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番外編

有り得たかもしれない道4

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 その日の昼は、急遽生徒会室で霜降りステーキを食べ。セレスタンのもくもく、と頬張る姿を脳内に焼き付けた。


 放課後。叔父上が生徒会室まで来て、私をこっそり呼び出した。

「お前…学園に好きな子がいるって、兄貴に聞いたんだけど」

「ああ、いる」

「相手を知りたがってんだけど…誰なんだ?」

「……………フッ」

「(う、うぜえええっ!?この笑い方、兄貴そっくりだ…!流石親子)」

 叔父上もよく知っている人物だ…とヒントを出せば、彼は腕を組み極限まで首を捻った。


「いや…1年生の女子って、ラサーニュ妹と…あとヴィヴィエ嬢くらいしか知っているとは言えねえぞ?よくでもねえし。どっちかか?」

「残念ながら違う……の、だが…」

「?」

 ……………。叔父上の顔をじー…と見る。

「その子に関して。いずれ叔父上に…協力を仰ぐかもしれん」

「???」

 まあ、いずれな。






 それから数日…終業式を翌日に控えた今日。事件が起きる。


 夏期休暇に入ったら…彼女をデートに誘ってみようか。そうだ、姉上が茶会を開くと言っていたし、そこにセレスタンとシャルロット嬢を招待しよう。
 基本的に茶会は女性がメインで、男はおまけ。姉や妹、婚約者にくっ付いてくる程度だ。そこで…少しでも2人きりに…完璧な計画だ。


「あのっ、皇太子殿下!」

「ん?」

 心の中でガッツポーズをしていたら、女生徒2人に呼び止められた。腕章からして4年生…何やら焦っている様子だ。

「どうした?」

「その…先程、3階の階段奥スペースで、1年生の男の子が4人集まってたのですが」

「どうにも、3人が小柄な子を囲っているようで…声を荒げていたりしたんです」

 虐めか…!?放ってはおけない、すぐに向かわねば。女生徒に礼を言い、足早に階段を登る。



「……痛いっ!やめろ…!」

「暴れんなって!」

「鬱陶しいから、俺らが整えてやるって…!」

 !争う声がした、近い!
 …いや待て、今の声は…!!


「何をしている!!!」

「「「えっ!?」」」

「いっ!!…つ…ぅ…」

 私はダン!! と大きく足音を立てて姿を現した。そこには…!

 壁を背に座り込み、右の頬を腫らして。大粒の涙を流し…前髪が不揃いに切られたセレスタンと。
 彼女を囲み、ハサミと緋色の髪を持つ生徒。セレスタンの胸ぐらを掴む生徒。腕を組んで、その様子を眺める生徒がいた…!!


「あ…で、でんかぁ…」

 ハサミが当たったのか、セレスタンは額に横一線の傷がある。
 痛々しく血を流し…私の姿を確認すると、顔を歪めて俯いた…。

「あ…殿下、これは…その」

「えっと、ただのじゃれあいで…」

「そうです!ラサーニュに前髪を切って欲しいって頼まれて!」

 青い顔で、必死に言い訳をする3人。一斉にセレスタンから距離を取り、私に擦り寄る。
 彼らの足下には、踏み潰された眼鏡が転がっている。


 ガタガタと震えるセレスタンを前に…私は。


 血が沸騰しそうな程に全身が熱く/皇太子として、取り乱してはいけない
 衝動的に男子生徒を殴りたい/まずは冷静に、双方の話を聞くべきだ
 視界が赤く染まり、頭がクラクラする/落ち着いて、深呼吸をしよう
 愛しい彼女を…傷付けた者を許せない/公平に、公平に公平に公平に公平に


「…………っ!!」


 ダァンッ!!!


