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第1章
遭遇
しおりを挟む数日滞在する予定なんだが…その間、私に接触してくる貴族が複数いた。
中には…。
「初めまして、レインブルー嬢。私はクロード・チェインと申します」
「……お初にお目に掛かります、チェイン侯爵閣下」
アガット様を、死に追いやった…黒幕。よくもまあ、堂々と私の前に立てるものだ。
様々な感情に蓋をして、私は微笑みを張り付け挨拶する。
彼の用事は、要約すれば。オースティン様と婚約してはどうか?というもの。
ふん…強力な魔法使いな上に、ドラゴンを従える私。オースティン様を王位に着けるのに、これ以上ない逸材だろうね。でも…。
「私は…すでに婚約者がおりますの。オースティン様もとても素敵なお方ですが、私には荷が勝っているかと存じます」
「左様ですか…」
なんとかお帰りいただいたが、諦めてないだろうな。はあ…めんどっ。
そして本日…王都近郊の貴族令嬢を集めて、クリスティーナ様がお茶会を開いた。
令嬢は基本的に、10歳前後でお茶会という社交場を通じて、令嬢の仲間入りを果たす。
ふむ…私をお茶会デビューさせる為に、急遽組んでくれたようだ。嬉しいような面倒なような。
私はクリスティーナ様含む、高位貴族貴族の多いテーブルに座らされた。
「皆様初めまして。私はセレスト・レインブルーと申します」
「ほほ…初めまして、レインブルー令嬢」
爵位も名乗らない…平民が何故この場に?という視線を感じる。髪が短めなのも目立つかな…最近伸ばしてんだけどね。
一応元伯爵令嬢ですし、マナーは問題ないと思う。でもま…こんなモンよね。いきなりお茶ぶっ掛けられないだけマシと考えよう。
おほほ、うふふ…とたおやかに微笑み。楽しむ振りをしていたら…。
「あら、ティアニー令嬢ですわ」
「え……?」
誰かが、何気なく放った一言に。私の心臓は鷲掴みにされ、呼吸の仕方も忘れてしまったよう。
ティアニー…令嬢。それは…まさか…?
「確か伯爵様、奥方と娘さんを同時に失くして…使用人親子を妻子として迎えたとか」
「ですが令嬢の顔立ち、髪の色…どう見ても伯爵様の血縁ですわ。ですから最初から、隠し子だと噂されていますのよ」
「まあ…よく王女様のお茶会に顔を出せましたわね」
ドクン…ドクッ…全身が脈打っている。
手が震える…けど。意を決して、会場の入り口に目を向けると……。
「えへへっ、はじめまして!わたしルージュ・ティアニーって言います。よろしくですっ!」
令嬢とは思えない…適当な挨拶に。
ドレスをたくし上げ、ドタドタ会場を走る…目を惹く美しい赤髪の少女…ルージュ…!!
私達王族がいるテーブルとは別の、下位貴族が集まるテーブルに突撃してる…。
ゲームでは…あの貴族らしからぬ天真爛漫さが、男達にウケていたんだが。実際見るとキッッッツイなあ…。
ルージュは向こうで挨拶を終えたのか、今度はこっちに突っ込んできた…!?
「こんにちは、ルージュでーっす!わあ、みなさん素敵なドレス!」
「「「…………………」」」
誰もが言葉を失い、顔を見合わせている。ここは…どうするべき?
「…あら?わっ、もしかして王女様!?」
「……わたくしの事ですの?」
私含め、令嬢の顔色が真っ白になった。まさか…ここまで礼儀知らずとは…!!
ルージュは馴れ馴れしくクリスティーナ様に近寄り、ぎこちなくドレスの裾をつまんだ。
「では!わたしは、ティアニー伯爵家の…」
「いえ結構よ」
ズバッと言い放つ王女様。かあーっこいいー!!ルージュはきょとんとした後、首をこてんと傾げた。
なんつーか…一々男ウケ狙ってる仕草だな。無意識なんだろうけど…。
「そうですか…?あ!あなたの帽子、可愛いですね!」
きょえぇ~、そうきたかぁ~~~。
って私か~~~い。これは帽子じゃなくて、ヘッドドレスって言うんじゃ~い。
私は平民なので、腐っても伯爵令嬢を無視はできねえよ…。
「…ありがとうございます。あなたのドレスもよくお似合いですわ」
あの伯爵、私にはそんな上等なドレス着させてくれなかったものね…。
「うふふ、嬉しい!パパが用意してくれたんです!
わたしはルージュ・ティアニー。あなたは?」
「…………私はセレスト・レインブルーと申します」
「え…セレスト、様…?」
迂闊だった…これなら家名と一緒に、名前も変えるべきだった。
周囲でも「そういえば…失踪した令嬢の名前って…」とか聞こえる。
でも、この名前はお母様が付けてくれたから。そこだけは…失くしたくなかった。
「わあ、偶然!私、お姉ちゃんがいたはずなんですけど…あなたと同じセレストっていうんです」
「…存じてますわ。本当に偶然ですね」
お願いだから、これ以上踏み込まないで…!
あなたを憎んでしまうから。何よ、お姉ちゃんがいたはずって…!!
私の居場所を奪ったのは、あなたなのに!!!
