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呂久村 深月の恋とは

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 教室の一番後ろには個人の家庭用金庫みたいなロッカーが並び、掃除用具入れの縦長のロッカーと何にも入ってなくて何のために置いてあるのか意味不な縦長ロッカーとの間に空間がある。
 その空間に防火バケツを置いて、その中に優勝旗を立てた。

「ちょうど収まったけど、倒れて来ねえ? もっと深いバケツねえのかな」
「バケツをもっと手前にしてさ、後ろの壁に旗をもたれかけさせたら倒れて来ないっしょ」
「おー、さすが明翔、あったまいいな」

 あの場に居たくなくて明翔を呼び教室に来たものの、明翔とふたりきりで変な雰囲気になったらどうしようと内心ビクビクだったが、ただの杞憂だった。
 やっぱ、明翔はよく分からんヤツだな。いや、明翔の顔が一条優にそっくりなせいで俺の方が変に意識してるだけなのかもしれない。

 明翔はまだ恋したことないって言ってた。分かってねえんだ。恋と濃い友情の違いが。

「まったく、びっくりさせやがって。いいか、明翔。お前がさっき言ってたのは、ふかーい友情だよ。恋とは全然違うものなんだよ」
「女と付き合ったことあるからって、恋愛マスター気取りですか」
「ま、俺は数だけは付き合ってるからね?」
 交際期間はいずれも1週間から最長3か月と短いけどね? 3か月付き合った時も、半分夏休みで会ってなかったけどね?

「じゃあ、先生。恋だとどんな感じなんですかー?」
「そりゃあ……」
 うーん。これまでの経験から言えることは、告られた時にはまーいっか、と思って付き合うんだけど、なんやかんや注文つけられるごとにもーええわ、ってイヤになるってことくらいかな。

 ……あれ? 俺、付き合った女に恋してたことがあるんだろうか。
 俺が恋だと堂々と言えるのは、もしかしたら一条優だけなのかもしれない。

「見てるだけで幸せなんだよ。何も話なんてしなくても、最終形態には相手の後ろ姿を見てるだけでドキドキして満足なんだよ」
「俺、今ストーカー講座を受講してんの?」
「誰がストーカーじゃい!」

 明翔がジャージのポケットに両手を突っ込んでロッカーにもたれかかる。
「深月のせいなんだよ」
「へ?」

 おふざけなしの真剣な明翔の目に、ドキッとしてつい真顔になる。
「ほら、今も」
「え……何が?」
「もー。分かってないのは深月の方なんだから」

 もたれかかってた体を起こした明翔が、不意打ちに俺の胸元に入って来て、上目遣いに見上げてくる。
「えっ……な、ど、どした?! 明翔!」
 急接近に焦って何もできずにただ、大量の汗が噴き出る。対照的に、明翔は涼しい顔をしている。

「深月だけだよ。俺のやることにいちいちここまでリアクションするの」
 ……え……。

「深月のせいだよ。俺、深月のことなんて別に何とも思ってなかったのに。それこそ、深い友情だと親友だと思ってたのに」

 ……違う、明翔。
 俺が変なリアクションになってしまうのは、どうしてなんだか一条優にそっくりなその顔のせいなんだ。

 ただ見ているだけだった初恋。
 ずっと見てたんだ。
 思い出すんだよ、明翔の顔を見てたら。一条優の後ろ姿を見るだけでドキドキしてたあの恋を。

 とは、言えない……。
 そもそも、性別が違うのにそっくりな女がいたからなんだよって言ったところで信じてもらえるかどうか。

 黙り込んでしまった俺を静かに明翔が睨む。
「俺の初恋を奪ったんだから、責任取ってよ」
「え?! 責任って、どうやって?」
「俺のことを好きになるだけでいいよ。簡単でしょ」
 照れながら笑う明翔にまたドキッとさせられる。何こいつ……容赦なく動揺させてきやがる。
 
 ――かわいい……。

 ヤバい、こいつヤバい。
 昨日までとは目付きの鋭さと笑顔のクオリティが違う。もしかしたら……信じられないけど、明翔は本気なのかもしれない。
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