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檻の中で

思い出へと

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え、と会社のデスクで思わずつぶやいた。

受注番号を入れても各項目に反映されない。
嘘でしょ。これ全部手入力なんてやってられない。

1回終了して、再起動しても変わりなかったらなっちゃんにでも同じ症状出てないか聞いてみよう。

「えー、システムおかしくないですか? 私のだけ? 私のパソコンが壊れた?」
「私もだよ。開発の人呼んでくる」

すぐ声に出せるなっちゃん、すごいな。

システム開発部へと廊下を曲がると、人とぶつかりそうになってビックリした。

「すみま――紗夜ちゃん」
「あ……」

大輝くん。
……気まず。

「ちょっと聞きたいんだけど」
「え……何ですか」
「敬語やめてよ。魁十くんのバイト先ってどこ? 接客業だったよね」
「え? レンタルショップだけど」
「紗夜ちゃんとこの駅の前にあるやつ?」

なんで魁十のバイト先?
先日、魁十に馬鹿にされ顔を真っ赤にしていた大輝くんが脳裏に甦る。

「魁十に嫌がらせでもしたら私が許しませんから」
「しないよ。僕を何だと思ってるのかな」
「最低な人種」
「言うねえ」

爽やかな笑顔で大輝くんが立ち去る。
オンとオフの切り替え完璧だな、あの人。


お昼休み、嫌な話を耳にした。

「難波くんの処分が取り消されたよ」
「どうしてですか?」
「総務課長が不当処分として自ら取り下げたの」
「自分で処分決定しといて?」
「うちの会社、5Sやらやる前に根本から見直すべきかもね」

自分が大輝くんの本命じゃなかったことに腹を立て、処分を決定。その後、取り下げ。
それがまかり通るのはダメでしょう。

「猛抗議したけど、取り下げた理由すら口を割らなかったわ。力不足で申し訳ない」
「朝倉さんが謝らないでください。なんか、総務課長に何があったのか想像つきますし」

どうせ人たらしの本領発揮したんだろうな。
大輝くんと縁が切れただけでも十分。

総務課長は本当にそれでいいのか見つめ直してほしいところだけど。

なっちゃんがお弁当のフタを閉めながら、もはや笑い出す。

「難波さんってやっぱりすごいですね。あんな噂流して評判ガタ落ちかと思いきやまだまだ高評価」
「まあ、長年積み上げたものがあるからね。私も仕事では随分お世話になったし」
「1つの件で長年積み上げたものが崩れる会社もそれはそれで嫌だなって気もします」
「このままだとこの件は終わっちゃうと思うんだけど……」
「私はもういいです。終わらせてもらって」

また、ごめんね、と朝倉さんに申し訳なさそうにされると、私も申し訳ない。
大輝くんとのことでは、お二人にはたくさん迷惑をかけてしまった。

噂をすれば影、食堂の前を大輝くんと河合さんが楽しそうに通り過ぎる。
河合さんが大輝くんの腕に笑いながら絡みついた。

「河合さんの耳にも入ってるだろうに……」
「難波くんの減給が通達された時期にキャバクラで働くって言いだしたのはやっぱり、自分が補うつもりだったんだろうね」
「恋は盲目」

盲目……ほんとそう。
気が付いた時には、大事な何かがなくなっちゃうの。

「早く目が覚めるといいね」
「難波さん、フリーになっちゃったからなあ。河合さん的にはチャンスでしょ」
「これからも河合さんの洗脳を解くためにネガティブキャンペーンは続けて行こう」
「はい!」

終わってから思い返すと、悪いことばかりではなかった。
大輝くんと付き合っていて、楽しい時もたくさんあった。

河合さんも、そんな思い出にできたらいいな。
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