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ふたり
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どれも本当に美味しかった。この店に住み込みで働けたらいいのに。
「ごちそうさまでした」
「シュウちゃん、カラオケ行かない? 俺、前はボイストレーナーしてたんだよ。歌唱指導してあげる」
ボイストレーナー? 歌唱指導……。
私はこれから清水くんにお金を返しながらひとりで生きていかなきゃならない。
お給料だけじゃ足りない。だけど、清水くんが辞めさせてくれた風俗に戻るのは気が引ける。
でも、水商売くらいなら。高時給にこだわるのはやめて、スナックなら私の年でも働ける。スナックホワイトタイガーでは、カラオケを歌うことも多かった。
歌唱指導を受けられたら、スキルアップに繋がるかもしれないわ。
おなかいっぱいで創作居酒屋を出て、中條さんについて歩く。ご機嫌だなあ、中條さん。
カラオケボックスの部屋に入ると、狭い部屋とは言え密着する必要なんてないのに中條さんが体を寄せてくる。
何も言わず、店の階段下でしてきたサラッとしたキスとは全然違う、私の体を触りながらねちっこいキスをしてくる。
歌唱指導は? これじゃあ、ふたりきりになるためにカラオケに来たとしか思えない。
「シュウちゃん、行くとこないんならどっか泊まって行こうよ。お互い、ひとりぼっちでいるよりいいでしょ」
……ひとりぼっち……
ひとりぼっちは嫌だ。ずっとひとりだったのに、ふたりで過ごす時間を経験してしまった今は、ひとりは嫌だ。
中條さんが私の手を握っている。ひとりは嫌だけど、中條さん、確実に何かする気じゃないかしら。何もしないから、とかひと言も言わずに笑っている。女なら誰でも良さそうな人だわ。
……何をされても、もういいか。
ひとりぼっちで野宿するより、この手から伝わってくる温かさを感じられる方が少しでも虚しくないかもしれない。
「うん」
「よし、決まり! 店に連絡だけして来るね」
と、中條さんがテーブルに置いていたスマホを手に部屋を出て行った。
あ、スマホ。
美容院用に電源を切ったまま、忘れてた。
バッグからスマホを出して電源を入れると、不在着信とメッセージの通知が鳴った。
うるさ! 何?
メッセージのアイコンに367と表示されている。
……え? 367件のメッセージが来てるの?
ずらーっと並ぶ、どこにいるの? 話を聞いて、電話してほしい、ってメッセージにちょっと意味が分からなくてぼうっとしていたら、着信が来た。清水くんだ。
「はい」
「やっと既読になった! 茉悠さん、今どこにいるの?!」
「今? カラオケ」
「カラオケ? ひとり?」
「今はひとり」
「今は? 少し前は誰がいたの?」
「やんちゃなタイガーのスタッフさん」
「男?」
「たぶん。性別は」
「今はいないの?」
「店に連絡しに行ってる」
「連絡?! 今すぐ、その人に見つからないようにカラオケ出て!」
「今すぐ?」
「今すぐ! 見つからないように!」
見つからないように? とりあえず部屋を出て歩くと、早々にスマホを見ながら歩く中條さんがやって来る。
見つからないようにって、清水くんは言ってた。
右手に曲がるとトイレがあったから、女子トイレに隠れてしばらくしてから通路に出てみる。中條さんは部屋に戻ったみたい。
あ、この隙に急いで出ないと、私がいないことに気付いた中條さんが探しに来るかもしれない。
「ごちそうさまでした」
「シュウちゃん、カラオケ行かない? 俺、前はボイストレーナーしてたんだよ。歌唱指導してあげる」
ボイストレーナー? 歌唱指導……。
私はこれから清水くんにお金を返しながらひとりで生きていかなきゃならない。
お給料だけじゃ足りない。だけど、清水くんが辞めさせてくれた風俗に戻るのは気が引ける。
でも、水商売くらいなら。高時給にこだわるのはやめて、スナックなら私の年でも働ける。スナックホワイトタイガーでは、カラオケを歌うことも多かった。
歌唱指導を受けられたら、スキルアップに繋がるかもしれないわ。
おなかいっぱいで創作居酒屋を出て、中條さんについて歩く。ご機嫌だなあ、中條さん。
カラオケボックスの部屋に入ると、狭い部屋とは言え密着する必要なんてないのに中條さんが体を寄せてくる。
何も言わず、店の階段下でしてきたサラッとしたキスとは全然違う、私の体を触りながらねちっこいキスをしてくる。
歌唱指導は? これじゃあ、ふたりきりになるためにカラオケに来たとしか思えない。
「シュウちゃん、行くとこないんならどっか泊まって行こうよ。お互い、ひとりぼっちでいるよりいいでしょ」
……ひとりぼっち……
ひとりぼっちは嫌だ。ずっとひとりだったのに、ふたりで過ごす時間を経験してしまった今は、ひとりは嫌だ。
中條さんが私の手を握っている。ひとりは嫌だけど、中條さん、確実に何かする気じゃないかしら。何もしないから、とかひと言も言わずに笑っている。女なら誰でも良さそうな人だわ。
……何をされても、もういいか。
ひとりぼっちで野宿するより、この手から伝わってくる温かさを感じられる方が少しでも虚しくないかもしれない。
「うん」
「よし、決まり! 店に連絡だけして来るね」
と、中條さんがテーブルに置いていたスマホを手に部屋を出て行った。
あ、スマホ。
美容院用に電源を切ったまま、忘れてた。
バッグからスマホを出して電源を入れると、不在着信とメッセージの通知が鳴った。
うるさ! 何?
メッセージのアイコンに367と表示されている。
……え? 367件のメッセージが来てるの?
ずらーっと並ぶ、どこにいるの? 話を聞いて、電話してほしい、ってメッセージにちょっと意味が分からなくてぼうっとしていたら、着信が来た。清水くんだ。
「はい」
「やっと既読になった! 茉悠さん、今どこにいるの?!」
「今? カラオケ」
「カラオケ? ひとり?」
「今はひとり」
「今は? 少し前は誰がいたの?」
「やんちゃなタイガーのスタッフさん」
「男?」
「たぶん。性別は」
「今はいないの?」
「店に連絡しに行ってる」
「連絡?! 今すぐ、その人に見つからないようにカラオケ出て!」
「今すぐ?」
「今すぐ! 見つからないように!」
見つからないように? とりあえず部屋を出て歩くと、早々にスマホを見ながら歩く中條さんがやって来る。
見つからないようにって、清水くんは言ってた。
右手に曲がるとトイレがあったから、女子トイレに隠れてしばらくしてから通路に出てみる。中條さんは部屋に戻ったみたい。
あ、この隙に急いで出ないと、私がいないことに気付いた中條さんが探しに来るかもしれない。
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