慚愧のリフレイン

雨野

文字の大きさ
上 下
26 / 48
2章

エディットの、

しおりを挟む


 わたしには両親と呼べる人がいない。だって、捨て子だから。
 拾ってくださった公爵さまも奥さまも、親ではない。いつもそう言い聞かされてきた。

 なのに…彼らの子であるカロンとカリア。2人はわたしを姉と呼び、遊んでくれる。公爵さまに怒られちゃう…と怖かったけど、最近は何も言われなくなった。




 廊下の奥、薄暗い空間に。ここ最近ですっかり見慣れた、赤い髪の男の子が立っていた。どことなく、寂しそうな横顔で…わたしを呼ぶから。思わず返事をして近寄る。

「カロン。そこ、誰かのお部屋なの?」
「あ…ううん。使われていない、物置部屋だよ」
「ふうん…」

 カロンと並んで、扉を見上げる。ふと指が触れ合って…自然と手を繋いだ。

「(…なんだろう。カリアと手を繋いだ時は、なんともなかったのに。今は…胸がざわざわしてる?)」

 よく分からないけど、嫌じゃないわ。むしろ…嬉しい、ような?


 …こほん。扉に手を掛けて、中に入る。そこには…壊れかけたクローゼット、古ぼけたテーブル、割れた姿見、傷だらけのサイドチェスト…

「がらんとしてるわ」
「確か…いずれも廃棄するはずだった家具を、一時的に置いておくつもりが。そのまま放置されて…だったかな」
「そっか…」

 使われていないからか、床にホコリがたまっているわ。歩くと足跡が広がって、ちょっと面白い。


「………………」

 カロンはゆっくり、部屋を見渡している。まるで何かを…いえ。
『誰か』を探しているみたいだわ。



 半透明な窓の向こうが、うっすらとオレンジ色に染まっている。夕焼けかしら…もうそんな時間なのね。なんて考えていたら。

「……っ!」
「きゃっ!」

 なにごと!?カロンが、わたしを横から抱き締めた!

「カロン…?」
「ど、どこにも…行かないで…!!」
「え…?」
「姉上…姉上…!」
「……………」

 ガタガタと、何かに怯えているみたい。よしよし…背中をポンポンしてあげる。

「いい子、いい子。怖くない…」
「……………」

 しばらくすると、カロンは体をだらんと休めて…ほっぺた同士をくっ付けてきた。ふふ、温かくてくすぐったい。

「(……まるで。幾度となく絶望した朝焼けのようで、狼狽えてしまった。違う…姉上は、ここにいる…!)」
「どうしたの?甘えんぼさんね」
「むう…」

 カロンって弟なのに大人っぽくて、ちょっと悔しかったんだけど。こうやって甘えてくれると、やっぱり嬉しいわ。
 座る所がないから、床に腰を下ろそうとしたら。カロンが「待って!」と声を上げて、ハンカチを広げて床に敷く。

「はいどうぞ、お嬢さん」
「…ありがとう。小さな紳士さま」

 ではお言葉に甘えて。その上に座ると、カロンも隣にぴったりくっ付いた。そして…わたしの腰に腕を回して、もたれてきた。


「「……………」」


 ここには時計もないから、すごく静かだわ。



「……ねえ、カロン」
「…なあに?」
「わたし…ね。昨日公爵さまに。
「今後お前に必要な教育をしてやる。だがこちらの要求する水準を下回る振る舞いを見せたら、即刻追い出してやる」…って言われたわ」
「……………」

 今、カロンの腕がピクッとした。

「(…父上め。あの契約の事は、エディットには言わない約束なのに。しかも「カロンが責任を取って~」の部分を変えたな…)姉上」
「うん?」
「姉上は…この家を出たい?」

 カロンは体を離して、わたしの目を見つめる。


「この家を…出たところで。わたしはどこにも行けないし、子供が1人で生きていけないことくらい、分かってるわ」
「……今すぐじゃないけど」
「?」
「あと数年待ってくれたら。…逃がしてあげる」
「………え?」

 わたしより小さいくせに、何を言って…

「……………」

 彼の目が…冗談でも嘘でもないと、わたしに言っている。
 ……この家を、逃げる。か…

「……お勉強を頑張れば。いい子にしていれば、いつか。公爵さまも奥さまも、わたしを愛してくれる。本当の娘にしてくれる…って思ったけど。
 無理なのね?どれだけ願っても…その日が来ることは、ないのね…?」
「…………」


 カロンは答えない。代わりに…
 わたしの頬にキスをして、頭を撫でてくれた。お返しにキスをすると、カロンは顔を真っ赤にして俯いちゃった。



 ねえ、カロン。わたし頑張るからね。
 わたしはどこにも行かない。だってこの家には…あなたとカリア、そしてルイーズがいるから。

 カロンと頭を寄せ合い、手を繋いで窓の外を眺める。さっきからずっと…胸がドキドキしてる。わたし、どうしちゃったのかしら…



 この時芽生えた感情の正体を、わたしが知るまであと少し…
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

お別れを言うはずが

にのまえ
恋愛
婚約者に好きな人ができたのなら、婚約破棄いたしましよう。 エブリスタに掲載しています。

最悪なお見合いと、執念の再会

当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。 しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。 それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。 相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。 最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...