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3章
アルフィーの涙
しおりを挟む私の記憶に残る最後のリーナは。虚な目をして…普段の快活さは欠片も見えない様子だった。
チラ… さり気なく振り向くと。
「あーらら。公子様ったら、褒めたいのか下げたいのか判りゃしないですねえ」
皿ごとクッキーを持った子供リーナ(10歳前後)が、愉快そうに笑っている。私の知っている…いつものリーナ。
前回彼女は、エディットを慕い側にいてくれた。最初は私が命じたが、それ以上の働きをしてくれた。故に、悲劇に耐えきれず心を壊してしまったが…
どうかこの人生では、エディット達のよき友人になってもらいたい。そう思い、招待状を出してみた。
「(リーナも気になるが…まずあのカロンを止めねば)」
ずんずんと、馬鹿に向かって歩く。
「こないだ初めてメイドとお菓子作りして。失敗しちゃった…ってしょんぼりする姿はすっごい可愛かったんだから!全然失敗じゃないよ、サクサクで美味しかったもん!!」
「クレープはサクサクしないのよ…」
「あの、カロン様。もう分かりました…ぼくの負けです…」
おい、アンソニーに気を遣われているぞ。ったく!
「カロン!その辺にしなさい、周りを見ろ!」
「えっ、周り?あ…」
私が頭を軽く叩くと、カロンはようやく現状を把握したようだ。大勢に囲まれている事に、若干気まずそうに笑った。
「はは…じゃ、そういう事だから!あ、もちろんナタリア嬢が可愛くない、なんて思ってないよ!ただ僕にとって姉上は…」
「もう、カロンやめて!意地悪言う男の子はキライよ!!」
「!!!??」
ガーーーン!! と…カロンの背中に文字が見えた。なんなら雷が落ちたような…こんなに爽やかな晴れなのに。
「き…きらい…?」
「ふんだ!!」
あちゃー。エディットはそっぽ向き。カロンはその場に膝を突き、青白い顔になった。
「きらわれ…た…姉上に…あね…ぅ…」
「え。カ、カロン?」
そのままパタリ…と倒れる。この馬鹿が…
「皆騒がしくしてすまない。今すぐ忘れて、続きを楽しんでくれ」
「「「はい…」」」
生ける屍を引き摺る私。後ろから困り顔のエディット、呆れ顔のカリアがついて来る。さて…とりあえず人気の無いベンチに放り投げる。
「起きろカロン!」
「あばば…きらわれ…ききき…」
駄目だこりゃ。座らせて、私も隣に腰掛け耳打ちする。
「(むっ!なんで近付く必要があるのかしら!?見せつけてくれるわね…!)」
「(またエディットが嫉妬してる…)子供の言う「キライ」なんて、本気じゃないと分かるだろう!お前の中身は(一応)大人なんだから、少しは余裕というものを…」
「キライ……キキ、アネウエ、ボク、キライ…ナンデ…?」
「退化してる…」
カロンはもう駄目かもしれない。両肩を掴んで揺さぶるも無反応。
「(うー…!)失礼します!私、足が疲れちゃったもので!!」
「へっ?」
私とカロンの間に…エディットが割り込んできた?唇を尖らせ、カロンにぴったりくっ付いている。
ふふ…なんとも可愛らしい嫉妬だ。カロンも、この様子を見れば流石に…
「(エディット?どうして間に………まさかっ!?
やっぱり…アルフィーに惚れてるの!?彼に触れたくて、割り込んできたの!?そうだよね、それが本来の流れで…)う…ぐすん…」
なんで泣きそうなの…?
すると今度はカリアがにこっと笑い、カロンの逆隣に無理やり座った。
「えいっ!わたくしも入れてーっ!」
うおっ!ただでさえ狭いベンチが、更にぎゅうぎゅうに!
「きゃっ!カリア~!」
「えへへっ」
「アネ、アネウエ…ガガガガ」
約1人壊れているのを除けば。ああ…なんとも平和な姿だろうか。
私とカロンと。カリアと…エディット。前回の私が焦がれた、みんなで笑い合える空間…
「……………」
「え…殿下…?」
え?突然エディットが息を呑んで、私の頬にハンカチを添えてくれた。泣いて、しまったのか…私は。
「………すまない」
「い…いいえ…」
止めたいのに、止まらない。カリアも目を見張り、近くにいた者達も顔に驚愕の色を浮かべている。こんな姿を晒すなど、王太子として失格だが…
今だけでいい。この時間を…噛み締めていたい。
「……今更だけど、きみをエディットと呼んでもいいかな?」
エディットの手を取り、指先に口付ける。エディットは頬を染めて狼狽えた。
「か…構いませんが」
「ありがとう、エディット。どうか私の事も、アルフィーと呼んで欲しい。殿下なんて…言わないで…」
「アルフィー、様…?」
「うん…ありがとう」
もう1度、そう呼んでもらいたかった。
これまで過ちを繰り返し続けた私だけど…
もう絶対に、間違えない。この幸せを…10年後も20年後も守ると誓おう。
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