「「「「っ!?」」」」


 私は強く強く握った拳を…壁に叩き付けた。
 壁にはヒビが入り、パラパラと粉が落ちる……手の痛みに、少し頭が冷えた。

 ふぅーーー… ゆっくりと、足を動かす。
 セレスタンの正面に膝を突き、顔を覗き込む。


「セレスタン。彼らはこう言っているが…本当にただのじゃれ合いか?殴られたのも?」

「………………」

 震える彼女の肩にそっと手を置けば、ビクッ!と全身を跳ねさせた。

「君が、髪を切って欲しいと頼んだのか?」

「………………」ふる…

 声が低くならぬよう…優しく問い掛けると。
 セレスタンは僅かにだが、顔を横に振った。


「殿下!まさかそいつの言い分を信じるのですか!?」

「……………………」

 ああ…吐き気がする。セレスタンを横抱きにして持ち上げた。

「この状況でよく言えたものだ。目撃者もいる、どう繕おうと無駄だ。
 お前達の顔は覚えた、1時間後に生徒会室に来なさい」

「「「……………」」」

「別に来なくてもいいぞ。その時は…覚悟をしておけ」

 渾身の睨みを利かせると、3人共絶望の表情をした。
 構っている暇は無い、セレスタンを安全な場所に連れて行かないと。

 彼女は私の首に両腕を回し、必死に声を押し殺して泣いている。
 私は掛ける言葉も見つからない…代わりに、腕に力を込めた。



 医務室…いや生徒会室のほうが近い。
 小走りで到着、足で扉を蹴っ飛ばし「私だ!」と声を上げた。

「兄上?何を…セレスタン君!?」

 ルクトルがため息混じりに開けたので、するりと入る。生徒会メンバーは全員揃っており、私達の姿に唖然とした。


 セレスタンをソファーに下ろそうとしたら、私に抱き着いたまま離れようとしない。
 仕方なく、私が座って膝に横向きに乗せた。
 2年生に救急セットを持って来てもらい、顔の治療から。

「セレスタン、顔を上げて。ほら…痛いだろう?」

「…………………」

 彼女がそっと皆に顔を向ける。生徒会メンバーは…泣き腫らす姿に顔を歪めた。
 あの日以来、全員セレスタンに一方的にだが好感を抱いていた。だからこそ、許せないのだろう。


「セレス。ちょっとごめんな…」

 ランドールが手際良く処置をして、ルクトルは買って来たジュースを彼女に渡す。
 グラスを両手で受け取り、ちびちび飲む…ようやく涙は止まった。


「……ずびっ…。ごめん、なさい。ご迷惑を…僕って本当に、駄目な…」

「そんな事はない。私は…君ほど努力家で、清廉で、優しい子を知らない」

 だから…自分を責めないでくれ。そういった思いを込めて、強く抱き締めた。


 セレスタンの呼吸も落ち着いたので…私は全員に何があったか伝えた。
 皆拳を握り締め、特に2年生のジェフ・テナとチェスター・エーベルトは年も近い所為か「戦争じゃ…」「許すまじ」と怒りを露わにしている。その時は私も加勢しよう。


「しかし…前髪をどうしましょう。もう切るしか…」

 ルクトルの提案に、セレスタンは難色を示す。顔を隠せなくなって、不安なのだろう。

「大丈夫ですよ。ほら、兄上なんか君の可愛さに見惚れてしまっていますよ」

 え。セレスタンは…私をじっと見上げる。


「……ああ。前髪が短くなれば、君の愛らしい瞳をいつでも見られるな」

「………!」

 セレスタンは口を窄めて、「じゃあ切る…」と小さく言った。はあ…荒んだ心が、一瞬にして滑らかになる…。
 ただランドールがハサミを持つと、若干身体を強張らせた。あ…そうか、さっき無理矢理切られて、トラウマになってもおかしくない。

 だが、切らない訳にもいかず。考えた末…
 セレスタンを横から前を向かせる形に直し、私が後ろから肩と腹部に腕を回した。

「大丈夫だ、怖くない。ランドールは君を傷付けない、そうだろう?」

「………はい」

 やっと緊張状態を抜け出したので…ランドールが、声を掛けながらハサミを入れた。


 チョキ… チョキ…

「もうちょっと我慢してな~…」

 チョキ… チョ…キ…

「………ちょ…これは…」

 チョ……

「……ここから、どう…挽回すれば…」

「「?」」

 ランドールが難しい顔を…いや。口の端が震えていないか?
 他のメンバーはセレスタンから顔を逸らす。酷い者は、両手で口を押さえている。

 い…嫌な予感が。


「ランディ兄さん?終わりましたか…?」

「……いや。そのまま…目を開けちゃいけない…いいな…?」

 どうなっているんだ、ここからじゃ見えない!
 私の視線を受けて、ルクトルが…そっと鏡を見せてくれた。そこには…


 目をぎゅっと瞑る……極端に短いぱっつん前髪のセレスタンが映っていた。


「(こ…この馬鹿野郎!?)」

「(うるさい!!どうしよう……ンフッ)」

 私は全身から汗が流れ、何が最善なのか思考を巡らせる。
 同時に笑いが込み上げてきて、自分の腿をつねって堪える。深く傷付いた彼女の容姿を笑うなど、最低なんて言葉じゃ足りん行いだぞルキウス!!!


