12 / 72
鍛冶の国、草原の国
第12話 パン、美味しいんです
しおりを挟む
僕は大通りを歩く。歌う場所を決めるためだ。
噴水のある広場も良いけど、何か違う。ここじゃ無いような気がする。
ここは候補にして、他も見てみよう。旅人相手じゃ無くて、この街の人に聴いてもらえる場所の方が……
カーン カーン
金属を叩く音がする。
職人さんが仕事をしているのかも知れない。
僕は音のする方に歩き出す。
大通りから山へ向かう道では無い横道へ入り進む。旅人の姿はどんどん減って行く。
道を突き当たったので曲がった瞬間、息を飲んだ。
大きな広場を囲むように職人たちの工房が並んでいる。通りに面した鍛冶屋とは規模が違う。
まるで1つの街の中に別の町が入り込んだような……いや、この生命感はまるで1体の巨大な生き物だ。
「……凄い熱気だ」
僕は誘われるように歩き、広場の真ん中に立つ。歌うなら、賭けるならここが良い。自然とそう思った。
(風向きも丁度良い場所で良かった)
「すーっ……はーっ……」
聴こえて来る槌の音、交わされる怒号のような言葉。
「~~~~♪」
[神業・魔歌を使用します]
僕が歌うのは[歌劇・運輸王リベラの回想]の劇中歌。
貧しい暮らしを続けていたリベラとその妹ラナが、はじめての仕事の報酬でパンを買い2人で分け合う場面で歌われる曲だった。
「~~♪」
今回[具現]はきっと必要ない。
僕はパンから受けた美味しさの衝撃と、デューイさんから貰った優しさを……リベラとラナの喜びに重ねて歌うだけで良い。
「~~♪」
歌い終わると、鍛冶屋の集まる広場は静かになっていた。
パチパチパチパチ
「よぉ、坊主! 良い歌だったな!」
「聴いてるだけでよぉ、この、胸のこの辺がぎゅーっとなる声だったぜ」
「お前がそんな繊細なガラかよ!」
鍛冶屋達から笑いが起きる。
その時、風に乗ってパンの焼ける良い匂いが流れてくる。
どうしてこの匂いは……こんなに人を惹きつけるんだろう。僕までまた食べたくなる。
[具現]なんて必要ない、本物の魔法だな。
「おい、良い匂いじゃねぇか」
「パンっていうと……大通りのサムの宿屋からか? そんなわけねぇな。あそこは酒以外食えたもんじゃねぇ」
「違いねぇ」
また笑いが起こる。
「この匂いは、デューイさんのパン屋です! 僕もさっき食べましたが味は最高です。 しかも今なら焼き立てが並んでいますよ!」
ここぞとばかりに声を張る。
「ああ、路地の店か? 何度か前を通ったが買った事は無かったな」
「そもそも火ばかり使ってるからな。喉が渇きそうなパンは避けていたが……あの歌を聴いてこの匂いじゃたまらんな」
職人が1人走り出す。
「悪ぃな! 早いもん勝ちだ!」
「あ、てめえふざけんな! おい、この金で買えるだけ買って来い!」
「あいよ! 待てこらー!」
「うちも負けるな! 走れ!」
「任せろ……足なら負けん」
1人2人駆け出すと、もう止まらなかった。
買い出し担当にされた職人達が我先にと走って行く。
これできっと大丈夫だ。
デューイさんのパンは美味しい。一度でも食べて貰えれば常連さんになってくれる筈だ。
僕は安心して一息吐く。
ポン
「ん?」
肩を叩かれて振り向くと、街の警備係らしい人が立っていた。
「さっき歌を歌っていたのは君だね?」
「えっと、あー、はい」
「素直でよろしい。さ、そのまま素直についてきなさい」
僕は何故か警備の人に引っ張られて
どこかに連れていかれるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[歌劇・運輸王リベラの回想]
郵便と運輸の王と呼ばれたリベラの自伝が元になり作られた歌劇。
貧しい家に生まれたリベラ。妹が生まれてすぐに父を亡くし、女手ひとつで育ててくれた母もリベラと幼い妹を残して亡くなってしまう。
蓄えは殆ど無く、仕事を探すリベラも子供だからと雇って貰えない。
身寄りの無い2人が生きていくため、リベラは考え「街と街を繋ぐ」事を思いつく。
街を周り仕事を求めるリベラは身なりの良い老女から隣町まで手紙を届ける仕事を貰う。
リベラは仕事をやり遂げ、初めて手にした報酬で小さなパンとミルクを買い、妹と分け合う。
妹の喜ぶ顔を見たリベラは仕事に励む。
実は小さな商会を営んでいた老女からの依頼を含め、リベラは手を抜かず仕事を続けた。
盗賊に囲まれた時も、崖崩れに荷車を壊されても、リベラは諦めず努力を続けた。
手紙や荷駄に留まらず人まで運んでしまう仕事ぶり。
努力が実り、大きな商社を持つまでになったリベラは人々から「運輸王」と呼ばれるようになるのであった。
噴水のある広場も良いけど、何か違う。ここじゃ無いような気がする。
ここは候補にして、他も見てみよう。旅人相手じゃ無くて、この街の人に聴いてもらえる場所の方が……
