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2章
エディットの、
しおりを挟むわたしには両親と呼べる人がいない。だって、捨て子だから。
拾ってくださった公爵さまも奥さまも、親ではない。いつもそう言い聞かされてきた。
なのに…彼らの子であるカロンとカリア。2人はわたしを姉と呼び、遊んでくれる。公爵さまに怒られちゃう…と怖かったけど、最近は何も言われなくなった。
廊下の奥、薄暗い空間に。ここ最近ですっかり見慣れた、赤い髪の男の子が立っていた。どことなく、寂しそうな横顔で…わたしを呼ぶから。思わず返事をして近寄る。
「カロン。そこ、誰かのお部屋なの?」
「あ…ううん。使われていない、物置部屋だよ」
「ふうん…」
カロンと並んで、扉を見上げる。ふと指が触れ合って…自然と手を繋いだ。
「(…なんだろう。カリアと手を繋いだ時は、なんともなかったのに。今は…胸がざわざわしてる?)」
よく分からないけど、嫌じゃないわ。むしろ…嬉しい、ような?
…こほん。扉に手を掛けて、中に入る。そこには…壊れかけたクローゼット、古ぼけたテーブル、割れた姿見、傷だらけのサイドチェスト…
「がらんとしてるわ」
「確か…いずれも廃棄するはずだった家具を、一時的に置いておくつもりが。そのまま放置されて…だったかな」
「そっか…」
使われていないからか、床にホコリがたまっているわ。歩くと足跡が広がって、ちょっと面白い。
「………………」
カロンはゆっくり、部屋を見渡している。まるで何かを…いえ。
『誰か』を探しているみたいだわ。
半透明な窓の向こうが、うっすらとオレンジ色に染まっている。夕焼けかしら…もうそんな時間なのね。なんて考えていたら。
「……っ!」
「きゃっ!」
なにごと!?カロンが、わたしを横から抱き締めた!
「カロン…?」
「ど、どこにも…行かないで…!!」
「え…?」
「姉上…姉上…!」
「……………」
ガタガタと、何かに怯えているみたい。よしよし…背中をポンポンしてあげる。
「いい子、いい子。怖くない…」
「……………」
しばらくすると、カロンは体をだらんと休めて…ほっぺた同士をくっ付けてきた。ふふ、温かくてくすぐったい。
「(……まるで。幾度となく絶望した朝焼けのようで、狼狽えてしまった。違う…姉上は、ここにいる…!)」
「どうしたの?甘えんぼさんね」
「むう…」
カロンって弟なのに大人っぽくて、ちょっと悔しかったんだけど。こうやって甘えてくれると、やっぱり嬉しいわ。
座る所がないから、床に腰を下ろそうとしたら。カロンが「待って!」と声を上げて、ハンカチを広げて床に敷く。
「はいどうぞ、お嬢さん」
「…ありがとう。小さな紳士さま」
ではお言葉に甘えて。その上に座ると、カロンも隣にぴったりくっ付いた。そして…わたしの腰に腕を回して、もたれてきた。
「「……………」」
ここには時計もないから、すごく静かだわ。
「……ねえ、カロン」
「…なあに?」
「わたし…ね。昨日公爵さまに。
「今後お前に必要な教育をしてやる。だがこちらの要求する水準を下回る振る舞いを見せたら、即刻追い出してやる」…って言われたわ」
「……………」
今、カロンの腕がピクッとした。
「(…父上め。あの契約の事は、エディットには言わない約束なのに。しかも「カロンが責任を取って~」の部分を変えたな…)姉上」
「うん?」
「姉上は…この家を出たい?」
カロンは体を離して、わたしの目を見つめる。
「この家を…出たところで。わたしはどこにも行けないし、子供が1人で生きていけないことくらい、分かってるわ」
「……今すぐじゃないけど」
「?」
「あと数年待ってくれたら。…逃がしてあげる」
「………え?」
わたしより小さいくせに、何を言って…
「……………」
彼の目が…冗談でも嘘でもないと、わたしに言っている。
……この家を、逃げる。か…
「……お勉強を頑張れば。いい子にしていれば、いつか。公爵さまも奥さまも、わたしを愛してくれる。本当の娘にしてくれる…って思ったけど。
無理なのね?どれだけ願っても…その日が来ることは、ないのね…?」
「…………」
カロンは答えない。代わりに…
わたしの頬にキスをして、頭を撫でてくれた。お返しにキスをすると、カロンは顔を真っ赤にして俯いちゃった。
ねえ、カロン。わたし頑張るからね。
わたしはどこにも行かない。だってこの家には…あなたとカリア、そしてルイーズがいるから。
カロンと頭を寄せ合い、手を繋いで窓の外を眺める。さっきからずっと…胸がドキドキしてる。わたし、どうしちゃったのかしら…
この時芽生えた感情の正体を、わたしが知るまであと少し…
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