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ごまかしはきかない

我慢の限界

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思うように力の入らない手で、大輝くんの腕を引きはがそうとするも、大輝くんの笑い声が聞こえる。

「いいよ、もっと盛り上げて。もっと泣いて」

びくともしない……。
力の差が大きすぎる。心が折れそう……。

「俺、半年も減給言い渡されちゃったんだけど。課長だっていい思いしたくせにひどくない? 紗夜ちゃんからも会社に言ってよ。今でも金足りねえのに困るんだよ」

ちょうだいって言えばもらえるくせに。
声が出ないから、大輝くんを睨みつけ必死に首を振る。

「すげえいい。めっちゃ誘ってる顔してるよ。俺も我慢の限界」
「痛っ」

ガリッと歯で耳を嚙まれた。
余裕たっぷりに見下ろされて、抵抗しても無駄だって言われてる気分……。

抗おうとするから苦しませられる。痛い思いをする。
大輝くんの言う通りに、大人しくしていた方が楽なんじゃ……。

最後に、思いっきり力を入れて、それでもダメならもう――

グッと渾身の力を込めて大輝くんの腕を掴み、肘を伸ばす。

フッと、体の重みがなくなり、ドスンと音がした。

何?!
廊下に寝転がって両手を伸ばした先には何もない。天井があるのみ。

「痛ってえ……いたのかよ」

いたのかよ?
呆然と天井を見つめていたら、魁十の顔が現れた。

「紗夜、大丈夫?」
「魁十……いたんだ」
「部屋で勉強してたらパリーンってすげえ音が聞こえたから」

魁十の顔を見たら安心してまた涙が出てくる。

「カップル間でも強制性交等罪は成立しますよ」
「嫌だなあ、ただのプレイですよ。君のお姉さんは無理矢理のシチュエーションが好きなの」
「ふざけんな。警察呼びます」
「待てって! 何もしてねえのに警察沙汰はおかしいだろ」
「未遂なだけの犯罪です」
「犯罪? 嫌だやめてって言うのはただのお約束だろ。俺は1回で満足なのに女の方からしつこく連絡してくるんだから、完全に同意してるだろ」

……本気でそう思ってるんだ。
大輝くんにしてみれば、女性が嫌がってるのは演技で実は自分を求めているのが「普通」。

体を起こして見ると、大輝くんは玄関に落ちて座り込んでいた。
立てたひざに肘をついて、頬杖しながら魁十を見上げている姿はさっきの暴力的な男と同一人物だとは思えない美しさ。

「紗夜を馬鹿な女たちと一緒にすんな。二度と紗夜に近付かないなら1回だけは見逃してやる」
「ふざけんな! 彼女にしてやったんだから十分だろうが!」
「事情聴取でもそう言えば」
「やめろ!」
「それもただのお約束だろ」

スマホを手に無表情の魁十をぐぬぬ……と悔し気に大輝くんが睨み、クルリと背を向けてドアノブへと手を伸ばした。

「会社で紗夜に不利益な言動をした場合も罪状増やして警察に突き出すからそのつもりで」
「……お前マジでうぜえな」
「俺はお前みたいな馬鹿相手にすんの嫌いじゃない。綺麗な馬鹿ってすげえ滑稽で好き」

たぶん、馬鹿にされたのは人生で初めてなんだろう。
大輝くんは顔を真っ赤にして何も言わずに出て行った。

……終わった……キッパリと別れられた。

安心やら虚しいやら後悔やら感情が大渋滞。

廊下に座り込む私の前に魁十がひざ立ちになって、頬に残る涙の跡を指で拭う。

「んっとに、隙だらけなんだから……」
「ごめん……また迷惑かけて」
「迷惑じゃない。心配。あいつの背中で紗夜が見えなかったから状況分かんなかった。入れられてたら殺してた」

……言い方……もうちょっと言葉選んでくれないかな。
たくさん難しい言葉知ってるのに。

「何が我慢の限界だよ……たかだか数ヶ月程度でふざけんな」
「魁十?」
「何年も何年も毎日毎日気安く好き好き言って抱きついてくるわチューしてくるわ」
「あの、魁十?」
「何度限界だって思ったか分かんない……けど、俺は紗夜が望まないなら我慢する。自分がどれだけ限界だって、紗夜を傷付けるようなことはできない」

魁十の両腕に包み込まれている。
頬に感じる一定のリズムがものすごく速い。
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