「ねえ!よかったら、あなたの事をお姉ちゃ──」
「おいお前!!俺の婚約者に何をしている!!」
「え」
何…?頭に血が上って…拳を強く握っていたら。
その手をぐいっと引っ張られ、誰かに強く抱き締められた。
「エルム…」
なんで、ここに?あなたは招待されてないんじゃ…。
いきなりの公子の登場に、令嬢達がきゃあっ!と弾んだ声を上げた。
だがすぐに「婚約者」という言葉に反応し、どよめきが広がった。
「どうしたんだお前、こんな真っ青になって!ほら行くぞ!!」
「んっ!?」
「「………………」」
エルムは…私を所謂お姫様抱っこしようとしたが。
持ち上げられず…そっと手を繋いだ。
「………ちげーし。たまたま調子悪かっただけだし。本気出したらセレスト2~3人くらい余裕だし…」
「……………ぶふぉっ!!!」
な、何その言い訳!!うんうん仕方ないね、身長変わんないし、私の方がお姉さんだし!!
「笑うんじゃねえよっ!!」
「あははっ!!……ありがとう」
「!!!…………おう…」
さっきまでの暗い気持ちは吹っ飛び、エルムの優しさに心が温かくなる。
クリスティーナ様に、体調不良なので失礼すると挨拶をして。私とエルムは会場を後にした。
「エルム…どうしてあの場所に?」
「…………なんとなく」
広い廊下を、手を繋いで歩く。エルムは何も答えてくれない…耳まで赤く染めて、照れてるくせにい。
ん?肩をちょんっと突つかれた。シャルル卿?
「お嬢さんの事が心配すぎて、ずっと遠くから見てたんですよ~」
「余計な事言うなっ!!」
「ひえーーーっ♪」
エルムは逃げるシャルル卿を追いかけ、どこかへ消えてしまった。
私が1人笑っていたら…シオウが手を繋いできた?
「…俺だって、ずっとセレスト様を心配してたよ?会場には、警備の騎士しか入れなかったけどさ…」
「……うん。ありがとう、シオウ」
彼は微笑み、すぐ手を離した。
ああ…今の私には、こんなにも優しい人達がいてくれる。
もう大丈夫。今度こそ、本当に。
「シオウ、私ね…家族が欲しいの」
「え?あ……うん」
「いつか…私を真っ直ぐに愛してくれる人と恋をしたい」
「……………そっか。それって、さ。エルム様じゃ…ないの?」
「ん…どうかな。まだ分かんないや」
このままいけば、彼と結婚するけども。まあ…大人になれば分かるかな?
「…………………」
背中にシオウの視線を感じるけど…互いに無言で歩き始めた。
翌日はカルジェナイト様を連れて、王宮の夜会に参加する。もちろん、ドラゴンのお披露目さ。
支度を終えて、部屋でエルムを待つ。
「なあセレスト様、昨日は茶会に…ティアニー令嬢もいたんだろう?だったら…」
「うん。十中八九、今夜は伯爵も来ているだろうね。
でも大丈夫。だって…私はレインブルーだもの」
私は真っ直ぐにシオウの目を見て宣言した。逃げるなんて嫌。それに…万が一私が『セレスト・ティアニー』だと知られても。私に恥じる要素は無いし?
だけど、シオウも顔を知られてるんだよね。そこはどうすっか…。
「俺は平気。正式にブロウランに雇われてるからね、公爵家に喧嘩売るほどアホじゃないっしょ」
「だと思うんだけど…」
「安心するがいい。何を恐れているのかは知らぬが…其方の憂いは、儂が全て焼き払おう」
「「(安心できねえ~…)」」
これは…カルジェナイト様から伯爵を守る必要があるか?
もし奴さんに遭遇したらの話し合いをしていたら、誰か訪ねてきたとメイドさんが言う。
「や、セレスト。とても綺麗だね」
「アガット様?」
どうして…立ち上がろうとしたが手で制されてしまった。
「いやね、ちょっと…よかったらこれ、使って欲しいなって…」
どれ?アガット様は私がいるソファーに近寄り、膝を突いてスッと見事な細工の箱を差し出した。
受け取り、促されるままに開けてみると…
「わ…綺麗…」
そこには、見るからに高級品なネックレスが。いくつもの宝石が散りばめられ、眺めるだけで心が奪われてしまう…。うっとり。
「……はっ!いえ、いただけませんっ!」
こんなお高い物!と正気に戻って慌てて蓋をするが。アガット様は…表情は変わらないが、しょんぼりしてない…?
「そっか…そうだよね…僕なんかに…宝石貰っても嬉しくないよね…」
「そうじゃなくて!?」
「ぐすっ…いやいいんだよ気を使わなくて。ぐすんぐすん、きっと「何が目的だ…!?」とか思ってるんだよね」
「いや、違…!」
どっからどう見ても泣き真似だが、なんか良心がチクチク痛む…!
「分かりました、ありがたく頂戴します!!!」
「やった♪じゃあはい、後ろ向いて」
……んもう!!渋々背中を向けると、彼の細い指が首に触れた。
チャリ…と重みを感じ、鏡を見ると…。
「素敵…」
ベタだけど、これが私…!?ってなるな。ちょっと大人っぽすぎると思ったけど、意外と似合ってる…。
「ありがとうございま…!」
「っ!!」
うわ、びっくりした!!満面の笑みで後ろを向いたら、目の前にアガット様の顔面があったわ!
彼も細い目を開き、驚いている様子。
「あ、はは…うん、よく似合ってる。じゃあ、後でね」
返事をする間もなく、彼は部屋を出て行った。そんな、妖怪に遭遇したみたいにならんでも。
「……はあ、まずいなぁ。年下の…しかも婚約者がいる女の子に…」
それから数分後。エルムとシャルル卿がやって来た。
「セレスト……」
「ん?」
お~い?エルムは硬直してしまった。目の前で手を振っても無反応。じわじわ頬を染め…突然はっ!とした。
「ごほん…い、行くぞ」
「はい…」
なんだかぎこちないけど、そっと腕を重ねて会場に向かう。
反対側にはカルジェナイト様が歩き…なんて頼もしい。
さて、行きますか!
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