39 / 72
聖オフェリア国
39話 もう1人の旅人
しおりを挟む
謁見の間が静寂に包まれたのを合図にして、少年の指が楽器を鳴らす。
まだまだ練習不足が明らかな演奏だが、その未完成な音色はそのまま少年に重なっているように感じる。
歌われるのは悲しみだった。
婚約までした恋人に突然の別れを告げられ、そして恋人は自分の親友の元へ去った。止める事も許す事も出来なかった無力さが溢れる。
歌われるのは懐かしさだった。
親友と恋人と自分の幼い頃の思い出。いつも強気な親友に振り回され、優しい少女に救われていた。宝物のような日々は、色褪せない棘になって胸に刺さる。
歌われるのは苦しみだった。
壊れた関係性と向き合え無かった後悔。本当に壊したのは誰なのか。どうしようも無い虚しさはどこへやれば良いのか。見えない涙が溢れる。
歌われるのは喜びだった。
全てを捨てた自分にも出来ることが見つかった喜びと、自己満足の副産物とするにはあまりに尊い笑顔を見た。逃げる為の旅では無く、前を向く為の旅にしたいと願う。
歌われるのは怒りだった。
そこに生きる人の心を蔑ろにし、自分の欲望を満たそうとする者への怒り。大きな悪意に抵抗した後に残ったのは確かな絆だったと思う。
歌われるのは戸惑いだった。
言葉の通じない相手との交流。これまで後回しにし続けた疑問や悩みは自分を毒のように蝕んでいて、歌えなくなった。言葉の通じない友人との交流によって歌を取り戻した自分は、救われる。
誰も知らない、少年本人しか知らない筈の感情を、景色を……謁見の間にいる全員が共有する。
路地で浴びる冷たい雨を
竜の背で風切る感覚を
皆で囲む焚き火の温かさを
鍛冶場に飛ぶ火の粉の熱を
兵に囲まれる緊迫した空気を
矢の刺さる身体より痛い心の痛みを
並んで見た川の涼やかな風を
大滝から上がる迫力に泡立つ感覚を
言葉の通じない手から伝わる力強さを
全員が肌で感じているのだ。少年と私が感じてきた旅を。
歌の余韻が残る部屋で、私はとても満足していた。
[やはり、貴方は面白いよ]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そろそろ、か」
バイン公爵は溜息を吐く。
今度こそ失敗出来ないのだ。
王に媚び娘を道具に使い、自分の発言力を高めた。
何もかも上手くいくはずだったのに、何もかもが上手くいかない。
しかし、今度は別だ。
協力者もいる、策も練ってある。
見ているが良い、私を無能と罵った者ども。
私が王さえ超える名声を手にして
この国を手にする姿を。
まだまだ練習不足が明らかな演奏だが、その未完成な音色はそのまま少年に重なっているように感じる。
歌われるのは悲しみだった。
婚約までした恋人に突然の別れを告げられ、そして恋人は自分の親友の元へ去った。止める事も許す事も出来なかった無力さが溢れる。
歌われるのは懐かしさだった。
親友と恋人と自分の幼い頃の思い出。いつも強気な親友に振り回され、優しい少女に救われていた。宝物のような日々は、色褪せない棘になって胸に刺さる。
歌われるのは苦しみだった。
壊れた関係性と向き合え無かった後悔。本当に壊したのは誰なのか。どうしようも無い虚しさはどこへやれば良いのか。見えない涙が溢れる。
歌われるのは喜びだった。
全てを捨てた自分にも出来ることが見つかった喜びと、自己満足の副産物とするにはあまりに尊い笑顔を見た。逃げる為の旅では無く、前を向く為の旅にしたいと願う。
歌われるのは怒りだった。
そこに生きる人の心を蔑ろにし、自分の欲望を満たそうとする者への怒り。大きな悪意に抵抗した後に残ったのは確かな絆だったと思う。
歌われるのは戸惑いだった。
言葉の通じない相手との交流。これまで後回しにし続けた疑問や悩みは自分を毒のように蝕んでいて、歌えなくなった。言葉の通じない友人との交流によって歌を取り戻した自分は、救われる。
誰も知らない、少年本人しか知らない筈の感情を、景色を……謁見の間にいる全員が共有する。
路地で浴びる冷たい雨を
竜の背で風切る感覚を
皆で囲む焚き火の温かさを
鍛冶場に飛ぶ火の粉の熱を
兵に囲まれる緊迫した空気を
矢の刺さる身体より痛い心の痛みを
並んで見た川の涼やかな風を
大滝から上がる迫力に泡立つ感覚を
言葉の通じない手から伝わる力強さを
全員が肌で感じているのだ。少年と私が感じてきた旅を。
歌の余韻が残る部屋で、私はとても満足していた。
[やはり、貴方は面白いよ]
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そろそろ、か」
バイン公爵は溜息を吐く。
今度こそ失敗出来ないのだ。
王に媚び娘を道具に使い、自分の発言力を高めた。
何もかも上手くいくはずだったのに、何もかもが上手くいかない。
しかし、今度は別だ。
協力者もいる、策も練ってある。
見ているが良い、私を無能と罵った者ども。
私が王さえ超える名声を手にして
この国を手にする姿を。
21
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ユルペンニアの魔法使い
綿入しずる
ファンタジー
幼き神が創った世界にて。
大河枝地帯の南に位置する肥沃な町ユルペンニア。少女イダの家が営む宿屋には、彼女が生まれた頃から一室に居座り続ける魔法使いの男がいた。無愛想だが町の人々に慕われている彼はある日町役場に呼ばれ、隣町ドーランからの宣戦布告状を見せられる。
ある町娘と魔法使いの戦争の話。
『幼神の庭』シリーズ二作目。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~
ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。
玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。
「きゅう、痩せたか?それに元気もない」
ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。
だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。
「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」
この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる