転生聖女は休まらない 〜スローライフがしたいのに弟2人が自重しない件〜

花月風流

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第47話 王都防衛戦

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 彼、イシュトは城壁の上で怒りに震えていた。
 どうしてこうなったのか、最初から見続けて来たのに解らない。

━━━━━

 初日は街の外での戦闘だった。
 王に対しての不敬、王国に対する反乱……。
 そんな悪逆の徒に対し陛下はエーゲル男爵に迎撃を命じた。

 王国の盾と呼ばれる彼は、まだ年少で騎士見習いであるイシュトにとって正しく雲の上の……憧れて止まない人だった。

 人の域を超えた速度で敵を屠り、国民を護り続けた彼は英雄と呼ぶに相応しい。
 それに対する敵軍は貴族の私兵と、その貴族に扇動された領民達。
 数では圧倒的に敵方が上だが、負ける気はしなかった。

「国民同士が争うのは見たく無いからね。私が首魁を押さえて終わらせるよ」

 そう言ってくれたエーゲル男爵がどれほど頼もしかったか。
 一緒に戦うと言った兵士達を制し、一人で敵に向かう背中をイシュトは懸命に目で追った。

 身体がブレたように見えた次の瞬間には敵の前衛が次々と倒れて行く。

「ああ……あれが王国の盾。あれが英雄」

 イシュトは幼さの残る顔を紅潮させ、素振りで何度もマメの出来た手を握り締める。
 エーゲル男爵が敵の前衛を崩壊させ、より深く敵陣へ入り込もうとしたその時に異変が起きた。

 敵陣の奥深くから、陣形の側面を迂回するように騎馬が駆けて来る。
 乗っているのはフードを目深に被ったローブ姿の人物だった。

 その人物は敵陣へ斬り込んで行くエーゲル男爵の背後に回り込むと馬を降り両手を地につけた。
 街を囲む壁上から見ていたイシュトには、エーゲル男爵を中心に夜色の紋様が浮かび上がるのがはっきりと見えた。

「男爵! 避けて下さい!」

 イシュトの声が届いた訳では無いだろう。
 しかし振り返った男爵は手にしていた剣をローブ姿の人物へと投げ付けた。

 剣を避けた人物のフードが肩へ落ち、美しい白髪が溢れ落ちる。
 エーゲル男爵が驚いたように一歩下がり……そのまま崩れるように倒れた。

 彼が捕縛され敵陣深くへ連行されて行くのを、イシュトはただ見ている事しか出来なかった。
 こうして、初日の戦闘は終わった。

━━━━━

 2日目は悲惨だった。
 この国で戦闘経験のある貴族は敵方に多く、こちらの前線指揮を任された貴族は無能では無いが優秀でも無い……所謂凡庸な男だったのだ。

 敵は暴行を加えたのであろう、傷だらけになったエーゲル男爵を板に張り付けて守備兵達の目に晒した。

 怒りで敵に向かう兵士とあくまで街を守る事を優先した兵士で足並が乱れて、凡庸な将は兵士達を纏める事が出来なかった。

 半数近くの兵士が無謀な突撃を行い、命を落とした者こそ少なかったが殆どが捕虜になってしまった。
 守備兵は陛下が直接指揮を執られる事になり、民衆を連れて王城まで後退することになった。

 そのまま敵は街を占領し、王城を囲む様にして圧力をかけてきた。

 3日目、4日目は戦闘が起こらなかった。
 それでも城壁の上から敵を警戒するイシュト達は、敵の立てる物音ひとつに過敏に反応してしまい……精神がすり減って行った。

「こうして……僕達が弱るのを待っているのか」

 敵の考えが解っても何も出来ない、歯痒さと悔しさが広がって行った。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 5日目、敵に動きがあった。

「王城に篭られている皆さん、聞いて下さい。私は聖女マリアンヌ。あなた達を救いたいと願っています」

 精神的に追い詰められていたのであろう。
 城壁を守るイシュトにさえ城内のどよめきが伝わって来る。

「我々は王による独裁に対して反旗を掲げたに過ぎません。一部の人間だけを不当に優遇し、大勢の意見に耳を傾けない……そんな人に民を統べる資格があると思いますか?」

「違う! 陛下はそんなお方では無い! いつも民を一番に考え、我々のような名もない兵士にまで労いの言葉をかけて下さる……そんなお方を!」

 イシュトは思わず城壁から身を乗り出して叫んでいた。
 不甲斐無い……情け無い……悔しい……様々な感情が胸を過ぎる。
 自分にもっと力が有れば、陛下を悪し様に言わせたりはしないのに。

 城壁にかけた手が、踏み締めた足が怒りに震える。
 どうしてこんな事に……

「可哀想に。王に、悪い貴族に毒されてしまっているのですね。……誰か、あの哀れな少年を妄執から解放して差し上げて下さい」

 聖女の言葉に、馬鹿みたいな大男が前に出てくる。
 その手に持たれた大弓から一瞬で矢が放たれた。
 自分へ向かって死が向かって来ている。
 それが解っても、避ける事の出来ない速度だった。

 パキン

 恐怖で目を閉じたイシュトの耳に高い音が飛び込んで来る。
 目を開けると其処にはイシュトを守るかのように薄桃色の花が咲いていた。

「あぶない、ね。間に合わない、かも、心配、ね」

「さすがブーちゃんね。このまま皆をお願いね」

 急に聞こえた声に驚き振り返ると、城壁の上に大きな猫のような獣とそれに跨る少女が居た。

「な!? いつの間に……君は一体」

「お話は後で……今は悪さしている人達を何とかしないと、でしょ?」

「え、あ、はい」

 年は大差無い筈なのに、イシュトは気圧され半歩下がる。

「さて、私の平和の為にも……我儘に頑張らないと、ね!」

 そう言った少女を乗せたまま、獣は城壁を飛び降りて行った。
 
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