「(殿下…震えてる?一体何が…)」ぱちっ

「「あっ」」

 あ?ランドールとルクトルが、同時に声を上げた。


「………………???」

 セレスタンが目を開けたのだ。彼女は首を傾げて…前髪をいじり。
 現実逃避だろうか、鏡に映っているのが自分だと信じたくないようで。手を振ってみたり、頬をむにっとつまんでみたり。


「…………………ふぇ…」

 あ…!折角泣き止んだのに、みるみる目に涙が溜まり…!


「………ふああああぁぁん!!僕の、前髪があああっ!!わあああん、あああーーーっ!!!」

「ごめん!ごめんな!って危ない、ハサミ持ってんだから!」

「あーーー!!!ばか、ばかぁーーー!!!」

 限界突破したのだろう、かつてない癇癪を起こしている!
 立ち上がりランドールを両手で殴る。それでも性根が優しいからか、ポカポカと軽いものだが。

「あああぁぁん!!!わーーーーー!!びゃああああぁっ!!!んぬうううぅぅっ!!!」

 今度は地団駄を踏む。私はどうする事もできず、ただ狼狽えるのみ。
 笑いを堪えられない者は、とっくに部屋から逃げている。


 どうにもならん!と判断して。ルクトルが暴れる彼女を抱えて…

「僕帰ります!!ちょっと、姉上専属の美容師に相談します!」

「びえええええええぇっ!!!」

 うむ、ここはプロに任せよう。私達は快く送り出した。




 静かになったところで…ここからは制裁の時間だ。
 約束の1時間後。生徒達はどのような弁明の言葉を考えてきたのだろう。だが…
 セレスタンは精霊に愛され、更に皇太子妃となる(予定の)娘。どんな言葉も、意味を成さないだろう。


「「「し…失礼しま~す…」」」


 メンバーは全員、鋭い視線で3人を睨む。彼らは特に、私とランドールに怯えているが…安心しろ。

 すぐにでも、二度と私達と顔を合わせる事がなくなるよう…最善を尽くそう。



 ※



「あ…殿下、お帰りなさい」

「………………」

 を終えて帰宅。出迎えてくれたのは…まさかのセレスタン。
 悲惨な事になっていた前髪は。流石プロと言うべきか…ギリギリセーフまで回復していた。
 ただ…一言で表せば。

「なんか…赤ちゃんみたいになっちゃって…」

 それだ!!つまり、とても愛らしい。
 彼女は染まった頬を膨らませ、短い髪を指でつまむ。そんな仕草も…私の心を撃ち抜く。
 すぐにでも帰ると言うので、学園まで送ろう。
 申し訳ないです!と遠慮するが、私がしたいんだ。




「殿下…色々とありがとうございました。あの時…殿下が助けに来てくださって。本当に安心したんです」

「……それなら、よかった…」

 彼女は恒常的に虐められているのかもしれない。休暇の間に、どうにか聞き出さねば。

「あの…僕に何か、お礼をさせてくれませんか?」

「お礼?」

「はい…僕にできる事なんて、たかが知れているけど。何もせずにはいられません…」

「………………」

 長い前髪と眼鏡が無くなり…彼女の表情がよく見えるようになった。
 指をもじもじさせて、目を伏せる姿に…何かを要求なんて、できる訳がない。だが…そうだな。

「セレスタン、こちらへ」

「?」

 馬車で向かい合っていたので、隣に座らせる。
 そっと手を握れば…驚きに目を見開き、頬を紅潮させるが拒みはしなかった。


「礼と言うのなら。これからは…私を名前で呼んでくれないか?」

「え…でも…」

「ほら、言ってごらん」

「ル……ルキウス…殿下…?」

 本当にいいの?と言った風に、上目遣いで私を見る。ちょっと…もう1回。

「ルキウス殿下」

「………………」

「……?ルキウス、様」

「………………」

「ルキウス様…?」

 …今は、これでいいか。
 馬車が止まった、学園に着いたのだろう。


「では、今日は本当に……へ」

 彼女が降りる寸前に。顔を近付け…頬に口付けた。

「…おやすみ」

「……おやしゅみ…なしゃいっ!!」

 セレスタンは限界まで顔を赤くして…逃げた。足速っ、もう背中が見えない。

 ふむ…あの反応。私にも勝機はあるな!




「(ひええええー!?なんで、ルキウス様…っ、笑顔は悪人面のはずなのに!普通に微笑んでくれて…僕なんかを蕩ける目で見て…すっごい格好よかった…!!
 でも僕は男のはず…はっ!まさか、少年趣味…!?だからあんなに素敵な方なのに、まだ婚約者もいないの…!?)」


 とんでもない勘違いをされているとは、夢にも思わなかったがな!!




 ※




 休暇に入り数日。私はセレスタンと手紙のやり取りをしていた。
 昨日は雨が降った後、綺麗な虹が掛かっていました!とか些細な事だけれど。
 私もルシアンが腹を出して眠り、風邪をひいたとか。姉上に「好きな子に会わせて!」と言われている事…は黙っておこう。ペンを止めてそっと紙を丸める。




 さて、姉上の茶会の日。私は朝から気合を入れて支度した。
 全てはセレスタンに格好いいと思ってもらう為。いつも使っている香水も…よし。

「(ルキウス…なんだかいつもと違うわ?……はっ!!そうか、今日例の子が来るのね…!)」

 む、姉上の目がキラキラと輝いている。再び嫌な予感…逃げるか。
 茶会が始まり、何人か私の元に挨拶に来る。それらの相手をし、男連中と雑談していたら…。

 少し離れた所で、居場所が無さそうにウロウロするセレスタンが。リオを連れている、よし。


「セレスタン。よく来てくれたな」

「あ…ルキウス様!」

 彼女は不安気な表情から一瞬にして、顔を綻ばせて私に駆け寄ってきた。
 だが眼鏡をしていない…聞けばあれは伊達だと言う。前髪避けと、顔を隠す為の。
 ふむ…プレゼントしよう。お洒落として伊達眼鏡を掛ける人もいるからな。どんなのが似合うかな…と私の脳内は眼鏡一色。

「よかったら今度、一緒に首都の街を散策しないか?」

「え?ルキウス様と…僕が?」

「ああ。どうだろうか」

「………(本当に、この人は。なんで僕なんかに構ってくれるんだろう。虐めの現場を見た同情…責任感?それとも本気で…少年が好き?
 …いや…それでも、いいかな…)はい…楽しみです」

「…!!ではその時は迎えに行こう」

「はい!」

 内心断られるんじゃないかと、冷や汗を流していたが。この笑顔は嘘ではない、と信じたい。


「(やっぱルキウス様格好いいなあ。背は高くて鍛えていて、眩しい金髪に鋭い赤い瞳も素敵…。笑顔は怖いけど、とってもお優しいし。
 でも、もし僕が普通に令嬢として生きていたら。こんな風に…お近づきになる事もなかっただろうな。なら…)」


 ん?セレスタンが…控えめに近寄ってきて。ピタッと、隣にくっ付いた?


「(普段辛い思いしながら男装してるんだもん。少しくらい…自分にご褒美!
 別にルキウス様と結ばれたいなんて、大それた事考えてないし。ちょっと、いいな~と思っている男性に触れたいだけだし)」


 彼女は若干頬を染めてにこにこと…どういう状況だ?
 私は混乱して、視線でランドールとルクトルに助けを求める。2人は肩を竦めて…

「セレス、あっちに美味しいケーキがあるぞ」

「ええ、ついでに人の少ないベンチも。兄上に案内してもらうといいですよ」

「「え?」」

 ぐいぐいと、2人に背中を押されて…テーブルから追い出された。

「リオ君も、少しだけ…ね?」

「はあ…かしこまりました。
 では坊ちゃん、僕はシャルロットお嬢様の元へいますので」


「「………………」」


 お前ら…今度好きなもの奢る。


「行こうか」

「は…はいっ…」

 手を差し出せば、小さな手が重なった。




 ※※※



 (ルシアン視点)

 はあ…疲れた。やはり茶会など参加するんじゃなかった。姉上主催だと、私達も強制参加だからな…。


「……ん?」

 人気の少ない場所を求めて会場を歩いていたら。ベンチに1人座る、セレスタン・ラサーニュを見つけた。最近…兄上達と親しい男だ。

 私は無意識に、彼に向かって歩く。


「おい」

「はい?……殿下…!?」

 彼は一瞬で青い顔になり、立ち上がる。
 …髪切ったのか。どうでもいいが。

「おい、お前…なんの目的で、兄上に近付く…?」

「え、え?そんな、つもりは」

 1歩、2歩と詰め寄り。ラサーニュは後退り、ベンチにぶつかり倒れるように座った。


 私は……勝手に反抗しといて、こう言うのもなんだが…激しい嫉妬心を覚えている!
 ルキウス兄上とルクトル兄上の弟は私なのに!!どうしてこんな男を構う!?もう私は要りませんか、代わりの弟を見つけましたか!!