カーン カーン
金属を叩く音がする。
職人さんが仕事をしているのかも知れない。
僕は音のする方に歩き出す。
大通りから山へ向かう道では無い横道へ入り進む。旅人の姿はどんどん減って行く。
道を突き当たったので曲がった瞬間、息を飲んだ。
大きな広場を囲むように職人たちの工房が並んでいる。通りに面した鍛冶屋とは規模が違う。
まるで1つの街の中に別の町が入り込んだような……いや、この生命感はまるで1体の巨大な生き物だ。
「……凄い熱気だ」
僕は誘われるように歩き、広場の真ん中に立つ。歌うなら、賭けるならここが良い。自然とそう思った。
(風向きも丁度良い場所で良かった)
「すーっ……はーっ……」
聴こえて来る槌の音、交わされる怒号のような言葉。
「~~~~♪」
[神業・魔歌を使用します]
僕が歌うのは[歌劇・運輸王リベラの回想]の劇中歌。
貧しい暮らしを続けていたリベラとその妹ラナが、はじめての仕事の報酬でパンを買い2人で分け合う場面で歌われる曲だった。
「~~♪」
今回[具現]はきっと必要ない。
僕はパンから受けた美味しさの衝撃と、デューイさんから貰った優しさを……リベラとラナの喜びに重ねて歌うだけで良い。
「~~♪」
歌い終わると、鍛冶屋の集まる広場は静かになっていた。
パチパチパチパチ
「よぉ、坊主! 良い歌だったな!」
「聴いてるだけでよぉ、この、胸のこの辺がぎゅーっとなる声だったぜ」
「お前がそんな繊細なガラかよ!」
鍛冶屋達から笑いが起きる。
その時、風に乗ってパンの焼ける良い匂いが流れてくる。
どうしてこの匂いは……こんなに人を惹きつけるんだろう。僕までまた食べたくなる。
[具現]なんて必要ない、本物の魔法だな。
「おい、良い匂いじゃねぇか」
「パンっていうと……大通りのサムの宿屋からか? そんなわけねぇな。あそこは酒以外食えたもんじゃねぇ」
「違いねぇ」
また笑いが起こる。
「この匂いは、デューイさんのパン屋です! 僕もさっき食べましたが味は最高です。 しかも今なら焼き立てが並んでいますよ!」
ここぞとばかりに声を張る。
「ああ、路地の店か? 何度か前を通ったが買った事は無かったな」
「そもそも火ばかり使ってるからな。喉が渇きそうなパンは避けていたが……あの歌を聴いてこの匂いじゃたまらんな」
職人が1人走り出す。
「悪ぃな! 早いもん勝ちだ!」
「あ、てめえふざけんな! おい、この金で買えるだけ買って来い!」
「あいよ! 待てこらー!」
「うちも負けるな! 走れ!」
「任せろ……足なら負けん」
1人2人駆け出すと、もう止まらなかった。
買い出し担当にされた職人達が我先にと走って行く。
これできっと大丈夫だ。
デューイさんのパンは美味しい。一度でも食べて貰えれば常連さんになってくれる筈だ。
僕は安心して一息吐く。
ポン
「ん?」
肩を叩かれて振り向くと、街の警備係らしい人が立っていた。
「さっき歌を歌っていたのは君だね?」
「えっと、あー、はい」
「素直でよろしい。さ、そのまま素直についてきなさい」
僕は何故か警備の人に引っ張られて
どこかに連れていかれるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
[歌劇・運輸王リベラの回想]
郵便と運輸の王と呼ばれたリベラの自伝が元になり作られた歌劇。
貧しい家に生まれたリベラ。妹が生まれてすぐに父を亡くし、女手ひとつで育ててくれた母もリベラと幼い妹を残して亡くなってしまう。
蓄えは殆ど無く、仕事を探すリベラも子供だからと雇って貰えない。
身寄りの無い2人が生きていくため、リベラは考え「街と街を繋ぐ」事を思いつく。
街を周り仕事を求めるリベラは身なりの良い老女から隣町まで手紙を届ける仕事を貰う。
リベラは仕事をやり遂げ、初めて手にした報酬で小さなパンとミルクを買い、妹と分け合う。
妹の喜ぶ顔を見たリベラは仕事に励む。
実は小さな商会を営んでいた老女からの依頼を含め、リベラは手を抜かず仕事を続けた。
盗賊に囲まれた時も、崖崩れに荷車を壊されても、リベラは諦めず努力を続けた。
手紙や荷駄に留まらず人まで運んでしまう仕事ぶり。
努力が実り、大きな商社を持つまでになったリベラは人々から「運輸王」と呼ばれるようになるのであった。
16
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である
megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~
しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」
病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?!
