみんなにその味を堪能してもらい、
「作り方を教えてください」
そう言う人には丁寧なレシピを渡し、妻の究極のカレーは最高の時を迎えた。
そしてその日から、我が家のテーブルには「究極のカレー」は一切上がらなくなった。
「だって極めてしまったのだもの」
そう、妻は究極のカレーを作ることが目標で、我が家の定番メニューにするのが目的ではなかったのだ。
それ以来、我が家でのカレーはというと、簡単に食べられるレトルトか缶詰の定番に戻った。
今までもそうだった。
それをよく知るからこそ、妻の熱が冷めるまで何も言わず、大人しく、カレーの研究に付き合ってきたのだ。
そして私もその過程が嫌いではない。
いや、むしろそうやって夢中になっている妻が好きだ。
「よく毎日毎日カレーばっかり、しかも実験でしょ? よく飽きないねえ」
友人にはそう言われたこともあるが、自分も好きでやってることだ、苦痛でもないし楽しい。
そして昨日、妻が食事に行った帰りにこう言った。
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