「あ…あう…」

「兄上に取り入って何が狙いだ?
 ああまさか、妹を皇子妃にするつもりか?」

 ラサーニュは目に涙を浮かべて、ガタガタと震える。私は頭に血が上っており、ベンチの背もたれに両手を突いて彼に覆い被さった。

「その可愛らしい顔で誘惑でもしたか?自分が兄上の特別だと、錯覚でもしたのか?」

「ひ…!」

「答えろ。公正な兄上が、誰かを特別扱いなど…認めるものか。お前のような男が、兄上の隣に立つな、ど……?」

「……………(ああ…やっぱり、僕なんか…)」



 ん…?なんか、違和感が。
 ラサーニュの手首を強く掴んだが、やけに細いな…?それに、なんだろうこの…気まずい感じ。胸がドキドキと音を立てる。
 彼の頬を一筋の涙が伝う。それを見た途端、急激に頭が冷えた。


「申し訳ございません…もう、皇太子殿下と第二皇子殿下には近寄らぬと誓います」

「あ。えーと…うん…いや待って」

 下がった眉に、潤んだ瞳。全体的に線が細く…私に怯える姿に良心が罪悪感で滅多刺しにされる。



『今日はね、ルキウスの好きな子が来ると思うの!どんな子かしら、楽しみ~!』


 唐突に姉上の言葉が浮かんだ。いや、いやいやまさか。



「ルシアン、セレスタン?どうかしたか…?」

「「!」」

 氷点下まで頭が冷えたところで、私はそっとラサーニュから離れた。その時…手にケーキを持ったルキウス兄上が現れた。

「あ…で、殿下、申し訳ございません。僕はこれで失礼致します!!」

「えっ?」

 ラサーニュは直角に腰を折り、走り去った。

「セレスタン…」

 兄上…貴方そんな、頬を染めて憂いの表情なんて出来たんですか。



 あ、これ私。やらかしたな…?と瞬時に悟った。


 兄上は肩を落とし、私に「ついでのようで悪いが」と前置きしてから、一緒にケーキを食べないかと提案してきた。
 私は素直に応じて、ベンチに並んで座る。ああ、味が分からない…。


「…?どうしたルシアン、大量に汗をかいて。確かに今日は暑いが…」

「ななななんっでも…ありあり、ません」

「(あるのかないのかどっちだ…)」


 私はケーキを一旦置いて…意を決して訊ねる。

「あ…兄上」

「(!!ルシアンが、話し掛けてくれた…!)どうした?」

「今日は…兄上の想い人が来ると、姉上が仰っていたのですが…」

「な…!……はは、女性の勘、というのはすごいな」

 だらだらだら。冷や汗が止まらない。


「どんな、女性ですか…?」

「ふむ…そうだな、ルシアンには教えておこう。
 彼女は小柄で、とても怖がりだが…努力家で優しく、穏やかな人物だ」

 わあ、ピッタリな人物とさっき会っちゃった。

「泣き虫だけど、女性とは思えない程剣が巧く。その…柔らかい笑顔に、私は心を奪われてしまったんだ」

 どうしよう…私は兄上の恋を奪ってしまったかもしれない…。

「ど…うして、求婚しないのですか…?」

「今すぐにでもしたいのだが…特殊な事情があってな。
 彼女を取り巻く環境が変わったら、正式に申し込むつもりだ」

 ははあ、つまり。特殊な事情で男装してるから、無理って事なんですね?


「そ…ですか。上手くいくよう、祈ってます…」

「ありがとう。その暁には、ルシアンにも必ず紹介しよう」

「楽しみ、です。では私はこれで…」


 水溜まりが出来るんじゃないかってレベルで汗が止まらん。
 とにかく、ラサーニュ…嬢を探さないと…!多分妹のとこだな!!つまり姉上!



「あら、ルシアン!え、ラサーニュ令嬢?ついさっきお兄さんが来て、帰っちゃったわよ?
 それにしても…ちょっと耳貸して。ルキウスが「ラサーニュ家にも招待状を送って欲しい」って言うから、てっきりシャルロットさんがなのかと思ってたけど。
 完璧な令嬢って感じの彼女より…お兄さんのほうが、よっぽどルキウス好みのほんわか系よね~。今日は好きな子、来てないのかしら…」


 確実に来ていました。遅かった…!!


 どうしよう、どうしようぅ…。
 素直に謝る?怒られそうだし…恥ずかしい!

 どうにか、秘密裏に、ラサーニュ嬢にコンタクト…絶対バレるぅ…。


 私は猛烈に反省と後悔をしながら、そっと部屋に戻った……ごめんなさ~~~い!!!
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