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聖オフェリア国
39話 もう1人の旅人
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謁見の間が静寂に包まれたのを合図にして、少年の指が楽器を鳴らす。
まだまだ練習不足が明らかな演奏だが、その未完成な音色はそのまま少年に重なっているように感じる。
歌われるのは悲しみだった。
婚約までした恋人に突然の別れを告げられ、そして恋人は自分の親友の元へ去った。止める事も許す事も出来なかった無力さが溢れる。
歌われるのは懐かしさだった。
親友と恋人と自分の幼い頃の思い出。いつも強気な親友に振り回され、優しい少女に救われていた。宝物のような日々は、色褪せない棘になって胸に刺さる。
歌われるのは苦しみだった。
壊れた関係性と向き合え無かった後悔。本当に壊したのは誰なのか。どうしようも無い虚しさはどこへやれば良いのか。見えない涙が溢れる。
歌われるのは喜びだった。
全てを捨てた自分にも出来ることが見つかった喜びと、自己満足の副産物とするにはあまりに尊い笑顔を見た。逃げる為の旅では無く、前を向く為の旅にしたいと願う。
歌われるのは怒りだった。
そこに生きる人の心を蔑ろにし、自分の欲望を満たそうとする者への怒り。大きな悪意に抵抗した後に残ったのは確かな絆だったと思う。
歌われるのは戸惑いだった。
言葉の通じない相手との交流。これまで後回しにし続けた疑問や悩みは自分を毒のように蝕んでいて、歌えなくなった。言葉の通じない友人との交流によって歌を取り戻した自分は、救われる。
誰も知らない、少年本人しか知らない筈の感情を、景色を……謁見の間にいる全員が共有する。
路地で浴びる冷たい雨を
竜の背で風切る感覚を
皆で囲む焚き火の温かさを
鍛冶場に飛ぶ火の粉の熱を
兵に囲まれる緊迫した空気を
矢の刺さる身体より痛い心の痛みを
並んで見た川の涼やかな風を
大滝から上がる迫力に泡立つ感覚を
言葉の通じない手から伝わる力強さを
全員が肌で感じているのだ。少年と私が感じてきた旅を。
歌の余韻が残る部屋で、私はとても満足していた。
[やはり、貴方は面白いよ]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そろそろ、か」
バイン公爵は溜息を吐く。
今度こそ失敗出来ないのだ。
王に媚び娘を道具に使い、自分の発言力を高めた。
何もかも上手くいくはずだったのに、何もかもが上手くいかない。
しかし、今度は別だ。
協力者もいる、策も練ってある。
見ているが良い、私を無能と罵った者ども。
私が王さえ超える名声を手にして
この国を手にする姿を。
まだまだ練習不足が明らかな演奏だが、その未完成な音色はそのまま少年に重なっているように感じる。
歌われるのは悲しみだった。
婚約までした恋人に突然の別れを告げられ、そして恋人は自分の親友の元へ去った。止める事も許す事も出来なかった無力さが溢れる。
歌われるのは懐かしさだった。
親友と恋人と自分の幼い頃の思い出。いつも強気な親友に振り回され、優しい少女に救われていた。宝物のような日々は、色褪せない棘になって胸に刺さる。
歌われるのは苦しみだった。
壊れた関係性と向き合え無かった後悔。本当に壊したのは誰なのか。どうしようも無い虚しさはどこへやれば良いのか。見えない涙が溢れる。
歌われるのは喜びだった。
全てを捨てた自分にも出来ることが見つかった喜びと、自己満足の副産物とするにはあまりに尊い笑顔を見た。逃げる為の旅では無く、前を向く為の旅にしたいと願う。
歌われるのは怒りだった。
そこに生きる人の心を蔑ろにし、自分の欲望を満たそうとする者への怒り。大きな悪意に抵抗した後に残ったのは確かな絆だったと思う。
歌われるのは戸惑いだった。
言葉の通じない相手との交流。これまで後回しにし続けた疑問や悩みは自分を毒のように蝕んでいて、歌えなくなった。言葉の通じない友人との交流によって歌を取り戻した自分は、救われる。
誰も知らない、少年本人しか知らない筈の感情を、景色を……謁見の間にいる全員が共有する。
路地で浴びる冷たい雨を
竜の背で風切る感覚を
皆で囲む焚き火の温かさを
鍛冶場に飛ぶ火の粉の熱を
兵に囲まれる緊迫した空気を
矢の刺さる身体より痛い心の痛みを
並んで見た川の涼やかな風を
大滝から上がる迫力に泡立つ感覚を
言葉の通じない手から伝わる力強さを
全員が肌で感じているのだ。少年と私が感じてきた旅を。
歌の余韻が残る部屋で、私はとても満足していた。
[やはり、貴方は面白いよ]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そろそろ、か」
バイン公爵は溜息を吐く。
今度こそ失敗出来ないのだ。
王に媚び娘を道具に使い、自分の発言力を高めた。
何もかも上手くいくはずだったのに、何もかもが上手くいかない。
しかし、今度は別だ。
協力者もいる、策も練ってある。
見ているが良い、私を無能と罵った者ども。
私が王さえ超える名声を手にして
この国を手にする姿を。
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