女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。
そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!?
そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?!
しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。
異世界転生の王道を行く最強無双劇!!!
ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!!
小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
伝説の魔術師の弟子になれたけど、収納魔法だけで満足です
カタナヅキ
ファンタジー
※弟子「究極魔法とかいいので収納魔法だけ教えて」師匠「Σ(゚Д゚)エー」
数十年前に異世界から召喚された人間が存在した。その人間は世界中のあらゆる魔法を習得し、伝説の魔術師と謳われた。だが、彼は全ての魔法を覚えた途端に人々の前から姿を消す。
ある日に一人の少年が山奥に暮らす老人の元に尋ねた。この老人こそが伝説の魔術師その人であり、少年は彼に弟子入りを志願する。老人は寿命を終える前に自分が覚えた魔法を少年に託し、伝説の魔術師の称号を彼に受け継いでほしいと思った。
「よし、収納魔法はちゃんと覚えたな?では、次の魔法を……」
「あ、そういうのいいんで」
「えっ!?」
異空間に物体を取り込む「収納魔法」を覚えると、魔術師の弟子は師の元から離れて旅立つ――
――後にこの少年は「収納魔導士」なる渾名を付けられることになる。
『エンプセル』~人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー~
うろこ道
SF
【毎日更新•完結確約】
高校2年生の美月は、目覚めてすぐに異変に気づいた。
自分の部屋であるのに妙に違っていてーー
ーーそこに現れたのは見知らぬ男だった。
男は容姿も雰囲気も不気味で恐ろしく、美月は震え上がる。
そんな美月に男は言った。
「ここで俺と暮らすんだ。二人きりでな」
そこは未来に起こった大戦後の日本だった。
原因不明の奇病、異常進化した生物に支配されーー日本人は地下に都市を作り、そこに潜ったのだという。
男は日本人が捨てた地上で、ひとりきりで孤独に暮らしていた。
美月は、男の孤独を癒すために「創られた」のだった。
人でないものとして生まれなおした少女は、やがて人間の欲望の渦に巻き込まれてゆく。
異形人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー。
※九章と十章、性的•グロテスク表現ありです。
※挿絵は全部自分で描いています。
アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~
明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!!
『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。
無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。
破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。
「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」
【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?
転生王子はダラけたい
朝比奈 和
ファンタジー
大学生の俺、一ノ瀬陽翔(いちのせ はると)が転生したのは、小さな王国グレスハートの末っ子王子、フィル・グレスハートだった。
束縛だらけだった前世、今世では好きなペットをモフモフしながら、ダラけて自由に生きるんだ!
と思ったのだが……召喚獣に精霊に鉱石に魔獣に、この世界のことを知れば知るほどトラブル発生で悪目立ち!
ぐーたら生活したいのに、全然出来ないんだけどっ!
ダラけたいのにダラけられない、フィルの物語は始まったばかり!
※2016年11月。第1巻
2017年 4月。第2巻
2017年 9月。第3巻
2017年12月。第4巻
2018年 3月。第5巻
2018年 8月。第6巻
2018年12月。第7巻
2019年 5月。第8巻
2019年10月。第9巻
2020年 6月。第10巻
2020年12月。第11巻 出版しました。
PNもエリン改め、朝比奈 和(あさひな なごむ)となります。
投稿継続中です。よろしくお願いします!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる