転生聖女は休まらない 〜スローライフがしたいのに弟2人が自重しない件〜

花月風流

文字の大きさ
上 下
60 / 74

第60話 希望を裂く狼煙

しおりを挟む
 私達は目の前の光景に言葉を失っていた。
 いや、驚きに声が漏れてはいた筈だけど、弟としての声が出なかった。
 ニュクスが私の手を軽く引いてから足元の小石を蹴ろうとする。
 しかし、すり抜けたかのように足だけが動き石の位置は全く変わっていなかった。

「しっかしよ、これからどうするかなぁ」

 剣を納めた勇者が頭を掻きながらしゃがみ込んだ。
 私……過去のアリスもその様子を見て溜息を吐く。
 これは私の記憶から消えてしまった光景、消えてしまった会話だ。
 懐かしい顔で語り合う知らない関係性。

「重ねて言うが、我々は別に人に対して敵対する意思は無い。一部の魔物や魔人が正気を失って迷惑をかけているのは認めるが……そもそも我等の領域に踏み込んで来たのは人の方だぞ」

「あ~、それは解ったから。正確な情報も無しで全部信用できる訳じゃ無いけどさ、お前もお前も守ってる魔人も攻撃どころか抵抗さえして来なかったのは事実だし……な、アリス」

「ん。私も魔王の言葉は嘘じゃ無いと思う。……旅して来た中で見て来た光景は許せないけど、誰が責任を負うべきなのか、ちゃんと考えないといけないし間違っちゃダメだと思う」

 勇者と私の言葉を聞いて、魔王にしがみ付くように怯えていた小さな魔人達が魔王の顔を見上げる。
 それを見返す魔王は表情こそ硬いものの、目には温もりがあるように見える。
 しゃがみ込んで頭を掻いていた勇者が立ち上がり、魔王へと歩み寄る。

「んじゃまあ、お互い停戦ってことで。真相はハッキリさせなきゃスッキリしねーしさ、そこは手伝ってくれよな。……チビ共、怖がらせて悪かったな」

 小さな魔人達の目と自分の目の高さを合わせるように屈んだ勇者が魔人達の頭を撫でた。
 アリスも魔人達に歩み寄り、その頭を抱く。

「皆が仲良くなれるように、私も勇者も……きっと魔王も頑張るから。皆が仲良くなったら魔王と一緒に私の家に遊びに来てね。美味しいお菓子を作ってあげるから」

 美味しいお菓子という言葉に小さな魔人達が目を輝かせる。
 魔王は鼻を鳴らし、外方を向いていた。

 (あれ……?)

 私の感じた既視感。あの魔人達の目には見覚えが……
 疑問に視線を向けると、そのやり取りを見ていたであろうヘルムスとバイアンの目から涙が溢れていた。
 そして、声にならない叫びを発するように手を伸ばす。

「っ! あぶねぇ!」

 勇者が叫び、密接していたアリス達を肩で弾き飛ばす。
 アリス達が大きく飛ばされて地面を転がって行く。
 その直前まで立っていた場所に恐ろしい量の魔法が降り注いだ。

「フォス!」

 ようやく止まって立ち上がったアリスが勇者を呼ぶ。
 もうもうと上がった土煙の中、勇者の影が見える。

「チ……不意打ちたぁやってくれるじゃないか。それにコレだけの威力と密度の魔法とかよ……」

 勇者は咄嗟に抜いた聖剣である程度の防御はしたらしいが、服の端などはボロボロに千切れ、身体の様々な箇所から血を流している。

 そこに再び大規模な魔法が降り注いだ。
 私は目の前の光景に息を飲む……
 もう一度土煙が上がり、それが晴れた時には勇者の周りを花弁の結界が守っていた。

「ありがとよ、アリスとブー。あと、お前もな」
「ふん」

 鼻を鳴らしたのは魔王で、その理由は勇者を守るように立つ長杖だった。
 まるで雷避けのように立つその杖が魔法を幾分か逸らしたのだ。

「嘆かわしい。魔王に護られる勇者が真の勇者と呼べるでしょうか?」

 愛らしさを感じる声音に侮蔑の感情を込めた響きが私の耳に聴こえて来る。
 アリス達にも聴こえたようで、一斉に声の方へと視線が動く。

「魔族と馴れ合う汚れた聖女、自らの務めを果たさない勇者、人類の敵である魔王、全て纏めて消し去ったなら……」

 そこに立っていたのは

「神も大層御喜びになるでしょうね」

 高く上がって行く狼煙を背に、満面の笑みを浮かべたマリアだった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

称号は神を土下座させた男。

春志乃
ファンタジー
「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

俺だけ永久リジェネな件 〜パーティーを追放されたポーション生成師の俺、ポーションがぶ飲みで得た無限回復スキルを何故かみんなに狙われてます!〜

早見羽流
ファンタジー
ポーション生成師のリックは、回復魔法使いのアリシアがパーティーに加入したことで、役たたずだと追放されてしまう。 食い物に困って余ったポーションを飲みまくっていたら、気づくとHPが自動で回復する「リジェネレーション」というユニークスキルを発現した! しかし、そんな便利なスキルが放っておかれるわけもなく、はぐれ者の魔女、孤高の天才幼女、マッドサイエンティスト、魔女狩り集団、最強の仮面騎士、深窓の令嬢、王族、謎の巨乳魔術師、エルフetc、ヤバい奴らに狙われることに……。挙句の果てには人助けのために、危険な組織と対決することになって……? 「俺はただ平和に暮らしたいだけなんだぁぁぁぁぁ!!!」 そんなリックの叫びも虚しく、王国中を巻き込んだ動乱に巻き込まれていく。 無双あり、ざまぁあり、ハーレムあり、戦闘あり、友情も恋愛もありのドタバタファンタジー!

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

間違い転生!!〜神様の加護をたくさん貰っても それでものんびり自由に生きたい〜

舞桜
ファンタジー
「初めまして!私の名前は 沙樹崎 咲子 35歳 自営業 独身です‼︎よろしくお願いします‼︎」  突然 神様の手違いにより死亡扱いになってしまったオタクアラサー女子、 手違いのお詫びにと色々な加護とチートスキルを貰って異世界に転生することに、 だが転生した先でまたもや神様の手違いが‼︎  神々から貰った加護とスキルで“転生チート無双“  瞳は希少なオッドアイで顔は超絶美人、でも性格は・・・  転生したオタクアラサー女子は意外と物知りで有能?  だが、死亡する原因には不可解な点が…  数々の事件が巻き起こる中、神様に貰った加護と前世での知識で乗り越えて、 神々と家族からの溺愛され前世での心の傷を癒していくハートフルなストーリー?  様々な思惑と神様達のやらかしで異世界ライフを楽しく過ごす主人公、 目指すは“のんびり自由な冒険者ライフ‼︎“  そんな主人公は無自覚に色々やらかすお茶目さん♪ *神様達は間違いをちょいちょいやらかします。これから咲子はどうなるのか?のんびりできるといいね!(希望的観測っw) *投稿周期は基本的には不定期です、3日に1度を目安にやりたいと思いますので生暖かく見守って下さい *この作品は“小説家になろう“にも掲載しています

巻き込まれたんだけど、お呼びでない?

ももがぶ
ファンタジー
メタボ気味というには手遅れな、その体型で今日も営業に精を出し歩き回って一日が終わり、公園のベンチに座りコンビニで購入したストロング缶をあおりながら、仕事の愚痴を吐く。 それが日課になっていたが、今日はなにか様子が違う。 公園に入ってきた男二人、女一人の近くの高校の制服を着た男女の三人組。 なにかを言い合いながら、こっちへと近付いてくる。 おいおい、巻き添えなんかごめんだぞと思っていたが、彼らの足元に魔法陣の様な紋様が光りだす。 へ〜綺麗だなとか思っていたら、座っていたベンチまで光に包まれる。 なにかやばいとベンチの上に立つと、いつの間にかさっきの女子高校生も横に立っていた。 彼らが光に包まれると同時にこの場から姿を消す。 「マジか……」 そう思っていたら、自分達の体も光りだす。 「怖い……」 そう言って女子高校生に抱き付かれるが俺だって怖いんだよ。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

処理中です...