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第71話 東の山へ

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「警備兵の隊が手痛い損害を受けたのですよ」

 そう語ったのは私の前でお茶を飲み、深く溜息を吐くエーゲルさんだった。
 久々に再会したのだが、残念ながら明るい話題とはならなかった。

 (まさかホークさんから話を聞いて早々、この話題になるなんて……)

 どうやら王都での反乱に加担した貴族の残党が東の山脈へと逃げ込んだという情報があり、治安維持担当の隊がそれを捜索に向かったと。
 しかし貴族を見つけるどころか謎の襲撃を受けて退却を余儀無くされてしまったらしい。

「確証は無いのですが……」

 私も自分で確認した訳では無いので前置きした上でホークさんから聞いた話をエーゲルさんに伝える。

「事実それだけの脅威が貴族の残党とされる人達にあるかと言えば……」

「無いでしょうね。確かに魔人に襲撃を受けたという方が納得できます」

 私の言葉を引き継いでエーゲルさんが頷く。
 警備隊はエーゲルさんの元部下の人達も多く、そこに被害が出たという事で彼の心中も穏やかとは言えない筈だ。

「私が行きます。確認して、もし魔人の仕業だったならやめるよう説得します」

「……申し訳ない。危険な役目ばかり押し付けてしまって……」

 エーゲルさん達が解決に動くならば、それは鎮圧や制圧という形にならざるを得ない。
 先に王の兵に被害を与えてしまった相手に対して『何も無し』では済まないのだ。
 個人の感情と国の規則は並び立たないことも多いから……

 (だから、私が行かなきゃ)

 魔人を説得して王都と繋げる事が出来たなら無用な争いはしなくて済むはずだから。
 それが出来る立場に……良くも悪くも私がいるのなら、やらなければならない。

 こうして私はプロイとローサに街を任せて、バイアンとハク、ブーちゃんと共に東の山脈へ向けて旅立った。

━━━━

「しかし、良かったんですか?」

「ん?」

 なんだか久々に感じる山の空気を吸い込みながら歩く私にバイアンが声をかけてきた。

「俺も来たことは無いですがね、ここはドラゴンが住むって話で魔人さえ近寄らない場所でしょう?」

 珍しく辺りをキョロキョロと忙しなく見回すバイアンだが……

「ん~、確かに200年前に通った頃はドラゴンが居たよね」

 私の問いかけにブーちゃんはクスクス笑う。
 斜め前をチョコチョコと歩くハクの尻尾が不機嫌そうに揺れる。

「あんなもの少しばかり図体がデカいだけのトカゲなのである。吾輩にかかればあんなもの……」

「ハク、また尻尾、焦げる、よ?」

「あれは偶々運が悪かったのである!」

 ブーちゃんの言葉に毛を逆立てたハクが吠える。
 ハクには天敵が2人いる。人では無いけど……
 1人は南の聖獣スーザン。
 もう1人がこの山脈、旧称『天龍の背骨』の主だったドラコだ。

 ドラコと初めて会った時、初めてドラゴンと遭遇したハクは『ただの大蜥蜴だ』と大いに侮り、火の息で尻尾を焦された過去があったりする。

 ガサッ

「ニャー!」

 バサバサッ!

「また、やった、ね?」

「シャーッ!」

 風で揺れたのか木々がザワつく度に振るわれるハクの前脚。
 今も目の前で大木と呼んで差し支えないほどの木が縦に裂かれてしまった。
 こんなに警戒するなら連れて来るべきじゃ無かったのかも、と思い出した頃……唐突に眼前が開けた。

 山脈を歩き始めてからかなり経つが、とうとう中央の渓谷まで到達したのだ。

「あ~、良い景色だよね。ここは昔と変わら……ええ~……」

 変わらない景色だ、と言い切る事も叶わず大いに変わっている場所を見つけてしまう。
 ここから北へと進んだ渓谷の下にやや開けた土地が有り、そこに簡素な畑らしき物といくつかの天幕が見えていたのだ。

「あれって……」
「いやぁ……隠れ住んでる魔人の集団ですかね?」

 隣に並んだバイアンが私の言葉を補足する。
 やはり、どう考えてもそうとしか……

「っ! アイリス様! 下がって……」

 ガン!

 バイアンが何かを察知して注意を促すが、聴き終わる前に浮遊感が私を包む。

 足場が、無い。

 渓谷の高さは家何軒分だろうか?
 いや、家どころじゃ無く城いくつ分の……

「アイリス、少し、我慢、ね?」

 パリン!

 花弁形の結界が落下先に現れ、私にぶつかり割れる。

 パリン!
 パリン!
 パリン!

「一度に止める、と、硬くて、痛い、から」

 何度も割れる結界に当たる度にどんどん落下する速度が緩やかになって行く。

 ドスッ

「あいた」

 渓谷の半分程まで降りた……いや、落ちた所で結界の上に着地する。
 ブーちゃんの機転のお陰で怪我をする事も無かったのだが……

「ちょっと、良くない、かも?」
「うん、控え目だね。かなり良くないかも」

 バイアンとハクは崖上ではぐれてしまい、私達は寄る方も無く浮いた状態で……

 私達の真下には今すぐにでも魔法を放ちかねない魔人の姿が見えたのだ。
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